第269話 スクタリ攻防戦③ 士気
新月の日=休戦日が終わり、再びマジェラ王国軍の猛攻が始まる。
夜明け前、夜晩の兵と交替して街壁に向かう兵たちが練兵場に集合した。
ヴァロンと巫女のミレラが、防御力を上げるバフ“守護”の呪文をかけて回る。
パスク村近郊の迷宮での戦いが中断した際、俺はフリスト捜索のため、みんなのレベルアップを見届けること無くスクタリに戻ってしまったけれど、あの経験でヴァロンは僧侶LV11に、訓練兵3人はそれぞれLV7まで一気に上昇したらしい。
ミレラも巫女LV7で、守護の呪文が使えるようになっていた。
僧侶と巫女はほぼ同じような能力を持つけれど、僧侶の方がHPが高くなる代わりに、初期は巫女の方が少し呪文の習得が早いらしい。
そして、防御力アップをかけ終わった頃、館からカレーナが下りて来た。
「民を守り故郷を守る勇士らに、神々の祝福のあらんことを!」
カレーナが唱えたのは、攻撃力と命中率を上げるバフ“祝福”だ。僧侶LV15になって初めて覚える強力な補助魔法で、今の所、領兵で他に使えるものはいないから、身重のカレーナがかけていく。
でも、さすがに百人単位の人数を一人ではかけきれないから、残りはリナを僧侶にしてかけさせる。
カレーナにはちょっと悪いけど、戦闘に参加しない分、まず先にMPを使ってもらうことになっている。リナは攻撃魔法のためにもMPをなるべく残しておきたいからだ。
カレーナがかけたのは魔法だけじゃなかった。
「敵は大軍です。恐れるなとは言いません。私も怖いのですから。でも、私は信じています。私たちにはこの難局を乗り越える力があると。そして、きょうの日が沈む時には、また、みなを笑顔で迎えられることを。私の心は常にみなと共にあります。あなたたち一人ひとりが、この街の歴史を作り伝説となるのです。栄光を!」
「「「おぉーっ」」」「奥方様に勝利を!」「オルバニアの民に勝利を!」
喚声が上がる。
圧倒的に不利な状況でも、士気は高い。
それは元々の領兵だけでなく、スクタリの住民や避難民から募った志願兵たちもだ。
やっぱり、カレーナには天性のカリスマみたいなものがある、と思う。
イスネフ教信者の熱狂とはまた違う熱を生み出す力だ。
街壁の外からは、イスネフ教の祈りの声が流れてくる。
やつらにはやつらの大義とやらがあるんだろう。
そして、戦いの2日目が始まる━━━
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「シローさん、フェリド君とロリック君を連れてってくれませんか」
守備隊の手薄なところに応援に向かおうとした俺は、ベスに呼び止められた。
ベスよりもさらに華奢に見える少年、パスク村のそばでアンデッドと戦って、魔法資質に目覚めた、あの訓練兵だ。ロリックの方は太っちょの薬師の少年だな。
2人ともここの所ベスを手伝って薬作りとかをしていた。
<フェリド 男 15歳 魔法使い(LV1)
呪文 「火」
スキル 槍技(LV1) 騎乗(LV1) >
<ロリック 男 15歳 薬師(LV2)
スキル 薬知識(LV2) 薬生成(LV2)
槍技(LV1) 騎乗(LV1) >
そう言えばフェリドは、誕生日が十二月だって話だった。昨日神殿で祈った結果、けさ起きたら、ついに魔法使いジョブについていたらしい。
「わたしは連絡係で司令部を離れられませんから、代わりにフェリド君たちに経験を積ませて欲しいんです。シローさんとリナちゃんと一緒に行動するのが、魔法職系の子たちには一番いいと思うんで・・・」
