第309話 騎馬の民
二の月・新月の日の昼、王都から戻った俺は、結界の魔道具を設置して外敵の侵入を防ぐようにしていた領地に、ならず者の集団が侵入している、と知らされた。
王都での謁見のために着ていた貴族の正装から、いつでも荒事に対応できるよう、慣れた冒険者姿に着替えて執務室に戻ると、センテから遠話で一報が入った。
《お館様、侵入したのは北方平原の遊牧民と見られます。マイン集落に入植した新村民の畑地におよそ50騎が入り込み、小競り合いが発生。双方に負傷者が出ていますが、今のところ死者はおらぬようです・・・》
以前、レムルス帝国から北方山脈のノルテの故郷を探しに行ったとき、途中の乾燥地帯にいくつかの遊牧民の部族がいる地域を通った。
どこの国にも属さず、部族間でも争いながら、馬や羊を飼って暮らしている連中だった。
センテの見るところ、そうした部族のひとつが、西コバスナ山地を越えて北から侵入したんじゃないかと言う。
徒歩だって越えるのが難しい山地を、馬で越えるなんて可能なのか?って疑問も浮かんだけど、それ以前に結界装置はどうなったんだろう?
《それですが・・・おそらく連中は侵略の意図を持っていなかったのだと思われます。ですから、索敵スキルと組み合わせた“選択式結界”では、敵だと認識されず効果を発揮しなかったのではないかと。魔物に追われたか、難を逃れるために必死に山に逃げ込み、たまたま当家の所領に入り込んだのか。ただ、入ってみたら美味しい獲物が目の前にいた、というところかもしれませんな》
北方平原は雨がめったに降らず砂漠や乾燥地帯が広がっている地域だ。
農作物はあまり育たないし、夜になるとアンデッドが徘徊する厳しい土地で、だからこれまでどの国も無理に版図に加えようとしてこなかった。
そこに暮らす遊牧民たちが山の南側に迷い込んだら、そこには耕地が広がり森や草原も豊かだ・・・となったら、ここを支配下に置こう、とも思うか。
ただ、この世界のルールで言えば明らかに領地への不法侵入だ。
「退去を要求して従わなければ実力行使、だよな?」
《そうですな。なるべく殺さないように致します。ただ、実の所、動きが速く戦い慣れしていて、思ったより手強そうなのです》
「わかった、俺たちもこれから向かうよ」
《はっ、それまで村人に被害を出さないことを優先します》
マイン集落は遠いから、現地にはセンテが転移魔法でアンゲロと冒険者3人組を連れて行っている。
「ビョルケンさんたちドワーフの男の人たちも20人ぐらい向かって、後の人たちは洞窟内に避難したそうです」
ノルテは仲良しのアナに俺が作った“携帯遠話”の魔道具を渡している。
ノルテにつながるよう特に調整してあるホットラインだ。
それでアナの父親のビョルケンらドワーフたちの状況を聞いたらしい。
そもそも今回の第一報も、このアナからノルテへの遠話だったそうだ。
相手の強さはわからないけど、センテたちが駆けつけて、ドワーフの戦士が20人応援に行ったのなら、とりあえず一方的にやられるってことはないはずだ。
「ニコラス、しばらくここを任せる。なにかあったらオリハナから遠話を結ばせてくれ」
「わかりました。お気をつけて」
「シローさん、こちらもみんな準備できてます」
革鎧姿のエヴァ、ノルテ、カーミラ、ルシエンとパーティー編成して、リナの転移で温泉地まで飛んだ。
「シロー、マイン集落で登録してるの、ここなのね」
ルシエン、その残念そうな目はヤメて。・・・う、みんなですか?
