第30話 次なる階層へ
迷宮地下一階層の主を倒すことに成功した俺たちは、続けて次の階層に挑むことになる。
カレーナが魔狼と化したコボルドロードの遺骸を“浄化”すると、これまで見た中では一番大きな魔石になった。
それと同時に、周囲の魔力が急速に薄れて、かすかな地響きが鳴り始めた。それはどんどん大きくなり、結界内の一番奥、コボルドロードが最初にいた骨や皮が積み上がったあたりから、地面が陥没し始めた。
「まずいぞ、逃げろ!」
セシリーが叫ぶ。
俺たちは最初にワームの抜け殻に侵入した亀裂の方に向けて走り始める。陥没が俺たちを追いかけるように広がっていく。
なんとかそれが収まった時には、抜け殻の中のほとんどの地面は失われ、広い範囲で10メートル以上の深さまで落ち込んでいた。
そして、その一部から、新たな横穴が伸びているようだ。
「あそこから、迷宮の2階層、ということでしょうね」
カレーナが自分を納得させるようにつぶやく。
「すぐそばには、なにも感じない。ただ、またしばらくいくと、結構な数の魔物を感じるよ」
ラルークが気配を探っている。結界が解けたのだろう、俺にもこれまでとは異なる魔物の気配が感じられる。ただ、これは知ってる感触だ。
俺がラルークに目を向けると、彼女はニヤッとする。
「わかるかい、次はオークの群れらしいね」
そうだ、戦ったことがある気配だった。
「カレーナさまぁ!ご無事ですか」
その時になって、味方が近づいてくるのにも気づいた。結界が破れたことで、パーティー編成から外れていたバタとヴァロンも、入ってこれるようになったようだ。
ということは、これで迷宮の入口から2階層までがつながったってことか。
試してみると、確かに地図スキルでも、長い迷宮1階層の全体が見られるようになっていた。
カレーナとセシリーが、バタたちに結界のことやボス戦の様子を伝えている。バタたちの方は特に変わりなく、魔物が湧いて出ることもなかったようだ。
「どうされますか?」
ヴァロンが尋ねる。
「皆の準備が整い次第、下に降りようと思います」
カレーナが即答した。
確かに、今の戦いは俺とリナ以外は怪我もしていないし、俺たちももう大丈夫だ。まだ迷宮に入って1時間も経っていないし、2階層に進むべきだろう。
斥候として真っ先に降りるラルークに、バタが念のため、背嚢の中からロープを出して渡す。
「あたしにはむしろ、邪魔だけどね」
それでも帰りのことも考え、ラルークはグレオンが保持役を務めるロープの先を持って、身軽に陥没した地下に降りていく。
周辺の壁はうっすら光ってはいるが、念のためベスが火の玉を中空に浮かべ、灯火にする。
俺も最大限、察知スキルを使うが、とりあえずすぐ近くに魔物の気配はない。
ラルークがロープを2度引っ張って合図し、バタがしっかりロープをつかんで降りる。
その段階で、グレオンがロープの反対側の端を、入ってきたときの抜け殻の割れ目にしっかりと結わえ付ける。俺はその回りを粘土で固め簡単に外せないようにした。
それから、順番に全員が穴の底に降り、そろったところで、横穴に向かう。
「近づいてきてるね。10匹以上・・・20匹ぐらいか」
ラルークが警戒を呼びかける。
大陥没が起き、結界が破れたのだ。地下2階層のオークたちも、当然異変に気づいたはずだ。
「ここは大人数を相手にするには開けているし、足場も良くない」
バタの声に皆同意して、足音は忍ばせつつ走り出す。
横穴の入口までオークたちより先について、入口の陰に隠れよう。パーティー連携のおかげか、意思疎通はスムーズだ。入口の左側にグレオンとラルーク、バタとヴァロン、ベス。右側に俺とリナ、セシリー、カレーナが身を潜める。
足音が近づいてきた。向こうは俺たちの存在に気づいているだろうか?
