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第260話 潜入

魔の森の奥深く、人知れず進む大軍勢があった。

「たまらんな、あの声をなんとかしてくれよ」

「言うな、エライ人たちに聞かれたら首が飛ぶぞ」

「しかしなぁ、ただでさえしんどい行軍だってのに、のべつまくなしにあれじゃあ仮眠もろくにとれねぇよ・・・」


 人間が立ち入ることなどできぬ魔の領域━━━そう呼ばれ、恐れられていた大森林地帯を強行突破する━━━ 一切他言無用と厳命され、その作戦を下命された時、誰もが正気の沙汰では無いと感じたものだ。


 それが今、現に3千を超える大軍勢が、誰にも見とがめられること無く北進し、まもなくエルザーク王国内への完全な奇襲攻撃を実行する所まで近づいている。


 作戦を可能にしたのは、首都のイスネフ教会の協力だったそうだ。


“神の御技で邪教の首魁をくびきにつなぎ、魔の森を支配下に収める秘法がある”と王族への働きかけがあり、軍の上層部がそれに従って実行した。


 高位の召喚士が呼び出した“木霊”を使役し、魔の森の近くでその主たる妖しい精霊に救いを求めさせ、呼び出したところをだまし討ちして封印のくびきにつないだのだ。

 そして、その精霊に魔の森を覆う結界の中への道を開けさせ、さらには軍勢すべてを覆う大規模な結界を張らせて進軍している。

 森の支配者の結界であるから、森の魔物らも見とがめることは無く、道無き深き森を誰に妨げられることもなく進んでいる。


 森の精霊自体は、強大な力はあっても明確な意思疎通さえできぬ存在のようだったが、都合良く森に住まう下等な獣人を捕らえることが出来た。

 イスネフ教会が「汚れた存在」だとする獣人だが、奴隷として道案内に使う分には構わぬし、用が済めば始末すれば良い、そう言われ鎖を付け鞭を振るって先導させている。その獣人は傷だらけにされながらも、泣き言さえ言わず黙々と歩いている。


 さわがしいのは当の森の精霊だった。


 これが大いなる力を持つ魔の森の主なのか?といぶかしむほど幼く、頭のいかれた幼児とも幼女ともつかぬ小さな緑色の姿をしたそれが、白目をむいて、ただ日夜狂ったようなうめき声と絶叫をあげ続けているのだ。


 それも無理からぬだろう。

 とらわれ、強力な魔道具の首輪と足かせを付けられ、魔力を封じるためのやはり魔道具の針を全身に刺されて体液を垂れ流し、それでも死ぬことも無く、四六時中交代で監視している召喚士らに、無理矢理使役され続けているのだから・・・。


 その大声さえも、自らが作り出すよう命じられた結界のせいで、森の魔物らにさえ届かぬらしい。


 狂った幼児は、自ら作り上げた牢獄に我が身を閉じ込め、ただただうめき苦しみながら、進軍する軍勢に引き連れられていた。


“この奇襲作戦が成功すれば、今回の戦で最大の功績となり、恩賞も昇進も望みのままだ”と上官には叱咤され従ってはいるものの、その上官でさえ本音ではあやかしの技、胡乱な禁術による気味の悪い作戦だと不信感を抱いているのが見え見えだった。


 ただでさえ、この森には輜重の荷馬車が通れぬし、魔の森で食料を調達するなど期待も出来ぬことから、兵らは常以上に重い背嚢に半月分の糧食と毛布一枚を詰め込み行軍させられている。


 昼なのか夜なのかさえわからぬ薄暗い森で、結界に守られているとは言え、身一つで巨木の影で仮眠するだけしか体も休められぬ行軍だ。


 先日、辺境領主の偵察とおぼしき小隊を証拠も残さず殲滅した時は、さすがにマジェラ王国が誇る最精鋭、第一兵団の手際よと、幹部らから称賛の声があがったものの、それももう遠い昔のことのようだ。


