第270話 スクタリ攻防戦④ スクタリの一番長い日
翌朝、マジェラ軍はすぐに攻めかかっては来なかった。だが、それがかえって俺たちの警戒を強めることになった。
「渡し板やハシゴを用意しているんでしょうか・・・」
「それもあるようね。増援もあるかもしれないわ」
兵たちにバフをかけて館に戻ったカレーナを囲み、幹部たちが集まって、斥候に出ていた亜人隊の報告を受ける。
やはり近郊の山から木材を切り出して、攻城用の道具を追加しているらしい。
さすがに攻城櫓とかまですぐに増やすことはできないだろうが、大攻勢に出る準備が進んでいると見るべきだろう。
昨日俺がパーティー編成していた訓練兵2人は、ロリックが薬師LV7、フェリドも魔法使いLV6まで一気にレベルアップしていた。
やっぱり“流星雨”は強力すぎる。
範囲攻撃で大量の経験値が入るから、初心者が一日でそれなりのレベルまで上がってしまうようだ。それだけ大勢の命を奪ってると考えると、なかなかキツいものがあるけど。
俺も錬金術師LV24になっていて、スキルポイントが8SP溜まっているから、この使い方も考えどころだ。
フェリドは“遠話”の魔法を覚えたので、きょうは司令部に置いて、ベスの通信オペレーター役の見習いをさせることになった。
ロリックはHP回復スキルである“生素”を習得したので、きょうはヴァロンらと治療担当として激戦の場所を回らせる。
代わりに、というわけでもないけど、きょう俺の配下に付けられたのは、訓練兵の白鷹隊から、15歳になっている巫女LV7のミレラと、戦士LV2のラミズ・エイリー、そして犬人LV1、フェリドと同じく15歳になったばかりのセリマという3人の少女だ。
女子ばっかなのは、ここでハーレムを作ろうとしたわけでも、ロリに走ったわけでもない。俺が希望したのはミレラだけだし、もちろんエロい目的ではない。
(誰に言いわけしてんの?ルシエンたちに遠話をつないでほしいのかなー?)
リナ、うるさいから。
ラミズが名字持ちなのは、オルバニア家に仕えていた騎士の孫だから、らしい。ミレラや前に迷宮に一緒に入った冒険者のエリザと仲がいいという。
ちなみにエリザとヤクピ、ベシニクの1班のトリオはレベルが上がったため、既に白鷹隊を離れ、正規兵の部隊に配属されている。
そして、セリマは誰かに似てるなーと思ったら、亜人隊のライマとアジマの妹だった。三姉妹だったんだな。
1人だけレベルの高いミレラを無理を言ってつけてもらったのは、昨日の経験上、“破魔”を使えるメンバーと一緒なら、リナの攻撃魔法が使いやすいとふんだからだ。
ロリックに治療役が務まるようになったからこそ、通った希望でもあった。
「その分もより活躍を期待しておるぞ、シロー」
フリスト亡き今、再び名実ともに司令官を務めているザグーにクギを刺された。
・・・それなら全体にもっと熟練者をつけて欲しいけどな。
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だが、その日の戦いはホントにシャレにならなかった・・・
満を持して昼頃から始まったマジェラ軍の攻撃は、まず東側、街門正面に向かって残っていた投石器や大弩が一斉にうなりをあげ、圧倒的な物量を投入してきた。
明らかに街門の破壊を狙った攻撃で、こちらが大砲で応射するのにも構わず、射撃を続けてくる。
街壁の上の弓兵も岩が直撃して壁の一部共々吹っ飛ばされたり潰されたりしている。
あちこちで悲惨な状況が増え、ミレラもリナの魔法攻撃のアシストをあきらめ、治療に回る。志願兵たちだけでなく領兵の顔にも恐怖の色が濃くなり、動きが鈍る。
敵の投石器も大弩も、砲弾を喰らってまわりの兵ごと破壊され数を減らしていくが、それでも攻撃は止まらない。
ついにその応酬に紛れて、ヴェラチエ河をまたぐ街門正面の石橋をマジェラ歩兵団が渡り、城壁に取り付き始めた。
さらに悪いことに、その後ろから、唯一残っていた攻城櫓まで運ばれて来る。
もう投石器や大砲の間合いの内側に入られていて、橋を通過するのを止められない。
あれしかないか。
後の復旧を考えたら気が重くなるけど、ここを突破されたら本当に詰む。