いいじゃん・・・ほら、気配がするし。
「馬の匂い、知らない男、いっぱい」
カーミラがすぐに方角と距離をつかんだようだ。
「・・・いるわね。距離500歩、ああ、センテとドワーフたちに包囲されるのを避けて迂回してるのね」
真顔に戻ったルシエンが、精霊たちを通じて状況を分析する。
「先回りできるかな?」
「ええ、あっちね」
遊牧民と思われる連中が馬を走らせているところより標高の高い山の斜面を、有視界の短距離転移で移動し、鼻先を押さえる位置に出る。
「うおっ!伏兵か?」
浅黒いひげ面の男に率いられた騎馬隊は、突然進路に現れた俺たちに驚いたものの、数が少ないと見てそのまま突破をはかる。
そこを遮るように、いきなり粘土壁を立てた。
「わっ!」
馬ごと壁にぶち当たって数人が投げ出されたが、後続の者たちは見事な手綱さばきで回避する。
だが、その時には30騎ほどを囲い込む壁が完成していた。
「な、なんだこれは」
俺たちは斜面の上から、囲い込まれた遊牧民たちを見下ろす位置にいる。
<ドルジ 男 31歳 騎馬民(LV13)>
一団を率いていた様子のひげ男は、<騎馬民>というジョブだった。
と言うか、ほとんど全員そうだった。
“騎乗”と“弓技”のスキルが全体に高いほか、“察知”とか“馴化”、“追跡”などのスキルを持つ者が多い。
こういうのがジョブの固有スキルなのかな。
全体に浅黒い肌で、ちょっと東洋風な顔立ちのやつが多い。
モンゴルとかそっち系に近いのかな。
俺は、これ見よがしに“火素”を集めて連中の頭上に浮かべ、なるべく威圧感を込めて声をあげた。
「武器を捨てろ!俺はシロー・ツヅキ男爵、このあたりの領主だ」
よそのシマを荒らしちゃいけねぇよ、って、ヤクザ者にも通じる理屈だ。
「・・・あいつ、魔法使いか?」
「なんだかよくわからんが、この壁を作ったのもあの男の魔法らしいな・・・」
騎馬の民がひそひそ会話するのを、パーティー編成しているおかげで、カーミラやルシエンの聴力でだいたい把握できる。
訛りみたいなのがあってちょっとわかりにくいけど、基本的には普通に使われるレムリア語のバリエーションみたいだ。
しぶしぶ、って感じだったけど、持っていた弓を地に落とした。
けど腰に差した短剣とか曲刀っぽいものはそのままだ。油断できないな。
その頃になって、センテに率いられた新村民とドワーフたちがやってきた。
徒歩だからな、騎馬で逃げられたら追いつけない。
「お館様、申しわけない。お手を煩わせました」
センテはそう言うけど、カーミラとルシエンの索敵能力のおかげだからね。
騎馬民たちから目を離さないまま、詳しい状況を聞いた。
朝方、西コバスナ山地の中で少しだけ低くなっている峠みたいなところを越えて、連中が三々五々侵入してきたらしい。
最初に気付いたのは山間で狩りをしていた狩人たちで、驚いて誰何したところ問答無用で矢を射られた。
で、けが人が出た狩人たちは、大声をあげながら山の下の耕作地まで走って逃げた。
声に驚いて集まってきた農民たちと遊牧民らの間で戦闘が始まった、ということだ。
村人側は、最初は人数も少なく武器も鍬とか鋤とかしか持っていなかったため、一方的に蹂躙されて、十人近くが矢傷を負わされた。
けれど幸い死者は出ず、先日、東部の魔物の掃討戦でレベリングをした数人が駆けつけたことで、なんとか持ち直した。
そして、遠話で連絡を受けたセンテたちが駆けつけたことで戦況は逆転し、遊牧民たちは包囲されないように逃げ回るように馬を駆りながら、それでも立ち去ろうとはしなかったらしい。
「ふーん、妙ね」
「そうですね」
ルシエンとエヴァが言うとおりだ。うちの所領に攻め込んだわけじゃなさそうだな。
「おい、ドルジ、お前がリーダーか?」
名前を呼ぶと、ひげ男がびくっと驚いた顔をする。
「なにをしに来た?正直に言えば、皆殺しにはしない」
その気になれば皆殺しにできるんだぞ?という脅しをこめて問いただした。
「ちっ、えらそうに・・・」
いかにも不満げだったが、それでもドルジという男は口を開いた。
喋るのは苦手なのか訛りのせいか、理解するのにちょっと時間がかかったが、連中の言い分はこういうものだった。
