第255話 暗転
ナダン村の薬草採りテーザから聞いた話を元に、フリストたちの捜索を手分けして始めた。
フリストの実家、パスキン子爵家から来た兵らは、隊長のトドルの下で手分けして南方の捜索活動を始めた。
それぞれに、グレオン配下の亜人隊の中から鼻が利く者を1名ずつつけ、フリストの衣類など匂いのわかる物を持たせてある。
やっぱり犬人族は“嗅覚”スキルを持っていて、警察犬や猟犬みたいなことが出来るようだ。
そして俺とグレオンは、亜人隊の残りのメンバーと共に、薬草採りのテーザの案内で彼女が言っていた辺境の集落を目指していた。
直接フリスト一行を探しに行くのももちろん重要だけど、どこかの軍勢とかが本当にいるとしたらそれも重要だから、テーザが話を聞いたという相手に直接会えないかと思ったんだ。
普段は徒歩だというテーザに、亜人隊の中でも一番体重が軽そうだった猫人女子のトリウマに二人乗りしてもらい、先を急ぐ。日が落ちるまでにたどり着きたいからだ。
テーザは2頭の愛犬は絶対に一緒じゃないといやだと言うので、トリウマと併走させている。秋田犬とかレトリバーぐらいの大型犬なので、これなら普段一人で薬草採りに行くとき、護衛に連れてってるのもわかるけど。
<テーザ - 女 28歳 薬師(LV5)
スキル 薬知識(LV4) 薬生成(LV4)
鑑定(初級) 発見
察知 意思疎通
短刀技(LV1) 料理(LV1)>
テーザは村人たちからは、会話がちゃんと通じない、元の世界で言えば知的障害があるように扱われてたけど、話をしてみると理解はしているようだし、ステータスを見ると、なんらかの亜人とのハーフなんじゃないかと思う。
村はずれの小屋で、もう亡くなった薬師の母親に育てられたそうで、父親はどういう人なのか知らないと言う。
薬草が生えている場所とか薬作りの知識なども、死んだ母親に見よう見まねで習ったそうだ。
「手に職をつけておけば、あんた一人になってもなんとか食べていけるからね」
というのが口癖だったそうだ。
以前マグダレアのステータスを見た記憶からすると、薬師には「知力増加(小)」ってスキルがありそうだけど、テーザにはそれが無い代わりに、「察知」とか「意思疎通」なんてスキルがあった。こういうのはどの程度ジョブで固定なのかわからない。亜人ハーフだとしたら、その種族の固有スキル的なものかもしれないし。
「意思疎通」はイリアーヌさんが持ってて、召喚獣を操る能力だと思いこんでたけど、動物とかとも意思疎通できるってことか。どうりで二頭の犬と仲よさそうにしてるわけだ。「察知」スキルがあるので魔物とか盗賊とかの接近にも気づけるだろうから、そうしたら隠れてやり過ごしてきたんだろう。
ナダン村より南には、道らしい道は無い。
比較的開けた、テーザや狩人たちがよく通る所を辿ってトリウマを進めたけれど、徒歩よりは早い、としか言えないぐらいのペースだ。
夕暮れ時になってようやく、その集落の近くだというあたりまできた。
「止まっておくれ・・・カトル、ペセ、呼んでみてくれるかい?」
テーザが一行を止めると、二頭の犬が遠吠えを始めた。
一瞬、敵とかいたらまずくないか?と思ったけど、ただの野犬か狼にしか聞こえないのか。
ほどなくして、突然人の気配が現れたのでびっくりした。
「うおっ」
グレオンも驚いてくれて、ちょっと安心した。俺なんか察知スキル持ちなのに気づかなかったんだから・・・。
「テーザか、よそ者を連れてきたのか?」
現れたのは彼女と同年配の痩身の男だった。
狩人っぽい格好だが、ステータスを見るとジョブはスカウトだった。あまり村人っぽく無い。隠身スキルがあるから接近されても気づかなかったんだな、と自分に言い訳してみる・・・
「ウゴーリかい、ごめんよ。この人たちは悪いやつじゃないよ。パンノに聞きたいことがあるって言うから連れてきたんだ」
テーザの言葉に、ウゴーリと呼ばれたスカウトは俺たちを見回す。
