第292話 楽しい冬休み
シローです。月1回、新月の日しか休みがないとか、この世界ってどんなブラック企業だよ?
いやー、とにかくこの1年、ありえないぐらい働いた。
引きこもりのDTオタクだった俺が、外に出て人に会ったり仕事してるだけでも自分で自分をほめてやりたいのに、まさに自分史上最高に勤勉な1年だったよな。
なにしろこっちの世界の暦には、曜日とか週末とかってものが無いのだ。
これって、廃ゲーマーにはプレイしない日なんて皆無だからって設定?とか、疑いたくなるぐらいだ。
おかげで月イチの新月の日ぐらいしか公式な休みはない。その新月の日さえ、俺は冒険者の仕事とか戦争とかのせいで、ろくに休んでない。
そして、この領地に着任してからも馬車馬のように働いたおかげで、村人の食も安全も一応確保した。領主としての責任は十分果たしていると思う。
なにが言いたいかというとですね、だから、冬休みなのだ。
ようやく人に使われるんじゃなく人を使う領主の立場になったことで、ここがブラック企業なら、俺が働き方改革ってのをしようかと思ったわけだ。
美人社員を連れて社員旅行、シャチョーさん、イラッシャイなのだ。
だから俺は宣言した。“明日から休む”と。
あえて言おう、冬休みであると。
「ふゆやすみ、ですか?」
ノルテが不思議そうに尋ねる。やっぱりこっちの世界には無いのか?
「しろー、それ、食べられる?」
お約束だね、カーミラ。
せっかくだから、仕事とか用件抜きで旅行をしたり、のんびり温泉に浸かったりしたかったんだ。
これから新年の新月の日まで、元の世界的に言えば一週間ほどある。
「いいですね、休暇ですか。やっと貴族らしくなってきましたね」
エヴァは乗り気だ。
「私も異存はないわよ?ただ、そう言ってても、あなたが行動すると何かしらトラブルに巻き込まれたりしそうだけど・・・」
ルシエンはフラグ立てるの禁止!
村長や各集落の代表たちに、しばらく「ばかんす」に行く、と伝え、1日1回、アポスト村長に遠話で連絡を取ることにする。
その間にも、女子たちはあーでもないこーでもないと、旅の計画を立てている・・・みんな好きなんじゃん、結局。
「では、発表しますっ」
代表してノルテが宣言した。
「はひょー、しゃす」
となりでルーヒトが真似をする。ずいぶん口が達者になってきたな・・・
こうして女子たちの希望を組み合わせてできあがったのは、リナの転移がなければ到底不可能な盛りだくさんの内容だった。
つまり、全員の希望を全部詰め込んだってことだな・・・
1日目=下弦8日:王都デーバで食べ歩きとお買い物
2日目=下弦9日:ヴェスブルク経由でザーオの里&温泉地
3日目~5日目:大森林地帯探訪?
6日目=下弦13日:スーミ集落にカムルを訪ねる
7日目=大晦日:シクホルトのオーリンたちを訪ねる
8日目=新年の新月の日:帰宅
「これ、大丈夫かな・・・」
冬休みを言い出した俺が心配になってきた。
「シローが行きたがってた温泉をはずせば、1日余裕ができるけど?」
「却下っ。それに大森林にザーオから入るなら通り道だろ?」
「ほら、結局みんなの希望を入れるとこうなるでしょ」
うーむ。
どうやら、この間のデーバでのおつかいに、ルシエンとカーミラは連れて行かなかったのを根に持たれてたらしい・・・
「リナ、がんばってくれ」
(まったくもー、人形遣いがあらすぎだよ~)
そう言いながら、リナもなんだか楽しみらしかった・・・
***********************
「ノルテっ、また来いよー、それと来月末には結婚式に行くからなあー」
相変わらず娘を溺愛してるオーリンと、その隣りで苦笑いしながら手を振ってるオレン、アドリンに俺たちも手を振り返し、リナが最後の転移を唱えた。
“元日”って言葉はこっちの世界にはないらしいけど、年が明けた“初新月の日”の昼前、復興が進むシクホルトの城下町の小さな神殿で、初詣みたいにみんなの健康と幸運を祈って、それから帰還した。
リナにはかなり負担をかけたけど、思ったより順調で楽しい旅だった。
