第281話 キヌーク村開発計画
村人を苦しめていたオークの群れを退治したことで信頼を得られた俺たちは、さっそく村の生産力増加に取り組むことになった。
領主として受け入れられてから真っ先に取り組んだのは、村の食糧の増産計画だった。
プラト軍の侵攻で、キヌーク村は秋の収穫を終えたばかりだった作物のうち、隠すのが間に合わなかったものはほとんど奪われてしまった。
このままだと春の収穫までギリギリだと言う。
そこで村人たちは、オークのせいで作付けが出来なくなっていた山合いの段々畑に、秋冬植えで2か月足らずで収穫できる野菜類の種を急いで撒いている。
ヤマカブやユキナと言われる、要するにカブとか菜っ葉の仲間だ。
“にがくてマズイ”と言われ、王都などでは家畜のエサ扱いされているけど、育ちが早く栄養もあって、辺境の農民には重宝されているらしい。
このあたりでは麦は春植えで秋収穫が一般的だそうだから、当座のカブ類とかの他に、村人たちが今後のために育てたいと考えていたのは、シロイモという、じゃがいもみたいな芋と、アオマメという豆類、それからコダマネギ、これは玉ねぎだな。
これらは今すぐ植えられれば春頃に収穫できるそうで、そうなれば村の暮らしはすごく上向くらしい。
これ以上寒くなって霜が降りるようになってからだと種を撒いても育たないらしいので、急がなきゃならない。
でも問題は、そもそもこのあたりは河と山に挟まれた狭小地だから畑地が狭いということだ。
そこで、俺たちはスクタリでマンジャニ老が発案しベスの魔法で実行した農地開拓を進めることにした。
魔法で森の一部を焼き払い土魔法で整地し水路も引いて灌漑する、というものだ。
スクタリではベス1人の魔法が頼りだったから大変だったらしいけど、こっちは俺とリナ、ルシエン、そして新たに錬金術師になったノルテと4人も魔法が使えるから、あっという間だった。
農地にするエリアの樹木は一部は焼かずに風魔法で斬り倒すだけにしておいて、材木や薪材として使えるようにしておく。タロたちゴーレムを使えば運ぶのも苦労しないし。
村の人口が今の倍に増えても大丈夫なぐらいの面積を2日で整地、灌漑まで終えて、あとは村人たちが木の根を掘り起こしたり、石を拾い除けていけば耕作できる状態にした。
人手の問題もあるから、当面は耕せる範囲から畑に変えていけばいいだろう。
「し、信じられん・・・わしらは夢でも見とるのか?」
「傾斜地が平らになっとるっ、これなら馬に鋤を引かせて一気に耕せるぞ!」
大喜びしている農民たちの傍らで、アポスト村長だけはまだちょっと心配があるようだった。
「これだけの畑地を造成していただけるなど感謝の言葉もありませんが、これだけの面積になりますと、今回引いていただいた水路だけでは水不足になりそうです。いえ、水路が足りぬのではなく、そもそも水量自体が足りぬのです」
村長の懸念はもっともだった。
新たな畑地は山際の森を拓いたものだからデーベル河より標高が高く、水路は西コバスナ山地からデーベル河に注ぎ込むキヌーク川という小川から水を引く形になる。
それだと育てる作物の量が一気に増えると水量が足りなくなる、ということだ。
これについては俺に考えていることがあった。
錬金術師のレベルが上がって可能になった、「魔道具の生成」だ。
王都で叙爵式を待っていたりした数日間、実は、魔道具造りの集中講義を受けていた。
冒険者ギルドのアトネスクが口利きしてくれて、ユーニスという魔道具造りのプロに指導を受けることができたんだ。
ただ、訪ねた工房では驚かされることばかりだった。
まず、指導してくれたユーニスってのは御年70を越えた老女で、意地悪そうで腰が曲がった、いかにも「魔女」そのもののばあさんだった。
