第3話 最初の戦い
あてもなく歩き始めた俺は、オークの群れに追われている一行を見かける。だが、レベル1でチートなスキルも能力もない俺にどうしろと?
何の役にも立ちそうにない「お人形遊び」と「粘土遊び」のくそスキルぶりを確かめ、ひとしきり鬱憤を吐き出した俺は、目の前の問題に向き合うことになった。
異世界に転生したのは受け入れるとしても
ここはどこか?どんな世界なのか?・・・不明。
そもそも今はいつどんな状況なのか?・・・不明。
衣食住は?生きて行くには?・・・・不明。
では、まずなにをどうすればいいのか?途方に暮れた。
センター試験の朝だから、元の世界では冬だったが、ここではダウンが暑く感じる。暖かい世界か地域なのか、それとも季節が違うのか?脱いだダウンを草の上に敷いて枕代わりにし、薄手のセーター姿で考える。
小腹が空いてきたが、弁当代わりにおにぎりと、余分に飲むゼリーもひとつリュックに入っているから、1日やそこらは食糧を手に入れられなくてもなんとかなるだろう。
ただ、その先のことを考えないと。サバイバル技術なんて持ってないから食べられるものを自力調達するのは望み薄だ。
そうすると、とにかく人が暮らしている街か村を見つけないといけないだろう。
この世界で言葉が通じるのか?とか金銭をどうするのか?とか、考え出すと不安が次々わいてくるが、とにかく転生したものの何もしないうちに野垂れ死に、というのはあんまりだからな。
第一目標、人里を見つけること。
立ち上がって小川に沿った小径を、さてどっちに向かうか?
曲がりくねった道の先にはどちらも大して見通しがきかず、どっちを選んでも大差ない気がしたので、川の流れを見て川下らしい方に向かう。
なんとなく、山の上より川の下流に大きな街はあるもの、というイメージがあるし、ほとんど平坦でも上りより下りの方が少しは楽だしな。そう考えて、小径を歩き出した。
歩いて歩いて小一時間。かすかに種類のわからない鳥のさえずりや、ウサギか何かの小動物が木立を動き回るガサガサいう音が何度か聞こえたものの、姿は見えず。
小川があるはずの斜面の方にはゴロゴロ大きな岩が増えてきたが、変わり映えしない小径が続くばかりだ。心なしか道幅が狭く獣道っぽくなってきた。なんとなく薄気味悪い。
気が滅入ってきた頃、なにか声が聞こえた気がした。
ここだけ珍しく遠くまで視界が開けた小径の向こうから、こちらに向かってくる人影、いや、なにか馬とかダチョウみたいな大きな鳥っぽい姿も見える。
その後ろからさらにもう何騎か続いているようだ。
まだ相当離れているのでよくわからないが、なんだ?と注目すると、頭の中で何かスイッチが入ったような感覚があり、人と動物の姿に重なって
<僧侶LV5>
<トリウマ>
と文字が浮かぶ。
なぜこんなことがわかるのか不思議だが、ひょっとするとこれが、「判別(初級)」というスキルの効果なのか?
