第25話 初めての迷宮
俺たちはまた夜明けと共にトリウマに乗り、迷宮に向かった。昨日建てられたばかりの番小屋には、戦闘奴隷のスピノたちが昨日から当直についていた。
番小屋で夜明かししたらしいスピノたちに声をかけて、一行はトリウマをつないだ。
俺が昨日、入口を塞いでおいた粘土を“お片付け”で消すと、洞窟の奥からなんとも嫌な臭いが流れ出てきた。察知スキルで、奥の方にかなりの数の魔物がいるのを感じる。
「コボルドだね、10匹ぐらいの群れが分散してウジャウジャいる。んー、奥の方は、結構レベルが高そうなのがいるかな」
俺の後ろで、ラルークがニヤニヤしながら言い放つ。さすがはスカウトの索敵スキルだ。
彼女も俺と同様、迷宮に入る支援メンバーに選ばれていた。
主力パーティーは、LV8騎士のザグー、LV7冒険者のベリシャという男、LV6僧侶のカレーナ、LV6戦士のセシリー、同じくLV6戦士のバタ、そしてLV6騎士のイグリの6人だ。
セバスチャン老を除くと高レベルの者をできるだけそろえた、という陣容だが、RPGオタクの俺から見ると、カレーナ以外は全員が前衛型でバランスは悪そうだ。これでいいんだろうか。
番小屋の前で、ベリシャがメンバーを集めて輪になり、「パーティー編成!」と唱えると、一瞬光の紐のようなものが浮かんで6人を結びつけるように見えた。
そして、他にも「支援メンバー」と呼ばれ迷宮に入ることになっているのが、LV8の奴隷戦士グレオン、LV5スカウトのラルーク、魔猪狩りの結果でLV4に上がっていた魔法使いのベス、LV3僧侶のヴァロン、そして俺の5人だ。
俺の冒険者レベルは7のまま上がっていないが、スキルの方は『お人形遊び』が粘土遊びと同じLV6に上がっていて『内緒話』と言う能力が増えていた。
試してみたところ、口に出さなくてもテレパシーみたいにリナと会話できるようで、ある程度は距離が離れていても可能なようだ。
もっとも、人形と脳内で会話するとか、ますますアブない奴っぽい。役に立つんだろうか?
ヴァロンは先日の戦いでも見かけたが、取り立てて特徴の無い、無口な中年の男だ。
騎士の四男に生まれて、カレーナのように子どもの頃から神殿に預けられて育ったものの、神殿暮らしは性に合わなかったらしく、自ら望んで還俗し仕官したらしい。治療スキルを持っているやつは貴重だろうから、そういうことも可能だったんだな。
俺たちは別にパーティー編成しろとは言われていなかったんだが、グレオンが
「せっかく冒険者のシローがいるんだから、パーティーを組んどかないか?」
と言いだし、ラルークが
「あたしは構わないよ、ベスもいいかい?」
と了解したことで、そうすることになった。
ベリシャがやったのを見よう見まねで、
「パーティー編成・・・」
と唱えてみる。
なんだか、体からびりっと電気が流れ出たような感じがして、4人が順番に自らの意思で参加してくるような感触があった。それと同時に光の紐が俺たちを結びつけた。
なんだか、他の4人がどこにいて、何をしているかまでわかるように感じる。
グレオンに聞くと、パーティー編成すると経験値が均等割されるだけでなく、察知などの特別なスキルがなくても、互いの居場所がなんとなくわかるようになったり、連携が取りやすくなるらしい。
一心同体、とまでは言わないが、まさにパーティーを組んだ、ということだな。
ふと、グレオンを見ると、判別スキルとはちょっと違った感触があって、表示が浮かび上がった。
<グレオン 人間 男 26歳 戦士(LV8)
/奴隷(隷属:カレーナ・フォロ・オルバニア)
スキル HP増加(中)
近接攻撃力増加(中)
物理防御力増加(小)
筋力増加(小)
近接命中率増加(小)
物理回避率増加(小)
剣技(LV4)
鎚技(LV1)
騎乗(LV2) >
ん? 判別(初級)スキルだと、ジョブとレベルしかわからなかったが、スキルとかも見えてるぞ。これもパーティー編成の効果なのか。
情報が多すぎて、すぐにはよく飲み込めなかったが、やっぱり戦士ってのは戦闘系のスキルが豊富なようだ。
隣りのベスを見ると、レベル4に上がっていた。
魔猪退治の時にとどめを刺していたからだろう。呪文も火の玉だけじゃなく増えているみたいだ。
<ベス 人間 女 17歳 魔法使い(LV4)
スキル 魔法知識(LV2)
薬生成(LV1)
騎乗(LV1)
呪文 「火」「水」「地」「風」 >
あれ?