そしてとことんガメつく、1回1時間ほどの指導でなんと小金貨100枚!つまり1千万円近い授業料を毎回ふんだくられたのだ。時給1千万円とか頭おかしいだろっ?って額だったんだ。
でも、それを遠慮無く言うと、
「なに言ってんだい!それだけの価値のあることを教えてやるんだから感謝おし。この時間を魔道具造りに当てたら、あたしゃ、それぐらい稼げるんだよ。それなのにわざわざ商売敵になるかも知れないヤツに教えてやるんだから、その分も上乗せしたらこの料金になるのさっ!」
と、怒られた。
ファイアドラゴンの素材売却で、小金貨1万枚以上の財産を持ってたからよかったけど、それ以前の俺だったら門前払いになってたとこだ。
さらに意外なことに、ユーニスのジョブは錬金術師じゃ無かった。
いや、以前は錬金術師だったんだけど、魔道具生成のスキルを覚えた後でジョブチェンジしたそうだ。
そこがこのスキルのミソだ。
“魔道具生成”は、基本的に“その術者が使える呪文やスキルを封じた道具を作る術”らしい。
つまり、その術者自身が習得している魔法やスキルの種類によって、出来ることがまるっきり変わってしまうのだ。
具体的には、『結界発生装置』の魔道具を作るには、自分が魔法使い系の“結界”の呪文を使える必要がある。
そして、“究極の魔道具”のひとつとされる『転移門』も、魔法使い系の上位の呪文である“領域転移”だか“転移魔方陣”だかが使えないと作れないらしい。
つまり、錬金術師になる前かなった後に高位の魔法使い系ジョブについていないと、いくら魔道具生成自体の経験を積んで腕を上げても、これらを作ることはできないそうだ。
大金払った挙げ句にそれかよっ!と思わずツッコミ入れたくなるオチだったけど、まあ学べたことも多かったよ。前向きに考えよう。
で、キヌーク村に来て俺が考えたのは、この魔道具生成スキルで「水を汲み上げるポンプ」を作ろうってことだった。
水自体は、すぐそばに大河デーベル河が流れているから無尽蔵だ。
そこで、粘土スキルでセラミックの配管を造り、そこに錬金術の“力場”を込めて自動で水を汲み上げ続ける『魔道ポンプ』を作ってみたんだ。
多分、魔法使いの“重力制御”ならもっと強力なのかもしれないけど、とりあえず効果はあった。
魔道具を動かし続けるには、大きな魔石、あるいは魔石を砕いた魔石粉と言われるものを電池代わりに取り付けて、定期的に交換するか魔力を充填する必要もあるけど、色々大きさや形状を試行錯誤して、3日後には、デーベル河から新たな山際の農地まで水を汲み上げるポンプの試作品が出来た。
村人たちの喜びようは、ひょっとしたら耕作地を開拓した時を上回ったかもしれない。
さらに、ノルテに手伝ってもらいながら、色々な魔道具造りに取り組んだ。
大部分は失敗作だったけど。
真っ先に思いついたのは、錬金術の“火素”を込めた『魔道コンロ』とか、“熱量制御”を使った『魔道冷蔵庫』とかだったんだけど、コンロは燃費が悪くて普通に薪のかまどで十分、とか言われて村人にはニーズが無く、冷蔵庫の方も、そもそも保存するような生肉とかをあまり持ってない、干し肉にするし、と言われた。
それならこれはどうだ!?って思って作ったのは、“雷素”を込めた『街灯』だったんだけど、そもそも村人は夜あまり出歩かないし、夜は街灯があったってやっぱり外に出るのは危険だから・・・って結局不人気だった。
魔道具生成はすごくMP消費が大きいので、一日にあまり幾つも作れないし、それで失敗作だとかなりへこむ。
でも、意外に役立つと好評だったのが、冒険者の“察知”スキルを“雷素”と合わせて込めて作った『警報器』だった。
新たな農地のまわりに立てた柵に取り付けておくと、夜、獣が近づいてきたりすると照明がピカッとついて、驚いた獣が逃げるって言う、一種の“人感センサー”みたいなもんだな。