おそらくそうだ。入口から10メートルほど奥、俺の地図スキルに映っている範囲で、走ってきた奴らを示す赤い光点がいったん止まり、そろそろと慎重に近づいてくるから。
パーティー連携で、この脳内イメージをみんなに伝えられるだろうか?
ラルークが索敵して得た情報だろうか、その光点に大小があり、レベルの高そうなのは後ろ寄りにいるような気がする。
俺たち前衛要員は剣を、ラルークとカレーナ、ヴァロンは数歩離れて弓を構える。
じりじり接近してきた赤い光点のいくつかが、意を決したように、洞窟の奥から飛び出してきた。
矢と火球が飛ぶ。
乱れたオークの第一波は、それでも左右に分かれ、陰に入る俺たちに襲いかかってきた。それを俺たちが迎え撃つ。
セシリーが棍棒持ちのオークを斬り伏せ、俺も1匹に斬撃を浴びせる。これまでより相手の動きが見える気がするのは、ザグーの稽古のおかげだろうか。
反対側ではグレオンが1匹倒した。そして、矢が刺さって動きが止まっている奴に、バタが斬りかかる。いや、待て!入口の陰からは・・・
「出るな!」
ラルークが叫ぶ。パーティーに入っていない二人には情報が共有されてない。わかってたはずなのに。
バタを守るように粘土の壁を出現させたが、MPの残量が乏しいせいか、一瞬遅れ、しかも全身をカバーするには小さすぎた。
バタの体に何本かの矢が突き立つ。胸の金属鎧は弾いたが、腹と脚、革の部分には突き刺さった。
膝をついて崩れた姿を見て悟る。最初から第一波は捨て石だったんだ。
ベスが炎の渦を風に乗せて洞窟の中に送り込む。
叫び声があがるが、光点はさほど減らない。うまく身を伏せて躱しでもしたのか。
グレオンが何かベスに声をかけている。
ベスは頷くと、「魔法の盾」を作り出し、それを掲げながら歩き出す。
魔法を維持しながら動かすのはかなり集中がいるらしく、ゆっくりと周りを見る余裕もなく進む。グレオンがベスの横について、何かあれば守ろうと構えながら進む。
入口の陰から出た途端、矢の雨が降り注いだが、全てはじき返している。
オークたちには透明な盾がはっきり見えないだろうから、状況が理解できないだろう。
俺たちも身をかがめて反対側から、魔法の盾の陰に飛び込む。
その時になって、相手も矢が通じないと悟ったか、それまで後ろに控えていたレベルの高い連中が突撃してきた。
オークリーダーだ。
先頭の奴が、見えない壁にぶつかって倒れる。目前まで振り上げた剣が迫っていたベスは、恐怖心で目をつぶり顔を背ける。
ベスの盾の陰からはこっちも矢が放てないから、回り込んできた敵と近接戦闘になる。
一方をグレオンとセシリー、もう一方を俺とリナが迎撃する。
俺もこれまでより、ずっとまともに剣を使えているのは間違いない。それでも、<オークリーダーLV7>と表示された相手に徐々に押し込まれる。
リナももう一匹と斬り結んでいる。
焦りを感じた時、横からオークリーダーの首に、細い剣が突き立った。カレーナか。助かった。剣もかなり使えるんだ。
均衡が崩れたことで、リナの相手をしていた奴を仕留めることができた。
グレオンとセシリーも、それぞれの相手を切り伏せたところだった。
残るオークたちはラルークとヴァロンの矢に牽制されて近づけずにいたが、突撃隊が全滅したのを見て、逃走に転じた。
「逃げるぞ!」
セシリーの声に、ベスが魔法の盾を解除し炎の詠唱を始める。遠ざかって行く姿に、皆が矢を放つ。
俺も残りのMPを絞り出して、オークたちの前方に壁を出現させようとするが、遠いことでなおさらMP消費が多くなる。そのせいで、足を引っかけるぐらいの高さの障害物を出せただけだった。
それでも、最後に誰かの矢とベスの火球で、2匹をさらに討ち取ったようだ。
