第310話 力比べ
領内に侵入し村人にケガを負わせた騎馬の民を捕らえた。魔物の圧力を受け、羊の放牧で暮らしていたのが困難になっていたらしい。俺たちはそのテモール族という部族の長を訪ねることにした。
解放したドルジらにコモリンを飛ばしてついて行かせ、それをセンテが魔導師のスキル“座標共有”で位置を把握。魔法で転移する。
こうして俺たちは、北方平原の一角にあったテモール族の根拠地を訪れた。
うーん、やっぱりモンゴルっぽい。
パオって言ったっけ?布張りの円形の天幕が沢山並んでいる。
羊を追う子供や、編み物みたいなことをしている老人。
そろそろ夕方だから、炊事の煙が上がっている。
「こっちだ・・・」
騎乗のドルジが徒歩の俺たちにあわせて、馬をゆっくり歩かせる。
案内された先には遠目にもはっきりわかる大きな天幕。
大きさだけで無く、布に色とりどりの刺繍が施されていて、それだけ特別なのがわかる。
これがダクワルという長の天幕なんだろう。
最初に出てきたのは小柄な女、というか少女だった。
かなり整ってるけど、つり目でキツそうな顔立ち。ちょっと苦手なタイプかも。
<ダユン 女 17歳 騎馬民(LV7)>
年齢の割にはレベルは高めで、特にステータスで“弓技(LV5)”ってのが目を引く。
「おい、ドルジ、遅かったじゃないか。あたいと弓の勝負をするって約束したろ」
いきなり噛みつかれたのは、俺じゃなくてドルジの方だった。
「すまねえ、ダユン。わりぃがちょっとばかし大事な用件なんだ。エルザークの領主が族長と話がしたいってんで連れてきた。おやっさんはいるか?」
「なんだって、えるざ?って、あー南の国か。領主だってぇ?」
「・・・騒がしいぞ、なんだ」
天幕から続いて姿を現したのは、赤ら顔でやっぱりひげ面、頬に派手な傷のある大柄な男だった。
<ダクワル 男 44歳 騎馬民(LV17)>
こいつが長か。ってことはこのダユンってのは娘かな。妻じゃないよな、さすがに。
ドルジが馬を下りてダクワルのそばに寄り、耳打ちしている。
「なになに・・・ばか野郎っ、魔物から逃げて、しかも領主につかまっただと?」
「い、いや、羊を逃がそうとしただけで・・・う、面目ねえ」
ダクワルににらまれ、ドルジが小さくなってる。
「若いの、お前さんがエルザ-ク王国の領主だってのか?」
「ああ、西コバスナ山地からデーベル河の間を領地にしている、エルザーク王国のシロー・ツヅキ男爵だ」
精一杯、強気な態度をしてみせる。
「こいつらがうちの領地に侵入して、領民にケガをさせたから捕まえた。その場で始末してもよかったんだが、魔物に追われて食ってくのに困ってるって聞いたから、もし俺の領民になるなら受け入れてもいいと思って会いに来たんだ」
ダクワルは何やら値踏みするような目で、俺と女子たち、センテの6人を見回している。
「その人数でノコノコこのダクワルさまのところに乗り込んでくるたぁ、てめえは馬鹿か?」
そう言い放つと、ダクワルはいきなり腰に吊していた曲刀を抜きはなった。
わかりやすいヤツだな。
これなら話が早い。
脅すだけのつもりだったのかもしれないけど、素早く踏み込んで斬りかかってこようとする。
「この平原じゃ、力のある者がせ・・・イテッ!!」
足下に突然盛り上がった粘土の塊につまずいて、見事にすっころんだ・・・
「お父ちゃんっ、何ドジ踏んでんだよっ!?」
「っ痛ー」
顔から地面に突っ込んだダクワルは、娘になじられながら赤く腫れた鼻を押さえて立ち上がろうとした。カッコわる・・・
その首筋に、俺は抜いた刀を突きつけた。
「“力のある者が正義”って言おうとしたのか?そっちがそう言う考えなら、遠慮しないけど?」
俺が合図すると、センテがこれ見よがしに長い詠唱を始めた。
「ちょ、ちょっと待て、魔法とかずりぃだろが」
なにソレ?ここ、剣と魔法の世界だよね?
