第273話 スクタリ攻防戦⑦ ゴーレム軍団
猛攻を耐えしのいだ末に、大森林地帯からの応援が到着した。精霊王の秘術で戦場は濃い霧に覆われ、その隙に俺は粘土ゴーレムの軍団の準備を完了した。
120体近いゴーレムの名付けが完了した頃には、スクタリ付近を覆う霧はますます濃くなり、もはや日が暮れたのかもわからないほどになっていた。
実際もうそろそろ日没だろう。
修復したコモリンをマジェラ軍の上空に飛ばしているから、俺たちの肉眼では灰色の靄に包まれた異様な空間しか見えなくても、街を攻めている大軍がなにやら統制を失っている様子は察知できた。
この霧は、ただの霧じゃないからな。
精霊王の分身が生み出した、一種の結界なのだ。
大森林地帯で第一兵団が方角を見失い彷徨い続けたように、今、マジェラ軍の将兵は自分たちがどちらに向かっているかも、そしてすぐそばの仲間の存在さえはっきりわからなくなって、恐怖に包まれているだろう。
そして、そろそろ、マジェラ軍を街壁との間に挟み込む位置にエレウラス指揮下の亜人たちが展開した頃だ。
「よし、始めよう」
アイテムボックスから、エルフの聖地キャナリラでシマールにもらった魔力ボンベを取り出し、タロとゴーレム軍団に指示を出す。
「マジェラ軍を攻撃しろ。第1目標は、アルパード将軍がいる司令部だ。但し、最初からまっすぐ向かうんじゃなく、スクタリの街の壁に押し込む方向から回り込んで突撃しろ。優先すべき敵は、まず第二兵団のアルパード将軍、魔導師のエルノー、そして第三兵団のデネシュ将軍。見つけ次第、倒せ。指揮官、魔法使いを倒せる限り狙え。座標は俺の地図スキルと、コモリンの認知した情報も共有しろ。出撃だっ!」
『『『ハイ、ゴシュジンサマ!まじぇらグンシレイブニムカイマス!』』』
無機質な声が一斉に復唱し、ゴーレムたちのひとつ目として埋め込んでいる“雷素”の丸薬がギラッと光った。
ゴーレム軍団が山林を駆け下りだした途端、急激に俺の体内のMPが吸い出されていく。
ヤバい、想像以上の消費量だ。
魔力ボンベにつながってる吸い口を慌ててくわえ、深く吸う。
ダイビングをやったことはないけど、酸欠になりかけてたのがグッと楽になるような感じだ。
だが、どんどん体内から出て行ってる。
俺は何度か深呼吸するように魔力を吸うと、いったんボンベをアイテムボックスに収納した。
「リナ、みんな、作戦開始だ」
ベスの有視界転移で、霧の結界の外側のマジェラ軍の側面方向へ飛んだ。
そこでは、防具なしで粗末な槍や斧を持っただけの男たちが、身を低くして濃い霧を囲むように展開していた。ナダン村の義勇兵たちだな。
突然現れた俺たちの姿にギョッとしてるが、オルバニア家の紋章入りの鎧を着けているグレオンやヴァロンを見て、安心したようだ。
「みんな、よく来てくれた。オルバニア子爵様の下で兵長を務めるグレオンだ。逃げてくる奴らがいたら、偉そうな格好をした奴と魔法使いのローブを着たやつを集中して狙ってくれ。戦利品はみんなの物にしていい。危なそうなら手出ししなくてもいいから、大声をあげて脅してくれ」
グレオンが村人たちに最小限の指示を伝える。
そして、少し離れた所に、俺は細身のハイエルフを見つけた。隣に、緑色の光に包まれた美少女が立っている。
「エレウラスさん、それに精霊王さま、よく来てくれたね」
「シローか、われらは約束は違えぬ。かなりきわどい状況のようだが、間に合ったか?」
「大丈夫、ギリギリだったけどさ」
俺たちの会話を、精霊王の分身は聞こえているのか聞こえていないのかわからない様子で、ただ、じっと霧に包まれた空間を見つめている。
結界の術を行使するのに集中しているのかもしれない。
すぐにゴーレム軍団が見えてきた。霧に向かって走って行く。
そっちの方には、何人かエレウラス配下のエルフの姿が見える。結界にゲートを開けるために配置されているんだな。
「では、そなたはボゾンたちも連れて行くがよい。逃れる者はほとんどおらぬと思うが、もし漏れ出てきたら後は任せよ」