転移を重ねる関係上、馬は連れて行けず、飛んだ先の街で1日滞在するって感じだったので、思ってたほど慌ただしい感じでもなかった。
例外は、大森林地帯かな。
“精霊の雫”を使って事前にエレウラスに連絡をとったところ、喜んで迎えてくれたんだけど、なにしろ広大だから。
訪ねたのはごく限られた範囲だけど、それでもワーベア族の里では一緒に戦ったボゾンに歓迎され、さらに猫人族の集落に寄ったところ、以前商隊の護衛クエストで知り合ったラグダレイやミッケたちとも再会できた。
冬場は商隊が遠出しないので戻ってきているとのことだった。
森を抜けるとき、直接スーミ集落の方向に出られるようにエレウラスが案内してくれたんだけど、途中はまだファイアドラゴンに焼かれた跡が広がっていて、エルフたちが“植物”呪文で、木々の再生を手助けしていた。
そうそう、カムルたちはすっかりスーミの集落の人たちに溶け込んでいて、服装も開拓民風の布服になっていた。
おまけにカムルは、ガステンとオドンの娘も嫁にもらったから、5人の奥さんがいる状態だった。うち2人は既に妊娠中らしいし、負けたわ・・・
ガステンやオドンの群れも人間たちと仲良くやっていて、最近は獲物を獲ると、皮は人間の集落で物々交換するのが習慣になっているそうだ。
シクホルトではドワーフたちの熱烈な歓迎を受けた。
ドワーフ自治領は着々と復興が進んでいたし、ノルテは仲良くなったアナとエイナの姉妹に再会できたのも嬉しかったようだ。
そしてオーリンたちにうちの領地の状況を話すと、マインリザードのいたあたりを鉱山として開発できるか?何人か経験豊富なドワーフを派遣すると言ってくれた。
学校の話にも関心を示して、そういうのはドワーフ自治領でも取り入れられないかな、と特に長男のオレンが積極的だった。
そんなこんなで、仕事抜きだったけど色々有意義だった。
トラブルにも巻き込まれなかったよ?うん。
思わぬ出会いはあったけどね。
ザーオの隠れ里に一泊させてもらい温泉に入りに行ったら、先客がいた。
それがなんと、ハーピーだったんだ。
鳥人族と呼ばれることもあるらしいけど、人間よりはかなり小柄で、翼とかぎ爪を持つハーピー族は、こっちの世界でもかなり珍しく、ルシエンの知識では竜が支配する白嶺山脈が主な生息地らしい。
敵対的ではなかったし、一応俺の領地の温泉で遠慮する必要もないと思って普通に?混浴したんだけど、あまり知能は高くないものの一応意思疎通はできた。
冬場には時々こうした天然の温泉地を使ってたそうで、それがマインリザードがやって来たことでしばらく寄りつけず、いなくなったからまた戻ってきたらしい。
見ると多分メスで1匹だけ羽の模様が派手なのがケガしていて、オークリーダーに矢で射られたらしい。
それを湯に浸かって傷を癒やそうとしていたようなので、治療魔法をかけてやったら妙にエラそうに感謝された。
「オマエイイニンゲン、ナカマニシテヤル」とかって。
俺がここの地方の領主だって伝えても、領主なんてのがそもそも理解出来ないようだったから、とりあえず「このあたりの群れの長だから、近くに住む人間や亜人に悪さはしないように」って言っておいた。
どの程度通じたかわからないけど、ノルテがアイテムボックスの中に持ってた干し肉をやるとすごく喜んで、ノルテを女王様みたいにあがめていた。チョロすぎる。
つーか、治療してやったことよりそっちかよ。
けど、温泉から見える西コバスナの山上には珍しく雪が積もってたから、子供みたいに雪合戦して遊んでまた温泉に入り直したり、デーバでは戦乱が終わって営業を再開した店でおいしいケーキを食べて女子たちも大満足だったしクリスマスパーティーみたいで・・・他にも色々楽しめたな。
嘘みたいにリア充だ。
こうして、本当に長い一年が終わり、次の年が明けた。
去年は元の世界で死んだことから始まって、めちゃくちゃ波瀾万丈な1年だったから、今年はこうして自分の居場所でのんびりまったり過ごしたいなーって、心から思った。
それが、去年とはさらに比較にならないぐらい大変な年になるなんて、この時はまだ想像もしていなかったんだ・・・。




