第295話 アットホームな職場です!
アマナヴァル歴971年、一の月の上弦1日、俺たちの領地の最初の家臣となるメンバーが領主の館に揃った。
「わ、わたしたち、本当にお館に住ませていただいてよいんでしょうか?」
相変わらずおどおどした様子で、魔法使いジョブを持つオリハナが小さな娘を抱きしめながら上目遣いで尋ねてきた。
「うん、最初はロズウェルとメラニーの下で館の仕事をしてくれればいいから、住み込みの方が楽だと思うし・・・」
「はっ、承りました、お館様」
「大丈夫ですよ、オリハナさんもコハナちゃんもよろしくね」
人の良さそうな執事とメイドの夫婦が、オリハナの娘に微笑みかけた。
「シ、シローどの、いや、お館様。あの厠は一体なんなのです?」
「ん?あー、水洗トイレのこと?あれだと快適で衛生的だからと思って、魔法と錬金術で自作したんだけど・・・」
「そ、それだけじゃありません。蛇口をひねったら水が出てきましたけど・・・」
「あ、水道ね。それも自作した」
「「「っ!」」」
領主としての仕事を補佐してもらう予定のセンテとニコラスが、館内の設備を見てきて騒いでる。
新年の上弦の1日、元の世界的に言うと元日は「新月の日」だから、きょうは1月の2日に当たるんだけど、この日、俺たちの領地の最初の家臣ってことになるメンバーが館に揃った。
領主の館の二階は俺たちの居住空間プラス執務エリアってことにしてるけど、一階には、十人ぐらいは使用人を住み込みさせられる部屋もあるので、このメンバーは当面、住み込んでもらうつもりで、まず館内を見せてから領地を案内するつもりだった。
けど、のっけから館の設備を見て、みんなびっくりしていた。
まあ、オザック村の古民家でも自作していた簡易水道やトイレ、浴室に加えて、魔道具生成スキルの練習がてら作った照明器具とかセキュリティーシステムとか、色々普通じゃ無いものもあるしな・・・
今朝は俺とリナで王都に飛び、デーバに集合したメンバー5人を転移で連れてきた。
まず家の中のことを取り仕切ってもらう、ロズウェルとメラニーの夫婦。
ロズウェルは55歳で、<サーバント LV7>というジョブだ。
サーバントは様々な店の従業員や貴族の屋敷の使用人などに多いジョブで、「奉仕」とか「気配り」とか、いかにも使用人っぽいスキルを持っている。
妻のメラニーは47歳でこちらも、<サーバント LV5>だ。
今のところ俺たちと家臣団の食事も村のおばちゃんたちが交替で用意してくれることになっているが、メラニーは料理スキルもかなりのものなので、いずれはこっちの方でも頼りにしたい。
そして、領主の仕事の片腕としては、治安維持や対外関係を担当してもらうのが、かつて巡検使の一人としてスクタリに訪れたこともある、センテ・ノイアンだ。
センテは42歳で、<魔導師 LV19>。
今回雇った家臣たちの中では一番高レベルだ。
普通だとこんな田舎の男爵家で雇える人材ではないけど、クーデターを起こしたトクテス公爵派についた貴族の家臣の騎士家の次男ということで、内務省を辞めざるを得なかったため、ハメットさんの紹介で俺に仕えることになった。
なんでも奥さんと子供が4人もいて、一刻も早く職に就く必要があったそうだ。
その家族は今は奥さんの実家に身を寄せていて、ここでの仕事が軌道に乗ったら連れてくるとのことだ。現在単身赴任中のパパさんってわけだな。
4人目は領内の内政を担当してもらう、ニコラス・ハメット。
元オザック村の村長で現在は内務省官僚の才女ケニス・ハメットさんの弟だ。22歳で、ジョブは<文民 LV11>。
“人付き合いが苦手で偏屈”と姉のハメットさんは言ってたけど、非戦闘系のジョブにしてはかなりの高さだし、姉同様、頭の回転はすごく速そうだ。