 暗い森の中を足を引きずって進む兵らの士気は、既に地に落ちていた。


***********************


「定時連絡だ。結界を開けよ」

「ハッ」


 草木も寝静まった深更のこと。

 軍列の途中に設けられた“裏門”と呼ばれる場所で、夜勤番の僧侶らがタイミングを合わせて“破魔”を唱え、全軍を覆う精霊の強力な結界に、ようやく小さな通り道を開ける。


「では、合図はするが、それが聞こえずとも1小刻後に」

「ハッ、いつも通りに」


 完全武装の士官と護衛の騎士たちが、深くフードを被った高位の魔導師を連れ、そっと魔の森の中に踏み出した。

 振り向いた背後には、もう何も見えぬ。

 ただ、闇の森が広がる中に、近づいて意識して初めて、小さなもやもやとした結界の存在を気づけるかどうかだろう。


「いつもながら恐るべき力だな・・・」

「さようですな、これほどの強力で繊細な、しかも広範囲の結界魔法を作り出すことは、いにしえの賢者にさえ可能だったかどうか・・・」


 外から気づけぬのは無論、中にいる者たちにとってさえ、結界の外は、ぼんやりとしか見えぬ。

 それ故に、合図が無くとも1小刻後に再び門を開けることを命じてある。

 そうでなければこの魔の森を永久にさまよう亡者となりはてるだろう。


 そんな手間をかけても外に出ねばならないのは、本国と友軍への連絡のためだ。


 あまりに強力すぎる精霊の結界内からは、いかなる遠話も魔法通信もできなかった。

 ただでさえ魔の森自体の結界の中で、二重に覆われているためだ。


 そこで第一兵団は日に一度だけ、野営する深更に、連絡担当の士官と魔導師が危険を冒し精霊の結界の外に出て、通信を試みることになっていた。


 たいしたやりとりはできぬ。高位の魔導師と言えども、依然として魔の森の結界の内側から、百クナート単位の遠距離を結ぶのは全力を振り絞っても短時間、最低限の情報を伝えるのがギリギリだった。

 そのため、あらかじめ今回の作戦前に、音声がろくに伝わらずとも長短のノイズの組み合わせで最低限の情報を通信する符丁を決めてあった。

 それすら、本国を離れるにつれ徐々に難しくなっている。


「だが、順調ならばあと2日だからな」

「ハッ、全力を尽くします・・・」

 高位の魔導師は、士官と共に巨木の枝の上に転移し、そこでまるで禅を組むような姿勢で瞑想を始めた。


「・・・・@*▼%#」

 魔導師が小声の、長い詠唱を続けた末に、士官の耳にもかすかな声が届いた。


「つながったか・・・聞こえますか、こちら第一兵団参謀、ヨーク・ケンテスであります・・・聞こえますか、聞こえますか!?・・・むむ、やはり音声での会話は難しいか」


 遠話魔法に全力を集中している魔導師に、ケンテスは符丁による通信に切り替えることを手振りで伝える。

 魔導師は、ケンテスが用意していた最小限の連絡事項を魔力の強弱で記号化し、魔法通信に乗せる。一種のモールス信号だ。


 伝えられたのは、第一兵団が予定通り進軍中であり、森を出るまであと2日、作戦は期日通りに、ということだけだったが、定時連絡としてはそれで十分だった。

本国からも、友軍は予定通り進軍中と意味する符丁のみが帰ってきた。


「思ったより時間がかかったな。戻るぞ」

「ハッ」

 疲労を隠せぬ様子の魔導師が、それでも短距離転移を唱え、樹下に降りる。


「ザーク、デルガド、どこだ?」

 暗闇の中とは言え、巨木の下で警戒にあたっていた騎士たちの姿が全く見えぬ。


「ん?」

 近くの気配に振り向こうとした瞬間、ケンテスの意識は闇に落ちた。



「・・・ご苦労」

「ハッ、少しいつもより時間がかかりましたな・・・いえ、これは余計なことを申しました」

 いつもより低く抑えた声の士官の俯いた兜が不快げに動いたのを見て、当直の僧侶は慌てて言い訳をした。


「? 参謀殿、酒保ですか?いや、たまには飲まねばやっておれませんからな」


 報告に戻るはずの司令部とは逆方向に歩き出した参謀たちの後ろ姿に、僧侶らは苦笑いする。

「ん?ケンテス参謀は酒は飲まないんじゃなかったかな・・・」


***********************


(あやしまれたかな)


(仕方ないだろ、こっちに気配があるってんだから。そうだろ?)

 内心あせりながら、リナに念話で反論し、フードで顔かたちを隠したエレウラスに目を向けた。


(うむ、間違いなく御子の、精霊王様とそっくりの波動だ。苦しんでいる。わが耳には既に聞こえる・・・痛ましいことだ、完全に自我を失われる前に急がねば)


 先頭に立つ魔導師姿のエレウラスに、士官の鎧兜に身を固めた俺は、なるべく自然な“報告前にちょっと酒保でなにかつまむか”って態度で続く。

 この兜、サイズがゆるくて目の前にずり落ちてくるな・・・けど仕方ない、体のサイズや顔立ち的に、俺がこれを着るしかなかったから。


 潜入したのは俺とグレオン、ハイエルフのエレウラスに、ワーベア=人熊族のボゾンという戦士だ。


 護衛騎士の鎧兜にグレオンの体格はほぼぴったりだったけど、ボゾンはそれ以上にデカいから、かなり無理矢理押し込んでる。ワーベアは人狼のカーミラと同様に獣化してなければ見た目は人間だからごまかしやすいが、ステータスを見られたらバレルので、なるべく判別スキル持ちに出会わないことを祈る。