「イグリっ」
「ああ、仕方がないっ。やってくれ!」
東側の指揮を執るイグリの指示で、数日前にカレーナたちと決めたとおり、俺は“橋を落とした”。
マジェラ軍の接近を受け、橋の礎石をいくつかあらかじめ壊して、粘土スキルの硬化セラミックで代わりに橋を支えていたんだ。
それを“お片付け”で吸収した。
最初はべこっ、と攻城櫓の重みで橋の中央がへこんだようになり、すぐにガラガラと橋桁の大石が崩れ落ちていく。
ヴェラチエ河の幅はこのあたりでもざっと50メートル近い。深さも船が通れるぐらいある。
スローモーションのように崩壊が連鎖し、攻城櫓も、その後ろで兵が引いていた破城鎚も、次々大河に落ちていった。
巻き添えになった兵も、200や300はいたはずだ。
大石にあたらなければ、岸に泳ぎ着けるかもしれないが。
粘土スキルは結界を越えても働く。
昨日それがわかっていなかったら、俺も危険を覚悟で外に出なきゃならないところだった。
「す、すごい・・・」
訓練兵の誰かが思わずつぶやいた。
「反撃だっ!壁に取り付いた奴らを生きて返すなっ!」
呆然とするマジェラ軍に対し、イグリが街門とまわりの壁の上の兵らを鼓舞する。
俺のまわりでは、ラミズとセリマ、巫女のミレラまで槍を取って、壁を上ろうとしていた敵を突き落とす。
だが既に橋を渡ってこっち岸に来ていた連中は、橋が落ちた今、すぐに逃げ帰ることも出来ない。
無謀な突入を試みる者、そしてもう少し目端の利く者は、街の北側を攻める部隊に合流しようと算を乱して逃げ始めた。
その橫腹を、壁上の守備兵がさらに弓やスリングで狙う。
外部との最大にして唯一とも言える通行路を犠牲にして、街門はかろうじてこの日も死守された。
だが、それはまだ、この日の戦いのほんの一部でしかなかった。
(シローさん、北側が危機的な状況です!応援に回って下さいっ!!)
ほっとする間もなく、人使いの荒いベスの絶叫のような遠話が入った。
俺はこの日、3人の訓練兵の他には亜人隊を率いて城外に出ているグレオン、そして北側で戦っているヴァロンをパーティー編成に入れていた。
さらに、上空に飛行ホムンクルスのコモリンも飛ばしているから、地図スキルにはそれぞれの視界に映る敵も反映されている。
たしかにマズい。
もう赤い光点が街壁に群がってて、一部は壁上に上がりそうな状況だ。
肉眼では楕円形の街壁の向こうの方は、壁自体は見えても上で戦ってるひとりひとりまではよく見えない。
「イグリ、北がヤバそうだから応援に行くっ!」
そう叫ぶと返事を待たず、編成を代えてグレオンとヴァロンをはずした。
3人の訓練兵に呼びかけると即座に、リナが有視界転移で北側の壁上に数百メートルを飛んだ。
もはやギリギリの状況だった。
白い鎧に身を包んだ女たちが、もう壁の上に足をかけている敵兵を必死に払い落としている。
予備兵力として館の警護に残していた、セシリー率いる第3小隊だ。
そこに、俺とリナが魔法を放ちながら突入した。
もう結界の内側に入られてるからこそ、そのまま魔法も効くんだ。ヤバすぎだ。
「こいつら、鎧が違う!?」
「トパロール軍とガウロフ軍だよっ」
ラミズとセリマが驚いた声をあげた。
決死隊として先陣を切って送り込まれたのは、どうやら近隣のエルザーク王国の領主、トクテス公爵に与したトパロール子爵とガウロフ男爵の軍勢らしい。
「マジェラ軍の捨て石にされるなんて!」
ミレラも槍を振るいながら、やりきれない様子を見せる。
けど、敵は敵だ。やらなきゃこっちがやられる。
壁上のさらに北東側、館に近い方で火球が炸裂したのが見えた。
まさか敵の魔法使いにも突入されたのか!?・・・いや、あれはベスだ。
フェリドに一時的に連絡係を任せて、転移して防戦に参加しているらしい。
こちらだけ魔法が使える者が複数参戦したことで、壁上の敵はかろうじて排除でき、壁に取り付いてる奴らも徐々に減っている・・・だが、その時。
「魔法攻撃!?」
ミレラが気配を察した。
近くで結界が破られたのを感じた。そして、強力な貫通力を持つ“魔槍”の魔法が何発も一斉に飛んできた。
ドドンッッ!
