第271話 スクタリ攻防戦⑤ 夜襲
激戦の3日目をかろうじて乗り切り、スクタリの守備兵たちは疲れ切って夜を迎えた。
連日の猛攻で、みんなぐったりしていた。
マジェラ軍はなんと言っても1万の大軍だから、小さなスクタリの街を攻めるのに一度に全員は正面に投入できない分、猛攻と言っても予備兵力を置き、入れ替えながら戦っている。
それに対し、オルバニア家側は本当に総力戦になっていた。
領兵も避難民からの志願兵も死傷者がじわじわ増え、その穴を今や老人や女子供が埋めているような有様だ。
外周3kmぐらいある街壁には、転移魔法を防ぐ結界が張られているとは言え、物理的な侵入は可能だから、真夜中も交代で壁上に一定数の兵が立って警戒している。でも、ほぼ素人の領民が多く、危機察知能力の低下は否めない。
俺も疲労困憊で、粘土ゴーレムを作り足すMPすら残っておらず、夕めしの後でかろうじてコモリンを作り直すことだけ済ませると、領主の館の二階にもらった客人用の小部屋で、あっという間に眠り込んでいた。
それでも、リナをスカウトにして置いていたから、目が覚めた、いや起こされたのは早い方だったと思う。
(シロー、起きて!侵入者だよっ)
顔の上からガツガツ蹴られて、“ああ、スカウトの靴は尖ったピンヒールじゃないからまだマシだな”、なんてアホなことが頭に浮かんで、ハッと目覚めた。
「なっ!侵入者っ?」
(しっかりしてっ、もう館に入って来てる!)
俺はベッドから飛び起きると同時に、ワンとキャンを放った。
そして、察知と地図のスキルを意識しながら、刀だけひっつかんで後に続く。
勝手知ったる館の中だから、脳内のスキル地図にはすぐに各階層が映し出される。
赤い点が・・・10個近い?まだ一階で白い点と混ざり合うが突破された?白い点が消えていく。まずいっ!
「キャーッ」「敵襲だぁッ!」
声をあげたのは館の警備の第3小隊の女兵士たちだろう。街壁の防戦にも加わってその上交替で夜勤だったんだな。
俺の部屋は二階の端の方だったから、中央階段までは遠いが一直線だ。
駆け上がってくる奴らを地図スキルで見て、灯りの少ない廊下に“雷素”を放った。めくら撃ちだ。
少人数で本陣に突入してくるぐらいだから、精鋭なんだろう。簡単に盾で防がれた。フル武装の騎士LV18だ。
だが、足は止まった。
次々敵の突入隊が二階に上がってきて、こっちを見る。魔法使いもいるのか?LVは15!呪文を唱えようとしてる。
目視した場所に、まだ遠いけど無理矢理タロを出現させた。
セラミックの大剣が一閃する。
さすがに精鋭だ。かわされたけど詠唱は中断した。
牽制にしかならないだろうけど、再び雷素を飛ばす、それをかわしたところを、今度こそタロが斬り倒した。
隠身をかけて忍び寄ったリナがさらにもう1人を倒したが、先頭の騎士が剣を振るってリナをはじき飛ばす。さすがに強い!
スカウトのリナはそれほど高レベルじゃないから剣じゃかなわない。
階段から転げ落ちるリナを、“おうちに帰る”でいったん回収している間に、奴らは俺たちの相手をせず、さらに上階へと駆け上がっていく。
タロも動きはそう速くないから、止められなかった。4,5人通しちまったか。
狙いはカレーナに違いない。
俺たちは焦りながら階段を駆け上る。
キンッキンッと剣戟の音が響いてきた。なんとかまだ持ちこたえてる?
