第280話 本気出しただけってやつ?
新領主として家臣団も連れず現れた俺たちに、キヌーク村の村長らは期待していた治安維持の力がないのでは?と不信の目を向けてきた。そこで、村人が困っているという魔物のいる場所を案内してもらうことにした。
「エヴァ、ありがとう。助かった・・・」
村の連中の案内で魔物の巣窟があるという場所に向かいながら、さっき助け船を出してくれたエヴァに感謝を伝えた。
「いえ、うちも似たような辺境の小領主でしたから、こういうのはまかせて下さい」
ほんとに頼りになるな。
エヴァが言うには、自由開拓村は小なりと言えども独立した存在だから、そこの長というのは一種の領主みたいなもので、住民を代表して周辺の勢力と交渉したり主張をぶつけることもあるそうだ。
さっきみたいな強い口調はさすがに珍しいとは言え、それまで自立していた村がある国や貴族の領地になることを受け入れて、これまでは不要だった納税や賦役の義務まで負う以上は、交換条件として安全やより豊かになる保証を求めること自体はよくあることだそうだ。
そしてカメーネフがこっそり耳打ちしてくれたところでは、あの村長はやっぱりこれまで村民を率いて魔物や周辺の盗賊などとも戦ってきた実績があって、ただの農民ではないらしい。
若い頃はデーバの学塾で学んだ経歴もあるそうで、それであんな農民っぽくないと言ったらなんだが、貴族に渡り合えるようなしゃべり方もできるらしい。
「それでも、ろくに武器も扱えぬ農民・漁民たちだけでは、数十匹のオークの群れは手に負えまい。村を捨てるか王国に服属するかの二者択一を迫られた末の決断だったのだろうよ。当家も戦争の痛手が大きかった今、できればこのようなことに兵力は割きたくないしな・・・」
ヴェスルント辺境伯はデーベル河の南の広大な土地を治めているが、プラト公国軍の侵攻で、北岸の開拓村まで大軍勢が押し寄せ、河を挟んで必死の防戦にあたったと言う。
そこで、キヌーク村からエルザーク王国への保護要請が出たのを機に、王国としても辺境伯としても、言わばこのあたりを「緩衝地帯」として、新米貴族に与えて北への備えにさせよう、ということだったようだ。
プラト公国には新政権が出来たとは言え政情が不安定だし、それ以前からデーベル河の北は、遊牧民の諸部族が時には盗賊にも変わる貧しい地域だ。
自由都市のラボフカも、この戦争ではプラト軍の通過と補給を許し消極的ながらエルザークと敵対する立場になった、信用のおけない存在だ。
今のところ、北岸のこのあたりで所領を与えられたのは俺が最初だけど、キヌーク村と東のビストリアという城市までの間に広がる戦争で荒れはてたエリアには、近々他にも新たな小領主が置かれる予定だ、と言う。
「もう間もなくです。ここからは馬を下りて、お静かに願いまする。イウチェンスク、ダノイ、皆様の馬の世話を頼む」
アポスト村長ら鉈と弓矢を持った十名足らずの男たちが徒歩で先導し、俺たちパーティー5人とカメーネフら辺境伯領から来た連中のうち数名が馬で続いたんだけど、ここで馬を下りることになった。
ここまで道らしい道も無い中を徒歩の速度に合わせて、それでもわずか30分ぐらいだったから、村から2kmぐらいしか離れてないと思う。
こんな近くまでオークの群れが来てるんじゃ、そりゃあ、普通に暮らしていくのは難しいだろう。というか、こんな状況になっちゃう前に手を打てなかったんだろうか。
村長の指図で、2人の男がみんなの馬を立木につなぎ、そのまま番をするために残った。
そして、他の者はオレサンドルという狩人LV4の男の後ろを一列になって藪の中に入っていった。目的地はそこからわずか数百メートルだった。
「見えますか、あそこの斜面に洞窟の入口が・・・」
西コバスナ山地につながる斜面に、人が身をかがめるぐらいの高さの穴が開いている。
オレサンドルが指さす前に、俺は“発見”のスキルで、なにかありそうって感じがしていたし、カーミラとルシエンには具体的な魔物の存在まで察知できているようだ。
「いっぱいいる。オークの匂い。強そうなのも何匹か」
「そうね、全部で30か40匹。迷宮ではなくて本当に自然の洞窟ね。そう深くはなさそうよ」
まだ洞窟の入口まで100メートル以上あるところで、2人がそう言い出したので、村人も辺境伯家の連中も驚いていた。
「なんだって・・・本当にそんなことがわかるのか?」
「信じられん・・・」
俺が気にしたのは別のことだった。
「カーミラ、まわりに出てるやつはいない?」
「・・・この近くにはいない。今は全部穴の中」
群れの巣穴を見つけたなら、取り逃がさないようにしたいからな。
どっちかと言えば夜行性のオークたちは、幸い今は巣の中にまとまっているらしい。
「とりあえず、あそこの群れを潰せば安心して暮らせるのか?」
「・・・えっ、それはたしかに。村の近くにいるのは、あそこのオークの群れだけですからな。当面の畑仕事などは出来るようになります。だが、しかし、これだけの手勢で洞窟の中のオークの大群を本気でやると?」
アポスト村長は、辺境伯配下の者たちをあわせても20人もいない状況で、暗い洞窟の中に入るのは無謀だと思ったようだ。
「ちょっと待ってくれ、シロー殿。我らはきょうは戦闘を想定して来たわけでは・・・」
