第261話 虜囚
秘密の結界の中で、俺たちはついに虜囚になっている精霊王の御子を見つけた。
<精霊王の分身/奴隷(隷属:バサドース)>
ついに発見した緑色に光る幼子のステータスには、そう表示された。
“精霊王の御子”って聞かされてたけど、精霊王自身はたしか「われらが一にして全」とか言っていた。親子って言うより、つながっている精霊王の一部、みたいな存在なんだろうか。
その幼児は、きっと元々は神々しい姿だったのだろう。
でも、神輿のようなものの上に固定され、白目をむいて野獣のような声をあげ続ける姿は、神と言うより、正気を失った魔性の存在のようにも見える。
頭には茨の冠みたいなのをはめられ、全身に太い針を刺されて、そこから血のような、あるいは樹液のような緑色っぽい液体が、ポタポタと地に落ちているのが見える。
その痛みにもだえているんだろう。
ひどすぎる。幼児虐待なんてもんじゃない・・・
すぐそばで監視しているあの召喚士が、魔物を使役するように常に召喚魔法で縛り付け、言うことを聞かせているんだろうか?だが、あの召喚士の名前は“ガアボル”って表示されてる。隷属者の名前が違うのはなぜだ?
その時になって、俺は神輿の回りの地面に太い綱みたいなものが置かれてるのに気付いた。! 動いた!?
綱じゃない、蛇だ!
アナコンダぐらいある巨大な蛇が、神輿の回りを囲むように横たわっている。
見張ってるのは兵士だけじゃ無いのか!
<マダラオオヘビ(LV7) 召喚獣(隷属:ガアボル)>
こっちはあの召喚士の召喚獣だ。
(御子を隷属させるには、あの召喚士ごときでは力不足なのだろう。おそらくどこかにより上位の力を持つ者がいて、それが御子を捕らえた。そして使役能力を持つ者が交代で御子の見張りをしている・・・おそらくそんなところだろう)
(遠話で御子と話せたりする?)
(ダメだ。それを試みるとおそらく召喚士に気付かれるだろう。あの大蛇が一種の魔方陣にもなっているらしい)
そういうことか。早く救い出してやりたいけど、今はあせっちゃだめだ。
エレウラスの念話に益々頭を悩ませる。どうやったら解放できるんだろう?
(バサドースって術者を見つけて、術を解かせるか倒すかする必要があるんだと思うよ)
リナの助言だ。術を解いてくれって言っても従うはずはないから、倒すしかないんだろうな。
一体どこにいるのかわからないが、幹部がいる方、司令部方面を探すのが本線だよな。
「臭イスル。犬人、反対ノホウ」
それまで無言だったワーベアのボゾンが、一言口にした。
ボゾンは、LV21という壮年のワーベア=人熊族で、大森林の亜人たちの中でも指折りの戦士だとして潜入メンバーに選ばれた。カーミラたち人狼族と同様、嗅覚とか察知系のスキルを持っていて、隠身は使えないけどパワーは上回り、より肉弾戦向きの種族のようだ。
俺たちを集落から案内してくれたグーゼルばあさんの親戚筋にあたるらしいが、言葉は苦手っぽい。
グーゼルは若い頃から大森林を出て、外の世界で人間と接していたからだろう。
最優先で見つけたいのは精霊王の御子を縛っているバサドースというヤツだが、反対方向というと司令部がある方のはずだからちょうどいい。今度はそっちへ向かうことにする。
最初に入ってきた入口の所を通り過ぎると、一人だけまだ起きて警備している兵が、こっちを見てニヤっとした。
うんうん、一服してきたと思われたんだな。ならまだ警戒はされてないってことだ。
俺たちはいかにも、“定時連絡を終えた士官たちが司令部に報告に戻るところ”ってフリをして堂々と歩く。
ボゾンがひくひく鼻を動かし、先導する。
兵たちが分散して眠っている所を通り抜けていくと、やがて他より魔道具の照明が多い一角があった。かなりの人数が不寝番のように立っている。
どうやら司令部らしい。
そして、ボゾンが見つけたプールドの臭いは、そのさらに先だった。
(おそらく、行軍の先頭付近にいるのだろう。道案内をさせるならそういう使い方をするからな)
エレウラスの言葉に納得する。
これまで見てきた所、野営しているのも行軍中の隊列の位置関係のままらしい。
まず、先頭に斥候や道案内させるため捕らえた犬人。比較的少数の戦闘部隊の後ろに司令部要員、おそらく幹部たちはそこにいる。
そして後ろに大半の兵力と荷運び要員、って感じか。
重要な精霊御子が司令部と離れた所にいるのは、隊列の中央付近に置いた方が全体に結界を張るのに都合がいいんだろうし、ひょっとすると泣き声がうるさいから、エライ連中とは距離を開けてるのかもしれない・・・。
エレウラスにそっと小さな結界を張ってもらい、気配を隠しながら司令部のそばを通過する。
判別スキルをフルに使って、目に入るやつのステータスをざっと見ていく。
兵のレベルは全員LV10以上、さすがに司令部まわりだ。
魔法使いが数人、僧侶は10人ぐらいいる。
だが、バサドースという名前の奴は見当たらない。そして、将軍とか司令官っぽい奴の姿も・・・別の所にいるんだろうか?
