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第238話 壁ドン 

ドワーフたちと共にシクホルト城塞に夜襲をかけた俺たちは、激闘の末、盗賊団の幹部たちを倒した。

 開け放たれた城門から、戦意を燃え上がらせたドワーフたちがなだれ込んできた。


 最前線ではなく補給拠点だと思っていた城塞で、寝込みを襲われた盗賊たちの中で、組織的に抵抗できたものはごく一握りだった。

 500人以上いた盗賊団の男たちのうち、かろうじて武装して戦ったものが200人ほど。しかし、指示を出せる幹部は誰ひとりおらず、百人ほどが討ち取られた段階で、残る者たちは雪崩を打つように武器を捨て投降した。


 一方で全く異なる振る舞いをする者たちもいた。

 下層の兵のための大部屋に詰め込まれていた、ろくに鎧も持たぬ男たちだ。


 唯一神イシュテランの名を口々に叫ぶ彼らは、敵に囲まれ、斧を突きつけられても決して投降しようとせず、わずかな月明かりしか無い城壁内の練兵地で、灯りを消された暗闇の通路で、狂ったように刃を振り回し、中には素手で武装したドワーフに殴りかかり、聖句を唱えながら血の海に沈む者さえいた。

 それは積年の恨みをこの時こそ晴らそうと昂ぶったドワーフたちさえ、ひるませずにはおかない異常な戦いぶりだった。


 結果、300名近くいたイスネフ教徒は全てが亡骸に変わり、数十人のドワーフが道連れになった・・・。



 俺たちは最上階の幹部たちを倒した後、一転して地下牢へ向かった。

 だが、そこで見たのは、誰ひとり生存者のいない地獄だった。


 少なくとも十人以上いたらしいドワーフの捕虜たちは、首を切断された遺体となって放置されていた。首から下だけが、だ。

 頭部がどうなったのか、察するのは容易だった。投石器でビーク砦に投げ込まれたドワーフの生首・・・牢の鉄格子に掲げられた十字型の翼ある蛇の飾り、それが雄弁に語っていた。


「どうしてこんなひどいことを・・・」

「ノルテ、見るな」

 俺もグロ耐性が低いから堪えられそうにない。気持ちはノルテと一緒だ。

 こんなもの、何も生まない。憎しみと敵意の連鎖以外に。

 人間ってのは、どれだけ残酷になれる生き物なんだろう。オークやコボルドよりほんとにマシなのか?


 怒り嘆きながら、首の無い遺体を埋葬のために運び出すドワーフたちと入れ替わりに、投降した盗賊たちが後ろ手に縛り上げられ次々と連れられてくる。


 さして広くない地下牢は、総勢300人以上の捕虜で、文字通り立錐の余地も無い状態になった。

 死臭の満ちた地下牢で満員電車のように立ち続けるほかない境遇は、それ自体が拷問みたいなもんだろうけど、それでも首を切り落とされるよりはマシだろう。


 ドワーフ側の被害も少なくない。


 特にエイダル率いる城内制圧隊は比較的レベルの低い者も多く、イスネフ教徒の自暴自棄とも見える抵抗で、かなりの犠牲者を出していた。

 全体で死者は45人と報告された。


 負傷者も総勢千人のうち、200人を越えていた。

 相手が大した武装をしていなかったため、部位欠損を治せるドラゴンの治療薬は出番が無かったが、各隊長に配っておいたHP回復薬は、ほとんど底をつきそうな勢いで消費された。

 ルシエンとリナ、俺の三人が、MP枯渇寸前まで治療して回ったにも関わらず、だ。


「シロー、あんたらは夜明けまで仮眠をとってくれ。少しでも回復してもらうのが、この先のみんなの命を救うことにもつながるからな」

「そうだよ、俺たちも交替で休息を取る。5階は階段が崩落して使えないが、4階の適当な部屋を使ってくれ・・・」

 城内の残敵捜索と、外への警戒の指揮を手分けしているオレンとアドリンの兄弟にそう勧められ、俺たちはようやく、しばらくの休息を取ることになった。


 夜明けまでは、あと2,3時間と言うところか。


たしかに、夜目の利くドワーフ相手にヘープン砦からの夜襲はないだろうけど、夜が明ければまた激戦の可能性がある。少しでも仮眠して、MPを回復しておくべきだ。

 そう頭ではわかっているのに、敵とは言え多くの人間の命を奪った生々しい感触と、地下牢で見たドワーフたちの無惨な遺体が脳裏から離れず、俺はうなされながらうつらうつらとしただけだった。

