第34話 ゲンツ卿
無事、迷宮地下三階層から戻った俺たちだが、この先の見通しは厳しい。カレーナたちも思案に暮れているようだ。
迷宮を出て、番小屋に詰めていた僧侶ヴァロンに小さな怪我などを治してもらう。
一番ダメージがあったのが、オーク魔法戦士との戦闘で小山から転落して背中を強打したグレオンだから、全体として被害は少なかったと言える。
だが、軽食を取るパーティーの雰囲気は決して明るくはなかった。
地下三階層の攻略のめどが、まるで立たないからだ。
一階層がコボルド、二階層がオークというように、多分階層ごとに魔物たちは棲み分けているんだろう。そして、あの階層はゾンビだ。あるいはもっと強力なアンデッドも、奥にはいるかもしれない。
あいつらには、普通の物理攻撃がほぼ効かない。
ベスの魔法も効果はあったが、生きた魔物を相手にした時ほどではない。一番効いたのは僧侶の“浄化”で消滅させる方法のようだが、数が多いと対処しきれない。 何より接近しないと使えないので、カレーナとリナを敵の群れにさらすリスクがある。
パーティー編成していたせいか、そういう手詰まり感とか焦燥感まで互いに強く感じてしまうのかもしれない。
ゲームだとアンデッドは、聖なる武器とかで倒せるんだけどな。
「その・・・なにか、ああいう死霊系の魔物に効果がある武器とかって、ないんすか?」
車座に座っていたメンバーは互いの顔を見合わせ、ベスが何か気を遣ったように口を開く。
「不死の魔物には、銀かミスリル、あるいは神殿で特別に祝福された武器であればダメージを与えられるそうですが・・・」
あ、やっぱり銀の武器とか、吸血鬼退治の定番だもんな。それに、ミスリルもあるんだ、この世界。ロードオブザリングだな。
ん? ここで沈黙。なんかまずい話だったか。
「銀の武器でも、高価なものですし・・・」
お金か。
カレーナが気まずそうにしている。
そうか、普通アンデッド専用の武器なんて揃えてないし、貧乏領主にはなおさらか。みんなに聞くより、リナ知恵袋にこっそり聞いておけばよかったか。
「カレーナ様、ギルドに無心というわけには・・・」
珍しくセシリーもカレーナに遠慮しながら切り出すが、カレーナはうつむいてしまう。
「無理ですよ。この状況でさらにというのは」
「しかし、他家やその領地の商人を頼るわけにもいきませんし、そうすると独立商人ぐらいしか・・・」
「イヤです!」
急にカレーナが悲鳴のような声をあげ、全身で拒絶の姿勢を示す。
「あ、あの男の所にだけは、・・・その、言いにくいのですが、代理でセシリーが・・・」
「ええっ!いや、いやいやいや、私だってあれだけは。そもそも私のような無骨者に商人との交渉なんて出来ません!勘弁して下さい!」
なに、なんなの?この反応。
カレーナだけでなく、セシリーまで尻込み、というか心底嫌がってるようだが、その商人がこんだけ嫌がられてるのか?
はてな?を頭上に浮かべた俺に答えてくれる者はなく、話はうやむやになった。
そのまま無言の隊列で街に戻った俺たちだったが、井戸水でさっぱりして、疲れたし夕方までちょっと昼寝でもするか、と思った俺の独房に、番兵が呼び出しに来た。
「すぐに来い。帯剣で、鎧はいらんとのことだ」
事情がわからん。
館に呼び出された俺は、女奴隷の使用人に、久しぶりに少しまともな服を渡され、別室で着替えるように言われた。
着替え終わって呼ばれて玄関口に向かうと、ザグー騎士長が不機嫌この上ない顔で突っ立っていた。ザグーは騎士の正装みたいな紋章入りの胸鎧を着け、やはり腰に剣をつるした姿だ。
「供をせい」
トリウマで、初めて通る太い川沿いの街道を進む。これは確か、ドウラスの城市につながってる街道だって話だったよな?
だが、二時間ほど進み、遠く城壁らしきものが見えてきた所で、前を行くザグーのトリウマは、街道を逸れ脇道に入った。
「城市に行くわけではない」
無言を貫いていたザグーがぼそっともらした。
「えっと、じゃあどこへ?」
「すぐにわかる・・・金策だ」
くっ、と顔をゆがませて道を急ぐ.
