第32話 魔法戦士
迷宮一階層を突破した翌日、俺たちは早くも二階層の主に挑むことになった。
数えてみると、俺がこっちの世界に転生してから一週間経ったことになる。
もっともこの世界では「週」という概念がないようで、俺も段々、曜日とか月日の感覚が曖昧になっている。
こっちの暦はまだ今ひとつ飲み込めていないが、こっち風に言うと、今日は、「一の月、下弦の十日」と言うらしい。
夜明けと共に出立した際、中央広場に早朝から市が出て多くの人がいた。
それでベスに聞くと、上弦の十日と下弦の十日には朝市が立つんだと教えてくれたんだ。
ちょっと話をしてると、ようやく軽蔑の視線が和らいだ、気がする。俺のコミュ力がレベル0から1にアップしたに違いない。
相変わらず眉間にしわを寄せて人の顔を見るのは、嫌われてるからじゃなく、ベスの癖でしかない、たぶん。
迷宮に入ったのは、きょうは6名+人形だけだ。
バタはやはりしばらくは無理がきかない状態だったし、昨日の教訓から、必ずしも人数が多い方が有利とは言えないことがわかったからだ。
念のため、ヴァロンは今日は番小屋の交替要員として待機することになり、迷宮の入口で別れた。
昨日の激戦で、ヴァロンも含めメンバー全員が1レベルずつ上がっていた。
グレオンが俺と同じLV9で、一番低いベスでもLV6だ。これなら、6人だけとは言え、最初の主力パーティーを平均レベルでは既に上回ってるな。
とは言え、油断は禁物だ。相手も強くなっているし、いのちだいじに、ね。
入口で粘土壁を消してから、二階層の奥までは、さすがに1時間ぐらいかかった。
途中、魔物は湧いていなかったが、かなりでかいムカデの群れとか蛇とかが出て、ベスが悲鳴を上げながら焼き払っていた。
ちょっとMPの無駄遣いみたいな気もするけどな。
そして今、俺たちの前にはまた、オレンジ色に淡く光る迷宮ワームの抜け殻がある。昨日の一階層の主の巣より、ちょっとだけ大きいような気がする。
「ワームは掘り進みながら成長していくからな。一年分大きくなってるんだ」
気のせいじゃなかったようだ。
確かに緩やかにらせんを描きながら下がっていく地下二階層の洞窟は、上の層より少しトンネルも広かったよな。じゃあ、この化け物はどこまで巨大になるんだ、一体?
とは言え、今はまず目前の敵、「迷宮二階層の主」だ。
ラルークが閉じていた目を開く。
「オークと言えばオークのようだが、魔力が濃い。魔法使い、なんているのか?」
「オークメイジ、って言う、魔法を使えるオークもいる、って聞いたことがありますけど」
自分の索敵感覚に確信が持てない様子のラルークに、ベスが答えた。パーティーで一番年下なのに、知識は豊富なんだよな。
「魔法戦になるとすれば初めてですね。慎重に行きましょう」
カレーナの合図に、セラミック鎧に身を固めたリナと俺、グレオンとセシリーが、抜け殻の亀裂に手をかける。
びりびり体内を魔力が走る感触もこれで二度目だ。
4人がかりで亀裂を広げた隙間に、また一番乗りでラルークが潜り込む。つながれた感覚でパーティー6人に、そしておそらくリナにも、結界内の情報が感じられる。
昨日より、やはり一回り広く長細い空間だ。奥には?いや、中央付近に小山のような構造物がある。骨や得体の知れないものが積み上がり、巣山、いやもっと高度な、砦の見張り台みたいな雰囲気だ。
そこに立つオークらしい姿が、こちらを見る様子にも、知性みたいなものを感じる。
判別しようと目視した途端に、見張り台に身を隠された。
しかし、そこから弧を描いて炎の塊が飛んでくる。ベスの魔法と似ている。
俺は粘土壁をパーティーの前に出して遮る。高熱で、ただの粘土がセラミックになりそうだ。
しかし、炎が漏れないようにのぞき穴もあけられないとすると、向こうが見えないぞ。
ベスが先ほどの見張り台の位置を記憶で狙い、壁の陰から得意の炎の気流を飛ばす。しかし、向こうも構造物の陰に身を隠しながら、魔法を打ち返してくる。
ベスが放つ炎の気流は、相手が身を隠している構造物に阻まれて効果がないようだ。威力を増そうと絞り込んだ高密度の火の玉にして投じると、今度はなかなか当たらない。前も思ったが、ベスはコントロールはあまりよくないみたいだ。
