第278話 粉雪
十二の月・下弦7日、俺たちはプラト公国の都、ミコライに入城した。
粉雪が石畳の上に舞う。
こっちの世界に来てから、雪に降られたのは始めてだよな。
元いた世界に比べて全体にこっちは温暖な気がするけど、さすがにここは北の都だ。十二の月の下旬から二の月の前半ぐらいまでは、かなり雪が降るらしい。
暦の関係で、今年は12月の後に「うるう12月=実質13月」があるから、まだ本当の年末ではないんだけどさ。
1か月が月の満ち欠けにあわせた29日か30日の太陰暦である関係上、だいたい3年に1度ぐらい、「うるう12月」があるのだ。やっと少し、こっちのカレンダーにも慣れてきた。
北の都ミコライは、全体にくすんだ色合いながらも、装飾をこらした石造りの建物が並ぶ、美しい街だった。
その公宮前の広大な石畳の広場に、レムルス・エルザーク連合軍の駐屯地が設けられ、整然と並ぶ天幕に真っ白な雪が付き始めた。
「だからこそ、急ぐ必要があったのだが。雪に閉ざされる前にこの動乱を終わらせねば、いたずらに長引くおそれがあったからな」
天幕の間を視察と称して馬を歩かせながら、隣りに呼ばれた俺に自ら説明してくれたのは、エルザーク軍を率いるエンドリト・ミハイ将軍。ミハイ侯爵の嫡男で、イリアーヌさんの異母兄だ。
今年40歳のロードLV26で、顔立ちとかはミハイ侯爵に似てるけど、全体に洒脱な“ちょい悪オヤジ”系で、意外に気さくな人だった。
いや、エライ人なんだし部下には厳しいみたいだけど、どうも事前にイリアーヌさんから俺のことを聞いて、面白そうなやつだと目をつけてたらしい。
それで、戦いが山を越えたあとで声をかけられ、今の俺はエルザーク軍司令部に参謀チームの一人みたいな扱いで拉致られてる感じだ。
もう実質的な戦闘は終了したから、レムルス軍の指揮下に入ってるドワーフたちとちょっとぐらい別の場所にいても問題は無いんだけどさ。昼はエルザーク司令部でも、夜はノルテたちと合流してるし。
「それにしても、帝国軍の“お前らの出る幕じゃない”感は露骨すぎますな。暇で仕方ありません・・・」
将軍の知恵袋、アーロン・ジョッケイ参謀長が反対側でぐちる。
「楽でいいではないか。我が国もプラト攻略に参戦した実績が重要なのであって、属国の不始末は宗主国の手で、というなら、雑務は全部やってもらうさ」
今回の動乱を引き起こしたプラト公国は、元々レムルス帝室の血を引く公爵が代々治めており、レムルスを宗主国としていた。
それが、イスネフ教徒の反乱で公爵が行方不明になり、軍事クーデターみたいな形でイスネフ教徒の将軍が実権を握り、エルザーク王国に侵攻した。
つまり、エルザークは被害者の立場で、レムルスは不始末を起こしたプラトの親分の立場だ。
レムルスは、“自分の家の不始末は親分の手でカタをつけるのが筋だ”と主張しており、被害者のエルザークは、“いやいや、やられたのウチだから、泣き寝入りはしないよ?勝手に決めんなよ”と主張している・・・てなわけだな、多分。
(うん、“よくできました”と“ふつうです”の間ぐらいかな)
おいっリナ! ナニその上から目線。
で、妥協の産物として、レムルスとエルザークが連合軍を組み、プラトのクーデター派と戦うことになった。
けどとにかく、“猛将”グレゴリ・バイア将軍率いるレムルス帝国軍が、強すぎたんだ。
プラト国境を越えてからわずか十日ほどで公都ミコライを陥落させ、国権を握っていたダールヴ将軍を捕らえ、公開処刑にしたのは昨日のことだ。
道中いくつかあった城塞都市は、先月ガリス公国を征圧した際に鹵獲した新型大砲を並べてボコボコにした挙げ句、精鋭というのも生ぬるい歩兵団の果敢な戦いぶりで、一気に突破した。
俺たちもドワーフ部隊と共にそれなりに活躍したとは思うけど、とにかく一般兵に至るまで、練度・装備・士気のいずれもめちゃくちゃ高く、“おれらいなくてもぜんぜん変わんないよね?”って感じだった。
それは、並行して走る別の街道から北上していたエルザーク軍も同じだったようで、進軍速度についていくのがやっとだったそうだ。
それも、レムルス軍に防衛線を突破された以上1か所だけ粘っても無意味、ってことでプラト側がエルザークの攻める前面から撤退していった結果、なんとか同じ日数でミコライに至れた、ってのが真相らしい。
エンドリトさん、いやミハイ将軍もちらっと「何があろうと、帝国を敵に回したくはないな・・・」とか、軍人らしからぬ弱気なつぶやきをもらしてたけど、実際に軍を率いる立場にあるからこそ、彼我の力の差を痛感したんだろう。