いつの間にかまわりに集まってきた遊牧民たちが、ひそひそ話をしてる。
「くっ・・・そうだ、勝負しろっ、平原の流儀にのっとって正式な勝負だ!それでオレたちテモール族の戦士に勝ったら従ってやるぜ」
「「「おおーっ」」」
なんかよくわからんけど、歓声が上がった。
なんでも、北方平原の遊牧民たちの間にはもめ事を解決するための、伝統的な勝負事があるらしい。
「相撲だ、男の力を示すのには相撲と相場はきまっとるっ・・・ゴルスン!ゴルスンはいるかぁっ!?」
「「「ゴルスン、ゴルスンっ」」」
大天幕のまわりに集まってきた老若男女が、えらく盛り上がってる。
その歓声の中、遊牧民の人波をかきわけて、頭ひとつ大きな男が現れた。
<ゴルスン 男 30歳 戦士(LV16)>
こいつはジョブが<戦士>だ。
全員が全員、<騎馬民>ってわけじゃないんだな。
「あれ?あんたが戦うわけじゃ無いのか?」
「も、もちろん、オレさまが戦ってもよいのだが、オレは族長だからな、神意を占うには部族を代表して戦士を選んでもよいのだ。オマエも誰か代理を立ててもよいのだぞ?ふははっ」
ありゃー、せこいわ、こいつ。男が俺とセンテって、武闘派に見えないヤツしかいないからって思ったんだな。
しかもかえって墓穴掘ってるしな・・・
「じゃあ、私が代理で戦いますね」
エヴァがにっこり微笑んだ。
「な、なんだとっ、その女がゴルスンと相撲で勝負だと、なめとるのかっ」
「いや、いいぜ、おう、おれが相手だ」
不満の声をあげたダクワルを遮るように、ゴルスンが代理戦を受け入れた。
好色そうな顔をして、両手がなんか空をもんでますよ。わかりやっすー。
けどエヴァは表向き嫌そうな顔も見せず、いい笑顔を振りまいてる。
「やれやれー、やっちめえー」
「こらぁ、ゴルスン、おいしすぎるぞぉっ」
ヤジだか声援だかわからない声がいっぱい飛び交う中、一応審判らしい、年配の男が合図を出した。
「はじめっ!」
ひゅ――――――
「「「・・・」」」
一瞬だった。
欲望丸出しのゴルスンの両手はエヴァの体に触れることさえできず、すっ飛んでいった。
ヴァンパイア・ハーフの身体能力に普通の人間が敵うわけがないよな。
「・・・勝負あり。エルザーク、ツヅキ男爵側の勝ちだ」
「ちょ、ちょっと待てっ、まだこれで決まりじゃ無いぞっ。三本勝負だ、そうそう、平原の正式な勝負事は三本勝負なんだ、うん。そうだよな?みんな??」
審判の裁定に、ダクワルは間髪おかずにズルいことを言い出した。
うっわー、マジかっこ悪いわ、おっさん。
「そ、そうだ、弓だよ弓。平原の民は弓の腕こそ実力なのだっ!」
「・・・そうだな、あたいが出る!」
父親をフォローしようと思ったのか、あのダユンという娘が名乗りを上げた。
たしかに“弓技(LV5)”だからかなりの腕ではありそうだけど。
「い、いや、ここはドルジ、オマエが行けっ!」
けど、ダクワルがそれを止めた。
「なんでだよっ、父ちゃん、このままじゃ族長一族が軽く見られるだろ」
「いや、だが、ここは絶対に落とせんのだ・・・」
父娘がひそひそ話をしているが、丸聞こえだ。
「うむ、きょうは不覚をとったが、このドルジが本気で弓を使えばどれほどの腕か、見せてやる」
ドルジの方はやる気満々だ。
ただ、相手が悪かったな。
「私の出番ね」
ルシエンが目を細めて楽しそうに声をあげた。そして・・・
「勝負あり!!」
「「「・・・」」」
で、また繰り返しだ。
「ま、待て待て、勝負はまだこれからだ・・・そうだ、酒だ、酒の飲み比べだっ!神意を問うには神に捧げる御酒で試さねばなっ!!これこそ、族長たるオレ自身が挑むにふさわしいわいっ、勝負だぁーっ!!」
あー、ノルテがめっちゃ嬉しそうなんですけど・・・
その頃には、大天幕のまわりには黒山の人だかりができていた。
部族の長老衆だという年配の男たちが心配そうにダクワルのまわりに集まり、引っ込みがつかなくなったダクワルは、精一杯の虚勢を張りながら上着を脱ぎ、上半身裸になる。
「持ってこーい、今年の新酒、樽ごとだぁーっ!!」
ドワーフの娘に飲み比べを挑むなんて残念すぎる・・・
ちーん。
「「「・・・」」」
「・・・父ちゃん、父ちゃんっ! しっかりしろよっ!!」
飲み過ぎてぶっ倒れたダクワルを、娘のダユンや部族の者たちが必死に介抱している。
「平原の地酒もなかなかいけますね」
ノルテはケロッとしてる。
「しょ、勝負ありだ・・・ツヅキ男爵の勝ちだ」
長老衆がしばらくひそひそ話を続けた挙げ句、やがてそろって俺の前に頭を垂れた。
「・・・テモール族に二言は無い。約束は守りまする」
こうして、新たな領民が加わった。




