第311話 国際調査隊ご一行様
領内に侵入した騎馬の民の族長を訪ね、力比べの末にその一族を服属させた。
テモール族の集落に一泊して歓待を受けた翌朝、回復したダクワルと長老たちは、正式に部族を俺の配下とすることで合意した。
リナを僧侶モードにして、誓約の呪文を取り交わしたのだ。
ただし、一般的な領民とは違う。
遊牧民は定住地を持たないし、税を納めるような習慣も、そもそも金銭もほとんど持っていない。
一応、服属の証として羊を10頭ばかり納めさせ、キヌークで飼育することにしたが、あとは納税義務とかは設けず、ただ、俺が招集をかけたら軍勢を出す、ということになった。
テモール族は総勢1千名ほど、子供と老人をのぞいた男は300人ほどだが、そのほぼ全員が優れた馬と弓の使い手だ。
つまり、最大300騎の騎兵を動員できることになったわけだ。
代わりに俺が提供するのは、西コバスナ山地の北斜面に設ける安全地帯の利用権だ。
山麓にはこのあたりの乾燥地帯よりは豊富な草木が生えているから、羊を放牧するには悪くない。
そこにテモール族が利用できる範囲を結界の魔道具で囲み、その一部だけは敵対する者だけを排除する、“選択式結界装置”にしておく。
これによって、魔物の大群や敵対する他の部族はそのエリアに入れなくなり、魔道具の配置状況を知っているテモール族だけは、“選択式結界装置”の部分から出入りが自由にできるようになる。
そこに定住する必要は無いけれど、自分たちだけの安全地帯を持つことになるわけだ。
俺たちと連絡を取りたいときは、彼らがきのう越えて来た、西コバスナ山地の低くなっている所の間道を、非武装で通過して使者をよこすように取り決めた。
一応、リナやセンテが族長のダクワルら数人と遠話を結べるよう、精神の波長あわせもしておく。
こっちから緊急で招集の指示をする場合もあるからな。
俺たちにとっても、こうしてテモール族を従えたことで、領地の北側のいまだ魔物も多いエリアに、偵察部隊兼用心棒を抱えている形になる。
ウィン・ウィンの関係だ。
そうした取り決めをして、昼前にはキヌークに戻った。
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「お帰りなさいませ、ご主人様、奥方様方」
館でロズウェルとメラニーの夫妻が用意してくれた温かい飲み物で一息入れ、明日からのことをあらためて相談する。
明朝デーバでルセフ伯爵一行と合流し、北方の“封印の地”の調査に行く件だ。
謁見では、今月の望月の日に予定されている王国会議の前に、調査結果を報告せよと、ずいぶん無茶なことを命じられ、優雅な立ち居振る舞いのルセフ伯爵の顔が、その時だけは引きつっていた。
明日は上弦の2日だから、十日ちょっとしかないよな。
そもそも現地での行動予定は、レムルス帝国軍任せなので見当もつかないのに、だ。
もちろん、魔王の封印になにかあったりしたら国家存亡、いや世界存亡の危機だし、一刻の余裕もないかもしれないんだが。
ちなみに今年は、二の月の望月の日に催される慣習の“紀元祭”は中止になった。
未だ各地に魔物があふれて多くの民が命の危険にさらされているし、街道が寸断され行商人さえ行き来できない地域が多いのだから、お祭りどころじゃない。
一方で毎年同日に行われてきた“王国会議”は「略式で」開催されるとのことだ。
例年だと、各貴族はその身分に応じた随行者の行列を連ねて国元からデーバに参上することになっていて、それが冬の風物詩ともなり経済を回す効果もあるんだけど、今年は無理だ。
でも、危急存亡の時だからこそ各貴族に直接様々な任務や指示を与える必要もあるし、昨年の亜人戦争での論功行賞も正式に行う必要がある。