そして、口数の少ない5人目は、村人たちから要望のあった神殿というほど大きくはないが、ささやかな礼拝堂を開設するため連れてきた、ヨネスクという男だ。
40歳でジョブは、<修道士 LV18>。王都の神殿のメンバーによる異色の冒険者パーティーにいて、俺たちとはオザックの迷宮で面識があった。
ヨネスクは正確には俺が給金を払って雇う家臣ではないけれど、村人たちが普請中の礼拝堂ができるまでは館に賄い付きで住ませる予定だし、礼拝堂ができた後も領主として喜捨するという形で活動を支えることになる。
その分、魔物の討伐とか俺の相談役としても少しあてにしている。
そして、デーバから連れてきた5人の他に、きょうから館に住ませることにしたのが避難民の中にいたオリハナとコハナの母娘だ。
オリハナはプラト公国の地方都市で、飲み屋の下働きなどをしていた28歳の女だ。<魔法使い LV1>と、実は魔法職だというのを俺の判別スキルで見つけて、スカウトした。
本人は子供の頃に魔女扱いされ危ない目にあったことで、ジョブを隠して働いていたようだけど、せっかくの才能を埋もれさせておくのは惜しい。
ただ、これまで荒事とは無縁な生活をしてきたので、いきなり魔物との戦いとかに連れて行くつもりはなく、料理スキルとかも持っているので、当面はロズウェル夫妻の下で館の雑用をしてもらう予定だ。
そして、俺たちが魔物討伐に行ったりするときに、パーティー編成して経験値を稼がせようかと思っている。
娘のコハナはまだ8歳で、栄養不良でさらに幼く見えるけど、ごく小さい頃から母親と共に飲食店の皿洗いとか雑用をさせられていたらしく、メイド見習い、みたいなことは出来そうな様子だ。
子供を働かせる必要もないと思うけど、こっちの世界ではそれが普通らしいし、とりあえず母親と一緒にいればいいだろう。
さらに、館に住み込みではなく、新村民=元難民の宿舎に住みながら、こちらに通って働いてもらうことにしているのが、ワグネルとガレナという夫婦だ。
ワグネルは37歳で<文民 LV5>。
プラト公国の下級官吏だった男で、領内の子供たち相手に明日から開校する学校=場所は館の広間、で読み書きを教える教師役だ。
そして、妻のガレナは32歳で<商人 LV4>。初歩の算術を教えてもらう。
また、年末に断続的に流入した難民で新村民宿舎で暮らしている中から、もうひとり、アンゲロという男を登用することにしている。
このアンゲロは31歳の<戦士 LV11>で、剣技や槍技、そしてなぜか指揮スキルも持っていた。
彼は元プラトの軍人だとわかったので最初は村で受け入れるかどうかも迷ったが、話を聞くと、元々プラトの公爵の直属部隊で兵長まで務めていたのが、イスネフ教徒の決起に伴うクーデターで公爵派が敗れて地元の街に引っ込み、商人の用心棒みたいなことをしていたらしい。
ところがその後、クーデター派がレムルス・エルザーク連合に敗れてその街も焦土と化し、難民になったそうだ。
直接エルザークの人間やドワーフたちと敵対していたことは無いようだし、人柄もまずまず信用できそうだったので、自警団の指導役をさせようと思っている。
一通り館での説明が終わったので、午後は領内を回ることにした。
村長や村の主な者たちに新たな家臣らを引き合わせつつ、点在する集落を回った。
「うーん、お館様、これは早急に道を整備した方がよいのでは?」
センテの感想はもっともだよな。
道らしい道がほとんど無いから、移動にも無駄に時間がかかるし、治安確保にも見通しがよくて安全に歩ける道は必須だろう。
これまでは食糧増産が優先だったけど、次の魔法による開発は交通事情の改善だな。
そして、ニコラスはさっそく領内の住民調査を始めたい、と言う。