大森林地帯で一緒にマジェラ軍と戦ったワーベアの戦士ボゾンが、十人ほどの大柄な戦士たちを連れていた。
5人はワーベア、残る5人はリザードマンか。みんな武装は簡単だけど、ワーベアは熊に変身しちゃうんだろうし、いかにも強そうだ。
ライマとアジマの犬人姉妹が目を見張っている。
エルフたちが声を揃えて破魔を唱え、ゴーレム軍団が結界内に突入したのを見届けると、すぐにエレウラスも、近くの結界にも小さな穴を開けた。
「行け、森の神々の加護のあらんことを!」
その言葉だけで、俺たちに何らかの強力なバフがかかった気がした。
エレウラスにサムズアップして、俺たちパーティーとボゾンたち十名が濃霧の中に忍び込んだ。
タロたちやコモリンの視界が地図スキルで共有され、一気に戦場の様子が脳内に流れ込んできた。
「わあーっ、石像の化け物だぁっ!」
「何だこいつら、剣が効かねえぞ!!ぎゃぁあーっ」
ゴーレム軍団が突入した方は阿鼻叫喚に包まれている。
硬化セラミックのゴーレムの体は、普通の戦士の剣や矢ではほとんど傷を負わせることも出来ないし、一体が300kgぐらいの巨体だから突進されたら止めることも出来ない。
高位の魔法使いが“魔槍”クラスの強力な魔法を使うか、落とし穴でも掘って落とさない限り、止められないはずだ。
「シローさん、あっちです」
ライマが司令部らしい所の臭いをかぎつけたらしい。
タロたちゴーレム軍団も正しい方角に向かっているようだ。ならば。
「ベス、あっちの投石器の所へ」
「はいっ、飛びますっ、“転移”!」
ゴーレム軍団は、東のクルージュ街道側から結界内に突入し、マジェラ軍がかけた仮設の橋を渡ってから反時計回りに進軍して、マジェラ軍首脳を北東側からスクタリの北の街壁に追い込むように突撃することを指示してある。
それを「横」に逃がさないよう、俺たちはいったん結界内の北西の端の方まで転移し、幹部たちが西側に逃げ出せないように押さえる形で突入することにしたんだ。
まだ街に向かって大石を投じていた投石器を魔法戦士のリナが即炎上させる。
群がってくる敵兵はボゾンたちがなぎ倒し、寄せ付けない。
転移役をベスに担ってもらい、より高い火力を持つリナを攻撃に専念させるのがこのパーティーのポイントだ。
俺はその間に魔力ボンベを取り出し、また枯渇してきたMPを補充する。消耗がマジ速い。
「リナ、一発かましとけ」
まもなくゴーレム軍団が、司令部の防衛ラインにかかりそうだと見て、リナに流星雨の詠唱をはじめさせる。
「司令部の匂いが消えました・・・結界かもしれません」
ライマの報告にベスと顔を見合わせた。
この段階で、もう一枚、司令部を結界で覆ったのか?
「そのままでいい、場所はそう動いてないはずだ」
リナの流星雨が発動し、まばゆい光がきらめき光球が降り注いだ。
衝撃波とエネルギーがドーム状に弾かれて、まわりにいた敵兵をなぎ倒す。
「あそこだな」
結界で流星雨は防がれたけど、それによってあぶり出しのように幹部たちの居場所がわかった。
濃い霧の中だからこそ、かえって目立つ。
「飛びますよっ」
「ボゾン、先に行くっ」
無口なワーベアの戦士が頷くのを見て、ベスの魔法で数百メートル離れた結界のすぐそばに転移した。
「“破魔”っ」
出現と共にヴァロンが僧侶呪文の破魔をかけて結界に穴を開ける。
グレオンとライマ、アジマが真っ先に突入し、俺たちも続いた。
暗くて遠くはよく見えないから、リナがほとんど照準を定めずに火炎を放ち、なぎ払っていく。前方に生身の味方はいないからな。
兵たちの叫びが上がったが、その一角で火炎が防がれた。“魔法盾”か。
あそこだっ。
ベスが自分でも結界魔法を唱えて、マジェラ司令部を覆っていた結界を相殺して消し去るのと、向こうから魔法攻撃が飛んでくるのはほぼ同時だった。
俺は粘土壁を出して、みんなに身を伏せさせる。
あっという間にMPが減ってきた。
壁の陰で魔力ボンベを出して、また補給する。あと何分ぐらい持つだろう?
