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第315話 北の巫女、南の巫女②

魔王を封じる結界には、館から調べた限り綻びは無かった。しかし、“南の巫女”ことメウローヌ王国のマリエール王女は、広大な封印の地を包む結界全体の総点検を要求した。

「一体どれほどの時間がかかるか、おわかりですか?それに皆様の安全確保も保証できませんが・・・」

 マリエール王女の提案に、不快感を押し隠せない様子でスヴェトラナ公女が反論した。


「これは異な事を。多重結界が完全な健全性を保っているなら、モーリア坑道の外側を一周するだけでは危険など無いはずでしょう」

「ですから、先ほども申し上げたように、結界や封印が機能していても、魔王の魔力は漏れ出しているのです。魔物が完全に湧かないわけではありませんっ、しかも、封印に近い分、普通の魔物ではないのですよ?」

「だから、その状況をつぶさに調べれば、なにが起きているか手がかりが得られるのではありませんこと?」


 ヒートアップしてきたよ。

 巫女さんって、もっと穏やかで物静かなものじゃないんだっけ?


「そのようなことは、数年に一度の結界補強の際も求められたことはありません」

「前例が無いことが起きているのですから、前例にとらわれずにあらゆる可能性を確認しなくてはならないでしょう」

「私たちの身命を捧げた勤めを信用できぬとおっしゃるのですかっ」

「わたくしとて、巫女の勤めに命をかけておりますっ」


 収拾つかなくなった状況に、ケッヘル侯爵がたまらず声をあげた。

「お二方とも、どうか、どうか落ち着いて下さいませ」


「「落ち着いてますっっ!!」」


 ハモった・・・


 エルザーク王国の代表であるルセフ伯爵は、南北の高貴な美女2人の場外乱闘をそっちのけで、目の前の坑道の様子を羊皮紙にスケッチするのに没頭していて、ひと言も発しない。それでいいのかよ?じいさん。


「ごほんごほん・・・マリエール王女様の念には念を入れねばとお気持ちも、スヴェトラナ公女様のお勤めへの責任感も、いずれも民を思い世界を思う故の熱意のあらわれ、それがしは感服の極みにございます・・・」


 それに比べて、えらいなぁ、ケッヘルのおっさん。

 なんとか丸く収めようと必死だ。


「・・・小官が外周調査部隊を率いましょう」

 助け船?を出したのは、ヨーナス将軍だった。


「せっかくこの地まで原因究明に来たのです。なにか手がかりを得られるなら、危険を冒す価値はあるでしょう。明朝までに隊を編成致しますので、スヴェトラナ公女には案内の巫女を何名か出していただきますよう。そして、各国代表の皆様には希望者のみ加わっていただく、ということでいかがでしょうか」


 口調は丁寧だけど、そこには治安維持責任者として譲らぬ意思がはっきり込められていた。


 実際、ここまで来て「なにもわかりませんでした」って帰ったんじゃ、なにしに来たのかわからない。


 それに、ヨーナス自身が高レベルの修道士で結界の様子も感知できるから、そう言う意味でも思うところがあったのかもしれない。


 さっきからカーミラが俺のマントの端っこを握りしめながら、険しい表情でフンフン匂いを嗅いでるのを見て、俺もなにかあるように感じていた。


***********************


「シロー、悪いがわしはここに残らせてもらうでのう・・・」


 どこか会話も寒々しい晩餐が済んだ後、あてがわれた客室でルセフ伯爵に呼ばれた。

 予想はしていたことだけど、ルセフのじいさんは結界全体の点検調査とかには加わらないつもりのようだ。


 日中の説明では、モーリア坑道のまわりを一周する道のりは、ざっと百kmぐらいもあるという。

 そして、多重結界の内部だから雪こそ積もってはいないけれど、逆にオオツノジカのそりとかも使えず、この地には十分な馬とか馬車も無いから、調査行は徒歩になる。


 そりからはずしたオオツノジカに天幕とか物資を積ませ、荷馬代わりに兵が引いていくらしいけど、順調にいっても3日がかりの旅だ。

 おまけに、普通では無い魔物が出るかも、なんて脅されている。


 御年71のルセフ伯爵が参加するとは最初から思ってなかったし、じいさんにはここで古文書を調べたりしててもらうのが建設的だろう。


 と言うわけで、エルザーク王国代表団としては消去法で俺が参加することに決定だ。

 他の国からは3名ずつしか代表団を受け入れなかったレムルスが、連合軍でプラトのクーデターを鎮圧したエルザークだけは倍の6名の参加を認めた、ということに照らしても、誰かが加わらないわけにはいかないだろう。


「・・・わしは、やはり結界には欠損があると思うておるよ」

 そんなことを考えていたとき、突然、伯爵がそう言い出した。


「え?」

 興味ないのかと思ってたんだけど。


「巫女の劣化が激しすぎるのでな。なにかかつて無かったことが起きておる、それは先日の魔力地震の前に、この数十年かけてのことかもしれぬが・・・この白髪首をかけてもよい」


 普段のどこか浮世離れした好々爺っぽい雰囲気は微塵もなく、真剣な面持ちでルセフ伯爵が語り始めた。


 じいさんが長年収拾してきた古文書の記述によると、封印の地の巫女は、結界があってもなお漏れ出す魔王の波動・瘴気を浴びて、それを押さえ込む日々に心身を蝕まれ、寿命が60を越すことは滅多にないとされているそうだ。