「僧侶」ってのはまさにRPGのジョブとかクラスだよな。
まだ姿形もはっきりわからないぐらい遠くにいる相手のジョブやレベルがわかるのは便利だ。ボーナススキルががっかりすぎるだけに一番スキルらしいスキルに思える。
トリウマというのが人が乗っている動物か。馬みたいな鳥、かな。
同じように続くトリウマに乗っている人影は、
<魔法使いLV4>
<冒険者LV6>と来て、最後に
<戦士LV5>と続くが、
その人影ともつれるように徒歩の陰がいくつも飛び出してきた。
その人影らしきものに目をこらすと今度は
<オークLV3><オークLV4>・・・と並んでいる。
オークと言えばファンタジーではお約束の悪役だよな。ロード・オブ・ザ・リングとか。
レベルは騎馬の人影より少し低めだが、数が10匹ぐらいいるようだ。そのため、4つの人影はオークの集団から逃げているようにも見える。
戦士がしんがりになって追撃を必死に防いでいるっぽい。
モンスターから人が逃げているなら助けてあげるべきなのかもしれないが、転生したばかりの俺には事情が全くわからないし、そもそも冒険者レベル1でしかない初心者には難易度が高すぎるんじゃないのか。
LV4や5の人たちが逃げているんだとしたら、とても俺がかなう相手じゃないはずだ。
俺は勇者でも紳士でもないし、ここはまず身を隠すべきじゃないか。
そんな葛藤を無にしたのは、突然現れた別のオークだった。
木立の中から俺の目の前に、3、4匹が不意に飛び出してきたのだ。
どうも、あのグループの前に回り込んで挟み撃ちにしようとした別働隊っぽい。そんなことを考えたのは反射的に木立と逆側の斜面を駆け下り逃げ始めてからだった。
ちらっと視界に映ったのは、
<オークLV3><オークLV3><オークリーダーLV6>!
逃げるしかないだろ!
気づかないでいてくれ、と思う俺の気持ちがフラグになったのか、一匹がヒクヒク鼻を動かしたと思うと、俺の方に向かって「グアッゥ、グァッ」と叫び声をあげた。
それを合図に別働隊のオークたちはグアグア会話らしきものを交わしている。あのグループの頭を抑える任務をどうするか迷ってるんだろう。オークは結構知恵が回るらしい。作戦を考えたりできるってことだからな。今の状況では何の助けにもならない、むしろまずいんだが。
俺は小川の方に向かって、ゴロゴロとした岩の間をジグザグに方向を変えながら必死に走る。
追いかけてくる者がいてもまけるようにだ。
だが、突然前方から、「ガアア」と勝ち誇るような咆吼があがる!
目の前の背丈ほどある岩の上に<オークLV3>が登って、石斧みたいな武器を構えていた。
斧も口元も何の血なのか真っ赤だ。
うそだろ・・・転生したばかりの最初のイベントから命の危機だとか、ありえない。
ゲームだったらバランス悪すぎだよ。こっちは丸腰だし、そもそもリアルで殺し合いなんてしたことはもちろんない。
オークが岩の上から俺に向かって飛びかかってくる。
石斧が振りかぶられる。その動きがなんだかスローモーションのように感じられる。
「うわぁーっっ!」
反射的に持ってもいない石つぶて、いや、小学生の頃草野球チームにいた記憶で野球ボールだろうか、何かを投げつけようとした俺の手の中に、突然、ボールのような感触があった。粘土か!?
無我夢中でオークの顔面にありったけの力で投げつける。
くさい息がかかるほどの、50cmもないぐらいの距離だ。一瞬、オークの顔が驚きに引きつったと思うまもなく鈍い音がして眉間に粘土の球が直撃する。
オークの首が変な向きに跳ね上がり、俺の肩にのしかかるように落ちてきた体を身をひねってよける。
ゴツッと音がして石の角に落ちたオークの体がねじ曲がり、痙攣して動かなくなった。俺はその場にへなへなと座り込みそうになる。
だがその時、少し離れた所から再び咆吼が上がった。
3匹のオークが凄い形相でこちらをにらみ、突進してきた!
これがゲームだとしたら、最初のイベントからレベル違い集団に襲われて助けてくれる者もいないとか、ほんとに無理ゲーだ。開発者、何考えてるんだよ。
再び今度は斜面を駆け上るように岩の間を逃げながら、せめてさっきのオークの石斧を拾ってくればよかった、と後悔したが後の祭りだ。
何か戦う方法はないか?考えろ!