結界が消えたことで、タロたちゴーレム軍団がついに司令部に突入したようだ。
絶叫が幾つもあがる。
地図スキルに赤と白の大きな光点が入り乱れた。
敵の司令部から“流星雨”が水平射撃されて、ゴーレム軍団がはじき飛ばされた。一気に2,30体、やられたらしい。さらに別の魔法使いたちが“魔槍”を連射し、数が減らされていく。騎士たちも一対一で、ゴーレムの攻撃を受け止めてる。
さすがに一国の軍隊の司令部だな。レベルが高いやつがウジャウジャいる。
俺は激しくMPを吸い込むと、ボンベを収納した。
「ここで決めよう」
「おうっ」
グレオンの返事と共に、ゴーレム軍団と挟み撃ちする形で、マジェラの幹部たちの所へ駆ける。
直属の護衛部隊はほとんどがタロたちを食い止めるために向こう側に行ってて、俺たちの方は手薄だ。
霧と闇に紛れて接近した俺たちに、ようやく気付いて迎撃に出た騎士らに、リナが火球を放つ。致命傷にはならなくても、一時的に無力化できれば突破できる。
俺たちの肉眼でも幹部たちが見えてきた。
ゴーレムたちとの戦いで数は減ってるようだが、まだ司令官のアルパード将軍らは健在だ。
「ヴァロン」
「わかった、魔力の凪を・・・静ひっ!」
肉弾戦ならこっちが優位だと見て静謐をかけようとした途端、一瞬早く、高位の魔導師が“対魔法”を唱えてヴァロンの呪文を無効化した。
そして、別の魔法使いがすかさず転移を唱えたらしく、数人の幹部の姿が消えた。
しくじった。
でも、この精霊王の結界の中からは出られないから、そんなに遠くには行けないはずだ。
どこだ?
俺は気配を探りながら、破壊されたゴーレムを“お片付け”で吸収する。これで少しはMPにも余裕が出来た。
ゴーレムはまだ半分以上は残ってる。それに、俺の粘土収納にはまだ数体予備兵力がある。
「見つけましたっ、あっちです!」
アジマが叫んだ。
俺たちが来た方へ、裏を取られたらしい。だが・・・
「わあぁっ」
叫び声があがった。ボゾンたちと鉢合わせしたんだ。偶然だけど、こっちに幸いした。
「タロ、あっちだっ」
《ハイ、ゴシュジンサマ》
目標を見失っていたゴーレム軍団に、見つけた標的の情報を共有すると、ベスの短距離転移で、ボゾンたちの所へ飛んだ。
<ダン・アルパード ロード(LV23)>
<ローベル・エルノー 魔導師(LV21)>
<ハインマン 魔法使い(LV16)>
<ヤカブ・カーロイ 騎士(LV22)>
<ロランド 忍び(LV17)>
転移した幹部パーティーの残り5人。忍びが編成スキルを持ってる、元冒険者ジョブだな・・・グレオンとライマ、アジマが突進するのに続きながら、ステータスを読み取る。パーティー編成されてるグレオンたちにも伝わったはずだ。
魔導師のエルノーがボゾンたちを迎撃するため火炎の魔法でなぎ払う。
ヴァロンが今度こそ逃がさないよう、対魔法を使われる前に静謐を唱えた。
「くっ!」
魔法攻撃を封じられたと悟り、魔法使いらも剣を抜く。忍びのロランドが消えた。隠身か。
「隠身持ちの忍びが消えた、注意しろっ」
仲間たちもスキル地図で把握できていることを期待するけど、忍びの光点はあっという間に薄れていく。やっぱりレベルが高い忍びは危険だ。
不意打ちに備え、そばにワンとキャンを出現させた途端、俺の至近に刃が出現した。
かろうじて倒れ込んでかわしたけど、首筋から頬にかけてスパッと切られ、“あれ?俺の血?”なんて赤いしぶきが飛ぶのがスローモーションで見えた。
その忍びの足にキャンが噛みついて動きを止めてくれたおかげで、リナの魔法剣がばっさり切り裂いた。
ワンが傷を舐めて止血してくれた。危なかった。
ここまで上手くいってたのに、一瞬でゲームオーバーになるとこだった・・・
追いついてきたゴーレム軍団が幹部パーティーを取り囲む。
必死の反撃にその数を減らされながらも、ついに全滅させた。




