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第266話 決戦準備

バーデバーデ夜襲から一夜が明けた、十一の月・下弦11日

 昼近くになってバーデバーデから魔法の遠話が入り、味方であるゲンツ軍が、マジェラ王国の騎兵隊とブレル子爵の夜襲を無事撃退したことを知らされた。


 マジェラ軍別働隊の狙いはバーデバーデだった。

 そしてやはりと言うべきか運良くと言うべきか、今回バーデバーデを攻めた連中は、大森林地帯を進軍した3千以上の兵が既に失われていたことを知らなかったようで、面白いぐらい策がはまったそうだ。

 半数以上の兵力を失ったブレルとマジェラ騎兵はドウラスに撤退し、しばらくは脅威にならないだろうという。

 

 ただ、それでも、マジェラ騎兵を仕留めようと挟撃した際には想像していた以上の反撃を受け、ゲンツ軍もおよそ400人もの死傷者を出したらしい。


「ボウエンのやつ、功を焦りやがったな。マジェラ騎兵の逃げ場をふさいだりせずに、最初からケツだけ狙うべきだったぜ。これじゃ、うちもちょいとばかり立て直す時間がいるな・・・」


 ゲンツ軍はレベルも高いし装備も整っている。それでも、総兵力2000の2割を失ったというのは、それだけマジェラ騎兵が強かったってことだろう。


 いま東からスクタリに向け進軍しているマジェラ王国軍の本隊が、全てそれほどの精鋭とは限らないけど、兵数はさらにずっと多いことを考えると、今のスクタリではとても勝負にならない。籠城に徹すれば何日かは持ちこたえられるかもしれないけど、時間の問題だ。


 スクタリではイグリたちが中心になって、避難民たちの中から防衛戦に参加する者を募り、街壁上からの迎撃に特化した訓練を行っている。

 武器も防具も何もかもが足りないから、それぞれに渡せるのは槍と木製の盾。この十日ほど、木こりたちを動員して周辺の山林から木材を調達してきたらしい。


 あとは、女子供まで使って、投石用の石を大量に集めて来ている。

 弓は矢も消費するし急に上達できないから、離れた敵には石を投げるのだ。

 そして、筋のいいものにはスリングの扱いも教えているらしい。俺たちもノルテが使っていた、石を飛ばす仕掛けだ。


 街壁の補強も進んでいる。

 これまで、高さわずか3メートルで、その上には一律胸までの高さの塀が伸びているだけだった壁の上に、さらに丸太を並べて立てて、1メートルほど高さを増し、その一部には矢狭間を開けている。

 とても街壁全部にはできないから、東側の街門の周辺と、次に侵攻しやすい北側の一部に限られているが。


 直系1kmぐらいの楕円形をしたスクタリの街壁のまわりには、一応空堀も掘られているが、大した深さもないので、ヴェラチエ河から水を引き込んで水堀に変えることも行われた。

 もともと有事にはそうできるように底には粘土層が敷かれていたそうで、これだけでも少し守りが堅くなった気はする。


 そして、俺はベスと一緒にラルークの部屋を訪ねていた。


 もうすぐ予定日らしいラルークは、領主の館に部屋をもらっていた。そのお見舞いと言えばお見舞いなんだけど、頭は動かすことが出来るラルークに、ベスと二人でうまい戦い方が無いか、相談に来たのだ。

俺のスキルを知っていて、現在の戦況を把握していて、しかも今はヒマと言えばヒマなのがラルークだから。


「そうさね、1万の兵にまともに攻められたら・・・普通に考えて勝ち目はないよな。だから、なんとかするなら・・・奇襲とか罠にはめて、頭を潰すか、補給路を切るか・・・そういうことしかないだろーね」

 ふーふー呼吸しながら、ラルークはそう状況を分析する。


「魔法で転移して、補給部隊の荷車を焼いたり、できれば司令部に突入ですか・・・まず転移ポイントの登録が難しいけど、できたとしても危険ですよね」


「相手だって警戒してるからね。司令部は結界を張ってたり、まわりを精鋭が囲んでるから、普通に転移したら火中に飛び込むようなもんさね。あと、やっぱり兵力の圧倒的な差を、部分的にでもなんとか出来たらねぇ・・・」

 ベスは転移魔法が使えるようになったことで何ができるか考えてるが、実際使い方は色々工夫がいるんだよな。

 ラルークもそこは簡単じゃないとわかってるようだ。


「あのさ、粘土スキルでこういうのを作れるようになってるんだけど、量産したら突撃部隊みたいに使えないかな・・・」

 病室にタロとワンを出現させる。


「へぇー、相変わらず非常識だな、お前さんは。それ、動かせるのかい?」

 2人には迷宮討伐の時に自走車とか船とかも作って見せてるから、一から説明する必要がないのが楽だ。

 ベスは目を丸くしてるが、ラルークは面白がってる。

「やってみないとわからないけど、MP満タンで10体ぐらい作れるかどうか、かなぁ」


「ふーん、1万人相手に強襲部隊みたいな使い方するなら、どんなに強くてもその10倍、100人ぐらいはいないと効果的な使い方は難しいんじゃないかねぇ・・・」

「それと、思ったんですけど・・・そのゴーレムみたいなのがすごく強くても、突撃してきたら、相手は逃げますよね?見た目からして、そんなに足は速くないんでしょう?」

 ラルークとベスに指摘されて、俺も色々課題があるのに気付いた。


 もし、“タロもどき”で部隊を編成できたら、普通の矢や剣では倒せないから強力ではあるんだけど、たしかにその時に、指揮官クラスに魔法転移で逃げられるのをなんとかしなきゃいけない。


 ただ、敵中突破出来ただけじゃあ、一万人の大軍には焼け石に水だ。

 それに、数も大量に作ろうとしたらMP切れになっちまうし・・・あれ?