カメーネフも慌ててる。供の者たちも含め、わりと小綺麗な軽装で来てるしな。
「あ?いや、そうじゃなくて、戦うのは俺たちパーティーだけなんで」
「「「えっ!」」」
正気かこいつ?って目で見られてるな。
俺は、パーティーの仲間と段取りを打ち合わせると、まず飛行ホムンクルスのコモリンと、粘土犬のキャンを放った。
「い、いまの動物は・・・」
アポスト村長のひとり言には答えず、パーティー編成してスキル地図の情報を共有する。
コモリンが洞窟の入口から中に飛び込むと共に、地図上に多数の赤い点が浮かび、洞窟は本当に百メートルぐらいの浅いものだとわかった。本当に巣穴だな。
中のオークたちがコモリンに気付いて、獲物だと思って捕らえようと動き出した様子だ。
リナの転移で、見えている洞窟の入口に飛んだ。
俺は洞窟から出て来るやつを逃がさないよう、高さ2メートルぐらいの粘土壁を出現させ、その内側にタロと、スクタリ防衛戦で作ったゴーレムのうち、残しておいたゴーレムをさらに2体出す。
洞窟の中のオークたちのうち、入口に現れた気配に気付いた者が何匹かいるみたいだ。こっちに向かって来る。
リナは既に次の詠唱を始めている。
コモリンが捕まりそうになったんで、“とっておく”で回収した。
「キャン、頼む」
粘土犬のキャンは、大きな“火素”の薬を埋め込んで作ったことで、口から火を吐くことができる。もちろんドラゴンブレスみたいな強力なものじゃなくて、大道芸に毛が生えたぐらいのものだけど。
洞窟の入口に駆けていったキャンが、奥に向かって炎を吐き出した。
俺たちの気配に気付いて出てこようとしてたオーク数匹の足が止まる。
キャンを回収した直後、リナの詠唱が完了した。
「・・・“流星雨”っ!」
掲げたリナの手の上にまばゆい光がきらめき、そこから洞窟の奥に多数の光球が尾を引いて、轟音と共に飛び込んでいく。衝撃波が、洞窟と周囲の地面を地震のように震動させる・・・
「な、なんだあれは!?」
残してきた村人や辺境伯家の連中が、驚きと怯えの混じった声をあげている。
ズズン!!
地響きと共に、洞窟の奥の方が崩れたようだ。入口でもパラパラと土砂が落ちてくる。
「何匹か出てくるわよ」
「注意しろっ」
流星雨の直撃と土砂崩れのどちらも免れたオークは、外へ逃げだそうと向かって来るようだ。
タロとゴーレムたちを前衛に立てて、俺たちはその後ろに構える。
ひゅんっと音が鳴って、ルシエンの矢が放たれた後、バラバラと手負いのオーク、いや、オークリーダーらが飛び出してきた。
<オークリーダーLV7><オークリーダーLV6><オークロードLV11>・・・このオークロードが親玉か?
生き残ってるやつはレベルが高かったが、ゴーレムの大剣がうなり、それを逃れてもエヴァの槍やカーミラの短刀が待っていた。
俺は粘土壁を乗り越えて逃げようとするヤツに気をつけているだけでよかった。
開戦から掃討を終えるまで、わずか5分足らずだった。
「ま、まさか、あのオークの大群を一匹残らず・・・それも無傷で」
粘土壁を片付け、仕留めたオークリーダーらの遺体を村人たちに確認させると、アポスト村長はじめ全員が絶句していた。
そして、互いに顔を見合わせると、いきなり地面に膝をついて頭を垂れたんだ。
「領主様、先ほどのご無礼は平にご容赦下さい。村人一同、男爵様に忠誠を誓いまする。どうぞ、この村をこれからもお守り下さい」
アポストが先ほどとは打って変わって丁重な態度でそう誓った。
「・・・正直、これほどの腕とは期待以上だ。マジェラ戦争での武勇伝は本当だったのか・・・」
辺境伯家のカメーネフとギルチャたちは、マジェラとの戦いで俺が果たした役割をいくらか伝え聞いていたようだが、どうせ話を盛ってるのだろうと話半分に思っていたらしい。
「シロー殿、河を挟んでいるとは言え、隣領としてこれからよろしくお願いする。北岸が安定してくれることは当家の安全につながりますからな、義父上にもよく話しておく」
カメーネフは、そう言うとしきりに頷いていた。
カーミラと共に洞窟の中を調べてきた村人たちによると、オークの屍体は少なくとも30以上あり、これで近隣を騒がせていた群れの全てだろうという。
気分が悪くなる話だが、人間がオークのエサにされたと見られる衣服の残骸や遺品、そして白骨がいくつかあった。
オークは人間の女をさらうと子を産ませる、とも言われているけど、そうした痕跡は見つからず、ここのところ行方不明になったと言う村人は男ばかり数名、猟師や木こりだったから、みな喰われてしまっていたらしい・・・やりきれない話だが。
その晩、村人たちが盛大な歓迎の宴を開いてくれた。
村の暮らしは厳しいと聞いているけど、川魚や野菜を中心にした素朴な地元料理がたっぷり振る舞われ、近隣の集落の老若男女が入れ替わり立ち替わり挨拶にやってきた。
村の中心部の集落は人間の農民が中心だけど、周辺に住んでいる狩人や川沿いの集落の漁師たちには、犬人や猫人が結構いるみたいだ。
エルザークやレムルス帝国、そしてプラト公国から来たものたちもいるようだけど、亜人差別は特にないようで安心した。
こうしてお国入りした俺たちは、村人たちから新領主として受け入れられたのだった。




