第28話 迷宮一階層③
1階層の主がいるとされる迷宮の奥まで到達した俺たちは、再び粘土の壁で迷宮をいったん封じ、帰投することになった。
「半身の構えを崩すな!何度言えばわかるんだ」
そう言いながらの鋭い踏み込みと共に、俺の手から木剣が弾き飛ばされた。
「集中しろ!」
全身が打ち身だらけで、どこが痛むんだかよくわからなくなってきた。
残ったMPを使い切るように迷宮を二重の粘土壁で封じた後、俺たちは番小屋の前で携行食を取って、スクタリに帰投した。まだ午後の早い時間だ。
だが、戻ってきた俺は居残りを命じられ、練兵場でセシリーから剣の指導という名のしごきを受けていた。
この女、確かに腕は立つんだろうけど、いちいち言い方にトゲがあるんだよな。
それに、人に教えるのは向いてないんじゃないか。「半身になれ」とか、「剣先を下げるな」とか言ってることはわかるが、なんのためにそうするのか、とかが一切ないから、俺みたいな未経験者は次にどう動けばいいかわからんし。
俺が一番苦手な「体で覚えろ」的体育会気質だな。
さっきから一方的にやられるだけで、腕が上がってる気がしない。
しかも、隣ではLV5戦士のムハレムが、等身大のリナに稽古をつけてるんだが、リナが打ち込まれると、驚いたことに、俺が同じ場所に痛みを感じる。
なんだろう?俺とリナはつながってるのか、リナが俺の分身みたいな位置づけなのか?
ムハレムはセシリーほどスパルタじゃないから、リナはそうめちゃくちゃ打たれたりはしてないが、それでも自分がやられる分と、言わば二人分の痛みで、意識が飛びそうだ。
「よそ見をするな!」
痛っ!
そりゃあね。今日の戦いだって直接戦力になっちゃいなかったよ。でも、俺は素人なんだから、戦だらけらしいこの世界の軍人と、いきなり同じことを要求されてもな。
もちろんセシリーだって、迷宮戦を戦った後に、言わば残業して俺を鍛えようとしてるんだから、立派なもんだとは思うよ。俺にはない勤勉さだ。
けどなぁ・・・
木剣でなければ殺されていたであろう、何十回目かの斬撃を革鎧の横っ腹に喰らって、胃液を戻す俺を、やれやれという視線で見下ろし、セシリーが手を止めた。
「ザグーどの!」
声をあげたのはバタだ。
肩に包帯を巻いた騎士長が、ゆっくり歩いてきた。
「せいがでるな。シロー、少しわしが相手をしてやろう」
「ザグーどの、お体にさわるのでは」
セシリーが止めようとするが、ザグーは取り合わない。
「なに、戦うわけではない。片手が動けば十分だ。シロー、好きに打ちかかってこい」
ザグーは白髪交じりの、多分50代ぐらいだと思う。領内掃討の際と今日と、続けて二度深い傷を負っているし、そうじゃなくても体力的にきついんじゃないだろうか。って言うか、杖ついてるし。
俺はちょっと気を遣いながら、剣を振りかぶって一気に間合いを詰めた。
だが、剣道で言う面が決まったと思った瞬間、ほんのわずかにザグーが身をかわし、空振ってつんのめった俺の頭を、コツンと片手に持つ杖がつついた。
マンガみたいなやられ方だ。
「ふむ、セシリー。剣の持ち方だけは教えたようだが・・・」
「うぐっ、そ、その・・・」
「まあよい」
セシリーが小さくなってる。
「シロー、人も魔物も生きておる、かわそうとする。立木とは違う」
うん。
「相手が剣を振りかざせば、お主も避けるか受けるかしようとするわな」
そりゃそうっすね。
「相手を攻撃するときは、かわされたり受けられたりすると考えておかねばならん。足がそのように揃っておっては、かわされると必ず体勢は崩れる。次の相手の動きに対応できぬ」
あ・・・
「相手に避けられぬためには、こちらの予備動作は少ない方がよい。両足のかかとが着いたままでは、素早く動き出せんだろう?」
足元?そこからか。
「今から速く走ろうとする時には、両のかかとを地に着けていたりはすまい」
なんだか納得だ。だから俺の動きはぎごちなかったのか。
その後わずかな時間だったが、ザグーは俺に好きに攻めさせ、ひとつひとつ手足の位置、運び、目線や間合いまで、具体的な意味を教えてくれた。
なるほどなー、これだよ。
おっさん、教え方がうまい。うちの高校の体育教師だったらよかったのに。
迷宮で戦ってる時は、正直そんなに腕が立つとは思ってなかった。
実際、グレオンあたりの方が実戦では強いのかもしれないが、ただなんて言うか、力ではなく剣を使いこなす技の意味みたいなのを人に伝えるのが上手で、すごくわかりやすかった。
途中から、セシリーもムハレムも、生徒になったみたいに聞き入っていた。
「だいぶ良くなったぞ。あとは自分で修練を欠かさずにな」
