第259話 精霊王
マジェラの別働隊を補足するため、そして犬人姉弟の父親を救い出すため、大森林地帯を統べる“精霊王”に会いに行くことになった。
“精霊王様のところへ連れて行けるのは最小限の人数だけだ”と言われ、ペリルとペロンの姉弟と2人がなついてるライマとアジマ、グレオンと俺(+人形リナ)の6人だけが徒歩で同行することになり、あとの亜人隊メンバーは集落に残していくことになった。
グーゼルという長老は、<ワーベアLV8(老)>ってステータスだけど、一見ただの大柄なおばあさんだ。
ただ、さすがに人獣族らしく、(老)って表示はされても健脚で、一応は護衛役らしい槍を持ったリザードマンの若者2人を置いていきそうな勢いでのしのし進んでいった。
俺の目にはどこが獣道で、どこはただの樹木の隙間なのかも見分けがつかないけど、ちゃんと違いがあるんだろうな。
集落を出て2、3時間すると、小休止を挟んでグーゼルがこう言い出した。
「この先の道を人間に知られるわけにはいかないからね、目隠しをさせてもらうよ」
グーゼルは亜人の長老たちの中では言葉も一番達者だった。
大森林出身だが、ミッケやラグダレイみたいに若い頃は冒険者として外の世界と行ったり来たりする役目をしていて、その後、今の集落に住み着いたそうだ。
“ここからは目隠し”とか、秘密の場所に入るっぽくて、ちょっとばかりわくわくするけど、実際に目隠しさせられて草の生い茂った凸凹の地面を歩くのは思った以上に大変で、俺は何度もすっころんだ。
グレオンも一度転んだけど、あとは子供たちも含めてみんな平気なのが納得いかない・・・。
すっかり進むペースが落ち(主に俺のせいで)、いつしか時間の間隔もぼんやりしてきた。
肌に触れる空気がひんやりして、圧迫感を覚えるようにもなってきた。
「そろそろいいかね。ヌバス、ナズズ、目隠しを取ってやりな」
「「オウ」」
無口なのはリザードマンの種族特性なんだろうか。
目の前に広がった景色は、集落付近の森とはすっかり様相が変っていた。
いつの間にか下生えはほとんど無くなり、直径が何メートルもあるような巨木が並ぶ幻想的な風景だ。昼なお暗い、って言うか、今何時?って感じだけど、時間の流れ方も違う気さえする。
その巨木の上の方から誰何する声がかかった。
「止まれ!ここから先は、精霊王様の禁域である」
高い枝の上に弓を構えて立っているのは・・・エルフだ!
「ああ、ロドレオかい。その精霊王様にお知らせしなきゃならないことがあるんだよ」
「グーゼルか、久しいな。なぜ人間を連れている?」
「それがね、聞いておくれよ・・・」
警護のエルフの険しい顔にもおかまいなしで、一方的にまくしたてる。
なんかグーゼルが、ただのお喋り好きなばあさんみたいだ・・・ただ体格相応の肺活量で、森の中に朗々と響くその声に、しばらくすると、まわりからいくつもの気配が近づいてきた。
「グーゼル、そなたの大声で森中のフクロウが目を覚ましてしまうぞ」
「エレウラスかい、達者だったかね?」
なんの気配もなくすぐそばに現れた緑の髪の若者?にグーゼルが親しそうに話しかけたのを見て、驚いた。エルフの年が見た目通りじゃないのはわかってたつもりだけど、ハイエルフだ。
<エレウラス ハイエルフ 男 246歳 LV26>
246歳とかハンパない。グーゼルばあさんも60歳ぐらいで、グーゼルの方がずっと年上に見えるんだけどな。
「精霊王様は今お加減が良くないのだが、その子らが精霊王様の御子を見たというのはまことか?」
「この子たちは直接見ちゃいないようだけど、この子らの父親が見て、そして捕まっちまったらしいんだよ、だから精霊王様に取り次いどくれよ」
エルフたちはなにか俺たちにわからない言葉を早口で交わしている。
だが、彼が長なのだろう。エレウラスが片手を挙げると静かになった。
「この森になにか異変が起きているのは確かだ。おかしな気配が空気を満たし、精霊たちは興奮して飛び回っている。そして御子の存在が感じられぬこともな。精霊王様の波動が乱れているのもそのためだろう」
「その原因かもしれないよ」
「ふむ・・・その子らには見覚えがあるな。犬人の狩人プールドの子らよ。そなたら、私の目を見てごらん」
エレウラスと呼ばれたハイエルフは、すっ、と犬人の子らのそばに近寄ると片膝を着き、目線の高さを合わせる。
ペリルとペロンは魅入られたように、その端正な顔を見つめる。
「・・・なるほど、真実の記憶だな。よかろう、ついて来るが良い」
そうして、エレウラスは警護のエルフたちに手を振って合図をすると、ひとり俺たちを先導し、森の中でもひときわ大きな木に向かって歩いていった。
えっ?ぶつかる?
