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第299話 転生一周年 お気楽領主の一日

俺が事故死したのは1月中頃の週末、センター試験の朝だった・・・

「・・・シロー、あさだよ。カーミラお腹減った」


 一の月、下弦の3日の夜明け。

 カーミラの“日直”の最終日だけど、もう満月から二晩経ってだいぶ落ち着いている。

 というわけで俺もそんなに消耗してないから、すっきりお目覚めですよ。


「ああ、お腹空いたよな。みんなも起きてるみたいだし、ご飯にしよう」

「うん、ごはん」


 手早く着替えると、隣室の女子たちに声をかけて同じ二階にある応接間に向かう。

 パートナーたちだけとの食事の時は、一階には降りずこっちを使っている。


 さほど待たされることも無く、メラニーが食事を運んでくる。


 家臣たちには一階の食堂で、村のおばちゃんたちが“まかない飯”を用意してくれてるのは変わらないが、新年になってからはロズウェルとメラニーの夫婦が俺たち専属のようになっている。


 焼きたてのパンにキジ肉の燻製、そして具沢山の野菜スープにはさっそくこの冬の収穫が使われているようだ。

「きのうから収穫が始まった新耕作地のヤマカブでございますよ」


 よく煮込んであるから苦みもなく、ほんのりと甘味さえある。

「美味しいですね」

 ノルテが満足げだ。


 新農地の野菜は、ルシエンが新たな耕作地に植物の成長を促す呪文をかけてくれたおかげで、通常より早く成長し育ちもいいのだ。


「どうかした?シロー」

「え?うん・・・」


 今日はおそらく、あの日だ。


 俺が元の世界で地下鉄にひかれて転生した、センター試験の朝。


 こっちとは暦が違うから、厳密には一致しないんだろうけど。


「そう・・・ちょうど1年なのね」

 ルシエンは、転生の話を初めてしたときから、それを疑いもなく受け入れていた。エルフは長命な種族だから、そういうことがあるって知識も伝わっているのかもしれない。


「人間の1年はわたしたちの1年とは意味が違うと思うけれど、それにしてもこれほど1年で境遇が変わった人も珍しいでしょうね」

「そうだよな、ほんと、そう思うよ・・・」


 事故に遭って、神サマに会って転生して、魔物と戦って、奴隷にされて、解放されて騎士になって、魔王の片腕とかに殺されそうになったり、戦争に巻き込まれたり・・・気が付いたら領主様だ。そして4人の婚約者だ。


 これが新しい日常だよって、どんな妄想だよ?って思うよ。




 ゆったり食事を終えてから、執務室へと移る。


 最初の報告は内政担当のニコラスだ。


「アポスト村長からの報告で、昨日南集落で1件お産があり、無事女児が生まれています。これで領地内の人口は1299人になっています」

 着任した時は人口1千人足らずだったようだから、順調に増えてるってことだな。


「領民からの魔物の目撃情報はありませんが、狩人たちからコボルドらしい足跡の発見が2件。どちらも北部の山中で、西コバスナ山地を北から越えて侵入した可能性があります」

「わかった。後で調べに行ってみよう」

 これもそう問題は無いだろう。


「続いて財務報告です。小金貨換算で端数切り捨ての数字とさせていただきますが、上弦14日までの上半月で、当家の収入は魔道具の販売で金貨1120枚、薬の販売で同32枚の計1152枚です。支出は家臣・雇用者の俸給等の半月分で22枚、館の消耗品など諸経費で7枚、学校開設に伴う道具類の購入に2枚、礼拝堂の祭具・調度品等の購入に45枚、西部のドワーフ移民用住宅の調度品・生活雑貨の購入に71枚、鉱山開発に伴う諸経費、これが一番大きいですが153枚・・・」

 

 ・・・細かい数字が続いて途中で頭が付いてかなくなったけど、ともかく大幅な黒字だから大丈夫、ってことだよな?


