第240話 エンゲージリング×4
エルザークの王都デーバの城壁外にリナの転移魔法で戻った俺は、久しぶりに冒険者ギルドに出頭し、帰途での経験を報告した。
「なにっ、プラトの軍閥と戦っていただとっ・・・兵力が2000!しかもドワーフと共闘だとぉ!?」
普段は落ち着いた印象だったアトネスク副ギルド長が、血相を変えて大声をあげた。
ギルド長のヤレス殿下が無言なのは・・・絶句してるってことか。
“帰国指示が周知され、それをレムルス帝国の冒険者ギルドで目を通していながら、なぜひと月半も帰国せず、一度の連絡も無かったのか?”
それを質問されたというか、叱責されたんだけど、俺がしどろもどろになりながら、
「パーティーの一員のハーフドワーフの娘の故郷を探していて、北方山脈の中で巡り会ったら、そのドワーフたちがプラトの盗賊団に攻められてヤバイ状況で、仕方なく加勢したら、そのまま本格的な戦争になっちゃって・・・」
なんて話し出したら、二人とも途中から目が点になっちゃったのだ。
「うーむ」
「あ、あのー・・・俺またなんか、まずいことしちゃってました?」
眉間にしわを寄せて考え込んでるアトネスクに、おそるおそる切り出す。
「プラト軍に足止めをされていて身動き出来なかった、と言うのかと思えば、プラト軍とまともに交戦していたとは・・・」
「・・・これがわが国の友好国あるいは中立国との交戦だったら、“戦争への原則非介入”を謳った冒険者憲章に抵触するかもしれないが、プラトは明確な敵国だから問題はなさそうだが・・・」
あ、そういえば、“冒険者は国家間の戦争に直接寄与する任務を原則として受注してはならない”だっけ?そんなことを、最初に冒険者登録するとき説明されたような覚えも・・・スクタリのギルドだよな、あったような?
そうだ、たしか、それは冒険者ではなく傭兵の仕事になるから、とかなんとか・・・全く考えてなかったよ。
でも、今回はたまたま?エルザークに戦争をふっかけて来たプラト公国の軍に、大被害を与えたのだから、むしろ国への貢献だ、って解釈できないかということか。
「シロー、報酬は受け取っておらぬか?ドワーフたちはお主の雇い主だったのか?」
「いや・・・そういや一銭ももらってないよ。“ドワーフの友だ”って、感謝はされたけど」
こう口にしてみると、命がけで戦っておいてとんだお人好しだよな。
でも、ノルテの家族や故郷を守るために力を貸したんだから、仕事ってわけじゃないぞ。
(あれ?“報酬として娘をもらいました”って言うとこじゃ?)
違うから、リナ。そう言うのじゃないからね、俺的には。
「それは幸いだったな。他国に雇われて戦争をしたのなら面倒だったが、ならば、あくまでわが国の騎士が、騎士道精神に則り国家の敵を討つため義勇軍に参加した、という話にできよう」
「そうだな、むしろわが国が報償を出す話、になるか・・・それはそれとしてだ、アトネスク」
ほっとした様子の二人の口調が、そこで変わった。
「はっ、これは使えますな。・・・殿下から王宮にお話しいただけますか、ドワーフ軍との正式な共闘のための交渉を」
「ああ、さっそく伝えてくるとしようか。・・・サルデス」
「・・・はっ!」
びっくりした。
人払いして俺たち三人だけだったギルド長室に、殿下が一声上げたら突然、護衛騎士風の男が現れた。
忍びか、こいつ。
まあ、王族が護衛も連れずに出歩いてるわけないもんな。これまで気づいてなかっただけで、いつも誰かそばに潜んでたんだろう。
いつもはカーミラやルシエンに頼ってるし、俺の察知スキルはまだまだってことだな。
「あ、それと・・・」
俺は帰国が遅れてたもう一つの理由を今更だけど、伝えてなかったのを思い出した。
「北方街道がさ、使えなくなってて、それを公衆浴場でたまたま知り合ったアルって男と仲良くなったら、“実はボクは皇帝の孫だ”とか言いだして。あっ、そうそう、これファイアドラゴンの鱗なんだけどさ・・・」
「「な、なんだと!!」」
・・・いや、その、俺のコミュ力の低さはわかってるから。
そんなに怒らなくてもいいじゃん?別に、悪いことはしてないと思うんだけど・・・あんまり。
ヤレス殿下は再び無言になっちゃって、アトネスクはがっくり肩を落とした。
「・・・もうよい、わかった」
あ、わかってくれたの?
「つまり、だ・・・おぬしは、たまたまレムルスの皇孫殿下と知り合って、たまたま帰国の途上で街道を不通にしていたドラゴンを退治して、自由騎士勲章まで授与されて、たまたま人狼ともドワーフとも友好関係を結んで、たまたまプラトの不埒ものどもと戦って、そのために帰国することも報告を入れることさえも、まーったく!忘れておった!!・・・こういうことだな?」
「・・・は、はい、そうです」
なんか、とてつもなく適当で行き当たりばったりなヤツに思えてきた・・・だれだよ、ソイツ?
(オマエダッ!)