俺とグレオン以外は亜人かそのハーフばかりの10人足らずだ。そして、スカウトだから判別スキルである程度のことはわかるはずだ。
「お前が一番レベルが高いのだな。錬金術師とは珍しいが何の用だ」
目を細めて話しかけてきた。
俺はテーザから聞いた話で、この集落の人がヘンな方角から鳥が沢山飛んできたのを見たと言うこと、フリストたちがそれを敵軍の接近と思って調べに行って、音信不通になったことをかいつまんで話した。
「ふむ、事情はわかった。あり得ぬことではないな・・・だが、この人数のよそ者を集落には入れられん。ちょっと待っていろ」
そういうと、ウゴーリという男はあっという間に姿を消した。
そして十分ほどすると、男女2人を連れて戻ってきた。
ひとりがテーザの言っていたパンノという女で、夫と共に狩人をしているらしい。
「こんな遅い時間にごめんよ、パンノ」
「いや、帰ってきたところだったからね、ちょうど良かったよ。あの鳥の話かい・・・」
話を聞くと、ますます可能性が高まった印象だった。
パンノ夫婦も、鳥の群れはなにかに怯えて飛んできたんじゃないかと思っていたそうだ。
しかも、一昨日、フリストたちだと思われる騎兵の集団がそっちの方に向かうのを遠目に見かけたと言うし、今日になって、別の狩り場の周辺でかなり大勢の人の気配も感じたそうだ。厄介ごとを避けるためにそっと引き上げてきたのだと言う。
最悪のケースかもしれない。
パンノ夫婦は、フリストたちが向かった方角ときょう大勢の気配を察した場所は詳しく教えてくれたけれど、集落に泊めるのは勘弁して欲しい、という。
まあ、そこはあまり期待してなかったから。
「うん、いきなり武器を持ったよそ者の集団が来て、集落に泊めてくれってのは難しいかな、って思うしさ。あんたたちも気をつけて」
グレオンも元々野営するつもりだったようで、丁重に礼を言った。
「オルバニア子爵様は、領外の民とも友好的でありたいと思われている。今は戦さの最中でなにもしてやれんが、困ったことがあったら、ナダン村の村長に申し出てくれ。万一、ここが戦火に巻き込まれるようなことがあれば、避難民としてスクタリで受け入れることもできると思う」
「わかった。そうならんことを願うが、感謝する。もう暗くなってきたから、人捜しは明日にした方がよかろう。そこの森陰に以前、炭焼きが使っていた小屋がある。今は無人で、少々壊れているが一晩ぐらいなら使ってもらって構わん」
ウゴーリは相変わらずするどい目つきだが、意外に親切だった。
初めての土地で夜やみくもに進むのは危険が大きすぎるから、明日の薄明から出発することにして、その炭焼き小屋を使わせてもらうことにした。
狭いがなんとか全員横になれそうだった。
「ここの連中は、なぜこんなによそ者に警戒してるんだろうな?」
グレオンの疑問に、俺はウゴーリたち3人のステータスを見てわかったことを話した。
「実はさ、ウゴーリもパンノ夫婦も、誰かの奴隷だってステータスだったんだ。以前の俺たちみたいにさ。だから、どこかから逃げてきた人たちなんじゃないかな?それで逃亡奴隷が隠れ住んでるから、知られたくない、みたいな」
俺がそう言うと、グレオンだけでなくテーザも驚いてた。
「そうだったのか・・・しかし、どこから」
「・・・マジェラからの逃亡民だと思います」
話に加わったのは、きょうテーザと2人乗りしていたソマラという猫人女子だった。
「ちょっと東方っぽい顔立ちでしたよね。マジェラってそういう人が多いし、ウゴーリって名前も、たしかわりとあったんで・・・」
「そういえば、お前、マジェラ出身だったか」
「子供の頃だけですけどね。もうずいぶん前からマジェラは亜人蔑視が強かったらしくて、両親が嫌気が差してエルザークに移民したんです」
グレオンがなるほど、って納得顔をする。
亜人隊にはオルバニア領軍で一番、色んな出身地の者がいる。マジェラ出身者も何人かいたけど、口を揃えて亜人差別がひどかったという。