 そういう意味では、亜人が皆無のマジェラ軍の中に潜入して一番目立つのはエレウラスだが、魔導師がテンプレなフード付きローブ姿だったのが幸いした。これで耳や顔を隠せたから。


 大森林の亜人族たちの力で、高レベルの4人を片付けられたのはいいけど、この先は俺たち潜入組だけでなんとかしなきゃならない。

 内部の状況が全然判らないのに、出たとこ勝負だ・・・。



 マジェラ軍が全員ずっと、進軍中も結界にこもったままってのは考えにくかった。

 きっと連絡を取ったり進路を確かめるために、結界内から少しぐらいは出入りするやつがいるはずだって予想できた。


 そこで俺は、そいつらの鎧兜を奪ってなりすまして侵入することを考えた。

 精霊王の探知した方向に、結界の揺らぎらしいものを森の亜人たちが手分けして見つけ出し、周辺をずっと密かに見張っていたんだ。


 そしたら昨夜、定時連絡みたいなことをしに出てくるやつがいるとわかった。

 それで作戦を練って、今夜決行したわけだ。


「シロー、入口の所になんか魔道具みたいなのがあったよな?」

「うん、いったん僧侶があけた結界を閉じ直したりする装置なのか、それとも逆にあれがある場所なら結界に入口を開けられるとか、そんなとこじゃないかな・・・」


 グレオンと小声でやりとりしながら、不思議な光景の中を進んでいく。


 一応これがさっきまでいた森の景色なのだろう。樹木らしいものも沢山生えている。

 でも、全ての景色が、水中の風景みたいにちょっとゆがんだりくねったり、ぶよぶよして見える・・・これが精霊王の御子の結界越しに見てるから、なんだな。


 そして、そんな妖しい景色の中で木々の根元にもたれかかるようにして、疲れた兵士が三々五々、毛布一枚をかぶって眠っている。


 そんな様子は、外側にいた時は全く見えなかったのに。


 それにしてもすごい数だ。総兵力3千以上と推定されてるから、こうして隊列状というか帯状に縦に伸びて寝てる兵が、少なくとも数kmは続いているはずだ。

 寝てる奴らのステータスを通り過ぎざまにざっと見るけど、基本LV5以上しかいない。マジェラ軍が全体に高レベルなのか、この任務に就いてる奴らが特に腕利きなのかはわからない。


 結界は、俺たちが入った場所から前後双方に伸びていた。

 多分こっちは隊列の「後方」に向かっているんだろう。俺たちが最優先で探しているのは、言うまでも無く「精霊王の御子」だ。こいつを救出するか、結界を解かせるかしないと、マジェラ軍を止められない。


 それと併せて、できればペリルとペロンの父親、プールドという犬人も助けてやりたい。まだ殺されたりしてないことを願う。

 さらにこの軍を指揮している連中や、今後の戦いで大きな障害になる魔法使い系のジョブのやつを仕留められればなおいいが、危険を冒してまでここでやらなきゃならないことではないと思う。


 結界内には、ところどころに常夜灯みたいな魔道具が置かれ、一応巡回の兵はいるけど、結界内に敵や魔物が入ってくるはずもなく、形ばかりのものだ。

 誰も俺たちのステータスさえ見ようとしないのは、こっちにとっては好都合だ。


 やがて進行方向から、俺たちの耳にも、なんとも気分が悪くなるような声が聞こえてきた。

 小さな子供の泣き声とうめき声か?正気とは思えないような、苦痛に満ちた声だ。


 夜中なのに、そこだけは長槍を持って警備している兵が何人も立っている。4人、いや5人か。全員LV10以上の戦士と、ひとりは騎士か。こいつが隊長格だな。


 そしてもうひとり、ローブ姿の男が地面に座って、何かを祈っているのか呪文でも唱えているように見える。


<ガアボル 召喚士 LV15>


 召喚士だ。イリアーヌさんほどじゃないけどかなりレベルが高い。


 兵士らの話の真ん中には神輿のような物が置かれ、その上に建てられた柱に、誰かが固定されている?

 1人の幼い子供だ━━━十字架に磔にされてるみたいな格好で、神輿の上の柱に手足を固定されてるんだ。


「ひでえことしやがる」

 グレオンが怒りを抑えた低い声を漏らした。

 そのきゃしゃな体のあちこちに、棒のようなものが突き刺さっているのが見えたからだ。


「あれは?」


(対魔法の針だろう。御子の強力な魔力を自由に使わせぬため、意志を封じ、外部からの命令を流し込むための魔道具の一種だ。あの冠もそうだ)


 エレウラスが、じっと目をこらしながら、抑揚の無い遠話で語るのが、なおさらその怒りの深さを表していた。


<精霊王の分身/奴隷(隷属:バサドース)>


 ステータスがそう表示された幼児、あるいは幼女は、薄らと緑色に淡く輝いていた。

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