第267話 スクタリ攻防戦① 大軍の襲来
十一の月の最後の日、マジェラ王国の大軍がオルバニア領に襲来した。
「早くあのワイバーンを打ち落とせっ!!」
「魔法使い、応射せよっ、いや、司令部の結界は維持せよッ」
たった1体のワイバーンに乗った敵に、大軍が翻弄されていた。
弓矢の届かぬ高度から火球を放ち、攻城櫓を次々焼いていく。
狙いがそこにあるとわかってからは、魔法結界で防がせているものの、そうすると今度は、位置を変えて投石器や破城槌の台車を狙われる。
地上からも魔法使いらに応戦させるが、機動力の高いワイバーンに上空から狙われるのに対し不利は否めない。乗っている敵のレベルも極めて高いようだ。
司令部を守る結界を最優先すると、せいぜい10人ほどしかいない魔法職の手が足りなくなる。
ただ一人の召喚士が大鷲に乗って迎撃に飛び立った。しかし・・・
「あ、やられたっ!」
相手の力量が上回っていたらしく、むなしく撃墜された。
しかも、弓兵、魔法兵の注意が上空に向いている間に、数人の工作員らしき者たちに後方の補給部隊が襲われ、貴重な兵糧も一部焼かれてしまった、と報告が入る。
結局、守りにある程度目をつぶり、地上からの一斉魔法攻撃で追い払うまでに少なくない被害を出し、進撃にもブレーキがかかったのだった。
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《・・・全軍の指揮は第二兵団のアルパード将軍、ロードLV22。第三兵団はデネシュ将軍、騎士LV24で、司令部は今のところ両兵団の合同でひとつにまとまっています。魔法職は、確認出来た範囲で、魔法戦士LV18、魔導師LV20、魔導師LV14、以下魔法使いジョブが4名ないし5名、召喚士は排除しました・・・》
「危険をかえりみず貴重な情報を得ていただき、本当にありがとうございます。イリアーヌお姉様」
《いえ、もともと情報収集が最大の目的でしたから。ついでと言ってはなんですが、攻城櫓は残り1台だけにしました。ただ、破城鎚と投石器、大弩はまだ複数台残っていますので、十分ご注意下さい、カレーナ様》
マジェラ軍本隊を追尾していたイリアーヌさんは、明け方にマジェラ軍が移動を始めようとしたところを、冒険者ジョブで判別スキルを持つアーコーシュと2人乗りしたワイバーンで急襲し、威力偵察をしつつ、攻城兵器の多くを火の魔法で焼いてくれた。
地上に残ったメンバーも、混乱に乗じて兵糧をいくらか焼き払ったようだ。
決戦前に相手に少なからぬ打撃を与え、しかも貴重な情報をもたらしてくれた。
たった6人の1パーティーでこれだけのことが出来るってのは、さすがとしか言いようがない。
《これからが大変な時なのに心苦しいですが、父から帰投するよう指示されましたので、私たちはデーバに戻らせていただきます。どうぞご武運を》
「いいえ、ここまでしていただけて本当に感謝しています。侯爵様にもどうぞよろしくお伝え下さい。そして、お気をつけて・・・」
国王派の重鎮、ミハイ侯爵の名代として、イリアーヌさんはこの地方だけに縛られているわけにはいかないのだろう。
トクテス元公爵に対する包囲網を構築するため、まだ各地を飛び回らされることになるようだった。
彼女たちのおかげで、敵の陣容の最新情報が確認出来た。
籠城策に切り替えたマレーバ伯の抑えと補給路の確保に、マジェラ軍はいくらかの兵を残している。
だが、クーデターに与したトパロール子爵とガウロフ男爵の兵が加わったことで、攻城兵器や補給部隊が追加され、総兵力も差し引きしてやはり1万のまま、進軍しているという。
そのうち騎兵が1千弱、歩兵が8千、荷車や攻城兵器など足の遅い車両系が1千というところだ。
マジェラ軍は第二兵団と第三兵団の合同軍で、指揮を執るのは同格の将軍2人。先日降伏を勧告してきた連中や大森林地帯で戦った奴らは、第一兵団だったようだから、必ずしも足並みが揃っていないのかもしれない。
第一兵団に比べると兵のレベルは低く、LV1とか2の連中も混じっているという。その点は好材料だ。
もっとも、スクタリ側の方が平均レベルはさらに下なのだが。
後はスクタリに到着するまでに、グレオンたちの遊撃隊が、残りの攻城兵器をいくらかでも削ってくれるといいんだが・・・
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「仰角微調整、上方へ目盛り1・・・点火っ!」
西の空が赤く染まった頃、戦端を開いたのは、街門の内側に新たに台座を設けて設置された大砲だった。
ヒュー、ドドンッ!