彼らは北方平原の乾燥地帯で羊を追う多くの部族の1つ、テモール族の戦士らしい。
けさ、羊を放牧するため集落を離れたところ魔物の群れに出くわし、多勢に無勢で西コバスナ山地に避難した。
ところが、きょうは魔物の群れがしつこく追ってきたため、山の上の方まで上がっていったところ、稜線を横切って南に出られる間道を見つけ、こちら側に初めて下りて来たのだと。
「羊を魔物に喰わせるわけにはいかんからな。魔物が増えて女子供が飢えている。テモールの戦士は魔物から逃げたりせんっ」
事情を話したがらなかったのは、遊牧民の戦士にとって魔物から逃げるのは恥だから、らしい。
だから、羊を守るため“一時転進”したのだ、“退却ではない”と。
どっかの昔の軍隊みたいだ。
「その気になれば、ドルジの矢は農民の心の臓をあやまたず貫く。無用な殺生はせん証しとして命を取らなかったのだ」
とか言って胸を張ってるし・・・
ただ、たぶん本当のことを言ってるんだろう。
この男は、“弓技(LV6)”なんていう高レベルのスキル持ちだ。
ルシエンほどではないけど、本当に侵略する気なら、村人に死者が出てないはずは無い。
だから俺も話を聞く気になったんだ。
「いま魔物の大発生が、大陸中の迷宮で起きている。ただ、西コバスナ山地の北側の迷宮は、俺の部下たち、こっちのセンテたちが制圧したから、もう新たな魔物が湧いて出る危険はなくなったぞ」
そう伝えると、連中はびっくりして互いに顔を見合わせた。
「なんだと!?あの迷宮をか・・・信じられん」
テモール族の間では、あの迷宮の存在は以前から知られていたそうだ。
他の大きな部族がこのあたりに手を出さなかったのもそのためで、だから中堅クラスのテモール族が危険はあるものの住み着いていたのだ、と。
とは言え、迷宮から新たに湧き出す魔物は止められても、既にあふれ出ている魔物だけで相当な数だ。
西コバスナ山地の北側までは、俺たちも討伐していないからな。
「ぬぬ・・・だが、我らは自由の民だ。ここがオマエの村だと言うなら村は荒さぬが、どこに行こうと我らの自由だ」
「なにを言っている。領主貴族の所領、そしてエルザーク王国の版図に勝手に立ち入るだけでも犯罪だ。討伐の対象になるぞ」
なおも非を認めようとしないドルジに対し、センテがあきれたように言う。
「我らは羊を養えねば生きられん。北の平原にはもはや魔物がうろつかぬ草地が足りぬのだ。魔物だけでなく部族の争いも激しくなっている」
羊を養えるエリアに魔物があふれ出し、残されたわずかな牧草地とかを遊牧民同士が争っている、ってことか。
どうしましょうか?とノルテが視線で俺に問いかけてきた。
侵入者は斬り捨てる、なんてことは、できればしたくないよな。
「テモール族が俺の領民になるなら、西コバスナ山地の北側を使ってもいいんだけどな?」
“どこまでが俺の所領か?”問題に戻っちゃうけど、解釈のしようによっては西コバスナ山地自体までは俺の領地とも言える。
稜線の南側まで入らせると農民やドワーフたちとの棲み分けが面倒だけど、北斜面にもそれなりに草木が生えているし、そっち側に住んだり放牧する分には構わないと思う。
「我らに従えだと?我らは誇り高きテモール族、族長はダクワルだ。ダクワルが従うならオマエに従ってもいい」
「勝手なことを。この場で始末してもいいのだぞ?」
カッとなってるのは斧を片手に包囲網に加わっていたドワーフのリーダー、ハルドルだ。
ドワーフの男たちは直情径行だからな。
俺はいきり立つドワーフたちを手で制して、ドルジに伝えた。
「だったら、そのダクワルのところに案内してくれ。俺が直接話してみたい」
「なにっ?」
余計なことかもしれないけど、ここで数十人の遊牧民を殺すなんてぞっとしないし、1千人いるという部族の連中にずっと恨まれることになっても、なんの得にもならないからな。
ひょっとしたら、すごい美人とか伝説のお宝とか、そういう展開があるかもしれないし。
(ぜったい無いからね?あんたの頭、ほんとにお花畑!?)
リナ、念話をパーティーに中継するのはヤメろ。
みんなの視線がイタい・・・




