第304話 魔物の津波②
魔物の波に飲み込まれかけていた、となりのロトトらを救援するため、俺たちは西シゲウツ集落に乗り込んだ。
「おぉ・・・神々はわしらをお見捨てにならなかったぞ!」
「キヌークの男爵様は名君と噂されていたが、本当だったのじゃな・・・」
「ロット准男爵様のところにご案内をっ、だれかケガをしとらん者、動ける者はっ?」
オークの群れを駆逐し結界内の西シゲウツ村に入った俺たちを、絶望的な状況にあった村人たちが歓迎してくれた。
小屋の陰などに隠れていた村人たちは、ケガをしている者も多いようだが、今は一人一人治療してやっている時間は無い。
村人たちはロトトのところに案内してくれようとしているようだが、ここまで来れば、俺の地図スキルにも人が集まっているところがどの辺かは映し出される。
「・・・魔物もいるわね、低レベルだけど」
「コウモリ?」
ルシエンとカーミラが声を挙げた。
たしかに、人が集まってる方角に、赤い小さな光点も多数動いている。結界装置で防げなかったんだろうか。
「行こうっ」
俺たちは村人の案内を待たず、馬を走らせた。
「ウォーッ」
「ひるむなっ!」
兵たちの声が聞こえてきた。
領主の館の前に広場みたいなところがあって、大勢の避難民たちが集まっていた。
そのまわりをロトトと配下の兵たちが守って、飛び回る吸血コウモリの群れを寄せ付けないように防戦しているらしい。
力量はともかくとして、ロトトのおっさんは、民を守る領主の責務を果たそうって気概はちゃんとあるらしい。
ヒュンッと弓音が響き、俺の目にははっきり見えなかったけど、赤い光点が1つ消えた。
リナが呪文を唱え、火の玉が飛んでいく。さらに1匹撃墜。
「おーっ、援軍か!?あれは・・・」
「シローかっ」
こっちに気付いたロトトが大声をあげた。
「数が多すぎますな・・・ルシエンさま、風魔法で押さえつけられますか」
「わかったわ」
センテに声をかけられたルシエンが、コウモリの群れを風で地面に押しつける。
「・・・麻痺せよ」
そこに向けて手のひらをかざし、センテが呪文を重ねると、コウモリたちがぴくぴく震えて地面に転がる。
なるほど。
“麻痺”の呪文って、集団に対してこういう使い方もできるんだな。
「今のうちにとどめを」
「・・・わ、わかった。みな!吸血コウモリを仕留めろっ」
「「「はっ」」」
一時的に地面に転がった魔物を、これまでの恨みを晴らすかのように、ロトトの兵たちが串刺しにしていく。
侵入してきた魔物は他には残っていないようだ。
「シローどのっ、よくぞ来て下さった!心から感謝しますぞ。まことにふがいないことだが、ビストリアの伯爵殿も自領の防衛で手一杯らしく他に頼れる者もおらず・・・」
ひげ面のおっさんに抱きつかれても嬉しくはないけど、ロトトだけでなく避難していた村人たちにも大歓声で迎えられる。
こういう時どうしたらいいのか、俺には苦手分野だ。
エヴァが愛想良く笑顔を振りまいて歓呼に応えてくれて助かったけど、
「あ、あの美女は誰だ」「女神様じゃぁ」
とか、それはそれでさらに話題になっていた。
ロトトは兵らに警戒を任せ、俺たちを館に案内した。
メイドらしい女性が運んでくれたお茶と軽食で一息入れながら、なにが起きたかを聞く。
きのうの異変は、ここでも魔法使いのククルスが一応気付いて、ロトトに“嫌な予感がする”とか伝えていたらしい。
それで王都からの連絡を受けてからはすぐに、領民たちに“遠方への狩りなどには出ぬように”と声をかけていたが、夜中に魔物の襲撃が始まったそうだ。
うちへの襲撃より早いな。
結界装置の効果が及ばなかった館から遠い家々は、最初は魔猪、次いでコボルドやオークの群れにあっという間に飲み込まれたらしく、夜中と言うこともあって被害実態が把握できないまま、目が覚めて行動できた村人は領主館の方に逃げ込んで来たそうだ。
選択式結界装置は、物理的に人や魔物の移動を止めるわけではなく、魔物や盗賊の認識を結界内に向けさせない働きをするものだから、既に特定の村人を追いかけていたオークなどは何匹か結界内にも中に入り込んできた。
それをロトトらが必死に退治し、領民の8割ぐらいはなんとか結界内に収容できているらしい。
ただ、地上からの侵入は今のところそれ以上は無いものの、上からは吸血コウモリの群れに侵入されたそうだ。
入ってくる瞬間を誰も見ていなかったから、どういう状況だったかわからないみたいだ。
「想像だけど、半球状に認識阻害の結界に覆われているわけでしょ?だとしたら、たまたまこの結界上を飛んでいたものが、方向感覚を失って迷い込んじゃうってこともあるんじゃないかしら」
「そうですな・・・こうした結界は物理的な壁ではありません。地上の魔物は無意識に結界を避けるように方向を変えるとしても、“上”にいたものは方向を見失えば、落ちてくる、というのはありそうです」
