第265話 (幕間)バーデバーデの戦い
(十一の月・下弦十日夕刻 城市ドウラス、ブレル子爵の居城)
「・・・あいわかった。ゾルターン将軍にもよしなにな、互いの武運を祈ると」
「ハッ、失礼つかまつる」
マジェラ軍特有のいかつい鎧兜に身を固めた騎士らが退出すると、小柄なブレル子爵は、面白くもなさそうに口元をゆがめた。
「薄汚れた格好で館が汚れたわ・・・それにしても、本当にあの魔物の森を抜けて来たか」
「大森林を統べる精霊を従える禁断の魔法を使ったとか、なかなか信じかねますが、イシュタールの預言者の力を借りたともうわさされておりますからな・・・」
先代から仕える知恵袋だった魔導師バクーシを失った今、ブレルの相談役となっているのは、騎士長のジョルゲだった。
その武勇は頼もしいが、知略・謀略が得意というわけではない。
この段階になって、わざわざゲンツの手の者に見つかる危険をおかしてまで伝令をよこした真意は、正直なところわかりかねていた。
「我らを信用しておらぬのでしょう。だからこそ、深夜の総攻めでこちらが手を抜かぬよう念押ししてきた、というのが本音ではないかと」
「なめられたものだな。ゲンツを排除し、シキペール全域を手に入れる機会がついに来たのだ。むしろ、強行軍を重ねてきたマジェラの連中が額面通りの戦力になるかだろうに」
長年の主家であるオルバニア家を追い落とし、いよいよ南西部一帯を我が物にできると確信していた数年前、ブレルの前に突然現れたのが、新興勢力のゲンツ卿だった。
素性も知れぬ商人風情が、金に物を言わせて王都の法服貴族らに取り入り、騎士身分と領地を手に入れた。
それも、魔物の森と恐れられていた大森林地帯に近く、それまでは未開の地であったヴェラチエ河西岸に目をつけ、広大な土地を手に入れたのだ。
ブレルの領地に隣接しながら、手をつけることをためらっていたエリアだ。
ゲンツはそこを短期間に開発し、おかげでブレルが手に入れられるはずだったヴェラチエ河の水利権も独占できなくなり、近隣の地方の特産物の取引などでも利権の多くを奪われ、ブレル子爵領の発展は思うに任せぬ状態になっている。
以前より我が物にと目をつけていたオルバニア家の娘、カレーナを妾とし、オルバニア領とその権威を手中にすることも、ゲンツの横やりで頓挫してしまった。
そんな目の上のたんこぶとも言えるゲンツを、マジェラ王国軍を引き入れることで一気に排除し、この地方全域を支配下におさめる。
その代わり、王都デーバへのマジェラの進軍を補給拠点として全面的に支える――――これが、トクテス新王の差配で実現した、ブレルとマジェラ軍との秘密協定だった。
自領の勢力が拡大し盤石のものとなるのなら、王が誰であろうと関心は無かった。
今回のバーデバーデ攻略に参加するのは3つの集団だ。
北東からドウラスのブレル子爵軍1500人。南東からは東部の前線を突破し急行してきたマジェラ第一兵団のうちメッテルニヒ隊長率いる騎兵部隊1000人。
そして、大森林地帯を密かに踏破し、バーデバーデの防壁の裏手にあたる南西に突如出現予定の第一兵団主力。ゾルターン将軍自ら率いる、歩兵中心の3500人だ。
総勢6000人は、最大の見積もりでも2000人を超えぬとされるゲンツの総兵力の少なくとも3倍。
しかもそれが夜間、予想もせぬ南西側からの奇襲も加わるとなれば、東側のヴェラチエ河を防衛ラインとして設計されているバーデバーデに対し、勝利は疑いないと考えられた。
この作戦でブレルに最も期待されているのは、ヴェラチエ河を渡るための架橋と大量の攻城兵器の用意、そして肝心の城内制圧だ。
魔物の森を抜けてくる第一兵団主力はもとより、東部戦線から遠距離を急行してきた騎兵隊も、重い攻城櫓や破城鎚は用意できないためだ。
そのため攻撃開始に先立ち、工兵隊をドウラスから先発させることになっていた。