大木に突き当たると思った瞬間、エレウラスがなにか小さく手で印を切ったように見えた。
そして、そのまま俺たちは木の幹を突き抜け、ぼんやりと淡い光に包まれた空間にいた。
《導き手よ、連れている者は誰か。導き手よ、われらが悲しみの泉は溢れている・・・》
殷々とどこからともなく声が響く。男?女?
声を意識した途端に、なにか上の方から光が降り注ぎ、それが地に光る繭を形成する。その中に、神々しい人のような姿が浮かぶ。
緑色に光る半透明の人型は、ほっそりとして、女性か?と認識した途端に、エルフよりもさらに細身の、長い流れるような髪、透けるドレスをまとった、遠いまなざしのはかなげな女性の姿になった。
<精霊王>
ステータスはただそれだけ。他に何も表示されない。
精霊女王、じゃないんだな・・・でも、あの神様みたいに、俺が女性だと認識したからそう見えるだけで男女の性別なんて本来は無いのかもしれない。
グレオンも犬人たちも皆、ただ目を見開いてその姿を凝視している。
「導き手などと過分なお言葉です。森の全ての命を育む精霊王よ。御心を騒がせ申し訳ありません。あなたの御心を悲しみに沈ませている御子のことで、この者たちがお伝えしたきことがあると・・・」
《御子?御子・・・ああ、そうだ。われらが一にして全、われらの喜びにして悲しみ、そして痛み、その半身はいずこに?》
なんて言うか、人型をして見えてはいるけど、人間っぽくはない。
それは一種の神様みたいな存在なのかもしれないけど、そういうのともちょっと違うような不思議な印象だ。
相変わらず焦点が定まらないような目で、精霊王は俺たちひとりひとりをのぞき込むように見つめ、そしてペリルの前で止まった。
《ああ、犬人の幼子よ?あなたがわれらが一にして全、御子なる者を見つけたと?》
「アウ、エ・・・イエ・・・」
ペリルは自分の理解を超えた出来事に、言葉が出てこないようだ。
だが、精霊王は緑色の細く美しい手でペリルの頬を包み込み、そっとその額に額をつけた。
「アッ」
その途端、柔らかい緑色の光がペリルの全身を包みキラキラとまたたいた。
そして・・・
「アァーッ、キモチイイ」
幼い歓喜の声が漏れる。ペリルの汚れた粗末な毛皮の服が、光の泡で洗われたように美しく変わった。
《そう・・・人間の軍隊、人間の軍隊がなぜわれらが半身を?ああ、ここを通過するの。われらの庭、われらの苗床、われらの子宮を踏むと?けれどどこに?どこ?ああ・・・》
精霊王はペリルから視線をはずし、どこか遠く、巨木の向こうにマジェラの軍隊が見えているように遠くを見つめる。
「精霊王よ・・・見つけたのですか?この者たちは自らは御子を見てはおらぬと、ただ、この子らの父がそれを見いだし、そして捕らわれたと言っておりますが」
エレウラスの問いかけにもすぐには答えない。
《見つけた、見つけた、でも見えない。そう、見えない。そこにあるけど手は届かない。人間の術、人間の術・・・》
「人間の魔法が、御子を見えなくさせていると?」
《・・・》
無表情に遠く彼方の一点を見つめながら、美しいほっそりした面を傾け、考え、感じているようだ。だが、やがて、その顔がつらそうに歪んだ、と見えた。
《届かない、ここからでは。届かない、外側からでは。われらの一が、自らそれを解かない限り。われらの一が、内から心を解放せぬかぎり・・・》
「なんとっ、それは・・・」
ハイエルフのエレウラスは、なにか俺たちにはわからない詩のような音楽的な言葉で、精霊王と話し始めた。それはどうやら、真正語という古代の言葉だったらしい。俺がかつて奴隷契約を結ばされた時に、使われた言葉だ。
《御子に声が届かない、われらが一に、われらの声が届かない、心を閉ざしている・・・》
やがて、精霊王はそう俺たちに告げると、悲しげな面持ちで森の彼方の一方向を指さし、そのまま姿が薄れ、消えてしまった。
「そんなことが・・・」
「エレウラス、どうしたんだい?精霊王様はなんと?」
グーゼルばあさんが心配そうに訊ねた。
ハイエルフはしばし考え込んでから、語り始めた。
「確かに御子は捕らわれている。犬人の娘らの記憶からその場所はわかったし、そこからかすかな波動を辿って、精霊王様には今どこに人間どもがいるかおおよそのことがわかった」
「今いる場所がわかるのか!?」
グレオンが叫んだ。
「おおよそは、だ。そして、精霊王様の力でも外から御子の結界を破ることは出来ない。御子は未熟であると言えども、精霊王様の一部であり精霊王様と同質の力を持つ。その結界は、内側から御子自身が破ることしかできないのだ・・・だが、そのためには、結界の内側に入らねばらなぬ・・・」
「つまり、堂々巡りってぇことかい、エレウラス・・・誰も結界の中には入れないし、入らなきゃ結界は破れないって」
「・・・そういうことだ」
沈黙が覆った。
「ちょっと待ってくれ」
「シロー?」
「場所はわかるんだよな、なら、結界を内側から開けさせればいいんじゃないか?」