ルシエンとセンテがそう推理する。
結界にも色んなタイプがある。
城市によく張られている“転移防止結界”は、魔法効果を遮る壁で、転移魔法で超えようとすると結界面で弾かれて落下したりするけど、矢玉や物理的な侵入などは防げない。
一方で、姿を隠したりする結界魔法や俺が自作した選択式結界の魔道具は、人や魔物の認識・認知能力をねじ曲げ、ごまかす障壁だと言える。
相手は自分では意識しないまま、そこを避ける動きをしているわけで、偶然入り込む可能性もゼロではない。
だとすると、効果が無いわけではないけど、一定の確率で空から迷い込んでくることはある、というわけだ。
「キヌークに知らせておいた方がいいな」
俺たちが不在の間は、吸血コウモリぐらいでも村人にとっては脅威だし、万一ワイバーンとかもっと高レベルの飛行モンスターが現れたら大惨事になりかねない。
リナを通じて連絡役のオリハナと守備兵を率いるアンゲロ、アポスト村長、そしてマイン集落の連中にも、上空の警戒を怠らないよう、そして襲撃を受けたら頑丈な建物や洞窟に逃げ込むように伝えておく。
オリハナのところに集まっている情報では、今のところキヌークでは被害は出ていないそうでほっとする。
《それと、王都から連絡が入りました。やっぱり各地で魔物が大発生しているそうです・・・》
俺たちが戦闘中で遠話がつながりにくいときは、オリハナを連絡係として届けてある。
今朝入ったデーバから各領主への魔法通信によると、最も早いところでビストリアなどには夜中から、そして夜明けと共に各地で魔物のスタンピードらしい現象が起きている。
少なくともエルザ-ク王国の広い範囲で。
そして、きのうの魔力の地震、魔王の波動が大陸各地で観測されたことを考えると、たぶん大陸中で同じようなことが起きているのだろう。
とてつもない規模、まさに魔物の津波だ。
「どう思う?」
ロトトと腹心のククルス、そして俺たち一行も状況をはかりかねていた。
ロトトによると、西シゲウツに魔物が押し寄せてきたのと前後して、東から逃げて来た者たちがかなりの数いたと言う。
「東シゲウツの領民たちだった。あっちは壊滅的らしい」
旧シゲウツ村の東半分は、ホラン准男爵というロトトとは仲の悪い新貴族に所領として与えられていた。
だがそこは、結界装置みたいな高価な魔道具は持っておらず、避難者たちによるとあっという間に魔物の群れに飲み込まれたそうだ。
ホランの館をわずかばかりの兵が守って戦っているのは何人かの村人たちが見ていたが、館に逃げ込もうとした村人を受け入れてもくれず、それで途方に暮れた者たちが西シゲウツまで決死の逃避行を図り、ほんの一部だけがたどり着けたらしい。
「オレのところはシローどのの魔道具のおかげで助かったが、しかし、ホランのヤツめ、領主が村人を盾にして自分たちだけ助かろうなど、騎士の風上にも置けぬわ」
ビストリアの城市には結界装置があるそうだから、なんとか持ちこたえているだろうけど、この様子だと、そう言う物を備えていないであろう中小の町や村は悲惨な状況になっていそうだ。
「一体どこから、これほどの魔物が出現したのでしょう?」
ククルスの疑問はみんなが抱いてることだった。
“魔王の波動”とかが大陸を覆ったとして、それで無から有が生じるみたいに、突然大量の魔物が生まれるものなんだろうか?
エネルギー保存の法則とか、そういうのはひょっとしてこっちの世界には無いのかもしれないけど、いくらなんでも無理ゲーじゃね?
「魔物の押し寄せ方には、なんとなく規則性がありそうに思いませんか?」
考え込んでいたエヴァが、そう言い出した。
「そうね。一番早かったのが夜中に襲われたビストリア、そしてシゲウツあたりで、次が未明のキヌーク・・・」
続くルシエンの言葉にみんなハッとした。
魔物はエルザークの北部ほど早く、しかも大量に発生しているってことか?
そしてやはり、最初は低レベルのものが、後から段々レベルの高い者が現れている。だから、キヌークにはまだ魔猪ぐらいなのに、既に第二波が来ているこの辺りにはオークリーダーまで出ているのだ。
「魔王が封印されているというミコライの北部、そこからの距離が影響しているのかもしれないわね・・・」
考え込み始めたその時、脳内地図になにかのアラートが鳴った。
「!?」
そういえば、シゲウツの結界に入る前にコモリンを上空に放ったままだった。
そのまま周辺の偵察に飛んでいるコモリンは、幸い、吸血コウモリに襲われたりはしていないようだけど・・・
「えっ、白い点!?」
脳内地図に浮かんだ数え切れないほどの赤い点、その中に魔物では無い生存者を示すいくつかの白い点がたしかに浮かんでいた。
それは魔物に追われ、逃げ惑っているように見えた。