「戸籍作りは必須ですが、種族・年齢構成・ジョブと実際の職業も調べたいです。それで足りないものや、逆に産業育成していく強みも見えてくると思いますし・・・」
この辺りは俺も人手があればしたいと思ってたことなので、さっそくニコラスに任せることにする。
ただ、彼はまだ領民に知られていないし、俺が言うのもなんだけど見ず知らずの相手とのコミュ力はあまりなさそうなので、ひとりでは難しい感じだ。
女子たちと相談して、明日からエヴァにニコラスと同行してもらうことにした。
エヴァは既に「領主様の奥方さま」的ポジションで領内に知れ渡っているから、村人は大抵のことは喜んで協力してくれるから。
「なにかあったら、エヴァにこれを渡しておくから連絡してよ」
「ん、これは見慣れぬものですが、一体なんですか?」
「あ、“携帯遠話”だけど・・・」
「な、なんですって!?」
魔道具生成でリナの“遠話”呪文を込めて、いわゆる「ケータイ」を作ることができたんだ。
色々制約はあって、例えば生成するときに遠話を結んだ相手にとしか話せない、つまりこれは俺としかつながらないから汎用化して売り物にするとかは無理そうだ。
「だ、だとしても、お館様・・・これはとんでもないものですよ」
センテが驚いてる。
「いや、でも、これって魔法使いから錬金術師LV25まであげた人間なら誰でも作れるんじゃないの?」
「それはそうかもしれませんが、実際には出回っているのを見たことはありませんよ?」
どうやら、スマホとかケータイに慣れてる俺と違い、こっちの世界の人たちには携帯電話の概念自体がないから普及してなかったらしい。
実際、魔法使いがいれば遠話で結べるわけだし、それと比べると話せる距離や持続時間なども落ちるのだ。
でも、魔法資質がない人同士でも連絡が取れるのは便利だから、今後のために何台か作っておくことにした。
この冬拓いた農地や、そこに引いた魔道ポンプ、さらに魔物や盗賊対策に作った「警報器」や「害敵を選別する結界」などの魔道具の設備を見せて回ると、いちいちみんな驚いていた。
うーん、ニコラスやロズウェルがびっくりするのはわかるけど、魔導師のセンテや修道士のヨネスクは魔法が使えるんだから、そんなに驚くものかな・・・。
「いや、これは驚きますよ。なんと言いますか、魔法や錬金術は戦いや人の命を救うのに使う、というのが常識でしたから・・・」
口数の少ないヨネスクが教えてくれたのは、こっちの世界の貴族は下々のために魔法を使う発想が乏しく、逆に神殿などは人助けに魔法は使ってもお金儲けに使うのは卑しいことだとして結びつける発想が乏しい、ということだった。
だから、スクタリでマンジャニ老が考えたことも斬新なものだと受け止められたわけか。
けど、これで豊かになれるんなら使わない手はないよね?
領主の館の一階階の広間は、朝と晩には食堂になる。
「そ、その、領主さまや奥様がたと同席なんて恐れ多い・・・」
「あ、かえって窮屈だったらゴメン。でも今のところここしか食堂ないし、忙しい時とかは俺たちも別行動ってこともあるし、無理にあわせることはないからさ」
「オリハナさんもコハナちゃんも、さめないうちにいただきましょう・・・」
「これうまいよ、食べないとカーミラもらうよ?」
ノルテとカーミラがニコニコしながら村の味覚をぱくつき始め、エヴァの隣りの幼児椅子の上でルーヒトが小さな口を大きく開けて肉にかじりつく。それを見て、小さなコハナも空腹に耐えきれず?食べ始めた。
「うんうん、おかわりもあるからね、しっかり食べてね」
ロズウェルとメラニーの夫婦も、そんな様子を孫を見るように温かく見守っている。
こうして、俺はささやかだけど最初の家臣団を集めて、新たな年の村づくりをスタートさせた。