各現場と情報をやりとりし、ザグーとセバスチャンらの判断を伝える。それは遠話が使える魔法使いにしかできない仕事だから、戦闘が始まってもベスは現場に出られない。
「わかった。ついてこい」
「「はいっ」」
二人の返事を背に街壁へと急いだ。
この日最初のマジェラ軍からの攻撃は、魔法によるものだった。
スクタリの街壁を囲むように配置された最前列には弓兵隊、その背後で城攻めのタイミングを伺う歩兵隊のさらに後ろに数名の魔法職が布陣し、一斉に火炎を放った。
「「「うわぁっ」」」
眼前に飛んできた火の玉に、壁上の兵たちから悲鳴があがる。
しかし、その魔法攻撃は、街壁に沿って張られた転移魔法阻害のための結界によって妨げられ、炎は壁の外面を這うように四方に広がった。
いくらかは減衰しながら壁の内側にも到達し、数名の兵が火傷を負われたが、戦闘力を失うほどではない。“守護”呪文のバフ効果も効いているみたいだな。
それでも兵がびびるのはわかる。実戦で魔法攻撃にさらされたことなんて、初めてだってやつも少なくないだろうし。
そしてやっぱり、転移防止の結界は魔法全般に一定の妨害効果があるんだな。どおりで結界越しだと遠話も通じにくくなるわけだ。
相手の意図も、それをまず確認することにあったらしい。次は手を変えてきた。
弓兵の後ろから、盾を持った歩兵に守られてローブ姿の奴らが近づいてくる。
<神官(LV7)><神官(LV8)>・・・
僧侶ジョブとほぼ同じ能力を持つ、一神教の神官ジョブだ。
城壁の守備兵から矢の雨が降り注ぐが、一人が呪文を唱えた途端、外壁の結界に揺らぎみたいなのが生じたのがわかった。“破魔”か!
それとタイミングを合わせるように、敵陣からまた魔法使いの炎の呪文が放たれた。
「うあぁっ!」
壁の中に飛び込んできた火球に、兵が火だるまにされた!
その後続けざまに飛んできた火の魔法は、さらに2発だけ壁内に到達し、その後は結界に弾かれる。
接近した神官たちを弓兵が排除したからか、結界が回復したらしい。
焼かれて倒れた兵の所にかけよって、リナに“大いなる癒やし”をかけさせる。
もうちょっと遅れたら助けられなかったかもしれないが、なんとか間に合った。
「転移防止結界は“破魔”で破れるんですね・・・でも、一時的ってことでしょうか?」
フェリドはさすがに結界の状況が関知できてるようだ。
「そうみたいだな。結界生成の魔道具が稼働してるから、しばらくするとまた修復されるけど、破魔をかけてからしばらくは魔法が通るってことらしい」
でも、これなら壁の内側にいる俺たちの方が有利なはずだ。破魔は射程が短い呪文だから、向こうは神官や僧侶が危険をおかして接近する必要があるのに、こっちは元々結界のすぐそばにいて、タイミングもはかれるんだから。
「やってみよう、あの近づいてるヤツだ」
歩兵の盾に隠れて近づいているローブ姿の一人を指さし、僧侶モードに変えたリナに破魔を唱えさせる。
俺たちのすぐ目の前の結界に、人が通れるぐらいのサイズの穴が開いたのを、肉眼ではわからないが魔法感覚で察知する。
「い、いきますっ、炎よ、巻き込めっ」
フェリドの詠唱が完了すると、持ち慣れた短槍の先から魔力がほとばしり、眼下の歩兵と神官をまとめて炎が包む。
盾で防いではいるけど二人ともかなりの火傷を負ったようで、倒れ込んだのをそばにいた別の神官が治療しようとしている。そこに俺も“火素”をぶつけ、まとめて倒した。
魔法の撃ち合いは分が悪いと思ったのか、敵の神官たちは後ろに下がる。
代わって弓兵隊が距離を詰めてきた。双方の弓兵が街壁の上と下から撃ち合いになった。
