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第312話 呉越同舟?同床異夢?

プラト公国の都ミコライで、北方の魔王封印の地を調査するための各国代表が顔を合わせた。

「これはどういうことでしょう?ケッヘル侯爵。パルテア帝国の方々が同行されるとは聞いておりませんでしたが?」


 ホスト役を務めるレムルス帝国の侯爵が列席者を紹介した後、冷え冷えとした声で口火を切ったのは、いかにも高級そうな、けれど派手さは抑えた白と紫のドレスに身を包んだ若い女性だった。


 紹介によると、彼女の名はマリエール・メウロワ王女。


 メウローヌ王国の第一王女にして“神降ろしの巫女”の異名を持つ、西方では超有名人らしい。

 完璧な美女で絵に描いたようなお姫様なんだけど、服装がその割に抑えめなのは聖職者でもあるからだろう。


 リナ知恵袋が念話で教えてくれたところによると、彼女の妹にあたる第二王女がアル殿下の夫人だとか。

 あー、そういや“第1から第4夫人は各国の王族の姫など”って話だったよな。


 本来、第一王女の彼女の方が、レムルス帝国の将来の皇后にはふさわしいはずだけど、年齢がアルより上だったのと、幼少の頃から希有の巫女の資質に恵まれていたために、メウローヌの祭祀長として神職に祭り上げられてしまったらしい。


 そして、メウローヌは200年前の魔王大戦によって滅んだとされるルメロス王国の流れを汲む国だ。

 その戦いで半ば魔軍側についていたとされるパルテアとは犬猿の仲で、現在も国交を結んでいない。


 西側諸国の多くはパルテア帝国と良好な関係ではないし、特に魔王がらみの案件で、「敵」かもしれない連中を調査に同行させるなどとんでもない、という意識は彼女だけのものではないようだ。


 ケッヘル侯爵は一瞬困った顔を浮かべると、視線を大テーブルの逆サイドに座っている僧形の男に向けた。


「王女殿下、そこは拙僧からご説明致しましょう」


 ケッヘルに釈明を丸投げされたのは、カテラ万神殿から来たアッピウス僧正という中年の男だ。


 リナ知恵袋によれば、大陸で広く信仰されている多神教=アマナヴァル教の総本山カテラのトップは「大僧正」と呼ばれる役職で、そのすぐ下の数人の幹部が「僧正」だ。

 特にこのアッピウスは次期大僧正とも目される有力者、つまり万神領の実質ナンバー2なんだとか。


「こたびの戦争では、イスネフの教えを称する狂信者らの暴挙に対し、諸族の融和と信仰の自由を掲げた世界の人々の結束が勝利につながったことは、皆様ご存じの通りかと。そして、西方でイシュタールに操られたアルゴル王国をメウローヌの善良なる人々が誅して下さったように、東方ではイシュタールの勢力と正面から戦い、正しき神々と人々の道を示して下さったのがパルテアでありました。二百年前の恩讐はともあれ、今や我らの道はひとつであると拙僧は愚考致します・・・」


 坊さんの話が長いのはどこの世界も一緒みたいだけど、要するに今回の亜人戦争では、パルテアも同じ多神教側で戦った味方なんだから仲良くしようよ?ってことだった。

 どうやら、パルテア帝国が調査に参加したいとカテラに仲介を頼み、そこからレムルスに話が持ち込まれたという経緯らしい。


「・・・僧正様がそうおっしゃるのであれば、カテラとレムルスの責任において、わたくしも同行を受け入れましょう」


 王族だからこの場で一番身分が高いのはマリエール王女だと思うけど、多神教の聖職者としては僧正の方が地位が上なので、そちらの顔を立てましょう、ってことらしい。


 それでも、なにかあったら責任はカテラとホストであるレムルス帝国が負いなさいよ?と釘を刺すあたりは、さすがに王族の駆け引きってところか。

 俺とそう変わらない年齢だと思うけど、このお姫様、なかなかのやり手らしい。


 一連のやりとりの間、当のパルテア代表のベハナーム教授は、どこ吹く風という様子でひと言も口を開かなかった。


 だが、この件については、受け入れた側のレムルス帝国内にも異論があるようだ。


「侯爵、私はプラト領内の治安維持に関する責任を負っております。こたびの我が軍による調査で同行を認めるのはあくまで文民のみに限る、と本国から聞いていたのですが?」


 形式上は末席にあたる側に座っていたのは、現地の案内役となるレムルス駐留軍のヨーナス将軍だった。


 そう、前回プラト攻略戦の時にはレムルス軍の参謀だった、あのヨーナスだ。

 この戦争での軍功で、ついに将軍に昇進して駐留部隊を任されたらしい。

・・・誰も真冬のプラトに駐留なんてしたくなかったからかもしれないけど。


「それは相違ござらぬ、ヨーナス将軍」

 侯爵は、身内から痛いところを突かれた、という恨めしげな顔をヨーナスに向ける。


 けれど、ヨーナスは構わず続けた。

「ほう、ならば、そちらの御仁はいかなることで。もちろん、現在は軍籍を離れているのは存じておりますが、パルテア帝国の魔法戦略の要とも言われた知将・ベハナーム将軍が、“ただの文民である”とは詭弁でしょう?」


 ベハナームが元軍幹部なのは俺も知ってたけど、そこまでの大物だったのか。


 だが、ベハナームは薄らと笑みを浮かべただけで、それに答える。

「ヨーナス将軍、ご懸念は理解できぬでもありませんが、今の私はあくまで退役した一学究の徒です。私が近年、歴史と魔族の研究に取り組んできたことは、学会ではそれなりに知られていると自負しております。その学識故に、今回の合同調査で各国の皆様と知を共有する任に堪えると、関係諸兄の推薦をいただいたのだと認識しております」


