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第314話 北の巫女、南の巫女①

魔王が封印されていると伝わる極北の地で、俺たちは結界を守る巫女に迎えられた。

 事前に聞いていた話だと、“北の巫女”スヴェトラナ・ロマノ・プラティエは、イスネフ教徒のクーデターで亡くなった前プラト公爵の従妹にあたるらしい。

 

 年齢はまだ30か31のはずだ・・・


 けれど、目の前で白づくめのドレスに身を包んだ女性は、それより二十歳は上に見えた。

 白髪の方が多くなった髪、化粧でも隠しきれない血色の悪さ、痩せ細った体にしわの浮かんだ両手・・・。


 彼女がもし5、60代だと言われたら、素直に“若い頃は美人だったのだろう”と十人が十人とも思ったに違いない、そんな女性だった。


 外の魔力の嵐も厳冬の吹雪も感じられない館内のあたたかな応接室で、彼女は穏やかな笑みを浮かべながら、配下の巫女団に賓客をもてなし広間で休んでいる兵たちもねぎらうようにと命じた。


 そして自らは壁に張られた古い図面を示して、俺たちに説明し始めた。


 この地の結界の歴史と、その詳しい構造について。



「此度は遠路、南の巫女さままでおいでですから、ご存じのこととは思いますが、この地に最初の結界が作られたのはアマナヴァル歴771年、魔王大戦から間もない頃のことです・・・」


 スヴェトラナ公女の話は、勇者と魔王、人類連合と魔王軍の大戦が終わった後からのことに限られていたけど、それが伝説とか伝承とかでは全くなく、直接目にした出来事のように具体的だった。

 心から信じている者だからこその、迷いのない語り口だ。


“封印の地”と呼ばれるこの地の構造は、まず一番外側に、俺たちが既にその内側に入っている魔法結界が覆っており、その差し渡しは数十kmにも及ぶようだ。


 この結界は“多重結界”と呼ばれ、魔法転移などを遮るだけでなく物理的エネルギーの一部、気象現象なども外界と隔てている強力なものだ。


 その働きにより、北極圏に近い土地にもかかわらず結界内では日本の晩秋ぐらいの気候が保たれている。数百人の部の民が農業を営み、その収穫物が巫女団に捧げられて生活を支えている。


 ある意味でこの封印の地は、北の巫女を主とする巫女団の所領であり、ここ“静寂の館”は、アマナヴァル教の神々を祀る神殿であると同時に、領主の館でもあるのだ。


 そして、多重結界の内部、静寂の館の北側には、さらにもう一重の強力な結界がある。

それは、陥没した北の大地の地下深くに広がる“モーリア坑道”を覆っている。

 このモーリア坑道こそが、結界の内側でさらに魔王を隔離する仕掛けだ。


 古えのドワーフ王国が開発したとも、闇の者たちが住まう地獄につながる穴蔵だったとも言われるモーリア坑道は、どれぐらいの深さがあるのか、現在生きるもので確かめた者はいない。


 だが、いくつかの国に残る古文書では、地下百階層、あるいは1千階層にも及ぶ大迷宮だとも伝えられている。


 白髪三千丈とか名馬千里を走るとか大江戸八百八町・・・はちょっと違うか。

 ま、ともかく、とてつもなく深くて、これが物理的な障壁としても働いているってことだな。


 モーリア坑道に隣接する、言わば坑道入口にあたる位置に静寂の館が建てられていて、巫女たちが異変がないか常に魔法的に監視しているわけだ。


 北の巫女と配下の巫女団の基本的な勤めは、日々祈りを捧げてこうした何重もの結界を維持することらしい。


 これらの結界は、数年おきにカテラ万神領から訪れる選び抜かれた神職らの助力で、補強と修復が行われている。


 さらに、何回かに一度はこの補修に、北の巫女に対して“南の巫女”と呼ばれるメウローヌの祭祀長も参加する。

 ただし現在の祭祀長、すなわち南の巫女にマリエール王女が就任してからは、まだあまり年数が経っていないため、彼女がここを訪れたのは初めてらしい。


 そして、魔王が封印されているのは、この結界内のモーリア坑道の最深部らしい。


 ただ、モーリア坑道内には誰も入ることができないため、巫女も含めて自らの目で確かめた者はいない。


 坑道最深部の“封印の間”で終わりなき眠りについているという魔王の封印は、200年前に勇者のパートナーであった<聖女>が創ったもので、聖女ないし聖者と呼ばれる、数世代に一人しか現れないユニークジョブの持ち主でなければ、修復も再生もできないと言われている。


 現代の巫女たちにできるのは、聖女の封印が効果を発揮し続けるよう、外部から祈りを捧げ念を送る――――つまり、MPを補充するって意味だろう――――そして、その外側の結界を日々維持し、異変があれば公都ミコライに報告することなのだ。


 転移魔法も使えないほどの多重結界やその外を吹き荒れる魔力の暴風、それを貫いてミコライに遠話を送るため、北の巫女はプラト公と精神的な波長が近い親族の中から、魔法資質の高い処女が選ばれ、代々役目を引き継いでいるそうだ。


「・・・このように、魔王を封じ込む仕組みは、内側から数えれば、『聖女の封印ととこしえの眠り』『モーリア坑道』『坑道結界』『多重結界』の四段構えになっていると言えます。そして、誇りを持って身を捧げてくれている巫女たちの働きにより、そこにはいささかの綻びもありません」