壁に身を隠しつつ上から矢を放てる守備側の方が命中率は高いものの、兵数に差がありすぎて徐々に押されていく。
転移防止結界は、物理的な矢などの攻撃を防ぐ効果は全くないらしい。この辺は、存在自体を隠す通常の魔法結界とは、また異質なもののようだ。
こうして昼頃までは矢の撃ち合いが続いていたが、守備側は簡単に崩れることなくよく持ちこたえていた。
マジェラ軍の攻撃は、東側の街門正面と北の畑地側とを合わせると、直接前面に出ている弓兵だけで2千人ぐらいいるだろう。
それに対し防衛側は、壁上で弓矢や弩を構える正規兵は、交代要員も残しているため百人ほどしかいない。
ただしそれに加え、住民・避難民から募った志願者が2百人ぐらいいて、彼らは50歩以内の距離に近づいてきたものだけを、スリングや投石で狙うようにさせている。
この数日の訓練で、期待した以上の戦力になってくれてるな。
志願兵は数だけなら全部で1千人以上いて、今のところ攻撃にさらされていない西や南の警備、そして夜間の不寝番のローテーションにも入ってもらっている。
元々、開拓村の住民は低レベルの魔物や盗賊の相手は自らしなくちゃならないから、それなりに戦った経験を持つ者は多い。
辺境ならではの戦力と言えるだろう。
そして、ゲンさんから調達した大砲も、威力を発揮していた。
1門しかないし、1発撃つと掃除して次の弾込め、さらに砲身を冷ます時間も必要ということで、それほどの速度では撃てない。
だから、戦局を変えるほどの存在にはなっていないけれど、兵を密集させててそこに砲弾を喰らうと大被害だから、相手は散開した配置にせざるを得ないし、破壊を恐れて投石器や大弩を射程内に入れられない。
結果的に、たった1門の大砲の存在が、相手の攻撃力を削ぐ形になっていたんだ。
だが、これではいたずらに攻略に時間がかかってしまう、とマジェラ軍側も気付いたんだろう。
午後になると、犠牲を顧みず投石器と大弩が近づいてきて、射撃を始めた。
相手の弩が届く距離は、当然スクタリ側からも届く距離だ。むしろ、城塞設置型のこちらの方が大きくて射程も長いし、多少は高いところから撃つからより遠くまで届くことになる。
お互いの損害が大きくなってきた。
「きゃあぁっ!」
相手の投石器が放った、一抱えもある岩が城壁の中に飛び込み、一軒の商家を破壊した。バラバラと崩れ落ちる煉瓦に、巻き込まれた住民たちの悲鳴があがる。
ドシャッ、ガラガラガラッ!
さらにもう一発が、街壁にぶち当たり、その一部を砕く。
壁を破られるほどではないが、兵が行き来する街壁上の通路が一部崩れ、1メートル近い切り欠きができた。
そして、この激戦に乗じて、ついに敵の歩兵が外壁に取り付こうと一斉に突撃してきた。
ロリックは弓で、フェリドと俺はリナが結界に穴を開けたタイミングで魔法攻撃する、って形で接近する敵兵を排除していたけど、数が多すぎる。
東の街門側はヴェラチエ河を渡れる所が橋だけの一本道だから、まだ大丈夫そうだけど、北側は1km近い壁面に一斉に敵が群がっている。下が軟らかい畑地のため、破城鎚とかの車両は使えないのが救いだが、ハシゴを背負った兵が多数突進してきた。
さらに、ハシゴとは違う幅の広い板を、2,3人がかりで抱えている奴らもいる。
何に使うかわからないけど、午前中に近くの山で材木を切り出してこしらえていたのかもしれない。
街壁の外側には、水堀が一応設けられているから、簡単には渡れないはずだが・・・そう思ってたら、マジェラ兵はその板を水堀に渡し始めた。簡易の渡し板か!