 ただし、一番大きな収入源の魔道具販売は、主力商品の新型結界装置が主要な城市の分ぐらいは売れたので、今後は売り上げは減るだろうから浪費は禁物だと。


 ニコラスはよくこんな細かいことまで把握できるよな。


「ありがとう、ニコラスさん。今後は薬草園と鉱山の開発を進めなくてはいけませんね」

「・・・は、はい、ぼ、僕もそう思いますです、エヴァさま」


 執務室には俺のとなりに“奥方の席”も用意されていて、きょうはエヴァが座ってる。

俺と違ってちゃんとニコラスの報告を理解しているらしい。えらいな。


 ニコラスの方は、エヴァに話しかけられてしどろもどろになってるけど。


 俺と話をするのは平気なくせに、ニコラスはどうやら女性恐怖症っぽい。

 住民調査にもその後のデータのとりまとめにも付き合ってくれたエヴァは、俺のパートナーの中で一番ニコラスと接した時間が長いのに、突然話しかけられると、未だにニコラスはこういう反応になってしまうのだ。


 姉が3人もいるくせになんで?って思うけど、むしろ、だからなのか?ハメットさんは特にキツイ性格には見えなかったけど、口の達者な姉が3人もいたら末っ子的には女が苦手にもなるかもしれない・・・。


 続いて、おずおずとオリハナが入ってきた。


「男爵さま、キヌーク橋の詰め所から、朝の開門時の連絡で“異状なし”とのことでした。馬で領内巡回に回ったアンゲロさんからも、同じく異状なしと」


 オリハナは、俺たちが村周辺の魔物退治をする際にパーティー編成に入れて経験値を分配したことで、魔法使いLV6まで上がっている。


 おかげで、“遠話”の魔法が使えるようになって、スクタリでベスやフェリドがやってたみたいに、連絡係を務められるようになった。


 俺たちが館を空ける時もすぐに連絡が取れるし、センテにはより重要な仕事を任せられるようになって、かなり重宝している。


「それから、ロット准男爵さまのところのククルスさまから、遠話でご連絡がございました」

「あ、ロトトの所の魔法使いか?なんだって?」


「はい、先日男爵様からいただいた結界装置の設置が完了して、さっそく役に立っているとのことで、あらためて准男爵様が感謝をお伝えしてほしい、と。出来ればぜひ西シゲウツにもお立ち寄りいただきたい、歓迎します、とのことでした・・・」


「よかったですね」

「うん。いずれビストリアやラボフカにも行ってみたいし、シゲウツを通って行って来るのもありかな」


 先日訪ねてきたロトトは、最初はライバル心みたいなのがむき出しで正直苦手なタイプだと思ったんだけど、話してたら案外いいやつで、無骨だけど人のいい、ゆかいなおっさんだった。


 俺はシクホルトとデーバの間は転移魔法でしか移動したことが無いから、途中の街とかはまだ見たことが無い。一度あっちの方にも行ってみたいな。


「それから、ノイアンさまから直接お話ししたいと連絡が入っております」


 まだ“家臣団”と言うほどの人数はいないけど、センテ・ノイアンは家臣たちのリーダーという位置づけで、オリハナはセンテに魔法の指導も受けているから、“ノイアンさま”なのだ。


「わかった・・・センテ、いまどの辺り?」


《お館様、予定通り夜明けにビストリアを出て、現在は東シゲウツ集落にさしかかったところです。午後にはキヌークに到着できるでしょう・・・》


 センテには、シクホルトからドワーフたちの移民第2陣を案内してもらっている。


 鉄鉱石だけでなくミスリルの鉱脈も見つかったことで、オーリンとしても本格的な開発のためにまとまった数のドワーフをこちらに住ませたいということで、移住希望者を募ってくれた。