(たぶん、結界の中で休んでるんじゃないかな)
(そうだろうな、高位の者ほど無防備な姿はさらすまい)
スカウトのリナもエレウラスも判別スキルがあるから、手分けして探っていた。
そういうことか・・・個別の結界まで張られてるとすると、ますます奇襲は難しそうだ。どうしたもんだろうか。
俺たちは、巨木の影に身を潜め、まわりの様子を探る。
「アソコダ」
ボゾンが示す方向、先発の斥候隊が休んでいる方に、別の巨木に鎖でくくりつけられているやせた姿があった。
<プールド 犬人 男 31歳 LV8>
あれだ!ペリルとペロンの父親だ。
プールドは眠り込んでいるようだが、3千以上の軍勢の先頭付近ってことで、何人もの歩哨が見回っている。さすがに俺たちが近づくのは難しいな。
人形サイズのスカウト・リナだけに隠身をかけさせ、忍び寄らせることにした。
気付かれたら即“おうちに帰る”で回収するつもりだ。
幸い、リナは気付かれずに忍び寄り、プールドの耳元でささやいて起こすことができたようだ。
そして、プールドが足にもカギの付いた鎖を付けられ、立木につながれているということ、そのカギは少し離れた所で寝ている隊長格の兵が持っているが、腰のベルトにしっかり結びつけられて取って来れないこと、を報告してくれた。
(森の民を導く立場として見捨てるのは忍びないが、今は御子の救出が最優先と言わざるを得ぬ・・・)
エレウラスはプールドは放置するしかない、と言う。
「ダメ元で試してみたいことがあるんだけど・・・」
俺は人形サイズのリナに、軟らかい粘土の塊を持たせて再び隊長の寝ている所に行かせた。
腰ベルトから伸びたカギを粘土で包み込み、しっかり型を取る。
「“とっておく”」
粘土スキルで、その粘土を手元に回収した。
そして、内部にカギの形の空間が出来ている粘土塊の中に、今度は硬化セラミックを出して型を埋める。まわりの軟らかい粘土を取り除くと、中にはプールドの鎖を開ける鍵と全く同じ形のセラミックのカギが出来ていた。
(なんと・・・200年以上生きているが、こんな妙な技を見るのは初めてだぞ)
「お褒めにあずかり光栄のいったりきたり・・・てね。リナ、もー1回お使い頼む」
“おうちに帰る”で回収したリナに、今度はセラミックカギをプールドに届けさせる。
(ぶー、人使い荒すぎだよ)
(しょうがないだろ、“転移”とか使ったら、その気配で目を覚ます魔法使いがいるかもしれないし・・・)
ぶつくさ言いながら、再びプールドの所に行ったリナは、うまく鎖を固定していたカギを開ける事に成功したようだ。
けど、相手もさすがに精鋭の軍だった。
誰かに見られてる・・・そんな気配がしたのは、リナを回収した直後だった。
「曲者だっ!」
テンプレな忍者装束の男が、木の上から大声をあげると共に、手裏剣を放った。
 