「それはわしも保証しましょう」

 声をあげたのは、意外にも俺のとなりに座っていたルセフ伯爵だった。


「古文書学の分野でも、先年ベハナーム伯爵が発表された論文“ルメロス古語文献とモルデニア伝承に見る相似性と差異についての考察”などは極めて高く評価されております。到底軍人の片手間の研究では無く、真理探究への真摯な姿勢に感銘を受けたものにございます・・・」


 ナニ言ってるのか俺にはちんぷんかんぷんだけど、エラい人たちには効果的だったらしい。

 ヨーナスも仕方が無いかなって顔になってる。


 ベハナームは深々と一礼した。

「碩学と名高いルセフ伯爵に、拙稿を評価いただけるとは望外の喜びです」


 ルセフのじいさん、意外に影響力があるんだ。

 そして、ベハナームは、元将軍で大学教授で、おまけに伯爵様でもあったと。



 その後もよくわからない国同士の駆け引きとかさや当てとか、胃もたれする会話が延々続き、出された料理は多分すごく贅をこらしたものだったはずなのに、俺はほとんど味を覚えてなかった。


「・・・おいしかった。カーミラまんぞく」

 ただ一人、一切空気を読まず“おかわり”って連発してたカーミラはさすがだ。

 さすがすぎる・・・。


***********************


 夕食会の終わり頃、明日以降の調査計画が、初めてヨーナスの口から明らかにされた。


“封印の地”と呼ばれる目的地は、ミコライから北東に遠く離れ、東はモルデニア王国との国境に近く、また北は“未踏の地”と呼ばれ一年の多くが雪氷に閉ざされた、要するに北極圏みたいなエリアに近いらしい。


 最寄り?の街と言える、ツングスカまでは明日、レムルス軍の魔法使いが手分けして転移魔法で運んでくれる。

 しかし、そこから先は転移が使えないそうで、雪の上をそりを使って進むほかないそうだ。


「ツングスカから目的地までは、順調でも2日、ことによると3日かかる見込みです。尊き身の皆様にまことに非礼かつご不便をおかけしますが、その間は野営にならざるを得ませぬ。移動手段、天幕と食糧などはむろんこちらでご用意しておりますが、防寒対策など体調には十分ご留意いただきたい。また、ご想像通り、現下においては極めて魔物が多く、こちらも十分な護衛部隊をつけますが、自衛のための備えは怠らぬよう、くれぐれもお願いしたいと存じます」


「もちろんです。こたびの軍事行動に同行を希望した以上、おのが身はおのが手で守る覚悟ですわ」

 マリエール王女が勇ましいことを言う。


 たしかにただの神殿の巫女さんとかお姫様にしては隙の無い身ごなしだけど、彼女のジョブやレベルって・・・!?

 ステータスが見えないぞ。まさかの上級悪魔じゃあるまいし?


<マリエール・メウロワ>


 ただ、それだけしか表示されない・・・


「無礼者っ」


 凝視してたら、姫の隣りにいた護衛の騎士?に叱られた。


「あ、いや?その・・・す、すんません」


 とりあえず謝ってた。

 気の強い女の人に叱られると、反射的に謝っちゃうのは俺の性分だから。


・・・って、そうか、女だったんだ。


 マリエール王女のお付きの二人は、一人は紛れもなく男の修道士だけど、もうひとり、俺を叱りつけたのはすごい美形の魔法戦士だった。


<ルイフェ・ジルー 女 30歳 魔法戦士(LV24)>


こっちはちゃんとステータスが見えた。やっぱり女だった。


 うーん、あらためてみるとこのメウローヌの三人組って、「ベル○ら」だよな。


 マリー・アントワネットに仕えるオス○ルだ。

 もう一人の地味目な男がア○ドレで・・・って、また睨まれた。


「おやめなさい、ルイフェ」

「しかし姫様、他国の貴族とは言え、やんごとなき御身を殿方が不躾な目でジロジロと・・・」

「そういう視線ではありませんでしたよ。ツヅキ男爵でしたか、ステータスが見えないのが不思議だったのではなくて?」


 図星だ。


「あ、その、その通りです・・・ほんとすみませんでした」

「ふふっ、素直でいいわ。知らなかったのでしょうけど、身分の高い淑女はステータスを見せないような魔道具を持つのもたしなみの1つですから、詮索してはいけませんよ。わかりましたか?」


 そうだったのか・・・あるんだ、そういうのも。

「は、はい。失礼しました」


「で、知りたいのはなにかしら?ジョブは巫女でレベルは22よ・・・あらやだ、気にしてたのは年齢?あなたより年上ですよ。ふふ、内緒だけどひょっとしたらレベルと同じかも・・・」

「い、いや、その・・・」


「真っ赤になって、意外に慣れてないのね。ツヅキ男爵は」

「姫さま」

 ジルーがたしなめるけど、勝ち気なお姫様は楽しそうだ。巫女さんだってのに、まさかの肉食女子だ。


 大テーブルの両側で、みんな笑いをこらえてるし。


「おほん・・・貴君は高位の錬金術師だろうに、ステータス秘匿の魔道具も知らなかったのかね?」

 ケッヘル侯爵があきれたような声をあげた。


 知りませんでしたよ。


 魔道具作りってまだまだ奥が深そうだ。ユーニスのばあさん、ちゃんと教えといてくれたらよかったのに。


 そしていつの間にか、俺がいじられることでその場の空気が和んでるし。


 俺、もしかして、このために連れて来られたの?

 まさかのいじられ要員?

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