第290話 人材とお金
王都デーバで軍の払い下げの食糧を買い付けて、その輸送もようやく終わる日、人材募集の方に大きな動きがあった。
「ありがとう、ハメットさん。助かります」
「いえいえ、こちらこそ。大きな声では言えませんが、せっかくの人材が今回の戦争のために働き場を失ってしまったのをこうして受け入れていただいて・・・」
もう年末も押し迫ったうるう十二月、つまり実質十三月の下弦4日、内務省地方部の次長という立場になった元オザック村のハメット村長のところを、俺たちは再び訪ねていた。
彼女は俺が小さな村の領主になったことで、必要な人材を探してくれていたのだ。
まず館の生活関係を任せられる人材、要するに執事とメイドみたいな存在だ。
税収があがるようになるまでは、村のおばちゃんたちが交替で食事の世話や洗濯などをしてくれるし、馬の世話とかも同様に村人たちがしているけど、領主の家の仕事はそれだけじゃない。
それに俺たちは魔物退治とか今回のように王都に来たりとか、留守にすることも多いから、館を任せられる信頼できる人物が欲しかった。
ハメットさんが紹介してくれたのは、長年ある準男爵家の執事とメイドをしていた初老の夫婦だった。
その準男爵は内務官僚でハメットさんの同僚だったそうだが、係累がトクテス公爵派についたことで左遷され、使用人たちを解雇せざるを得なくなってしまったらしい。
ハメットさん自身がこの執事夫婦も直接知っていて人柄も能力的にも信頼できるということだったので、一度会ってみることにした。
そして次は特に重要な、領主としての仕事の補佐役とか時には代理が務まるような人材だ。
欲を言えば、俺たちが領地を離れていても連絡が取りやすいよう、魔法の遠話が使えるようなジョブの人ならなおありがたい、って頼んでいたんだけど、正直そんな都合のいいやつがそうそうフリーではいないだろう、って思ってたら、ちゃんと見つけておいてくれた。
それも、どういう偶然か、俺も知っている男だった。
以前、スクタリに巡検使メイガーのパーティーの一員として訪れ、俺たちと模擬戦も戦ったセンテ・ノイアンという魔導師だったんだ。
「えっ、戦ったんですか!?それじゃあ、ちょっとまずかったでしょうか・・・」
「・・・いや、あの魔導師自身には悪い印象はないから。でもどうしてまた、あんな高レベルの魔導師が、田舎の小領主のところで働きたいなんて」
メイガー卿はエラそうでイヤミなやつだったけど、魔導師のノイアンは、ベスに色々魔法のことを聞かれても嫌がりもせず教えてやってたり、模擬戦の時も俺たちの実力を認めて最初に負けを受け入れた男だった。
あいつとか忍びのヨナスは立場が違えば仲間になれそうな印象もあった。もちろん実力はたしかだし。
それに彼らの所属は内務省の調査部だったから、ハメットさんが知っててもおかしくないわけだ。
そして・・・そうだ、イリアーヌさんが言ってたじゃないか。
“スクタリに転移出来る魔法使いは王都に1人しかおらず、クーデター派の息がかかってるからって監視対象になってる”って。それがノイアンのことだった。
「ノイアン殿は公爵派だった貴族の配下の騎士の弟にあたります。そのため公爵派と色分けされていましたが、実家の兄君とは折り合いが悪くてつきあいも無くなっていましたし、今回の戦争で公爵派のために動いた事実もありません。ただ、形の上では処分せざるを得ないので、国務からは離れてもらうことになったのですが、再就職は特に問題ないと上も判断しています」
つまり、公職には就けないけど、地方領主は民間企業みたいなものだから構わないと。
「そうなんだ。けど、彼の方は知ってるんですか?この話」
「ええ、もちろん本人もシローさんのことはよく覚えていて、調査部だけあって今回の軍功も叙爵されたことも知っていましたよ。で、シローさんが雇ってくれるなら喜んで働きたい、と。ノイアン殿は若い頃は国軍にいて、その後内務省に移ってきた人なので、私は軍事はわかりませんが、おそらく領兵を率いることになっても役に立つ人材だと思いますよ」
前に会ったときは軍人っぽい印象はなかったから、意外だった。
けれど、高レベルの魔導師とかを配下に出来たら、実際兵を率いて戦に参加せよ、とかって王命が下された時にも頼りになるだろう。
これで軍事関係の人材も一応目途がたったが、もう1人頼んでいた、内政とか領地経営のプロみたいな人材は人選に苦労したようだ。
「なにしろ、戦争で国中が荒れて領地替えになった貴族も多いので、内政官は人手不足が深刻なのです・・・一応1人候補はいるのですが、私の口からはおすすめと言いにくいと申しますか・・・」
彼女にしては珍しく歯切れが悪い。
「どんな人なんですか?」
「その、実は・・・私の弟なんです」
ハメットさんは内務系の官僚一家の次女だそうで、女3人の下に末っ子で弟がいるらしい。
デーバの官僚養成学校を首席で卒業し、ハメットさん同様、地方の王家直轄地での勤務歴もあり村の振興に手腕を発揮したりしていたらしい・・・
「ですが、何というか仕事は真面目で緻密なのですが、少々偏屈で融通が利かなくて、中央の役所の人間関係が合わないからやめたい、なんて言ってまして・・・ふぅ」
ため息をついたハメットさんは、いつもの才媛らしくなく、弟に甘い普通のお姉さん、というか母親みたいだった。
でも、優秀そうな人材ではありそうだし、こちらも一度会って話をしてみることにした。
そして、内務省を出て、そろそろキヌークに戻ろうかと思った所で、リナに遠話が入った。
(アトネスクさんだよ)
あ、ひょっとしてこっちも人材の紹介か?