戦争になったのは最近だけど、火種は以前からあったってことなんだな。
その晩のうちに、リナの遠話で得られた情報をベスとトドルに知らせた。
トドルたちは俺たちよりも南東に進んだ方で野営しているらしく、明日明け方から手分けして探そうってことになった。
ベスからは悪い知らせがあった。
クーデターを起こしたトクテス公爵の軍が、これまで周辺の地盤固めをしていたのが、ついにこちら方面にも向けられたという。
前線に援軍を出して手薄になっていたルセフ伯爵の所領に大軍が侵攻し、これと連動して、いったんは下がっていたマジェラ王国の主力部隊が再攻勢に出た結果、とうとうマレーバ伯らが支えていた前線が破られてしまったらしい。
“一刻も早くフリスト卿を見つけ出してスクタリに帰ってきて欲しい、カレーナ様がそうおっしゃってます”と言うベスも、それを伝えられた俺たちも、おそらくそれははかない望みだろうってことを感じていた。
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翌朝、東の空が明るくなりかけると同時に、俺たちは捜索に向かった。
テーザには少しばかりの礼を渡し、その場で別れた。2人乗りではスピードが出ないし、この先は戦闘になる可能性もあるからだ。
グレオンが村まで護衛を付けようと申し出たんだけど、愛犬たちが一緒だしこの道は大丈夫、と取り合わなかった。一応、リナと遠話を結べるようにしておいた。
そして、森陰の集落からさらに南に数十キロ進んだところで、ついに犬人の隊員がフリストたちが残した匂いを嗅ぎつけた。
「間違いないです、隊長」
自信ありげに報告したのは、ブレル軍との戦いの時に最初の報告に来たひとり、ライマという犬人女子だった。
「痕跡は薄いです、けど、もう見失いません」
トドルたちに連絡すると、ライマのトリウマに先導され速度を上げる。
時々地面に降りて匂いを確認しながらだが、確実に距離を詰めていく。
午後遅く、トリウマを降りて地面に鼻先をつけるようにしていたライマが、深刻そうな顔でグレオンに向き直る。
「隊長、別の匂いも加わってます・・・ソマラ、ブルドン、ちょっと来て!」
マジェラ出身の猫人女子と、もうひとりずんぐりした犬人の男が呼ばれ、一緒になって地面を探る。
「この匂い、マジェラの人間族。間違いない」
「これ、すごい数だよ、何百人とかもっとかも・・・」
ブルドンと呼ばれた犬人もソマラと同様、マジェラ出身らしい。ライマには自信が持てなかった別のグループの匂いは、マジェラ軍の可能性が高いらしい。
しかも、痕跡を探ったソマラは、その数が少なくとも数百人規模だという。
フリストたちと同時にいたとは限らず、どっちかがどっちかを追ったのかもしれないし、たまたま同じ所を通ったかもしれない、と言う。でも、たまたま、はないだろうな。
俺たちはさらに先を急ぐ。
そして・・・並んで先頭に立っていたライマとブルドンが、ついに止まった。
「ここだね」
「ああ、ちがいない」
俺にさえわかる。
まわりの草が踏み荒らされ、土が抉れてるところとかも。濡れているのは、血だろう。
ここで、かなりの規模の戦いがあったんだ。
「フリスト卿の匂いは?」
「・・・あっちですね」
踏み荒らさないよう注意して進むと、戦闘があったと見られる場所から少しだけ離れた場所に、少し地面が盛り上げって新しい土が積もっているように見える場所があった。
これは・・・いやな予感がする。
「リナ」
俺はリナを等身大にして、「地」魔法で少しずつ土を取り除かせる。
土の層は薄かった。
すぐに、なにかが現れた。
「うっ」
「こ、これは・・・」
兵たちがうめき声を上げた。いや、俺の声もまじっていただろう。
多数の遺体・・・
武器は見当たらないが鎧は着けたままだ。そこには見慣れたオルバニア家の紋章、そしてフリスト隊にはそのまま着けている者も多い、パスキン子爵家の紋章がついたものもあった。