さらに小一時間、日が傾いてきた頃になって、太い川とそれを渡る立派な石造りの橋が架かっている場所に出た。まだ作って数年といった新しい橋で、古代ローマみたいなアーチを連ねた立派なデザインだ。
その橋の向こうには、街道からは見えなかった高い城壁が広がっている。
この世界に来てこれまで見た中では、一番立派な建造物かもしれない。ただ、なにか正体不明の違和感がある。
ザグーは、橋の手前に設けられた番所でトリウマを止めた。
金ぴかの鎧を着込んだ兵が4名、俺たちを迎える。
ただの衛兵のはずだが、
<戦士LV20><戦士LV15><スカウトLV11><戦士LV10>だと。
こいつらがおかしいのか、それとも俺たちのレベルが低すぎるのか?
「オルバニア伯爵家のお方とお見受けしますが」
なるほど、ザグーの正装で身分がわかったか、一応丁寧な口ぶりだ。あくまで形だけは、という雰囲気が伝わってくる。
「さよう、オルバニア伯爵家のカレーナ様の使いで参った、騎士ザグーだ。ゲンツ卿に面会のお取り次ぎを願いたい」
「お約束は」
「いただいておらぬ・・・」
「では、しばしお待ちを」
兵の一人、スカウトジョブの奴が番所に走って行くと、中からローブ姿の男が現れた。 こっちは<魔法使いLV15>だ。
魔法使いは兵の話を聞くと、目を閉じて誰かと会話しているようだ。
これはベスが使った“遠話”か。
やがて、俺たちの方を見てスカウトの話をさらに聞くと、
!
突然、魔法使いが消えた。
なんだ一体? 魔法だよな。テレポーテーションみたいなものだろうか?
俺が固まっていると、リナが念話で
(“転移”っていう呪文だと思うよ)
と知らせてきた。
なるほど。誰か、そのゲンツ卿とか言う奴に直接知らせにでも行ったか。
間もなくして魔法使いはまた突然、番所の前に現れ、その言葉を聞いたスカウトがこっちに走ってきた。
直接俺たちには話しかけず、LV20の戦士、こいつが隊長なんだろう、に耳打ちする。
隊長がふむふむと頷いて、こっちに向き直る。
「お許しが出ました」
そして、配下の兵士らに伝える。
「本館まで客人としてお連れせよ」
LV15と10の兵士二人が、トリウマではなく飾りをつけた馬に乗り、俺たちを前後に挟むようにして誘導することになった。
石橋を渡ると、城門の前にさらに2人の長槍を掲げた衛兵がいたが、先導の兵士が言葉をかけると、槍を立てて俺たちを通してくれた。
城門をくぐり並木道を進むうち、さっきからの違和感の正体がわかってきた気がする。
道の両脇に立つ数々の石像は、文字通り古代ギリシャやローマ風の男女のおそらく神様や英雄のもので、他にライオンやグリフォンの石像もある。城壁や石橋のデザインも含めて、全てが「俺たちがイメージするヨーロッパの城塞都市風」でありすぎるのだ。
「・・・ゲンツ卿って何者なんですか?」
俺はザグーにトリウマを寄って、そっと聞く。
「フン、強欲きわまりない商人じゃ。しかも・・・口に出すも汚らわしいが、女と見れば見境のない、下劣きわまりない男じゃ!」
おっさん、まわりの兵に聞こえるって。
「・・・それでも、一応は自由騎士身分を持つし、借金の申し入れゆえ、本来なら当主が出向くべきかもしれぬが、あのような男の前に、穢れを知らぬ大事な姫を立たせるなど、とても耐えられぬわ」
あー、そういうことか。それでカレーナもセシリーも嫌がってたんだ。
しかし、それで代理に出向くなんて、ザグーのおっさんも苦労人だな・・・
案内された館は、これまた中世のドイツあたりで建てられたお城のイメージ、そのままだった。ライン河観光ガイドとかに載ってそうだ。
玄関で兵士から、ロリメイド風の館の使用人に案内が引き継がれ、剣を預けさせられた上で、広い客間に連れて行かれた。
タペストリとか肖像画とか、芸術音痴の俺にもお金かかってますね?って感じられる。
ほおっ、と無駄に豪壮な部屋を見回していると、すぐに主が入ってきた。部屋にいたメイドとは別にお付きの美少女がさらに2人、椅子を引いたり飲み物を用意したりかいがいしく世話をする。
でっぷり太った不健康そうな体。銀縁眼鏡に若はげ気味の黒い天然パーマの髪。女子の半数以上が第一声で「キモい」と言いそうなキャラだが・・・
<豪商LV33>!
ダントツでこれまで見た最高レベルだ。
商人じゃなく、豪商ってジョブもあるのか。
服装は宮廷貴族みたいで間違いなく高価な仕立てなんだろうけど、学芸会とか仮装って言葉が浮かんでしまう。
そしてそいつも、俺の方を上目遣いでじっと見ている。
「ようこそ、まあ、座ってくれ」
粘っこいボソボソ声で席をすすめた、ゲンツ卿という男。 間違いない。
こいつは、日本人だ。
 