「間もなく日が落ちまする、日没の半刻後に第一陣を進発させます」
「任せる、わしも最後の城攻めには直接指揮を執る」
「はっ、いよいよですな・・・」
ブレル子爵の頭の中は、勝利の後でマジェラ軍に対し獲物の分配をいかに有利に運ぶか、ゆかいな皮算用で満たされていた。
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(バーデバーデ、ゲンツ卿の館)
「ご主人さま、偽装して上げた狼煙をマジェラ騎兵隊の偵察班が視認した模様。想定通りの行動を開始しましたわ」
遠話で各部隊からの情報を集約している側近の魔法使いレミーが報告する。
ロリメイドにパンケーキを口に運ばせていたゲンツは、もぐもぐしながら頷いた。
「気付いてくれなきゃエサを撒いた甲斐もなかったが、そう無能ってわけじゃなさそうだな」
「大森林境から、メッテルニヒ隊には夕日の位置関係でギリギリ視認でき、当館からは見えにくい形での狼煙が上がったことで、信用されたようですね」
「これもシローのおかげだな。アイツらが捕らえた第一兵団主力の生存者から、狼煙のサインとか連絡のタイミングがわかったからな。・・・それと、買い取った鎧兜も有効活用できたか?」
「はい、ブレル子爵は“ゾルターン将軍の使者”を信用し、予定通り今夜真夜中の攻撃開始に向けて、まず工兵隊を進発させましたわ」
「ぎゃははは、傑作だぜ、もうゾルターンの軍勢自体、存在しないってのにな・・・ボウエン、聞いての通りだ。架橋には気付かなかったってことで、予定通り城攻めまではさせろよ?」
ゲンツは、それまで口を開かず地図を広げた隣りのテーブルで参謀らと共に報告を聞いていた、壮年の領兵指揮官に声をかけた。
「了解です。では、メッテルニヒとブレルが誤算に気付くまでは演技を続け、こちらの被害を抑えつつ、相手をなるべく引きずり込む、という方針で」
普段接する側近は好みのロリータ女子でかためているゲンツだが、趣味と仕事の能力は混同しておらず、実戦力は完全にプロでかためている。
指揮官のボウエンは都市国家群出身の男で、アダンとイスパタの長きに渡る戦いの中で不敗を誇っていた傭兵隊長を破格の待遇でヘッドハントした。
「おうよ、子細は任せたぜ。なにせ、マジェラ軍の情報と鹵獲した鎧兜の対価として、オルバニア家への借金を丸ごとチャラにしてやったんでな。こっちもしっかりもとを取らねえと・・・」
ニヤリとしたゲンツは、それでもう戦さの話は終わったとばかり、再びロリメイドに、あーん、と口を開いた。
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(真夜中・マジェラ軍騎兵隊司令部)
「まだ本隊は来ぬのかっ!?」
「はっ、友軍の鎧を着た本隊の偵察班らしい兵が西側を移動するのを見た、との報告はあるのですが接触はできず、依然本隊の姿は、この闇でありますので・・・」
「遠話もかっ?」
「呼びかけを続けておりますが、高位の魔法使いは元々ほとんどが魔物の森を越えるため本隊に配備されていますので、こちらからは・・・」
「っ!このままでは長くは持たんぞ!?」
マジェラ軍騎兵隊の司令部では、第1隊長メッテルニヒ、第2隊長ジチ、第3隊長ケセギが、焦燥に包まれていた。
日没後、闇に紛れてドウラスのブレル子爵麾下の工兵隊が、2本の架橋に成功した。
バーデバーデの北東から渡河するブレル軍用と、南東から渡河するマジェラ騎兵隊用のどちらも迅速に木材が渡され補強されて、その手際に、田舎領主と馬鹿にしていたブレルらの実力を見直しもしたのだ。
そして、大森林を予定通り踏破したと狼煙で知らせてきた第一兵団本隊とも、日付が変わる夜更けにタイミングを合わせてバーデバーデを夜襲する目論見だった。