心のハリセンで叩かれた。
「色々ありすぎて、にわかに判断がつきかねるな、これは」
「左様ですな・・・シロー、いったん下がって良い。また夕刻、来てくれ」
え?まだ終わりじゃないの・・・また夕方来いって。説教の第2ラウンドあるの!?
俺はなんだかよくわからないまま、ギルド長室を退出させられた。
まあ、いいんだけどさ。
元々今日は遅くなるかもしれないから、デーバに泊まって明日戻る、とかってみんなには話してあるし。
とりあえず戦争の方は、ギルドの情報掲示によると、プラト公国の侵攻は国境近辺で食い止められてはいるようだ。このあたりはアトネスクが言っていた通り、依然一進一退の状況なんだろう。
まあ、それはいいとして・・・実の所、俺的にはギルドの呼び出しと同じぐらい緊張するミッションが、もうひとつあるのだ。
指輪の注文だ。
オーリンから、
“正式な婚約をするのに指輪ぐらいノルテに贈れ、わしらドワーフが作った方がいい物が出来るにきまっとるが、婚約指輪は男の側が用意するものだ。ドワーフの娘にふさわしいものを用意しろ!”
・・・なんて無茶ぶりされたのだ。
自作の指輪を妻に贈るようなドワーフの職人のめがねにかなう指輪を用意しろ、とかって、どんな無理難題だよ?
それに、エンゲージリングを贈るってことになると、ノルテだけにってわけにもいかないし、結局ルシエンとカーミラとエヴァにもこの機に、ってことになるよなぁ・・・
俺はギルドの受付にいた女子職員に、そういうちゃんとした指輪が頼める店って知らないかと、勇気を振り絞って、でも虫のように小さな声で聞いてみた。
けど、婚約指輪!?と聞いたとたんに「きゃーっ」と黄色い声があがり、その女子職員は飛んでいって他の女性職員を何人も呼んできて、あーでもないこーでもないと、わいわい話し始めたものだから、激恥ズだった・・・こういうの俺には無理だから。
結局、王都内にある店を3軒も紹介されて、必要になりそうな金額を多めにギルド口座から引き出して、足取りも重くそっちの通りに向かった。
ギルド口座には、ファイアドラゴンの素材の買い取り金が既に振り込まれていたもんだから、見たこと無いケタの数字が並んでて正直ぶったまげたけど、それはまた別の話だ。
しっかし・・・一応、みんなの指のサイズは、何号とか聞いてもよくわからないから粘土スキルで型をとって持っては来たけど、肝心のどんな指輪を贈ったら喜ばれるもんか、ってのが全くわからない。
あたりまえだよ、元の世界じゃ年齢=彼女いない歴、だったのにいきなり誕生日プレゼントとかクリスマスプレゼントとか飛び越えてエンゲージリングとか・・・無理ゲー過ぎだっつーの。
「・・・リナえもーん、なんとかしてくれよっ!」
俺は誰も見てない空き地で、腰の革袋をはずして拝んだ。
(あのね、こーゆーのはあんたの気持ちでしょ?ひとに考えさせてどーすんのよ?)
「そこをなんとか!お願いしますっっ」
全力で土下座する。ジャパニーズ・ドゲザデス!
(・・・まったくしょーがないわね。そこまで言うなら、一応みんなに色々聞かされてはいるから、ひとはだ脱いでやるか。や、あたしは脱がないけどね)
なんと・・・うちの女子たち、事前にリナに希望の形とかデザインとか、入れ知恵してくれてたらしい。俺には無理だってわかってたのか、なんて賢いんだよ、みんな。
その後は半日がかりで3軒の高級宝飾店を行ったり来たりして、ようやく、4人に贈る指輪の注文を終えることが出来た。
前金だけで、ウン百万円があっという間に飛んでいく。
できあがりには当然日数もかかるようだけど、ともかく、賽は投げられたのだ・・・。
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「アトネスク、率直に言ってどう思う?」
「あの者が“転生者”だという話は聞いておりましたので、常の冒険者と同列に考えられないとわかってはいたつもりでしたが・・・それにしても、これほどとは」
シローが去った後、ギルド長室ではまた二人だけの密談が行われていた。
「そうだな、これは早めに確保しておくべき人材だろうな」
「地方貴族の陪臣ならどのようにも扱える、と考えていたのですが、まさか帝国が“つばをつけた”とこうも露骨にアピールしてくるとは思いませなんだ」
「アルフレッド殿は若いがなかなかの切れ者だからな。帝国が自由騎士勲章まで与えたとなると、我が国が正式に登用するには男爵以上の身分は与えねばならぬ・・・面倒なことを」
「そのあたりは我ら下々にはなんとも言えぬ話ですが、ともあれ他国に取り込まれぬよう、お考え下さいますよう・・・それと例の件について、ですが如何いたしますか?」
アトネスクはそこで話題を変え、けさ未明に一報が入ったばかりの重大案件について、ヤレス王子の判断を求めた。
「詳細は昼から王宮で協議されるからな、まだなんとも言えぬ。だが、できる限り腕の立つ者を出さぬわけにはいかないだろう。まさか大叔父殿が謀反など・・・」