しかも、軍事的に強いだけじゃなく、政治的にも強引だが効果的な動きをみせていた。
プラト軍の撃破と並行して、ミコライにあったイスネフ教のプラト正教会本部を征圧し、信者を扇動していた急進派の神官らをまとめて処刑。数少ない穏健派の幹部らをトップにすげ替えて、教会の名で信者らに元の暮らしに戻るよう呼びかけさせた。
それによって、死を恐れず抵抗を続けていたイスネフ教徒たちも、昨日から潮がひくように沈静化しつつある。
イスネフ教徒の反乱で行方知れずになっていたプラト公爵は、既にダールヴの息のかかった狂信者らの手で殺害されていたが、これに対しても、公爵の甥が保護され、暫定的な統治者の地位に就くことが、けさ発表された。
つまり、レムルス帝国が次期公爵を決めるまで、傀儡として、実質的にはレムルス軍が統治するというわけだ。
「あの、ヨーナスという平民の参謀の手腕のようですな・・・」
アーロンが悔しそうな口ぶりで挙げたのは、バイア将軍に影のように従うヨーナスというLV27修道士のことだった。
レムルスは身分制度自体は保守的な国だが、軍では実力主義が徹底しており、ヨーナスは平民であるにも関わらずその知略を買われ、若くして将軍に次ぐ地位にまで上り詰めたそうだ。
「あとは例の件だが・・・」
エンドリトさんが口を開いた時、騎馬の兵が一人かけてきた。
「閣下、バイア将軍から、今後のことですぐ協議がしたい、と」
「・・・早いな、案の定か」
公宮内に設けられた、レムルス遠征軍司令部には、既に帝国の幹部層が勢揃いし、その末席にドワーフたちを率いるオーリンと息子のオレン、そしてドワーフたちとの連絡役としてエルザーク王国から送り込まれている魔法使いの姿も見えた。
グレゴリ・バイア将軍は、46歳の魔法戦士、LV33っていうハイレベルだ。
半白の短髪に整えられた髭、年齢を感じさせない筋肉の塊みたいな巨軀を持つ、威圧感たっぷりの男だ。
「呼び立てて恐縮だな、ミハイ将軍・・・では始めよ」
問答無用で軍議が始まった。
取り仕切るのは、話題にあがっていたヨーナスと、もうひとりトピアスという、こちらも平民上がりの参謀だった。
まず、初雪が降り始めたことで、あと数日で積雪により軍の行動に制約が生じると見込まれること。
それまでに冬を越す暫定の統治体制の構築と、糧食等の補給体制の確保を急ぐ必要があり、その提案。
そして、もうひとつ、最重要な議題は別にあるようだった。
「封印の巫女が無事保護されました。幸い、イスネフ教徒の凶刃にかかってはおりませんでした」
トピアス参謀の報告に、事情を知っているらしい高級幹部だけが一様にほっとした様子を見せた。
どういうこと?という顔を向けた俺に、アーロンが耳打ちしてくれた。
「公家の血を引く巫女が、代々魔王の封印を維持している、と言われていますが・・・」
本当にあった話なんだ。
ミコライよりさらに北の辺境、一年の大半を雪や氷に閉ざされているあたりに、かつての魔王大戦の際に勇者らが魔王を封じた結界があるのだと、少なくともその建造物はそういう存在だと、プラトやレムルスの上層部は信じているそうだ。
イスネフ教徒にとってはこうした“巫女”も、唯一神イシュテランとは別の神々を奉じる者として粛正対象になるから、懸念したレムルス軍の一隊が、北へ急行して、なんとか保護したらしい。
「ただ・・・報告では、イスネフ教の信者らが禁域に侵入した形跡があったそうです。目的もその影響も現在のところ不明であります」
巫女や封印の存在を知らず放置していたのでは無く、知った上で、巫女の拉致殺害より他の目的を優先した・・・そうも取れる情報だった。
「・・・ともかく、巫女と封印が無事なら、それを確実に維持することに尽きよう。冬の間も魔法使いを含む一個小隊を常駐させるべきだろう」
「そうだな、当面はそのように下命せよ」
レムルス帝国の幹部らは、得体の知れない不気味さを覚えているようでもあった。
レムルスの連中だけじゃない。オーリンはそれ以上に深刻な顔をしていた。
そうだ、オーリンの祖父、ドワーフ王オデロンは魔王と戦った一員だったんだよな・・・俺は上級魔族を何人も目にしながら、これまで「魔王」ってのは今ひとつ実感が持てない、遠い伝承みたいな感じだった。
けど、このとき初めて、200年前の勇者と魔王の戦いが俺にとって現実の出来事と認識された。
いずれにしても、この日、レムルス・エルザーク連合軍は、魔法通信で大陸各国に向け、プラト公国の動乱終息と新政権の樹立、そして戦勝を大々的に発表した。