 スヴェトラナ公女は毅然とした口調で、そう結んだ。


 そうだ、今回俺たちがこの地を調査に訪れたのは、まさにその、魔王を封じる結界に異常が起きているのでは無いかと懸念したためなのだ。


 スヴェトラナの断言に、不快そうな様子を隠さなかったのは“南の巫女”たるメウローヌ王国のマリエール王女だった。

「では、なぜ、これほどの魔力地震が起きたのでしょう。各国の観測からも、“震源”はここ北の地にあるとの結論が出ています。そうですね?アッピウス僧正」


 話を振られたカテラ万神殿の僧形の男は、少しためらうそぶりを見せたものの、首を縦に振った。

「はい・・・各地で観測された魔力の強度分布、観測時刻のずれ、それらを総合的俯瞰的に判断して、この近辺から強力な魔力が解放されたと考えるのが妥当性が高い、と見られております・・・」


 スヴェトラナの後ろに控える巫女たちの間に、ざわめきが走る。

 いずれも整った顔立ちながら、質素な服装に加えて、どこか疲れやつれが見える薄幸そうな女性たちだ。

 その中に一人、ひときわ美しく意志の強そうな、そして背の高い巫女がいた。

 彼女がスヴェトラナの後ろからなにか耳打ちした。


「ええ、そうね・・・皆様がご懸念を抱かれるのも無理からぬところですが、たとえ伝説の聖女の封印や、カテラの徳高き導師方が補強された多重結界と言えども、魔王の膨大な魔力を完全に無にするものではありません。南の巫女さまはまだお若いですからご存じなくとも無理はありませんが、7年前の補修にも参加されたアッピウス僧正さまならご存じのことかと」


「なんですって」「そ、それはその通りですが・・・」

 キッとなったマリエール王女と、口ごもるアッピウス僧正の様子が対照的だった。


 無表情に視線を落としたスヴェトラナは、さらに続けた。


「魔王の波動は不定期にその強さや波長を変じます。封印や結界が万全であっても、歴史上幾たびか、あふれ出す魔力が一時的に強くなる現象もあったと記録されていたはずですわ」


「それは確かですな。今から100年あまり前、あるいは二十数年前にも、強い魔力地震の記録がございます」

 今度口を開いたのは、俺の近くに座っていたルセフ伯爵だった。


 老伯爵はいつの間に取り出したのか、机の上に古文書やメモ書きを山ほど積み上げて夢中でめくっている。


 満足げにうなずくスヴェトラナに対し、異論を述べたのはパルテア帝国のベハナーム教授だった。

「それは確かにそうです。しかしながら、今回は同じとは言えぬのではありませんかな?ルセフ伯爵。前回の魔力地震は、大陸北部と西部の一部の国では観測されたものの、東方には記録がありません。それだけ規模が異なるのでしょう。また、我々が調査したところ、200年以上の寿命を持つ長命種の中に、魔王の波動との類似性を指摘する声もあったと聞いております」


「そうでしょう」

 犬猿の仲だったパルテアからの援軍にも、我が意を得たりとばかりにうなずいたのはマリエール王女だった。


「・・・それはしかし、魔王の波動との類似性など主観的なものに過ぎないでしょう」


 互いに礼儀正しくはあるものの激しい応酬の末に、プラトの宗主国であるレムルス帝国の代表として参加しているケッヘル侯爵が妥協案を出した。


 レムルス帝国皇帝の代理人として直接、結界の確認をレムルス側が行う。

 そこに各国代表も同行する、と。


 あらかじめ皇帝の印璽の入った全権委任の書面を用意していたのは、この件をレムルス帝国がどれほど重要視していたかの表れだろう。


 カテラやメウローヌからの要求には、プラト公国の独立性を盾に譲らぬ態度だったスヴェトラナ公女も、宗主国の皇帝の命令には無言で頭を垂れ受け入れの意を示すほか無かった。


***********************


「あれがモーリア坑道か・・・」

 ルセフ伯爵のもらした声に込められていたのは、長年学者として見てみたいと望んでいた現場についに立った喜びと、あまりに禍々しい魔力に満ちた光景への畏怖と、どちらがより強かっただろう。


 静寂の館の中でも立ち入りを特に制限された“北の物見棟”と呼ばれる古い石造りの建物に入り、そこから魔方陣の描かれた厚い扉を開けて踏み出した物見台。

 その眼前には、遙か彼方まで広大で深く陥没した峡谷が広がり、眼下にはそこへと降りて行く、幾重にもつづら折りになった石の階段が険しい岩壁に刻まれていた。


 もちろん、物見台には重厚な石の手すりが備えられてはいるものの、一歩足を踏み外せば、この高さでは到底助かるまい。

 それ以前に、峡谷の深さはどこまであるのか底さえ見えなかった。


 そして、その陥没地帯の彼方には、禍々しく急峻な岩山がそびえている。

 その下にこそモーリア坑道が深く深く、どこまでも地底深く続いているのだ。


「・・・結界の状況には問題はありませんな」

「私も健全性を確認しました」

「少なくともここから見える範囲の結界には綻びは感じられません」


 高レベルのロードであるパルテア帝国のケッヘル侯爵、カテラ万神殿を代表する修道士アッピウス、そしてパルテア帝国の魔導師ベハナームと、結界を感知する高い能力を持つ3人が、モーリア坑道との間に張られている結界を念入りに調べ、そう証言した。


「ご理解いただき、ありがとうございます」

 スヴェトラナが艶然と微笑み、一礼した。


「・・・私もここから見える範囲の結界の状況には同意致しますわ」

 だが、マリエール王女は満足しなかった。

「しかしながら、広大なモーリア坑道を覆う結界のどこか一点でも穴が開いていれば、魔王の力を封じるには十分とは言えないでしょう」


「・・・では、どうすればご納得いただけると?」

「結界全体の総点検を提案致します」

「なんですって!?」


 北の巫女と南の巫女、公女と王女の間に火花が散った。

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