だから、「各貴族は魔法転移などの方法を使い最小限の人数で王都に参集せよ」ってことになっているのだ。
その前日までに、できる限りの情報を集めて報告せよってわけだ。
「・・・で、誰を連れて行くの?」
ルシエンの問いに、現実逃避しかけてた意識が引き戻される。
ルセフ伯爵一行が4人だそうだから、パーティー編成して飛ぶ以上、俺のお供はリナ以外に1人だけしか連れて行けない。
任務の中身がてんでわからないから、どういう能力が必要かもよくわからない。
少なくともルセフ伯爵の護衛、的な役どころではあるんだろうけど、伯爵自身の随行者にも護衛はいるはずだ。
初めて出会ったばかりの俺なんかより、子飼いの騎士とかの方が信頼できるのは言うまでも無いし。
「そこはやはり私が行くべきでしょう」
とセンテが言うのは、まあ順当なところだ。実力も知識や経験的にも不足は無いんだけど・・・。
「そうですね・・・でも、センテさんは公式に他の貴族や他国の有力者と同行する場に顔を出していいのですか?」
「う、それは・・・」
そう、エヴァが指摘したように、トクテス公爵のクーデターとその後の人事のことがあるから、まがりなりにも国を代表しての任務に連れて行くのは、ちょっとまずいかもしれない。
「ここはやっぱり私かしらね」
次の候補はルシエン、っていうのは俺も思ってた。
知識面でも荒事になっても、なにかと頼りになるし、俺は意外に抜けてるところもあるから、そういう面でフォローしてくれそうだ。
(え?あんたが抜けてるのは「意外に」じゃないけど)
うるさいよ、リナ。
・・・けれど結局、同行者はカーミラになった。
めずらしくカーミラが強く自己主張したんだ。
「みんないっぱい活躍した。カーミラだけ勝ってないよ」って。
きのうはエヴァもルシエンもノルテも、得意分野?をいかして、テモール族を服属させるのに一役果たしてくれた。
なのにカーミラだけ見せ場が無かったのが、思った以上に不満だったようだ。
カーミラもいつも頑張ってくれてるし頼りにしてるよ、っていくら言っても機嫌がなおらず、みんな気を利かせて“それなら今回はカーミラに”ってことになったんだ。
エラい貴族とかの中に、カーミラを連れてくのが不安が無いわけじゃないけど、でも調査隊なんだから、カーミラの嗅覚とか察知スキルが役立つかもしれないしな。
もちろん、アスリート系美少女と旅行するのに不満なんてないし。
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そして翌朝、デーバにある伯爵家御用達の高級宿に、ルセフ伯爵ご一行を迎えに行った。
「よろしくな、シローどの」
なんだか孫を見る好々爺って感じの笑顔で、装飾がいっぱいついた乗馬服みたいな衣装に身を包んだ伯爵は、男女三人のお供を連れていた。
ロードLV19と魔導師LV17の二人の男は、明らかに護衛だよな。
そして、もう一人は薬師LV16という初老の女性だった。
「ニルドナ、例のあれはどうだったかのう?」
「そちらになにしてございますよ、伯爵様」
「そういえば、あっちの件はあれだったかな?」
「はいはい、そうですね。きのう無事解決したと報告がありましたよ、伯爵様」
「そうかそうか・・・」
部外者にはまったく意味不明だがツーカーな会話が成立している、老夫婦みたいなこの女性は、どうも伯爵の研究助手、兼侍医、兼愛人?みたいな存在らしい。
二人の護衛の男は、いつものことなのか全くスルーしてる顔で、黙々と職務に励んでるようだ。
「え、と、じゃあ、行きますね」
「うむ」
例によって、“俺の使い魔みたいな存在です”って最小限の紹介をしたリナが、転移魔法を唱え、中間点であるシクホルト城塞へ飛ぶ。