上階の廊下に出たとき、2人の敵を必死に防いでいるセシリーの姿があった。
足下には、敵か味方かわからないが、倒れてる奴の姿がある。
「セシリーっ!」
「シローっ、突破されたっ、カレーナさまをっ!」
「! わかったっ」
カレーナの寝室は廊下の一番奥だ。セシリーの足止めをしている奴らの背中にタロを突っ込ませながら、俺は魔法戦士にしたリナの有視界転移で、廊下の端まで飛んだ。
「きゃあぁぁっ!」
「うぎゃあっ!」
その時、2つの絶叫が重なった。
廊下から前室へ、そして奥の寝室へと飛び込んだ時、目に映ったのは火だるまになった1人の敵。
そして、もう1人の敵が、大剣を振るって小さな体が吹っ飛んだ。
「キャインッ」
半ば体がちぎれて飛んでいったのはキャンだ。
真っ先にカレーナの所に向かわせたキャンが、ベッドの下に隠れて、突入してきた敵に得意の火を吐いて1人を倒してくれたんだろう・・・
だが・・・わずかに遅かった。
もう1人の敵は、ベッドの上に半身を起こしたままのカレーナの首に太い腕を回し、大剣を突きつけた。魔法戦士LV18だ。しかもさらに1人いる。こっちは修道士LV17か。
「武器を捨てろ、そっちの女もだ。変な動きをしたら即座に子爵を殺すっ」
これがカレーナだってこともわかってる、完全に狙い撃ちされたな。
修道士LV17が“静謐”を唱えた。
これで、カレーナをパーティー編成してリナの転移魔法で逃げるって手も封じられちまった。
ここまで来て、負けるのか・・・
「早く剣を捨てろっ、あるじがどうなってもいいのか!」
魔法戦士の刃がカレーナの首に傷をつけ、血が流れ出すが、気丈に悲鳴も痛みもこらえている。
粘土スキルで押しつぶそうにも、これだけ密着されたらカレーナもつぶしちまうな・・・俺とリナは剣を捨てた。
最後の望みをかけて。
有無を言わさずカレーナを殺されてたら、どうしようもなかった。
けど、上手くいったことで、“人質にして連れ出そう”とか色気が出たんだろう。それが隙だった。
突然、魔法戦士の首を一本のナイフが掻き切った。
「なっ!?」
声もなく脱力して崩れ落ちる仲間の姿、そして突如出現した細身の女に、修道士が絶句する。
そこにリナが飛びかかる。
床に落としたはずのセラミック剣は、いつの間にか、収納・再出現でリナの手の中に戻っていた。
修道士もそれなりの腕だったものの、俺も加わって二合、三合と2人がかりでは耐えきれず、剣を捨てて投降した。
正直、相手の女領主を拉致・暗殺とかしようとしたやつが今さら命乞いとか、ありえないと思ったんだけど、マジェラ正規軍の鎧姿だったことから、カレーナが捕虜として扱うべきと主張したんだ。こっちの世界の貴族の常識としてはそうらしい。
代わりに、尋問して情報を丸ごと吐かせるのはOKなんだとか。
「セシリーの方も、なんとか片付いたようだね。地下牢にはお前さんたちで連れてっておくれよ。あたしはまだ産休中なんだからさ。傷が開いちまったよ・・・」
「ラルーク・・・ごめんなさい。そして、ありがとう。本当に助かったわ」
カレーナが“癒やし”をかけながら申し訳なさそうに言う。
そう、あきらめかけた最後の瞬間、なじみの気配がしたんだ。
妊婦仲間としてカレーナが心強いからって理由で、今だけ近くの部屋をもらっていたラルークが、一昨日出産したばかりにも関わらず、隠身スキルで助けに来てくれたんだ。俺も本当にびっくりした。
相手に索敵持ちがおらず気付かれなかったのが幸いした。
ひょっとすると、キャンが仕留めてくれたのがスカウト系のスキル持ちだったのかもしれない。潜入部隊にそういうジョブがいないとは思えないからな。
捕らえた修道士を尋問したところ、今夜の奇襲は、やはり予想外に長引いてしまったスクタリ攻略を決着させるため、マジェラの第三兵団首脳が精鋭を送り込んで、カレーナの拉致または殺害を狙ったものだった。
マジェラの第一~第三兵団は互いにかなり仲が悪いみたいで、全体の指揮権を持った第二兵団首脳への不満が高まっているのだと言う。
突入隊の指揮は、第三兵団テネシュ将軍の片腕であるフリギエスという魔法戦士、ラルークが仕留めた男が執っていた。
警戒が薄い南の湿地帯に面した街壁側で、この修道士が“破魔”で結界を破り、2パーティーが転移して突入したらしい。
館を襲ったのはそのうち9人、残る3人は兵糧庫を焼くのと大砲の破壊を狙ったようだが、こっちが気付いたのが早かったことで、幸いわずかな兵糧を焼かれただけで済んだ。
だが、侵入者の捜索と負傷者の治療で、結局明け方近くまで、俺たちはろくに休むことも出来なかった。
激戦の一日に続く夜襲で蓄積する疲労の中、次の朝、運命の一日を迎えることになった。