 

「シローさん、起きられますか?」

 ノルテの声で目覚めると、ちょうど朝の光が射し始めた頃合いだった。

「俺、寝坊した?」

「いえ、大丈夫です。わたしたちもこれから準備ですよ」

 ルシエンとエヴァが鎧を身につけ、髪をくしけずっているところだった。


 頭はまだぼんやりしてるけど、HP回復スキルのおかげで、体の痛みや疲れはかなり取れていた。


「状況はなにかわかるか?」

「物見からはまだ敵影が見えたって知らせはないわ。ワンからもね」

 仮眠に入る前に出しておいた粘土犬が、俺の所に来てペロペロなめてくれた。ありがとうな。


「このまま手出ししてこないってことは、無いだろうな」

「そうね。捕虜の話ではヘープン砦には普通2,3日分の糧食しか無くて、補給は一手にシクホルトに頼ってるそうだから」

 シクホルト城塞は、プラト国内からヘープン砦に至る、唯一の補給路を押さえる位置にある。


 つまり、シクホルトを押さえられたままでは、ヘープン砦にたとえ何万人の兵力があっても、すぐに飢え、無力化されてしまう。

 それが、俺たちがヘープンを素通りして、シクホルトを奇襲した最大の理由だ。


 だから、ヘープンの1千人近い盗賊たちは、シクホルトがどれほど堅牢な城塞だろうと、攻め落とさない限り活路は無いのだ。


 もうひとつ、低い可能性だが反対側のビーク砦を落としドワーフの集落を略奪する、という道もあると言えばある。そのため、集落に残った若者たちは総動員でビークの守備にあたり、オーリンが自ら指揮を執ることになっている。

 ただ、そちらを盗賊たちが選ぶことはおそらくないだろう。ビークを抜いても帰れるわけではないし、山中の地理もよくわかっていないはずだから。


「オレンかアドリンに作戦を聞いてこよう。ルシエンも来てくれるか?」

「ええ、行けるわ」

 先に身支度を終えたルシエンと連れだって、連絡係のリナは残してこの4階で一番大きな、仮設本部扱いになっている部屋に向かった。


「シロー、もう起きたのか」

 この時間はオレンが指揮を執っていた。

「オレンは少しは寝たの?」

「ああ、半刻寝て、ついさっきアドリンと代わったところさ」


 今のところヘープン砦からの襲来は無いものの、捕らえられずにここからヘープン方面に逃げた者が少なくとも数十人いるから、間違いなく事情が伝わって反撃してくるはずだという。