(ふわ-、疲れたよー)
ほぼ、MPがすっからかんになったリナを回復させるため、しばらく休憩タイムをもらう。
俺がMP回復のスキルと魔道具を身につけたことで、リナに魔力を吸わせるとかなり短時間で回復出来るようになった。
そして、歴史学者でもあるルセフ伯爵は、初めて訪れたドワーフの自治領に興味津々だ。
自ら出迎えてくれたオーリンたちに案内され、休憩時間を目いっぱい使って見学に回っていた。
俺とカーミラもその間、ノルテの次兄アドリンたちと旧交をあたためられた。
「そうか、移住した連中も元気にやってるんだな。ミスリルの製錬ができたら、おれも一度そっちを訪問してみたいよ・・・」
アドリンはマイン集落の様子が特に気になっているようだった。
ドワーフ自治領も魔物の大量発生で大変な状況のようで、きょうも長子のオレンが討伐隊を率いて出ているそうだ。
でも、シクホルト城塞の守りは堅いし、他の間道とかにも俺が作った結界の魔道具をいくつも設置していたから、ドワーフたちには目立った被害は出ていないと言う。
「プラトの国内は悲惨な状況らしい。戦争で城壁が破壊された街も多いし、なにしろ国軍が崩壊してしまったからな。レムルス軍が駐留していない地域は、魔物の波にのまれて幾つも街ごと消滅したとも聞くよ・・・」
やっぱり北の地域の方がより深刻な事態になっているらしい。
まもなく、オーリンとルセフ伯爵らが戻ってきた。
「シローどの、ここは本当に興味深いものが山ほどあるのう。いい経験をさせてもらったわい。欲を言えばあと2、3日滞在したかったが・・・」
名残惜しそうなルセフ伯爵らと共に、オーリンたちと別れを惜しんでから再び転移した。
「まあ、随分雪深いのですねぇ」
「ふむふむ、この雪は北国特有の結晶構造のようじゃのう・・・」
うー寒っ。
老夫婦みたいな伯爵とニルドナ女史は、のんきに雪談義とかしてるけど、よく平気だな。着てる物になにか魔法でもかかってるんだろうか。
転移登録してあったポイントは、“転移防止結界”を避けるためにミコライの城壁の外だったんだけど、前回来たときはまだ雪は積もってなかったから、まるで別世界だった。
衛兵に身分を告げると、事前にちゃんと連絡が行き届いていたらしく、用意されていた馬車に案内された。
除雪された道を宮殿に向かう。
「シロー、白いの全部雪?いっぱい雪・・・」
大森林地帯北部で育ったカーミラも、これだけ雪が積もった景色はめずらしいようで、はしゃいでいる。
そんな様子を伯爵はまた孫娘でも見るように、ニコニコしながら見守ってくれるのだ。
元の世界で雪はそれなりに見たことがある俺でも、石造りの建物が白く染め上げられたこの景色はきれいだな、と思う。
北欧とかロシアとかの歴史の古い街の冬景色ってこんな感じなんだろうか。
でも、そんな観光気分も、集合するまでだった。
夕暮れ時に歓迎の食事の席にと案内され、そこで初めて、今回の調査隊に加わった各国の要人たちが顔を揃えた。
気のせいじゃ無くピリピリした雰囲気が、豪華な室内を満たしている。
いつも余裕のある優雅な挙措のルセフ伯爵も、今は目が笑ってないよな。
ホスト国であるレムルスの将軍たち。
俺たちエルザーク王国の一行。
その他に紹介されたのは、メウローヌ王国、カテラ万神領、そして西方諸国とは決して良好な関係では無かったはずの、バルテア帝国からの参加者だった。
しかも、驚いたのはそれだけじゃなかった。
(シローさん、久しぶりだな。息災そうでなによりだ)
レムルスの将軍に丁重に挨拶しながら、こちらには視線ひとつ向けず遠話を飛ばしてきた。
パルテア帝国軍の元将軍で、現在はパルテア大学校に籍を置くベハナーム教授だった。