僧侶二人をバタの治療に残し、俺たちは慎重に先へと進んだ。だが、200メートルほど進んだところで、複数の横穴があるのと、そこに潜む多数の気配に、いったん追撃をあきらめざるを得なかった。
結局、この戦いで仕留めたのは、オーク12匹とオークリーダー5匹。うち半数ぐらいが弓を持っていたようだ。俺たちが使う弓矢に比べれば雑な作りだが、それなりの強度の弓を、自前で作っているらしい。
相手も飛び道具があり、戦術を考える頭脳があると、やっぱり簡単にはいかない。
バタの傷は、幸い命に関わるものではなかった。
だが、それでもカレーナとヴァロンが治療呪文を重ねがけして、ようやく自力で歩けるところまで回復した。
パーティーの連携が取れないと、人数が多くてもかえって危険な場合もある、ということを、俺たちは実感させられた。
そこで、バタとヴァロンには、ロープを上った所で退路を確保していてもらい、この先はパーティー6名だけで進むことになった。
これまで以上に慎重に、ラルークの索敵と俺の地図のスキルで得た情報を全員に共有しながら進む。
あまり距離を置かずに3つの横穴がある場所に来て、慎重に気配を探ると、一番手前はなにもおらず、2番目に10匹の群れ、そして3番目は奥が深く不明、という状況だった。
10匹の群れがいる横穴は、幸いさほど奥行きがない。巣穴、というイメージだ。
そこにベスが炎をたたき込む。赤い光点は、穴の奥ギリギリまで退いて避けているようだ。
そこで、俺はMP消費を抑えるため、穴の入口ギリギリまで近づいて、粘土壁で蓋をする。
残酷なようだが、これで魔法の火が燃え尽きるまで中の酸素を消費するはずだ。
暴れるような気配がしばらく続き、やがて反応が消えた。
オークも俺たちと同じ、酸素呼吸している動物らしい。
俺は少しでもMPを回収するため、粘土を消した。
そして、最後の横穴は、これまで見てきたものと違って、はっきりわからないほど奥深く続いており、その代わり細かった。しかもこの穴は斜め上に向かっているようだ。
ラルークが慎重に探ったものの、今は魔物は感じられないという。
ただ、この細い穴は、どうも他とは違う。
「あのー、これって、地上につながってる洞窟じゃ?」
ベスがおそるおそる切り出した。
「こないだ埋めたあれだね?あたしもそんな気がする」
ラルークが見えない洞窟の奥を見据えて同意する。
この間、領内掃討でオークの群れを殲滅したときに、奇襲をかけてきたオークリーダーたちが出てきたと思われる深い洞窟があった。
どこまでつながっているかわからず、入口を埋めてきたのだが、それがこの、迷宮地下2階層につながっていたとすれば、色々なつじつまが合う。
迷宮一階層にいるコボルドなら領内に湧き出てても不思議はないが、なぜ一階層には見当たらなかったオークが多数、領内をうろついていたのか?そして最近増えたわけも。
この洞窟が最近開通していたからだったと考えれば。
「埋めましょう。念のため、ここにも炎を」
カレーナの指示で、酸欠作戦を再度実行する。
ただし、こっちの壁は念のためそのまま残しておく必要がある。
MPが本格的に底をつきそうだ。頭痛がかなりひどくなってきた。
「今日はここまでにしましょう」
「いや、俺のMP切れだけで引き返さなくても・・・」
別にそう責任感が強いわけじゃないが、ちょっと気が引ける。
「そうじゃないさ」
そう言葉を継いだのはカレーナではなくラルークだった。
「あれを見な」
彼女が指さした先には、少し遠いが、またあの、もやもやとした光の壁が見えてきた。2階層の主のところまで来ていたのだ。
その手前には、もう魔物の気配はない。
「明日はあの攻略ですね」
セシリーの確認にカレーナがゆっくりと首を縦に振った。