ザグーは、後はおぬしたちに任せた、と言い残し、なにかすっきりした様子で帰って行った。
「あー、ありがとう、ございました・・・」
俺だけでなくリナまで、珍しくお辞儀なんかしてた。
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その夜、俺の冒険者レベルは8に上がった。
目が覚めてから確認したところ、新たに得たスキルは「アイテムボックス」と出た。
これもRPGじゃおなじみの便利スキルだな。
試してみると、藁くずとかリュックとかが、イメージ内の空間に収納できる。アイテム取り出し、とか念じると再び目の前に現れる。もうこの世界がリアルに感じられるようになってたから、このゲーム的スキルは、えらく不条理な感じがするな。
どのぐらいの大きさや種類まで収納できるかは、狭い独房の中では試せるものが限られていてよくわからない。おいおい検証しよう。
粘土遊びのスキルもレベル7になり、得られた能力は、“すごい粘土”と表示された。
・・・脱力感はんぱない、すごい、ってなにがすごいんだよ。これも“焼き固める”みたいに品質向上の類だろうか?またまた謎だ。
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また夜明けと共に集合した俺たちに、カレーナから思わぬ話があった。
「階層の主との戦いには、私とセシリー、ラルーク、ベス、そしてグレオンとシローの6名で臨みます。これはザグーとイグリ、ベリシャからの進言です」
昨日負傷した3人の姿が、今朝はない。
「バタとヴァロンには支援のため迷宮に入ってもらいますが」
一人一人の顔を見つめて続ける。
「きょう、予定通り階層の主を倒し、次の階層に進むことができたなら、明日以降は、この6人で迷宮の攻略を続けようと考えています」
バタが頷いている様子を見ると、幹部たちでは既に話がついてるようだな。
呪文による治療はあくまでかりそめのもので、目に見える傷や出血などはその場で治せても、体の中の機能が全て元通りになっているわけでなく、完全に治癒するにはやはり普通に傷が癒えるのに近い時間がかかるそうだ。
そういう意味で、3人が当面迷宮で戦うのは無理がある。
さらに、新たな番小屋にも常時兵士を配備する必要もあるし、少ない兵力の多くを、いつも迷宮討伐に向けておく余裕もないのだろう。どうせ階層の主に当たれるのは6人までなんだし。
トリウマの背に揺られながら、きのうザグー騎士長がわざわざ俺に剣の指導をしてくれたのは、こういう意味があったんだ、と思い至った。
後はお主たちに任せた、って。おっさん、格好つけすぎだ。
迷宮の入口を塞いでいた粘土を除去する前に、パーティー編成を唱える。
俺だけでなく、元々レベルが高かったグレオンをのぞく全員が、昨日より1レベル上昇していた。
セシリー 戦士(LV7)
新たに取得したのは<物理回避率増加(小)>
ラルーク スカウト(LV6)
新たなスキルは<罠解除>
ベス 魔法使い(LV5)
新たに、「魔法の盾」という呪文を得ているようだ。
そして、
<カレーナ・フォロ・オルバニア 人間 女 19歳
僧侶(LV7)
スキル 剣技(LV1)
弓技(LV1)
騎乗(LV2)
HP増加(小)
瞑想
呪文 「浄化」「癒やし」「誓約」「治療」
「破魔」 >
お姫さまは、同い年ぐらいかと思ってたけど、ひとつ年上なんだな・・・
もちろん、そんなことは口にしないぞ。俺だってちょっとは学習するのだ。
1階層の途中には、敵は現れなかった。
迷宮の討伐を完了しない限り、湧出し続ける魔力によって、時間と共に新たな魔物が生まれるらしいが、とりあえず昨日の今日でそういうことはないようだ。
ラルークの先導で、俺たち8人は昨日何時間もかかってたどり着いた階層の終端部まで、およそ1kmの道のりを30分ほどで到達した。
突き当たりに、昨日見たのと同じ、もやもやと淡く光る実態感の無い壁のようなもの。
その奥に階層の主が棲むという場所まで来て、俺たちは立ち止まった。
道中、階層の主の巣に入るには、パーティー編成ができる冒険者と、僧侶の「破魔」という呪文が必要になると聞かされていた。カレーナが取得している呪文リストの中にあったやつだ。
ラルークが、確かにこの奥に1匹だけ強い魔物の反応がある、と言うと、カレーナが、
「一度、試してみましょうか」
と声をかけた。
カレーナを囲むように8人が一団となり、淡い光の中に慎重に歩を進める。
ほんの何歩か進むと、もやを抜けた。
??