冒険者ギルドに立ち寄ると、案の定だった。
そして、紹介されたのは、俺も面識はある男だった。
オザック迷宮の攻略の時に知り合った、ボスコ率いる修道士6人組の1人だ。
あの修道士パーティーは、王都の神殿の所属で、修行の一環として若い修道士や僧侶に魔物討伐をさせているって話だった。
そして、ある程度の年齢になると、本業である神殿の聖職者として活動することになってるんだけど、今回紹介されたのはそういう“冒険者はそろそろ引退”という年齢になった男で、できれば地方に布教活動として赴きたい、ということだそうだ。
「おぬしの所領にはたしか神殿が無いそうだが?」
アトネスクはそう切り出した。
たしかに、キヌーク村には神殿が無い。あのザーオの隠れ里には清教派イスネフ教徒の礼拝堂があったけど、俺の領地内という意味ではその通りだ。
アポスト村長に聞いた話だと、キヌークの村人の中には薬師はいるけど僧侶ジョブを持つ者がいないってことで、冠婚葬祭とかジョブチェンジとかで神殿があったらいいのにって要望は以前からあるらしかった。
デーバの大神殿が新たにエルザークの領土になった俺の領地内にも神殿を建てたいとの意向を持っていて、ボスコのパーティーにいた40歳のヨネスクという男がその役を担いたい、ということだ。
「それは家臣にってことじゃなく、うちの領地に住んで神殿を運営したい、って理解でいいの?」
「そういうことになるな」
村長にも一応意向を聞いてから、ってことにしたけど、問題はないだろう。
治療呪文が使えるヤツがうちの女子たち以外にも村にいるのはプラスだし、西コバスナ山地の向こうにはアンデッドが多かったから、そういう意味でも村の安全を守るためには好都合だ。
イスネフ教の侵食を抑える意味でもいいかもしれない。
そんなこんなで、推薦された人材には一度会ってみて、問題なさそうなら新年から働いてもらうことにした。
しかし、領地からの税収が入るのはまだまだ先だから、食と住は村の賄い付きとは言え、いくらかでも給金を払うのは当面持ち出しなのだ・・・今のところは懐具合は厳しくないとは言え、財務管理とかもちゃんとしないとな。
と思ってたところで、アトネスクが渡りに船、みたいな話を切り出した。
「そなたの作った魔道具は想像以上の反響だぞ」
冒険者ギルドに預けておいた魔道具の中で、索敵スキルと組み合わせた結界装置と、それよりはゆるいが魔物などの侵入を困難にする力を働かせる装置が、性能テストで高く評価されたそうだ。
そして、話はヤレス殿下を通じて王宮に伝えられ、国境に位置する城市や砦に設置してはどうか、ということになっているらしい。
「どうやら冒険者ギルドで抱えておける話ではなくなりそうだ。プラトとマジェラの同時侵攻でエルザークは存亡の危機に立たされたから、国境警備を強化する方針なのだ。当面はそなたが作れる分は全て買い取るとのことだが、いずれ全ての国境地帯に配備、ということになれば、そなたに一定の報償を払った上で、他の錬金術師にも量産させることになるかもしれんぞ」
なんと、当面1セットあたり小金貨40枚=王国大金貨2枚で買い取る、という。
強力な魔道具生成は特にMP消費が大きいけど、他にやることが無い日は、頑張れば1日に3、4セットは作れそうだから・・・1日の売り上げが1千万円以上!?マジか・・・
ユーニスの個別指導がずいぶんあこぎだと思ってたけど、これならあっと言うまにモトが取れるな・・・ばあさんが特に金の亡者ってわけじゃなかったのか。
この装置が普及してしまえば売れなくなるだろうから、いつまで稼げるかはわからないけど、高位の錬金術師ってこんなに稼げるものなんだ。
降って湧いたような話で、俺たちの財政問題は一気に片付いたのだった。