「なんだか、領主の館と言うより道具屋さんみたいですねぇ」
エヴァがあきれてるけど、館の一階の広間の一角には、人気不人気を問わず試作した大小の魔道具が並んで謎の工房っぽくなってる。
この館は村人たちが、領主として俺たちがやって来るのに先だって、村長たちの家が並んでいる地区を見下ろす傾斜地に建ててくれていたものだ。
もちろん、人口1千人の小さな開拓村の領主の館だから、お城どころかスクタリのような石造りの館でさえない。ただの木造戸建て住宅?だけど、大きさはそれなりにある。
総二階の箱形の館は、一階に大広間と、十人ぐらいの使用人を住み込ませることが出来るいくつかの部屋、そして厨房などがある。
普段は朝晩、そこに村の女たちが交替で通って食事の用意や洗濯など身の回りの世話をしてくれることになっている。
二階は階段を上がって一方の側に領主の執務室や身分の高い来客を迎える部屋など、反対側は居住スペースで俺たちの寝室などがある。
キヌーク村入りして数日は、こうして日中は農地の開拓や水路の建設、夜は魔道具の試作、と慌ただしく過ぎた。
また、1千人という村の人口は1カ所に固まっているわけではなく、領主の館や村長宅のある集落に住んでいるのは半数ぐらいで、あとは川沿いや山の中に小さな集落が点在している形だったから、魔法での開拓には直接関わらないカーミラとエヴァにそうした各集落を回って、顔つなぎと領内の見回りにあたってもらった。
小さな集落には亜人もかなりいて、プラト公国から追われるように移り住んできた者たちが多いようだ。
そういうこともあって、4人の婚約者たちも、わずか数日ですっかり村民たちに受け入れられていた。
結婚式は、来年2月の王国会議で公式な立場が他の貴族にもお披露目されてから、ノルテの父や兄も招いて行おうということになってるけど、既に村人たちには「領主様の奥方」として扱われている。
ルシエンとノルテは魔法で農地を拓く作業の中心として、すっかり農民たちの信頼を得た。
しかもルシエンが「植物」魔法を使うと、植えたばかりの作物の育ちが目に見えていいとわかり、開拓地に姿を見せると「ルシエンさまぁ~」と引っ張りだこだ。
この地域には北の情報は比較的早く入るから、北方山脈のドワーフたちが自治領を得たことも伝わっていて、ノルテがそこの領主である“ドワーフ伯爵”の娘だって知られたことも信頼につながっている。
カーミラは、集落のまわりに現れたオニウサギや魔猪を退治したり、獲物になる鳥を弓も使わずに捕らえる腕前から、狩人たちにも一目おかれている。
そしてエヴァは、貴族の婦人らしい立ち居振る舞いや、村人の陳情に対しては俺を補佐して、というよりほとんど俺の代わりに聞いてくれていて、なんとなく村人の間では、「正妻で領主様の代理」的に見られている節もある。
もちろん、俺にとっては4人とも等しく大事なパートナーだし、せっかくいい住まいを用意してもらったから、みんなとお楽しみの毎日なのは言うまでもないけど。
今のところ男爵家で雇っている家臣はいなくて、領主の仕事は全て俺と女子たちでやっているし、門番もタロを立たせているだけだが、いずれは家臣団みたいなものを作っていく必要があるだろう。
一応、王都の内務省で辞令をもらうときに、しかるべき家臣や使用人の候補の人選を依頼してはある。
こうして、主な集落の者たちとも一通り顔を合わせ、すぐにやらなくちゃならない村の開発計画が一段落したことで、俺たちはもう少し遠出をすることになった。
オークの群れが村のすぐ近くに移ってくるきっかけになったという、より上位の魔物、狩人たちが言う「斧も弓矢も効かぬ魔物」の討伐だ。