いまだ各地に残る残党の掃討は続くし、アルゴルとメウローヌの国境では断続的な紛争が続いている。南の都市国家間の抗争も終わっていない。
けれど、大陸全土を巻き込んだ「亜人戦争」は、この日を境に、急速に終結へと向かっていった。
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それから5日後。
明日にはレムルス帝国の駐屯部隊5千のみを残し、エルザーク軍やドワーフたちと一緒にミコライから撤収する、って日のことだった。
公宮の司令部のそばの広間で、レムルス帝国から報奨と人事に関する発表があった。
オーリンは、今回約定を果たしたことで、レムルス帝国から北方山脈南部のドワーフ自治領の領主という立場を認められ、帝国の伯爵扱いになった。
領民わずか1万の領主というのは、帝国貴族の標準から言うとせいぜい子爵とか男爵ぐらいに相当するらしいけど、元々昔は独立王国で、オーリンはその王の孫にあたること。しかもドワーフ王オデロンと帝国の初代皇帝レムルスは、共に勇者パーティーで戦った盟友だったことから、帝室がその友誼を尊重した結果だと説明された。
そして、大陸全土に広がったこの「亜人戦争」において、レムルス帝国は亜人と人間族の融和を掲げる側の実質的盟主だったから、そういう意味でも、諸族融和の象徴として、ドワーフの長オーリンを高い地位に就けた面もあるようだ。
実は、俺も数日前にバイア将軍とヨーナス参謀長に呼ばれて、“帝国男爵の地位を与える”って言われたんだけど、それをエンドリトさん、ミハイ将軍が聞きつけて王都に連絡したところ“待った”がかかり、すったもんだの末に、この話は立ち消えになった。
なんでもバイア将軍には、事前に帝室、おそらくはアルフレッド殿下の意向が伝えられていたらしく、シクホルト奪還からのドワーフ自治領への俺たちの貢献もふまえて、帝国の勢力に取り込め、と指示が出ていたらしい。
「ツヅキ卿には既に帝室より自由騎士勲章を授与済みである。しかも、帝国伯爵となるオーリンの婿なのだから、当然帝国貴族という扱いになるべきだろう?」
そう主張したヨーナスに対し、エルザークの参謀であるアーロンと、ドワーフ領に連絡役の魔法使いとして送り込まれていた外務官僚ラナル・ムラード卿が必死に反論したらしい。
「なにを言われるか!ツヅキ卿はエルザーク王国冒険者ギルドに所属するわが国の臣民であり、騎士身分を与えたのもエルザーク王国が先だ。先日のマジェラ王国との戦いでも、オルバニア家の騎士として比類無き活躍をした我が国の宝であり、既に正式な貴族への昇爵も内定済みだ」と。
後からエルザークの司令部に呼ばれた俺に、エンドリトさんが疲れた顔でぼやいた。
「我々は軍人だぞ。お主がたまたま従軍中だったからと言って、こんな外交の駆け引きとか人事の根回しみたいなことをさせんでくれ。・・・あとはムラード卿、貴官から頼むぞ」
そう言われても、俺の方こそよくわかんないんですけど・・・
そしてムラードは、“私だって外務官僚で、これは内務省の仕事ですよ”と、ひとしきり愚痴った後で、こちらに向き直った。
「内務省からの通知を代行して伝えますが、あなたの昇爵は“内示”ではなく急遽“決定”になったそうだ。帝国が男爵位を与えるなんて言い出したせいで、我が国としては先に同等以上の爵位を与えた事実を内外に示す必要が出てきたためですな」
え?なんか適当すぎない、それ。
「で、既成事実にすると言うことで、所領も急遽決めるそうです。一般にはこれもきたる二の月の王国会議で下賜されるのが筋なのですが、そもそも今回の戦争で荒れ果てた地域の治安回復は待ってくれませんからな。詳しくは内務省で説明がありますので、可及的速やかに王都に戻るようにとのことです・・・」
こうして俺は、戦乱の前線から一転して領主貴族の立場に放り込まれることになった。
なんか、やりこんでた《剣と魔法のRPG》が、バージョンアップしたら急に、《領地経営シミュレーションゲーム》になっちゃった気分だよ・・・。
ご愛読いただきありがとうございます。
これにて、第三部「亜人戦争篇」終了です。
書き始めた時は、こんなに長くなるとは思ってもいませんでした。
そして、ご覧の通り、亜人戦争自体も、西方では概ね終結しましたが、発端となった東方ではまだ終わっていません。
その辺の伏線も今後回収、というかさらなる伏線になる見込みです。
次は、《領地経営シミュレーション》?の第四部「お気楽領主篇」を予定しています。しばらく推敲・執筆の時間をいただくかもしれませんが、どうぞお楽しみに。