実際、攻城櫓も渡河を完了し、その後の進軍も事前に地形を把握していたために闇の中でも戸惑うことも無かった。
バーデバーデ側が襲撃に気付いたらしい灯火が次々灯された時には、既にブレル軍と騎兵隊は城壁から五百歩あまりのところまで接近していたのだ。
依然、第一兵団本隊の姿は見えなかったものの、マジェラ軍の鎧を着た先発隊らしい少数の兵が見え、他に多数の歩兵が接近中の気配があるとの報告を受けて、メッテルニヒとブレル軍の指揮官は、攻撃開始を決断した。
城方が接近に気付いた以上、本隊の確実な合流を待って奇襲の有利さを捨てるのは愚策と判断したからだ。
そして、攻城櫓をかける時間を稼ぐため、メッテルニヒらの騎兵隊が城壁に近づき鉄砲による援護射撃を開始。ブレル軍も投石器で遠距離から城内への攻撃を始めた。
ここまでは順調だった。
城を守る兵はせいぜい数百人に過ぎない様子で、反撃らしい反撃もなかった。
だが、いざ攻城櫓が城壁に取り付こうとした途端、城壁の上に隠されていた多数の大砲が火を吹いた。
うまく擬装され目立たぬようになっていた大砲は、さほど大型ではないが、至る所に配備されており、至近距離から放たれた砲弾によって十台以上の攻城櫓があっという間に粉砕された。
それでも、多数のはしごをも持って来たブレル軍の歩兵が、果敢に壁を登ろうとするが、壁上の城兵は銃で武装していた。メッテルニヒらの騎兵が持つ銃より新型らしく射撃間隔も短い上、数も多く、上から下を狙う有利さもある。
「マジェラの本隊はどうしたのだっ!?」
ブレル軍を率いる騎士長ジョルゲが、壁上に届かぬまま兵の損耗が増える一方の状況に、怒りをあらわにする。
「騎士長どのっ、多数の歩兵が接近中ですっ!」
「なにっ、ようやく来たか!」
西側から、ブレル軍がはしごをかけている側面方向へ回り込んで来る、少なくとも千人以上が進軍してきた。
城壁上に陣取るゲンツ軍に攻撃を始め、城攻めを支援する動きをする・・・はずだったが。
「なぜだっ、我々は友軍だぞっ!」
「騎士長、あれはっ・・・」
「げ、ゲンツ軍!?」
マジェラ本隊が応援に到着した、と思い込んでいたそれは、ゲンツ軍の主力部隊だった。
全身鎧に長槍を構えた密集隊形、いわゆる重装歩兵のファランクスだった。
城攻めに全力を注いでいた側面に突っ込まれたブレル軍は、ほぼ一瞬で突き崩された。
「退却せよっ!」
作戦の破綻を知ったジョルゲは、大声で指示を出すと同時に、自らが真っ先に逃げ始めた。
しかし、ジョルゲと腹心らが工兵隊のかけた橋へと馬を走らせ、目にしたのは、既に破壊され、通れなくなっていた橋の残骸だった。
「完全に読まれていたということか・・・」
マジェラ騎兵隊側でも、それと大差ない状況が生じていた。
友軍に一言も無くブレル軍が撤退を始めたことに気付き、城兵との鉄砲と弓の撃ち合いをやめて体制を整えようとしたところ、城の左右から回り込んできた重装歩兵隊に挟撃される形になった。
それでもさすがに、マジェラ随一の精鋭と言われる騎兵隊だった。
逃げ場が無いと知ったことで、かえって死に物狂いの突破をはかった結果、挟撃したゲンツ軍歩兵の一方の側を半壊させるほどの打撃を与えたのだ。
これが彼らにとってこの夜最大の戦果となったが、見方を変えれば、作戦目標である城を落とすための部隊が退却したのに、遠征軍が戦略的価値の無い消耗戦をしたとも言える。
そして、撤退しようと向かった先の仮設の橋はやはり失われていた。
結局、ヴェラチエ河を渡るためには、もともとバーデバーデの門前にかかっている石橋を通るほか無くなっていた。
そこに逃げようとするブレル、マジェラ両軍の兵が集中した結果、大渋滞とさらなる混乱がおき、背後からのゲンツ軍の追撃によって、この晩最も多くの被害を出したのだった。
夜が明けたとき撤退に成功していたのは、参戦した兵の半分に満たなかった。




