第26話 迷宮一階層①
迷宮の入口からしばらく奥に進むと、様子が一変した。自然の洞窟とは思えない、なめらかで楕円形の穴。壁や天井など全体がかすかに発光している。
洞窟の様子が一変すると共に、前方には魔物の気配が濃くなってきた。
かなりの数がいるのは察知できるが、俺にはどこに何匹いるとか正確なことはわからない。脳内の地図上には、これまで進んで来た道と、俺たちの位置を示す光点はプロットされているが、行ったことがない前方は相変わらず真っ黒だ。
<ここからが本当の迷宮>ってどういうことだ?とグレオンに聞きたいところだが、こんな状況で立ち話もできない。
一番の探査能力を持つラルークは、主力組に合流して、カレーナの隣りを歩きながら情報交換しているようだ。
俺は思いついて、背嚢の中に入れているリナに、新たに得た『人形と内緒話』で聞いてみた。頭の中で念じる。
(迷宮のことって知ってるか?)
(リナ先生の知識ではね、この迷宮ってのは『迷宮ワーム』って魔物が作った巣穴みたいなものだって言われてるそうだよ)
マジか。ワームって言うと芋虫とか、長細い虫みたいなのだよな。でかすぎないか?
(魔力が濃い土地の洞窟の奥でワームの卵がかえると、成長しながら地中深くへ掘り進んでいくの。それが迷宮になるんだとか。詳しいことはまだ知らないけど、ワームから漏れる魔力の影響で、迷宮内には色んな魔物が湧くんだって)
もっとあんたのスキルが伸びれば、リナ先生の知識も増えるからがんばりなさい、と言われてしまった。
これは実に異世界だな。洞窟まるごと作る魔物とか。
そいつはそもそも、どこにいるんだろう? 察知スキルでは、なんとなくこの先に多数の魔物がいる気配は感じられても、この迷宮の全体とか、例えば足の下深くとか、そういうのはわからない。
生き物ではなく、特別な物品を探知する『発見』スキルの方も意識してみるが、やはり今のところ、特にひっかかるものは無い。
その時、主力組に合流しているラルークが、止まれ、と合図を出した。
「数が多い、15匹、いや20匹ぐらいいるよ!」
なめらかな壁が一段と広くなった向こうから、殺気が急に近づいてくる。
主力前衛は、これまで通り横一列になって槍を構える。飛びかかってきたのはまたもコボルドの群れだ。
壁が発光するようになって、松明に頼らなくても視界がいいこともあり、単調に襲いかかってくる第一波をなんなく片付けた。
これまで同様、単調な力押しを簡単に退けられたことで、特に問題なさそうだ、と余裕の空気が生まれていたかもしれない。
「まだレベルの高いのがいる、用心しな!」
ラルークの叫び声と共に、矢の雨が降り注いできた。
「うおっ!」
これまで近接戦闘ばかりだったために、油断がなかったとは言えない。
装備の中には小さな盾もあったのだが、槍を両手持ちするため、背嚢にくくって背負っている者が多かった。
苦鳴と共に前列の2人が倒れた。誰だ?セシリーじゃない。確かめるまもなく、
第二波が襲ってきた。速い!
コボルドだけでなく、もっと大きく速い獣の姿が混じっている。槍衾が崩れていて防げそうにない。
俺はとっさに、粘土の壁を迷宮の幅いっぱいに出現させた。
高さは胸ぐらい。
コボルドたちがぶち当たってめり込む。しかし、一つの影がその壁を飛び越えて来た。剣に持ち替えたセシリーが、カレーナの前に立ってガードするように斬りかかる。傷は負わせたようだが、かわされる。
俺はグレオンと同時に剣を抜いて、そこに加勢する。
これは狼か?でかい。
と認識すると同時に、<魔狼LV6>と表示される。やばそうだ。
3人で取り囲もうとしながら、背嚢から飛び出してきたリナを等身大にさせ、セラミック剣を呼び出す。
4人になっても魔狼の動きが速く、囲みながら相手の牙を防ぐのが精一杯だ。
それでも、一瞬動きが止まったタイミングで粘土の囲いを出し、なんとか閉じ込めた。
リナがセラミック剣で切りつけたが、毛皮?にはじかれ、硬質の音と共に剣が折れてしまった。
セシリーとグレオンが、ようやくとどめを刺した。
前衛の前に作った粘土壁は、かろうじてコボルドたちの突撃を食い止め、乗り越えようとする者はザグーとバタが防いでいる。
まだ矢も飛んでくるが、前衛同士が乱戦になっているため散発的だ。こちらからもラルークの矢とベスの魔法で応戦している。
そしてカレーナとヴァロンは、倒れたのはベリシャとイグリか、治療中だ。
「ラルーク、向こうにあと何匹ぐらいいるんだ!?」
グレオンが粘土壁の所に駆けつけながら尋ねる。
「7、8・・・多分9匹。弓持ちだけじゃない。まだ魔狼も1匹、そいつを操ってるやつもいるはずだよ!」
どうしたらいい?