 そのタイミングで伝令のまだ少年らしいドワーフが駆け込んできた。


「オレンさん、来ましたっ!少なくとも500以上、だそうです」

「おそらく総力戦だな」

「オレン、なにか策は立ててる?」

「特に無い。まずは城壁に備え付けの大弩と投石器で迎撃するよう指示してある。あとは様子を見て、だろう」

「わかった。行こう」


リナに念話で伝え、西の城壁の内側で落ち合うことにした。

 みんなそろったところで、石段を登り壁上に出る。


「あれね、700・・・800はいるわよ、ほとんど全兵力じゃないかしら」

 ヘープン砦のネスクの配下は1千人と言われていたが、ここのところ犠牲を顧みないビーク砦への攻撃で、イスネフ教徒だけでなく盗賊たちにもかなりの被害が出ている。

 連日その迎撃にあたっていたルシエンは、残りは900人もいないとふんでいるようだ。


「あの大弩ですね、投石器は・・・あれだわ。近くで見るとかなり大きいですね」

 エヴァが城壁上の投射兵器を指さして言う。


 この間、ビーク砦を攻撃してきた車輪のついた投石器より、ここの固定兵器の方が一回り大型のようだ。

 その投石器を向こうも運んで来たようだが、高低差もあるからこっちの方が射程は長いはずだ。


 そして、投石合戦から始まった戦いは、予想通り堅城にこもるこちら側が有利に進んだ。


 本来は東側からの攻撃を防ぐのが主な役目だとは言え、ドワーフ王国の時代から、この城塞は武力で陥落したことは一度もないらしいから、かなり無謀な突撃と言える。


 ネスク配下の盗賊たちは攻城櫓も持って来たようだが、西側でも10メートルは軽く超すであろう高さのシクホルトの城壁の上までは、どうやら届きそうに無い。

 自軍の拠点なんだからわかっているだろうに。それぐらい追い詰められているんだろう。


 わずかな望みをこめて城門に取り付き破城鎚を撃ちつけはじめた盗賊らに、ドワーフたちが城壁の上から石を落としたり弓を射る。

 高低差があるから圧倒的に有利だけど、地上からも反撃があって、何人かが矢で怪我をしているようだ。


 俺たちは傍観者に徹してても勝てそうではあるけど、犠牲を出さずに勝てればその方がなおいいよな。

「ルシエン、カーミラ。無茶ぶりするけど、あの魔法使いか、ネスクって指揮官がいる場所はどこかわからないかな?」

「言うと思ったわ。さっきから精霊に探してもらってるから、もうちょっと待って」

「・・・カーミラ、見つけたよっ」

 優秀すぎるよ、うちの女子たち。


「あっちの方っ」

「先を越されたわね。ちょうど向かい風で匂いが運ばれたのかしら」

 カーミラが指さした方に視線を向けて、ルシエンがお手上げってポーズをする。


 ざっと500メートルぐらいも先だ。何も旗印とかは無いけど、目をこらすと何人か騎乗しているっぽい姿がある。あれか。俺にはまだ確信がない。


「リナ、流星雨には遠すぎるか?」


 魔法戦士LV20になって覚えた範囲攻撃魔法だ。

 城砦内では狭くて使いどころがなかったけど、屋外の集団戦では威力を発揮するかもしれない。


(うーん、がんばれば届くと思うけど、照準が甘くなるし、威力も落ちるよ)


 実戦で使うのはこれが初だからリナも慎重だ。

MP消費も多そうだから、できれば一撃で決めたい。


「じゃあ、こういう形で行こうと思う・・・」

 俺は考えをみんなに説明してから、同じ城壁上に上がり迎撃の指揮を執っているオレンの所に向かう。


「なに・・・わかった。じゃあ、合図をもらったらあの方角だな」

 オレンに狙いを伝えた後、まずルシエンだけパーティー編成に入れて、転移で一往復する。


 そして、城壁上の投石器の向きが変わるのを待ってオレンに合図を送り、再度転移。


 ノルテ、カーミラ、エヴァ、リナと俺は、敵本陣のかなり後方、大きな岩の影に出現した。ここなら見つかってないだろう。


「ここからなら行けるか?」

(問題ないよ)


 よし、それにもっと近づくから。


 すぐに壁上から大石が投じられ、大きな放物線を描いた。

 俺たちの所はおろか、敵本陣にも届かない。まあ、そのためにあれだけ本陣を離してるんだろうからな。


 けど、二投、三投と続くと、誰かが念のため、とか言い出したんだろう。騎馬の連中が、少し下がって俺たちが潜む大岩に近づいてくる。

 待ってました。


 既にリナは詠唱を始めている。これまでに無い長い詠唱だ。

 俺たちは、撃ち漏らした場合と予定通り進んだ場合の二通りに備え、身構える。


「・・・天かける星々のかけらよ、この地に降り注げっ、“流星雨”っ!」

 上空に幾つもの光明がきらめいた。

 と、見る間に数十個にも及ぶまばゆい光球が、尾を引いて戦場に降り注いできた。盗賊たちがなにごとかと朝空を見上げ、一瞬遅れて、ゴゴゴッと音響と衝撃波が広がる。


 ほぼ狙わせたあたりに着弾した。

 人馬が飛び散る・・・だが・・・


「逃げたのいるよっ!」

 カーミラほどはっきりとは捉えられなかったけど、ボロボロの姿になった魔法使いらしいヤツとかが、最後の瞬間に消えたように俺にも見えた。


「“壁ドン作戦”に移行っ!」


(やめてよね、気合いが抜けるから・・・)


 脱力したリナの手を握り、MPを補給させる。


(行くよっ、転移!)


 再び飛んだ俺たちが出現したのは、つい先ほどルシエンを運んだヘープン砦の前だ。

 どうなってる!?


