第29話 階層の主
ついに、「階層の主」と呼ばれる魔物に初めて戦いを挑むことになった。
階層の主が巣とする、迷宮ワームの巨大な抜け殻。
グレオンと俺は、左右からその亀裂に手をかけ、目一杯の力で開こうとした。
抜け殻に触れた瞬間、びりっと電撃が流れるような感触があって、腕がしびれるがそのまま力を込める。俺より体格も腕力も上回るグレオンの側が先にめくれ始める。セシリーがグレオンの方に、リナが俺の方に手をかけてさらに力を込めると、徐々に亀裂が広がっていく。
「いくよ」
地面近くに開いた三角形の隙間に、ラルークが素早く潜り込む。
その途端、パーティー編成で結ばれた全員に、中の空気が我がことのように感じられた。
魔力が濃い。
奥行きが広い。
そして、いる!
100歩近く先まで続く、長大な抜け殻の一番奥の方に、何かの骨や皮がうずたかく積まれ、そこに一匹の魔物がいる。
ベスとカレーナが続いて亀裂をくぐった時には、隙間はかなり広がり、セシリー、リナと身をかがめて通れるぐらいになっていた。
その時、低いうなり声が聞こえた。気づかれたんだ。
「先に行け!」
グレオンの声で俺も手を離し、身を滑り込ませる。
同時にヒュンッと弦音が響き、一本の矢が飛来した。
俺は間に合わない、と思った時、ベスが何か唱えた。
キンッ、と甲高い音がして、矢が見えない壁にはじかれた。見えない・・・いや、目をこらすとガラスみたいな透き通った壁が、女たちを覆うように展開していた。
これがベスの「魔法の盾」か。助かった。
2射、3射と続く矢も正確で、昨日のコボルドリーダーの弓矢よりずっと威力もありそうだったが、この距離なら少なくともベスの魔法で防げるようだ。
遠く視界に入った姿は<コボルドロードLV10>と表示される。
確かに俺たちよりレベルは上だが、6対1でかなわないほどの大きなレベル差ではないだろう。
問題はどう攻撃するか、だが。
「こっちからの攻撃も止めるのか?」
遅れて出てきたグレオンの問いに、ベスは視線を前方に固定したまま答える。
「残念だけど、たぶん。それと、わたしは盾の維持で精一杯です」
どうも、盾を維持するにもMPを消費し続けるようだ。ベスの攻撃魔法は使えないってことか。
気配を消して盾の陰から出たラルークが弓で応戦するが、命中させるには遠いようだ。向こうの方が、的が6つかたまってるわけだから、狙うには有利か。
しかも、矢を射ることで隠身スキルが解けるのか、コボルドロードの矢が無防備なラルークの方を狙い始めた。
ラルークが慌てて射るのをやめ、戻ってきた。
「昨日の作戦に切り替えよう」
俺はそう言ってセラミックの大盾を作り出す。ただし、昨日の半分の薄さだ。
新たに得た“すごい粘土”を意識して、できるだけ丈夫な盾をイメージをする。ベスの魔法の盾を見たのがイメージの材料になった。
作り出した盾をグレオンとセシリーが支えてくれる。昨日より軽くなったことで女手でも取り合えず支えられるようだ。
肝心の強度は・・・矢が当たるが、大丈夫だ。
ただし、魔法の盾と違ってこっちは不透明で前が見えない。俺はまた、大盾にいくつかの小さなのぞき穴をあけていく。
「ベス、攻撃魔法に切り替えて」
カレーナが指示を出す。
俺がセシリーに変わって盾を支えると、セシリーとカレーナも、武器を弓矢に持ち替え、のぞき穴から狙いをつける。
しばらくは矢の打ち合いが続くが、コボルドロードは動きも速く、矢を避けているようだ。
そこにベスが炎の突風を放つが、それすら躱された。
「もっと近づかないと無理だな」
セシリーの訴えに、俺とグレオンはタイミングを合わせて大盾を持ち上げ、前進を始める。
二人だとさすがに持ち上げるのがやっとだが、セシリーも加わってくれたことで、昨日の男4人の時より速度が上がった。
自分に向かってくるデカい壁に、コボルドロードが動揺しているように見える。
30歩ぐらいの距離まで近づいた所で、再び盾の陰からベスが魔法を放つ。ついに炎の渦がコボルドロードを巻き込み、上半身が火に包まれた。
これで決着か?と思った時、
「グォーッ!」
絶叫をあげて、敵の姿が変化し始めた。なんだ?