不安定だけど横に何本か並べれば、歩いて渡られてしまいそうだ。
「ヴァロンはいないかっ、僧侶呪文が使えるヤツが必要なんだ!」
俺は回りを探すが、負傷者がどんどん増えてることで治療に回ってるらしく、顔なじみの僧侶は見当たらない。
「シローさんっ、治療ですか!?」
その時、反対側から声がかかった。
「ミレラかっ・・・ちょうどいい、“破魔”も使えるようになったよな?」
気付かなかったけど、白鷹隊の訓練兵で巫女ジョブ持ちのミレラが、近くで負傷者の治療をしていた。LV7になってるから、破魔も使えるはずだ。
「はい、出来ますけど?」
「頼む、タイミングをカウントするから」
リナの“流星雨”を使うには、リナに僧侶の破魔を使わせるわけいにはいかないからな。それに、領内で最強の火力を持つリナを僧侶として使い続けるのは効率が悪い。
街壁にかけられるハシゴを押し倒したり刀で切り落としたりして、時間を稼ぎながら、リナに詠唱を始めさせる。
「3,2,1,いまだっ」
ミレラが破魔をかけ、破れた結界から一瞬身を乗り出すようにして、リナが流星雨を発動した。
敵味方の兵が異変に気付き上空を見上げた時、多数の光球がまたたいた。
ゴゴゴゴッと衝撃波を伴って降り注いだ範囲攻撃魔法が、街壁に押し寄せハシゴに登るために、この時ばかりは密集していたマジェラ兵をまとめて吹き飛ばした。
ちょうど北側の前線の中央付近に、ぽっかりと大穴が空いた。
被害の大きさ自体にもだけど、それ以上に光と音の派手な効果に、敵兵の動きが止まる。
「今だっ、押し戻せ、絶対に入れるなっ!」
北面の指揮を執るバタが声を張り上げた。
槍を持った第4小隊の兵らがハシゴに取り付くマジェラ兵を突き落とし、志願兵たちは石を投げてハシゴを支えているやつらにぶつける。
再び高まった守備側の士気に、いったん取り付きかけていた敵兵が排除された。
だが、その時、敵陣からも強力な魔法の気配があるのにフェリドが気付いた。
「シローさんっ、あれ同じ魔法じゃ・・・」
まずい、向こうも流星雨が使えるヤツがいるんだ。あのLV20の魔導師か?
けど、街壁にはマジェラ兵がまだ取り付いてるのに、どうするつもりだ?
「あそこのローブ姿っ」
ロリックが叫んだ。乱戦に紛れて、壁の近くまで迫っている神官がいた。俺たちの足下で、詠唱中だ。俺たちを狙ってるのか!?
とっさにMPを使い切る勢いで粘土の塊を出現させた。
“魔法結界に妨げられないか?”って気付いたのは、スキルを使った後だった。そして、粘土スキルは妨げられることなく使えるんだな、って考えが頭に浮かんだのは、その神官を大量の粘土で押しつぶしてからだった・・・
エルノーという敵の魔導師の“流星雨”が発動し、上空から俺たちのいる街壁に向かって光球が降り注いでくる。
尻がすーっと冷えるような、喰らう方はこんなにおっかないんだ、って感覚が一瞬の内に駆け抜けた。
衝撃波が体を揺さぶる。
でも、神官を倒し、“破魔”が未発で結界は保たれたままだったから、魔法の光球は見えない壁に弾かれ、四方八方に広がっていく。
それでも、強力な魔法の威力ゆえに突き抜けてきた弱い輝きを、リナが魔法盾を頭上にかざして遮った。
俺たちのまわりでも何人かが軽いエネルギー波をくらったようで、悲鳴があがった。けど、致命傷ではなさそうだ。ミレラがかけよって治療を始めた。
そして眼下では、壁に取り付いていた敵兵たちが巻き添えを食って、地面に叩きつけられ、形をとどめない程の惨状になっていた。
敵兵の間にさらに動揺が広がっている。
その後も攻撃は続いたけれど、士気で上回ったスクタリ側が耐え抜き、夕暮れと共に、マジェラ軍は後退を始めた。
こうして、戦闘2日目が幕を下ろした。