 見回すと、砦の壁の前に3人の男が倒れていた。


 少し離れた所に、弓をさげたルシエンが立っている。

 倒れた男たちのうち、魔法使いには矢が刺さっている。

 俺のスキル地図には、赤いかすかな光点がまだ1つだけ映っている。


「ルシエン、無事かっ?」

「ええ、作戦通り、結界に当たって落ちたわ。かなり高い所から落ちてきたから、一人はそれでこと切れたみたいだけど、魔法使いは攻撃しようとしてきたから仕留めたわ。あと一人は重傷だけど生きてる。とどめを刺す?」


 魔法使いの“帰還”呪文で逃げるとしたら、登録してある帰還地点はまちがいなくへープン砦だ。

 だから先回りしてルシエンに、砦の壁面の延長上に結界を張らせておいた。


 そこにぶち当たって落ちたんだ。だから壁ドン・・・


(ムダな説明に字数を使わないの!)


「・・・いや、ルシエン、もう十分だよ。砦に残った連中から攻撃される前に撤収しよう」

 俺は、死んだ男の方が、先日負傷させたこの砦の指揮官ネスクだというのがわかって、そう言った。


 生きている男は、パーティー編成のスキルを持つ冒険者ジョブだった。コイツの編成で3人だけ逃げたってわけだな。

 ようやく砦の壁の上には、何事かと2,3人の男たちが姿を見せたから、おいていけば仲間が助けるだろう、たぶん。


 壁の上の連中は見たところ武装しておらず、どうやら怪我人だけを残して総力でシクホルト攻めに出たようだが、あまり油断もできない。こっちは6人だけなんだから。


(いいよ、もう一回ぐらい何とかいける)


 ようやく壁の上の連中が呼んだのか、脚を引きずりながら弓を構えた奴らが姿を見せた。

 でも、その時には俺たちの姿は消え、シクホルトの城壁に戻っていた。


「シロー、お帰り。やったのか?」

「ああ、ネスクと魔法使いは死んだ。ヘープンに残ってるのは多分、負傷者とかがほとんどだと思う・・・」

「そうか、こっちもほぼ終わりだ。休んでくれていいぞ」


 突然、大規模魔法を後方に喰らって、指揮官を失った盗賊たちはもう組織的な攻撃はしていなかった。

 散発的に石を投じていた盗賊側の投石器が、城壁から放たれた大石で破壊されると、算を乱して逃げていった。


***********************


 それからは戦闘らしい戦闘はなかった。


 ドワーフたちは、東方の盗賊団の本拠地・クヴェラから新たな軍勢が送り込まれる可能性に備える必要があったし、これ以上無駄な犠牲を出さないため、シクホルトとビークの二つの拠点の防衛に徹して、ヘープンを兵糧攻めすることに決めたからだ。


 捕虜にした300人あまりの盗賊たちは、武器防具などを全て取り上げた上で、それぞれ後ろ手に縛ってすぐに戦えないようにし、東側の城下町の外で解放した。

 捕らえたままでは備蓄した食糧が減るだけだからだ。


 けれど、城下町の住民たちにとっては、長年略奪を繰り返してきた盗賊団への恨みが骨身にしみていたらしく、丸腰になった盗賊たちは、町の自警団だけでなく一般住民からも石を投げられ、手斧や鎌で襲われ、命からがら東方へと逃げていった。


 こうなるであろうことは、最初に城下町に一泊して住民たちの話を聞いたときに予想していた。

 

 町の住民たちのうち年配の者は、ドワーフ王国があった時代、人とドワーフが良好な関係だったことも覚えていて、ドワーフが城塞を奪還したと知ると、盗賊団に対抗するため協力しようと、町の長の方から声をかけてきた。


 ヘープン砦に逃げ戻った盗賊の残党たちは、既に指揮官クラスを失った烏合の衆になっていた。

 だからこそ、すぐには意思統一が出来ず内輪もめを続けていたようだが、食糧欠乏には勝てなかった。

 十日後になって、生き残っていた盗賊たちは砦を放棄し、シクホルトのオレンたちに投降してきた。


 オレンは捕虜にした者たちと同様、武装解除して東方に放逐した。

 運が良い者は、盗賊団の本拠地まで帰り着けるかもしれない。


 こうして、四十数年ぶりにシクホルト城塞を奪還し、一帯の統治権を取り戻したドワーフたちは、狭い山の中で息をひそめる生活から、ようやく解放されたのだった。

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