轟音と共に街壁の石が飛び散り、小さいが穴が開いた。
さらに第二波が来る。まだ結界は破れてるらしい。防げない。
「リナ、こっちも攻撃だっ」
魔槍が放たれた方を目視し、判別スキルで魔法ジョブの奴が集まっているところを見つけた。
「あそこに!」
ズンッッ!
敵の第二波が街壁に命中し、ついに石壁の一部が崩れ落ちる。
幾人かの志願兵が巻き込まれて落下し、その衝撃に俺たちもよろめいた。
だが、リナは詠唱を切らさず、発動した。お返しの魔槍だ。
200メートルぐらい先で一直線に敵兵が吹っ飛ばされ、地面が抉れたが、土煙が上がり、何人倒せたかはわからない。
その間に俺は、破れた街壁を粘土スキルで塞いだ。突入しようとした敵兵が突如再生された壁にぶち当たって昏倒する。
「リナ、流星雨を」
(わかったっ)
リナの詠唱が始まると同時に、ミレラに破魔をかけるタイミングをカウントする。
「2,1,今だっ!」
「・・・“破魔”!」
「星々のかけらよ地に降りそそげっ、“流星雨”」
初めてのコンビなのに、偶然なのかぴったりタイミングが合った。
上空に光がまたたき、今度こそ敵の魔法部隊の頭上に範囲攻撃の光球が・・・えっ!?途中で消えた!?
(やられた・・・“対魔法”って魔法破りの魔法だよ)
リナが珍しく固まっている。
一瞬、強い魔力が敵陣から放たれた気がした。
ローベル・エルノーだったか。敵の参謀長を務めるLV20魔導師が、そんな魔法を持ってたはずだ。
効果を発揮するまで時間がかかる流星雨は、うまく隙を突かないと防がれるってことか・・・。
参謀長自ら前線に出てきてるのか?
そして、俺たちがここにいることを、敵の魔法部隊も把握したんだろう。
再び結界の破れる気配と共に、“魔槍”が飛んでくる。
リナが“魔法盾”で防ぐが、貫通力に勝る魔法をしのぎきれず、かろうじて斜めにそらすのが精一杯だった。衝撃を身に受けたリナが、がっくり膝をつく。魔法の連続でMPも切れかけてるはずだ。
「リナちゃん、大丈夫っ!?」
ミレラがすぐに癒やしをかける。リナがダメージを受けると俺も同じように痛みを感じるから、俺も自分で治療する。
その直後、地図に映る光点が減った。
どうやら、コモリンが魔法で打ち落とされたらしい。その瞬間に“とっておく”で回収したから治すのは可能だが、後手後手に回ってるな。
「このままじゃジリ貧だ、いったんここを離れよう」
「はいっ、でもどこへ?」
「外にこっそり出られるところがあったよな?」
俺は、戦闘奴隷時代の記憶をたどって訓練兵たちに訊ねた。
「え?あ、裏門ですか?」
そうだ、領主の館の裏手、スクタリの西端に、小さな通用門で裏山の中に出られる所があった。
犬人族のセリマは、姉たちが偵察に出るときにそこを使うのを知ってたらしい。
裏門はリナも転移ポイントに登録してないから、館の前まで飛んで、そこからはそれぞれの足で走った。その途中でベスからもらったMP回復薬を口に放り込み、リナと手をつないで俺のMPを受け渡す。
北側がさらに攻撃を食らってないか心配だけど、魔槍クラスの呪文をそうそう連発はできないはずだ。
それより、隙を突いて相手に大打撃を与える方が重要だろう。
しかし、なぜ神官の姿が見えないのに、破魔が何度もかけられたんだろう?