もやを抜けたはずだ。だが、それは目の前にある。
うしろを振り向くと、これまで歩いてきた迷宮の通路が延びている。
「無限ループみたいだな」
セシリーがうなる。
「これが結界ですか。魔道書で読んだことはありましたけど・・・」
ベスが興奮を抑えるように口にする。
「では、バタ、ヴァロン。すみませんが、ここで待っていて下さい」
カレーナが目を閉じて詠唱を始める。
「・・・秘奥の帳をなす魔の力を破らん、『破魔』」
右手を差し上げると、淡い光のもやに向け、さらに強い光が注いだ。
「では、パーティーの皆は一緒に」
踏み出すカレーナに、慌てて俺たちは従う。
さっきとは異なる、ざわっとした肌触りと共に光のもやを抜けると、目の前には見たこともない異様なものがあった。
繭?さなぎ?いや、抜け殻か、これが。
昨日ザグーが話していた、迷宮ワームが成長につれて脱皮した抜け殻。とすれば、俺たちは結界の中に入ることに成功したんだろう。
地図スキルでは、これまで歩いてきた一階層の道のりが見えなくなっている。
オレンジ色にかすかに発光しているそれは、洞窟の断面を埋めて、こちらに膨らんでいる。理屈上、これが抜け殻の尻の部分ってことになるんだろうか?
こちら側の面の、やや右の壁寄りの下の方から亀裂が入っていて、それはおそらく底面に沿って、割れているのだろう。
俺の察知スキルでは、結界を抜けるまでは感じられなかった魔物の気配が、その亀裂を通して中から感じられる。確かに1匹だけだが。
ラルークが慎重に口を開く。
「コボルドって言やあコボルドっぽいんだけど・・・これはレベルが高いよ。あたしたちの誰よりも高い感じだ。それに、1匹なんだけど、コボルドとはちょっと違う気配もする」
皆の視線がカレーナに集まる。
「覚悟の上です。それに、レベルが高いと言っても1匹なのですから。いざとなれば、結界を再度抜けて撤退しますから、引き際を見誤らないように」
俺はここでリナを等身大にさせ、硬化させたセラミック剣を持たせる。気のせいか、昨日より光沢があって金属質に見える。品質向上が効いてるのか?昨日みたいに折れないといいんだが。
「彼女はパーティーの人数に入らないみたいですね」
ベスの言葉に俺もカレーナもはっとする。確かに、結界内の人数制限には影響していないようだ。これは、戦力的に少しとは言え有利なことか。
「では、参りますか?」
セシリーが確認する。
グレオンとセシリー、俺とリナが、それぞれ組になって亀裂の両側に立つ。腕力で開けなければ剣で、それも刃が立たなければベスの魔法でぶちやぶろう、ということになっている。
隠身スキルを持つラルークが、隙間が出来たら最初に潜り込む算段だ。
「始めましょう」
ベスと並んで立つカレーナが、開戦を告げた。