地響きと共に、街壁に迫りつつあった大軍の中ほどに着弾した。
既に先頭の弓兵隊は、街門まで150歩ほど、脇街道からクルージュ街道への合流点に迫っていたが、そこを飛び越え、後続部隊のただ中ではじける。
土砂と兵が飛び散った。
もとより一本道で、迂回する余地はあまりない。
「ひるむなっ!進めーいっ、大砲は連射は出来ぬ。計画通り、ヴェラチエ河に沿って展開せよっ!」
森と河に挟まれた脇街道を進んできた大軍は、指揮官らの叱咤を受け、ひるむことなく前進する。
街門の正面、約百歩のところに位置する街道の合流点で曲がり、左右の道沿いに兵力を展開するには、否応なく街壁上からの集中射撃を受けることになるが、それは覚悟の上だ。
いったん展開が完了すれば、わずか数百しかおらぬという守備兵が、1万の兵の総掛かりを止められるはずはなかった。
夕暮れ時に初めての土地に到着したばかりのマジェラ軍は、小休止さえ挟まず、そのまま一気呵成にスクタリを蹂躙する動きを見せた。
守備側は、大砲の弾込めの間も街壁上の兵たちの弓が鳴り、据え付けられた大弩がうなって大矢を放つ。
マジェラ軍の弓兵も応射するが、行軍しながらであり、しかも守備兵は西日を背負う方向で見えにくいことこの上ない。
数にまさるマジェラ側の兵がバタバタと倒れていく。
だが、なんと言っても数十倍の兵力差は大きい。
開戦から1刻後、残照さえ消える頃には、マジェラ軍は数百名の犠牲を出しながらも、クルージュ街道沿いに展開を完了していた。
それでもまだこの時点では、天然の防衛ラインであるヴェラチエ河を渡ってはいなかった。
日没後も攻撃はやむことがなかった。
いったん展開したマジェラ軍弓兵は、犠牲をものともせず火矢を次々と放っていた。
街壁の高さを増すため、スクタリ防衛側は急ごしらえの丸太の壁をずらりと並べて建てていたが、それがかえってあだとなった。
火矢が丸太壁に突き立ち炎上することで、照明代わりともなってしまったのだ。
元々の基礎は石造りだから延焼することは無いものの、その明かりを頼りに後続の歩兵が、荷車に積んできた材木を使い、ヴァラチエ河を渡る仮設の橋をかけ始めたようだ。
もちろん、川幅の広いヴェラチエ河を渡す橋を片側からの作業だけで容易にかけられるはずはないが、多数の魔法使いが協力しているのだろう。
城門正面の橋を渡ることこそ集中射撃で阻止しているものの、街道に沿って広く展開した先では、架橋を防ぐことはできない。暗闇の中でその作業の様子さえ見えぬ。
さらに時折、攻め方の投石器がうなりをあげて、大石が城内に飛び込んでくる。
狙いを定めたものではないが、街壁付近の家屋に命中し破損させることで、犠牲者も出始めているし、住民たちの恐怖を煽り立てる効果は大きい。
守備側からも応射するものの、散開した歩兵に対し闇の中で効果的な攻撃は難しい。
しかも、いつ、闇に紛れて攻城櫓が寄せられ、あるいははしごがかけられ、敵の大軍が突入してくるかもしれない。
数で圧倒的不利な守備兵たちが神経をすり減らし必死に防戦する中、真夜中になり、ようやく1日目の攻撃が止んだ。