 その結果、若手を中心に50人ほどが名乗りを上げ、さすがに転移魔法で運ぶには多すぎるので、馬車を連ねて引っ越しすることになった。


 そのため、一昨日の夜センテがシクホルトに転移し、昨日一日かけてビストリアまで移動した。

 ビストリアはまだ戦争で半壊した城壁の修復も半ばのようだが、俺が作った新型結界装置が取り付けられていたらしい。


 宿屋もしばらく旅行客が途絶えていたため歓迎されたものの、オンボロなうえメシマズだったみたいだ。


 ドワーフたちには鉱山開発の中心を担ってもらい、本格的に鉱石を掘るようになったら、その指揮下で村人の中の希望者や、ザーオ集落のワーラットたちを労働力として雇う予定だ。


 ともあれ、これでさらに領内の人口は50人ほど増えることになる。


 センテの家族も先日王都から合流し、今は館の一階に一緒に住んでるけど、なにせ子供が4人もいるから、すぐそばに建てている家が出来たらそっちに移る予定だ。


「ご主人様、ヨネスクどのより、間もなく礼拝を始めたいとのことでございます」


 センテとの遠話が終わると、執事のロズウェルが伝えに来た。


 そうだった。

 きょうは完成したばかりの礼拝堂で、お披露目を兼ねた礼拝を行うのだ。


 俺がエヴァと一緒に訪ねると、朝の一仕事を終えた村民たちも百人以上集まっていた。


「シロー、こっちよ」

 真っ先に俺たちを見つけたルシエンが声をかけてきた。


 ノルテ、カーミラと3人で、朝食後先に礼拝堂に行ってヨネスクを手伝っていたのだ。

 特にルシエンは、礼拝の助祭みたいなこともするらしい。ヨネスク1人しか神職がいないからな。


「領主様、この度は本当にありがとうございます。このような立派な施設を建てていただき感謝の言葉もありません」

「いや、村の人たちからも神殿とかが欲しいって陳情が随分あったしさ。これからがんばってよ」


 これまでキヌークには神殿もそれより小さな礼拝堂さえも無かったから、村人たちの期待は大きかった。

 修道士を王都から招聘したと伝えたら、村人たちは喜んで大工を中心にあっという間に礼拝堂を建てたのだ。俺がしたのは、必要な祭具とかの費用を出しデーバから取り寄せるぐらいだった。


 こっちの世界の人たちにとって神殿とか礼拝堂は信仰の場であるだけでなく、病気やケガを治してくれるところでもあり、ジョブチェンジしたり契約事を交わす場にもなる重要な施設だ。


 当面はヨネスク1人で運営してもらうことになるけど、いずれ村人の中から資質のある子供が僧侶とか巫女のジョブに就けるといいんだが。


 ヨネスクもそこは期待していて、時々学校にも講義をしに来ている。

 元冒険者でもあるヨネスクは、珍しい話を色々知ってるから子供たちにも人気なのだ。


 俺たちが礼拝堂の最前列の席に座ると、アポスト村長が村人たちをその後ろに順に入らせ、礼拝が始まった。


 俺にはこの世界の宗教はまだ十分理解できてないけど、魔王の眷属たちを知ったり今回の戦争とかを経験して、神とか悪魔とかって存在がより具体的なものとして感じられるようになったのはたしかだ。


 そして、ヨネスクの説教と、それに続いてルシエンが賛美歌みたいな歌をあの美しい声で歌い出すと、その場の空気は一気に荘厳なものに変わった。


 小さな礼拝堂に入りきれないほどの村人たちはその声に酔いしれている。

 涙を流している者さえ少なくなかった。


 戦乱で身近な人を失った者たちの心に染み入る、そして傷ついた者を癒やし、失われた命が天の神々に召され、また次の命につながっていくことを信じさせてくれる、そんな歌だった。


 続く歌は素朴な旋律で、こちらの世界では多くの人が知っているなじみ深い曲だったようだ。


 村人たちが合唱する。

 いつの間にか俺たちの側に合流してたノルテとカーミラも、一緒に歌ってる。


 あたたかく豊かな老若男女の歌声が小さな村を満たし、山と河の間に流れ出して響き渡ってゆく。


 寂れた寒村、最初はそう思っていたけれど、今はここの領主になって良かったなあって心から思う。


 こんな日々がずっと続いたらいいな。

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