とは言え、現状他に手が無い。
これは、ちゃんとした構造物に隠れられる向こうが有利だよな。城攻めには3倍の兵力が必要とも言うしな。
だが、兵力比は7対1だ。
攻撃を防ぎながら接近できれば、あとは数の力が生きる。
「ベス、魔法の盾を張って」
「それで前進しよう」
みんなの考えが一致して、盾役をベスに代わってもらう。
攻撃をいったん捨てていいなら、重いセラミック壁より視界も確保できる魔法の盾の方がいい。
ベスに魔法壁を展開してもらい、その陰に入って、俺たちは一斉に駆けだした。
距離を詰める。
階層の主は、火の玉を放つが、ベスの魔法の盾に一度防がれると、今度は盾の外から巻き込むように気流に乗せた炎を飛ばしてくる。
それに対してカレーナが、レベルアップで覚えた呪文だろうか。
「守護!」
と唱えると、俺たち全員の体を包むように、かすかな光沢が一瞬きらめいた。
それが何らかの防御力を向上させてくれているようで、炎がかすめたぐらいでは、特にやけども負わなかった。
小山にたどり着く。
四方から一気に駆け上がろうとするが、足場が悪く両手も使って上ることになる。そこに近距離から炎が打ち込まれる。俺がとっさに小さな粘土壁を作り出して防ぐ。
さすがに熱い!
それでも、真っ先にグレオンが見張り台にとりつき、鞘に納めていた剣を引き抜く。見張り台の陰のオークに飛びかかる。相手が魔法使いなら、近接戦に持ち込めばこっちのものだ。
激しく剣と剣のぶつかる音が響き、なんと、グレオンの巨体が小山の上から弾き落とされた。
剣を抜いたオークが、次に駆け上がったセシリーに斬りかかる。
坂の上から下へ、体重を乗せた剣撃に、セシリーは転落は免れたものの、
小山の上に押し倒された。
<オーク魔法戦士LV12>
動きの速い奴の姿を視界にやっと捉えた時、浮かび上がったのは予想もしていなかった表示だった。パーティーの感覚共有で皆の驚きが伝わった。
「オークの魔法戦士!?」
「人間だって滅多に聞かないジョブ・・・」
リナと俺が同時に横から切りかかるが、巧みな剣さばきで2本の剣が簡単に弾かれた。やばい!と思ったとき弓音が響き、背後からラルークが放った矢を奴は剣で切り払う。強いぞこいつ!LV12だからな。
ベスが魔法を放つが、オークは魔法の盾で防ぐ。一方で、右手の剣で俺たち前衛をさばき、反撃に転じた。
下から剣を振り上げる不利に、3対1でも防戦一方だ。
「いったん退け!」
起き上がったグレオンが下から叫ぶ。
セシリー、リナと俺は、追撃の剣をさけながら、小山から滑り降りる。
入れ替わるように、ベスの魔法、ラルークとカレーナの矢が狙うが、途端に奴は魔法盾を張り守備に切り替える。
ラルークが背後に回ろうと小山の裏側に走り込むが、すると奴は見張り台の中に身を潜めてしまう。
膠着状態だ。
俺は、念話でリナに、考えた段取りを素早く伝えると、単純な手だが粘土の塊をありったけ空中に作り出し、オークの上からたたきつけた。
奴は魔法盾を頭上に張って受け止める。
だが、1トン以上の粘土塊に重力加速度が加わって、盾と奴を支えていた、見張り台の方が持たなかった。
グシャっ、と魔物の骨や皮で組み上げられていた小山がへこみ、次の瞬間、崩壊する。
俺たちが再び、剣を構えて殺到する。もう高低差は無い。
瓦礫の山から身を起こしたオーク魔法戦士は、それでも優れた剣技で防ぐ。
ベスが俺たちに当たらないよう、上から吹き込むように炎の気流を送り込む。それも奴はとっさに張った魔法盾で受け止める。
ラルークが奴の側面にまわり打ち込んだ矢は、予測していたのか、剣で弾かれる。
だが、その時、背後から放たれたもう一つの火球が奴を捉えた。
大した威力ではないが、それでも無防備な背面から近距離で打ち込まれた火の玉が、全身を包む。
燃え上がりながら振り返る奴を、ついにグレオンと俺の剣が捉えた。
オークの魔法戦士の最後の思考は、なぜ?だったかもしれない。
倒れ込む奴の視線の先には、ベスそっくりの格好になったリナが立っていた。