「数なんだけどさ、ベスに用意してもらってるMP回復薬を使って量産できるかも」

 そうだ、戦闘中にリナの流星雨とか転移を多用するために作ってもらってたんだけど、タロ量産計画にも使えるかもしれない。


「それなんですけど、実はあまり数が用意できなかったんです・・・」

 ベスが言うには、MP回復薬には何種類もの薬草が必要だが、その一種類、花の蜜を使うものが、今の時期にはほとんど咲いていないのだという。


 もともと珍しい植物で、ベスの祖母は、それが自生していたからスクタリの街の外の山の中にわざわざ住み着いたんじゃないかって思われるぐらいなんだけど、言われてみたら、前回薬を作ったのは2月のはじめだったな。


「なんとか少しだけ見つかって、小さいのが3粒だけは作れたんですけど・・・それ以外の傷薬とかは、訓練兵のロリック君にも手伝わせて沢山用意できたんですが」

 これは痛いな。

 MP回復薬が3粒だけだと、多分、戦いの最中にすぐに使い切っちゃうだろう。


 ゴーレム作りに回す余裕はないか。

 これから、作っちゃ昼寝しMP回復したらまた作る、って感じで何体出来るだろう?


 そうだ・・・テーザに聞いてみたらどうだろう?いや、エレウラスなら大森林で入手できるところを知ってるかもしれない・・・もっとも、大森林の結界があるから、直接連絡が取れるかはわからないけど。


「ほんとですか?いくつか足りないんですけど、一番手に入らないのはクロヤマハッカって言う、黒に近い紺色の小さな花をつける野草で、比較的温かくて、でも寒暖差の大きい斜面にしか生えないって言われてます・・・」


 結論から言うと、いくらか入手できた。

 エレウラスにもらった“精霊の雫”という小さな水晶球に念を込めたところ、途切れ途切れではあるけど、遠話が通じたんだ。


 そして、大森林の中でわずかに生えているクロヤマハッカを摘んで、森陰の集落に届けさせておく、と言ってくれた。


 俺は今後のために、ベスも連れて集落に転移し、長老たちからクロヤマハッカの花を受け取った。

 ベスによると、10粒ぐらいはMP回復薬を作れる量だと言う。


 しかも、エレウラスから手紙がそえられていて、クロヤマハッカが入手できない場合に、別の複数の薬草を組み合わせることで多少効果は落ちるがMP回復薬が作れるレシピも書かれていた。

 そして、その作り方は俺たちだけに留めておくように、とも。


「すごいですね、ハイエルフの知恵って・・・」

「2,300年も生きてるんだもんなぁ、森の主みたいな人だし・・・」


 スクタリの壁外のベスの祖母の小屋に行って、ベスはリナを助手にして薬作りをはじめ、俺はタロをコピーしたような形状で、ゴーレム作りを始めた。


 MP消費量は粘土の量に比例するから、タロよりは少し小柄に、それでも身長2m、体重は300kgぐらいあるやつを小屋の外で10体作り、フラフラになる。

 ベスに薬をもらって苦い薬を嚥下し、さらに5体ほど作ったところで、はたと気付いた・・・これ、“とっておく”でも収納しきれないぞ?


 粘土ホムンクルスは、活動させるのにはMPを消費する。

 俺のスキルやアイテムボックスに収納できないとするなら、実際の戦闘時に使う場所に、作ったものから置いておくしかないってことか?困った。


(ご利用は計画的に、って今さらだけど)


 リナに突っ込まれた・・・orz


 いや、まて、そうだ。ここでいいんじゃないか?


 俺は残りのMPを使って、小屋の裏手に「土蔵」みたいなのを作り出す。

 古い小屋のそばに、食糧とか薪とかを収納する土蔵があってもおかしくないよね?


 でも、そこにゴーレムたちを歩いて入らせようとすると、急激に残りのMPが枯渇していくのを感じた。

 やばい。


 面倒だけど、“とっておく”で収納しては、土蔵の中で再出現させる、ってことを繰り返した。

しかし、これ、ゴーレム軍団を運用すると、あっという間に俺のMPが枯渇するってことか・・・一難去ってまた一難、だよ。


 けど、それはなんとかするしかないな。


 MP回復薬は副作用が強いから、なるべく一日一錠まで、と言われ、この日は休憩を挟みながら、計20体のゴーレムを土蔵の中に並べた。


 そして、翌々日の夕刻までに昼寝をうまく挟みながら、なんとか百体の大台まで生産することができた。


 それは本当にギリギリのタイミングだった。


 夕刻、イリアーヌさんからスクタリに遠話が入ったのだ。


 東の前線が突破された後、イリアーヌのパーティーは、危険を冒してマジェラ軍本隊を追尾していたらしい。


「先ほど、マジェラ軍本隊がパスク村に入ったわ。住民はスクタリに避難済みだし補給物資もないけれど、今夜の宿営地代わりに使うようね。明日中にはスクタリに現れるわよ」

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