「・・・シローさん、たぶん、神官いました」
走りながらセリマが俺の疑問に答えた。
「え?」
「匂いがしました。たぶん今日、他の兵と一緒の格好してた、です」
犬人の嗅覚で、攻め込んできた雑兵の中に、神官の匂いのする者が混ざっていたと言う。
そうか、おれたちが僧侶系魔法の使い手を狙うと知って、きょうはローブ姿じゃ無く他の兵と見分けがつかない格好をさせてたのか・・・単純な手にひっかかっちまった。
「通してっ、シロー卿の遊撃隊ですっ」
ラミズが裏門の番をしていた、2人の志願兵に声をかけ、返事も待たずにかんぬきを開ける。
「出たらすぐ閉めて、合図は短く三回叩くからっ」
足音を忍ばせ、左右を見回して、外に出る。
リナを一時的にスカウトに変えて、俺も察知スキルを全開にする。大丈夫、見とがめてるやつはいない・・・
裏門の先は、山林の中を登る獣道みたいなのにつながっている。街が陥落したときに領主を逃がすためのものだが、街道などにはつながっておらず、侵攻ルートにはまずなり得ない。
とにかく、高い場所で木々の隙間から敵軍が見える所へ・・・
「ここでいい、リナ、見えるか?」
再びリナを魔法戦士に戻し、すぐに結界を張らせた。
戦場からは数百メートル離れてるから、おそらく気配はまだつかまれてない。けど、強い魔法を放てば気付かれるだろう。
やっぱりチャンスは一度だ。
ブレル軍との戦いでも使った、結界+破魔+流星雨の合わせ技だ。
木々の隙間から遠くかすかに見える敵軍の中を判別する。
人が重なり合ってよくわからないが、<魔導師LV14>と<魔法使いLV15>が見えた。あの辺だろう。
流星雨を水平射撃で狙わせる。この方が上空で光るより気付かれるまでに時間がかかるはずだ。
リナが詠唱を始め、ミレラが破魔を用意する。
カウント・・・発動。
結界が破れた途端、なにか察知系のスキルがおれたちを捕らえたような感触があった。
だが、それが魔導師たちに伝わるのは一瞬とはいかない。
太いレーザー砲みたいな光の束が、山林の中から撃ち出され、戦場の上を横切るように伸びた。
衝撃波に地上の兵たちがなぎ倒され、その先の一点をえぐって、はじけた。
飛び散る土砂と人馬、そして地図スキルからまとめて消える数十の赤い点。
どの程度のダメージを与えたか、詳しく調べる余裕はなかった。
俺たちの姿が見えてるとは思えないけど、流星雨の発射点を狙って向こうからも強力な魔法発動の気配がする。
リナに再び俺のMPを吸わせ、裏門前までの短距離転移を終えた途端、山林の一角に敵陣からの流星雨が着弾し、木々が吹き飛んだ。
俺たちはMP枯渇でフラフラになりながら、まわりの警戒を訓練兵たちに委ねて裏門をくぐった。
既に街壁は所々が崩れ、ひどいありさまだった。
それをベスが内側から地魔法をかけ、補修して回っていた。
俺も“思索”スキルでMPをわずかばかり回復し、その壁の表面に硬化セラミックを張って補強する。
まだ攻撃は続いていたが、既に日が落ちかけている。
マジェラ軍は、魔法での側面攻撃が再び行われるリスクを警戒し、裏山に兵の一部を割いていた。
やがて日が沈み、なんとかこの日も街壁を守り切った。
傷ついた壁の上で、守備兵たちはみな疲れ切った姿で、夜を迎えた。
だが、それでもなお、終わりではなかったんだ。