もうすぐまた小径に出るというところで、肩ぐらいの高さの岩が見える。足下は草むらっぽくなり気をつけないと躓きそうだ。運動不足の浪人の悲しさ、息が切れる。
俺は覚悟を決めて小径に出た所で後ろを振り向く。
先頭を走る大柄な奴がオークリーダーLV6。
こいつだけは人間から奪ったのか、金属製の長剣を両手で構えて一気に間合いを詰めてくる、その瞬間。足下に土管ぐらいの粘土の塊を、出現させた。
勢い余って足をひっかけたオークリーダーは、そのままの勢いで俺の目の前にダイブしてすっころび、手を離れた長剣は俺をすれすれの所でかすめて、すぐ脇の地面に突き刺さった。
肝が縮む、が、そんなことを言ってる暇はない。
すぐにオークリーダーが手を着いて立ち上がろうとする所に、反射的に俺は剣を引き抜き右バッターのフルスイングのように横なぎにする。
血しぶきが飛んだ。
首を飛ばすような剣技はあるはずもなく、半ばちぎれたようなオークの首に剣は食い込んだままだ。
そこに、残る2匹が追いついてくる。
俺はなんとか剣を引き抜いて、悪あがきのように肩ぐらいの高さの岩の裏側に回り込む。
2匹が二手に分かれて回り込み俺を挟み込むように、岩を背に1匹は石斧、もう1匹は棍棒を構える。
獰猛な顔をゆがませ、俺をにらみつける。
「リナ」
俺は小さく声をかける。
<背中がお留守ね>
冷静な声がオークたちの背後に上がり、びくりと2匹がつられて振り向く。
その瞬間、俺は渾身の力で剣を近い方の石斧持ちの方に振り下ろした。
「ギイーッ」
悲鳴があがった時には、剣はLV3オークを袈裟懸けに切り裂いていた。
もう1匹の動きが止まる。オークの表情の変化っていうのもなんとなくわかってきた気がする。
こいつの顔に浮かんだのはおびえだ。
じりじりと棍棒を構えたまま後ずさりしたオークは、くるりときびすを返し木立の中に逃げていった。
初めて人間のような生き物を殺した実感がわいてくるにつれて、俺は吐き気と共に手が震え、それでも手に持った剣は張り付いたように剥がすこともできず、小径の縁に立ち尽くしていた。
岩の上には、足を止める前、通り過ぎざまに置いた人形が無表情に転がっている。
指示通りの台詞を子役みたいにうまくこなしてくれたのはナイスだったが、こんな思いつきが成功したのは幸運だったとしか言いようがない。
その時、剣がぶつかる音と蹄の音、多くの叫び声が近づいてきた。
さっきのグループとオークの群れが近づいてきたのだ。
人間のグループは、トリウマも含めて満身創痍だった。
ここまで時間がかかったのは、トリウマの何頭かもけがをして脚を引きずるようにしているからだろう。
最後尾を守るLV5の戦士が身を盾にしてオークの群れを防いでいる。何匹かは倒したのだろうか、それでもまだ7~8匹いる。
双方が俺に気づいて、驚いた様子で一瞬動きが鈍る。
足下に2頭のオークの死骸が転がり、血まみれの長剣を持った男が立っている。
オークの群れにとっては挟撃の作戦が失敗したということになる。
一か八かだ。
「うぉーっっっ!!」
俺は剣を突き上げて、思いっきりドスのきいた大声を張り上げて威嚇した。
人とオークの集団が俺に注目し、オークの群れの先頭でごつい両手持ちの剣を振るっていた<オークリーダーLV8>が周りの様子をじろりと見まわすと、
「グアオ、ガァッ」と短く吠えた。
するとオークたちはウーウーうなりながら、木立の中に消えていった。やつらにとっては小径よりそっちが本来のルートなんだろう。
人間グループはしばらく呆然とそれを見つめている。
俺はオークたちの姿が完全に木立の奥に消えると同時に、その場にへたり込んだ。
心臓がバクバクと凄い勢いで脈をうつのを感じた。