 ただ、それでもあの北の巫女の様子は過去の文献以上だと言う。

 そして、まわりの巫女団のやつれようから見ても、この10年か20年、過去なかったような瘴気が漏れ出ているに違いない、と。


「だからな、おぬしらが結界の調査に回っている間、わしは文献を調べさせて欲しいと言ってここに残り、この地の暮らしぶりや巫女たちの日々の様子をつぶさに見てみたいと思っておるのじゃ」


・・・いや、やっぱり重要な王命を受けるだけあって、ただの学者バカのじいさんじゃなかったんだな。

 同席しているカーミラとニルドナ女史も、その話をじっと聞いていた。




 自室に戻ると、さらに訪問者が待ち構えていた。


「お久しぶりです、シローさん、カーミラさん」


「あ、どうも・・・って言うか、あんたの方から訪ねてくるとは思わなかったな」

「気を遣ってもらって、ありがとうございます。ベハナーム先生からもご協力に感謝していると、お伝えいただきたいと」


 俺は最初“パルテア大学校の研究員”という肩書きでベハナームに随行していた一人が、彼女だと気付かなかった。

 それぐらい外見も、そしてステータス表示も異なっていたからだ。


 上忍ハトーリ・ハンツの弟子、カエーデだ。


 パルテアのからくり館でひどい目にあった時の彼女は、いかにもくノ一って感じの色っぽい<忍び>だったのに、3日前の夕食会の席で紹介された彼女は、生真面目でカタそうな女性学者って雰囲気で、髪の色や背格好さえ記憶と違っていた。


 おまけにステータスを見ても、<カエーデ>としか表示されなかった。

 マリエール王女と同じく、ステータス秘匿の魔法具とかを持ってるのか、これが忍びのスキルとかによるのかはわからなかった。


 ただ、名前を紹介されて、しばらく観察して間違いなくあのカエーデだってわかった。


 そして俺は、彼女とも、そしてベハナーム教授とも知り合いだってことは、その場では誰にも話さなかった。

 彼らの態度からそれを隠したいと思っているのがわかったし、実際、マリエール王女のパルテアに対する敵愾心を見せられた後で、強力な忍びの弟子が研究員になりすまして参加してるなんて話をしたら、さらに厄介事になりそうだと思ったから。


 カーミラはもちろん気付いてたけど、なにも余計なことを言わず食事に熱中していた。


 べつに俺たち自身は嘘をついたわけでもないんだけど、結果的に彼らに加担しているってことになるんだろうか?

 ただ、この時点ではなにが正解かわからなかったんだ。




「シローさんやエルザーク王国の不利になるようなことはしませんから、ご安心下さい。私が知る限り、パルテアは今のところ純粋にこの問題を懸念していて、事実関係を知りたい、人類にとっての脅威であるならそれをできる限り未然に防ぎたい、というスタンスです。皆さんと利害は一致していると、ベハナーム教授も言っています」


 今回、文民による学術調査ならば同行を認める、というレムルス帝国の返答に対して、パルテアなりに嘘にならない範囲で最良の人選をしたのだと言う。


 ベハナームはパルテアが抱える最高の魔導師の一人であり、魔王や魔族の歴史について帝国で最も詳しい学者の一人であるのは事実らしい。


 もうひとりの候補者であるデロス教授は高齢だし、魔王の封印の地で大きな危険にさらされる可能性もあることから、いざというときの自衛能力も高いベハナームがまず代表に選ばれた。


 そして、カエーデは護衛および情報収集要員として、もうひとりの同行者の男は本当にデロス教授の弟子の歴史学者らしい。それなりに腕も立つそうだが。


「私たちのことを黙っていて下さったお礼に、ひとつ情報ですが、私たちはこの地の結界が何らかの意味で機能不全に陥っているのは間違いないと見ています。そして、師のハンツはそれがイシュタールと何らかの関わりがあると考えているようです・・・」


 ハトーリ・ハンツの名前が出てきたよ。いやーな気しかしないわ。

 けど、イスネフ教の総本山イシュタールが、ここで出てくるのか?


「イシュタールについての情報は、パルテアが世界一持っていますから・・・ですから私たちのことを信用していただきたいのです。できれば、共闘関係を結びたいのですが」


 明日からの結界調査行には、パルテアの3人も参加すると言う。


 それが吉と出るのか凶と出るのかわからないが、少なくとも調査能力という点ではプラスだろう。



 夜遅くなって、ヨーナス将軍からの使いがもう眠ろうとしていた部屋に連絡に来た。


 結界総点検に回るのはヨーナス将軍自ら率いる300人のレムルス兵。

 そこに参加するのは、メウローヌとパルテア、カテラの全員、そしてエルザークからは俺とカーミラの2人だ。


 レムルスのケッヘル侯爵らは、この館に残ってルセフ伯爵らと魔道具による観測データや文献を詳しく分析することにしたそうだ。


 また案内役として、スヴェトラナ公女の片腕と言われるメトレテスという女ら5人の巫女が同行する。

 スヴェトラナ自身は、日々のつとめがあり館を離れるのはご容赦いただきたい、と言う。


 メトレテスは今日スヴェトラナに入れ知恵をしていた、あの美しく意志の強そうな、背の高い巫女だ。

 彼女は僧兵のように武術のたしなみもあり、過去修行の一環でモーリア坑道の外周をめぐる道を歩いた経験もあるという。


 こうして翌朝、俺たちは静寂の館を後にした。

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