火が消えた時、そこにいたのは、巨大な狼のような姿だった。
<魔狼LV10>!?
そんな表示が映った気がしたときには、もうそれは視界から外れ、一瞬のうちにこちらに飛びかかってきた。回り込む?違う!
そいつはラルークとカレーナの矢を飛び越え、そのまま大盾の上、2メートル以上の高さを飛び越えて頭から落下してきた。
唯一、剣を構えていたリナが皆を守るように、下から上に切り上げる。
ガキンッと硬い音で剣が弾かれ、リナの肩が魔狼の前足に蹴り飛ばされる。
振り向いた俺の左肩にすごい衝撃が走り、なぎ倒された。
「盾から離れろ!」
グレオンとセシリーは盾の保持をあきらめ、皆を散開させる。魔狼に背後から忍び寄ったラルークが短刀を、尻のあたりに突き立てた。
えげつない、だがナイスだ。
ギャオンッ、と咆吼をあげ振り向こうとする間に、盾を放り出した俺たちは魔狼を囲む。
俺は激痛に耐えながら右手で照準をあわせ、粘土の囲いを出現させた。
だが、奴は一瞬の体当たりで粘土の壁に穴をあけ、目の前にいたベスに襲いかかる。再び今度は全力で硬化させたセラミック壁を出現させる。
魔狼の突進にヒビが入る。
だが、一瞬の時間は稼げた。
セラミック壁が砕け散った瞬間、ベスの詠唱が完了し、魔狼が炎に包まれた。しかし、そのままの勢いで炎の塊がベスの上にのしかかろうとする。恐怖に硬直した小さな体を、やはり華奢なリナの体が横から飛びついて魔狼の体からそらした。
最後の獲物を道連れにしそこねた魔狼は地に落ち、肉の焼ける臭いと共に、ついに動かなくなった。
しばらくは全員が動くこともできず、荒い息をついていた。
肩の痛みに加え、MPを使い切って意識も朦朧としていた俺は、とりあえず、大盾や壁を“片付け”て、わずかばかりのMPを補充した。
少しましになった気がしたが、またMPが抜けて行くような感覚があって苦しい。
リナもぐったりしている。左肩が鎧、と言ってもソフビ製のなんちゃって鎧だが、と一緒にざっくりと裂けているようで、その中は真っ暗で見えない。が、感覚的にそこから何かが抜け出ているようだ。
俺は這っていって、リナの肩の傷を右手で押さえた。びりびりと、ワームの抜け殻に触れたときのような感触がする。
「シロー・・・どうしたらいい?」
カレーナがその様子に、ただ事ではないようだと声をかけてきた。
「俺にもよく・・・ただ、たぶんリナと俺はつながってるんじゃないかって」
「カレーナ様、その人形に・・・」
ベスが何か察したように声をあげた。それでカレーナには通じたようだ。
「そういうこと?やってみる」
カレーナがリナの肩の裂け目に、人間の負傷と同様、“癒やし”をかける。すると、見る間に穴が塞がり、それと共に、俺の肩の痛みが薄れていった。
「召喚魔法で呼び出された使い魔と、術者の間には魔法的なリンクができるって読んだことがあったので・・・ただ、普通は使い魔が殺されても術者が死ぬことはありませんが、術者が傷つけば召喚獣も傷つくので・・・」
「でも、それだと、リナだったかしら?その人形の方が主で、シローが従ってことになるの?」
説明するベスも、カレーナも、戸惑っているようだ。
俺にもまるでわからない。ただ、リナが傷つけば俺も傷つくらしい。それはつまり、リナが破壊されるようなことがあれば、俺も死ぬってことか?
リナに目を向けると、無言で俺を見つめていた。
人形にも顔色があるとしたら、青ざめていると感じるのは気のせいだろうか?
ただ、その表情が、哀しみとか寂しさとか、なにかそういう想いをたたえているように見えたのは、日頃から人の気持ちに疎いと自覚してる俺でも、気のせいではなかったと思う。