「ラルーク、あんたには向こうの後衛の位置はわかるか?」
「あ?そうさね・・・大体80歩、あそこの壁に横穴があるのが見えるか?その陰だ」
粘土の壁の陰からそっと、頭半分のぞかせながら指さす。
よく見えないが、横穴があるというのは、発見スキルを意識するとわかった。
「なにか手があるのか?」
「うまく行くかわからんけど、このままじゃラチがあかないし、やってみる」
俺はグレオンに答えると、
粘土の壁を一部だけ吸収して前に出ると、2メートル四方ぐらいのできる限り硬質化させたセラミックの巨大な盾を作り出した。
盾っていうより、持ち手をいくつかつけた壁だな。
立てて出した途端に倒れそうになるのを持ち手を握って支える。重い!
「手を貸してくれ!」
あっけにとられているグレオンに声をかける。
二人がかりでようやく支えられる。100kgじゃきかないな、多分200kg近くあるんじゃないか。大きさはイメージしたが、重さは計算してなかった。
だが、コボルドの矢は十分はじいてくれてるから、強度は期待通りだ。
「どうする気だ!?」
「これを相手の所まで押して進む。後ろからベスたちに遠隔攻撃してもらう」
そう言いながら、いくつか大盾に銃眼みたいなのぞき穴を空ける。
「そういうことか!」
主力組のザグーとバタが、作戦を理解して盾の後ろに加わってきた。
ありがたい。正直、二人だけじゃ支えるのがやっとで、持ち上げて動かすとか無理だ。
「ラルークさん?」
「あー、でたらめな作戦だけど、やってみるか」
ベスとラルークが俺たちの後ろに隠れてついてくる。
「リナ、回り込んで来る奴がいたら、二人を守ってくれ!」
そう言って、再度セラミック剣を創り出す。
セシリーそっくりの格好をした女戦士に、みんな疑問の目を向けているが、そんな場合じゃないと思ってか、突っ込む者はいない。
「いくぞ、せーの!」
ザグーが仕切って、男4人で大盾を持ち上げて押し始める。
真ん中の俺とグレオンが主な推進役で、外側のザグーとバタは片手には剣も持っている。
コボルドたちは、突然出現した謎の物体に、一瞬なにごとかわけがわからなかったようで、攻撃が止まっていたが、再び矢の雨が注ぎ始めた。
だが、問題なくはじいている。
ラルークは器用に、歩きながら銃眼に弓を押しつけ、矢を放つ。当たらないまでも、相手の牽制にはなる。
ベスはちょっと長めの詠唱を唱えていた。
「火と、風と、共に・・・巻き込め!」
天井を差したベスの指先から、炎が吹き出したように見えた。
その炎は、大盾と天井の間をつむじ風のように抜けて、前方に弧を描いて飛んでいく。そして渦を巻いて、洞窟いっぱいに広がる。
その先で絶叫があがる。
「ひるんでるぞ!一気に押せ」
数十歩の距離を、息を合わせて大盾を押して走る。4人の速さがあわないと、盾の重さで転びそうだ。2人三脚ならぬ4人五脚みたいだな。
その時、銃眼を通して、コボルドたちの陣から飛び出してくる影が見えた。魔狼だ。速すぎて矢も魔法も当たらない。盾の横を回り込んで来る。
ザグーが盾を支えながら振った剣が胴を捉える。だが、片手で力の入っていない剣は毛皮にはじかれ、魔狼の牙がザグーの肩を噛みちぎる。必死に身をひねって致命傷を避けるが、そのまま押し倒された。
隣りのグレオンは、傾いた大盾を支えるのに手一杯で身動きできない。
魔狼が再び大きく開いた口の中に、俺はとっさに大量の粘土を出現させた。顎を閉じることも、粘土を吐き出すことも出来ず激しいうなり声を上げる魔狼の胴体に、リナがセラミック剣を、振るのではなく体重を乗せて突き込む。
刃が欠けるような音がしたが、そのまま突き刺さり、血しぶきがあがる。さらに、ラルークが短刀を魔狼の目に深く突き刺した。
魔狼はひくひくと痙攣し、そのまま崩れ落ちた。
他の敵は? 傾いた大盾にもう一つ穴をあけてのぞくと、もう目の前に目指していた横穴がある。弓を持ったコボルドがこっちの様子をうかがっている。
「ベス!」
「横穴に残りの敵が固まってる!」
俺とラルークの声が重なった。
「はいっ、行きます!」
ベスが再び、火と風の魔法を重ねがけする。
渦を巻いた炎の突風が弧を描いて横穴に飛び込んでいく。
また絶叫があがる。
「盾を倒すぞ!」
「よし!せーの」
グレオンとバタ、俺の三人が全力で盾を前方に押し倒す。
毛皮に火をつけたままのコボルドの残党が4匹、窮鼠猫を噛むかのように必死に俺たちの方に向かってくる。
<コボルドリーダーLV5><コボルドテイマーLV4>・・・詳しく認識する余裕はない。
グレオンとバタが一匹ずつ相手をする。もう一匹はリナが斬り結んで、背後に忍び寄ったラルークが喉をかき切った。
そして俺は・・・相変わらず格好悪く防戦一方だ。
横合いから飛び出して助けてくれたのは、リナか?
「情けない男だな、剣の稽古もしろ」
最後の一匹を斬り伏せたのは、けが人やカレーナたちの守りに残っていたはずのセシリーだった。
「あっちの女の方が、ずっと筋がいいぞ」
って、自分そっくりの格好のリナを見て言うなよ。それ自慢じゃん?