「ベスって俺と年1コしか違わないんだ」
「っ!ちょっと、なに見てんですか!」
まずかったらしい。
「お前なぁ、口に出すなよ。あほー」
ラルークがあきれ顔だ。
グレオンが小声で(それは編成した冒険者だけに見える情報だから口外するな。だから特に女は、信頼できないやつのパーティーには入りたがらないんだ)とかささやく。
それはさ、パーティー編成を勧める前に教えてくれよな。
俺はひたすらベスに謝った。
「うぅ、どうせ子どもだとか思ってたんでしょ」
そこに地雷があったのか。つくづく女子は難しいです。
ともあれ、緩んだ緊張を締め直して、主力パーティーに続き迷宮に入る。
こっちの先頭はラルークで、索敵した情報を前にいる主力に随時伝えている。
全員が金属の胸当て付きの革鎧を支給され、近接武器以外に短弓も背負い、背嚢には携帯食や水、それに野営用なのか小さめの毛布とかまで詰め込んだ重装備だ。
俺が元の世界から持ってきたリュックより、支給された背嚢は一回り大きい。
できれば迷宮内で夜明かしなんてやめてほしいな。あくまで非常時のためだよね?
入口からしばらくは、少し身をかがめる必要があるぐらい狭く、ぬかるんだ泥の上に大小の岩がごろごろして、一人ずつしか進めない状況だった。今のところ、普通の洞窟とかと特に違いは感じない。
少しずつ下り坂になり、入口からの光が届かなくなると、あとは数名が持つ松明の明かりが頼りだ。
主力組ではバタとカレーナ、こっちではヴァロンとベスが松明を掲げている。
進むにつれて、洞窟は少しずつ広く、人が何人か並んで歩けるぐらいになってきた。それと共に察知スキルで感じる魔物の気配も濃くなって来た。
不意にラルークが、主力組に短く声をかける。
「50歩ぐらい先、コボルドだ。6、7・・・8匹!」
同時に主力組の冒険者、ベリシャの声もあがる。
「来るぞ!」
主力パーティーは、即座に背負っていた背嚢を落として狭い洞窟の幅いっぱいに5人が横一列になり、カレーナが後ろに下がる。その途端、暗闇の中から獣じみた叫び声と共に、二本足の影が次々飛び出してきた。
狼のような頭に俺たちより小柄な人身、獣人とでも言うような姿の、これがコボルドか?
認識した俺の目に、
<コボルドLV2><コボルドLV2><コボルドLV3>・・・
と、判別スキルの表示が重なる。
その時にはもう、石斧や短刀を振りかぶった姿が、主力パーティーに飛びかかっていた。
だが、その時には既に主力前衛は横一列になって槍衾を完成していた。
そこにコボルドたちは自ら突き刺さるように、突っ込んでしまう。
「ギャーッ」
と獣の悲鳴が上がる。
しかし、ひるむことなく第二波が飛びかかる。
それをコボルドが刺さったままの槍をたたきつけるようにして防ぐ。突撃が止まったところで、前衛は槍を投げ捨てて腰から剣を抜き、残った2,3匹に斬りかかる。
コボルドたちは、受け止めるのではなく素早い動きで交わして、再び斬撃を放つが、それは戦士や騎士の剣に簡単に受け止められる。
3分とたたず、最後の1匹をザグーが斬り倒して決着はついた。俺たち支援メンバーは、狭い洞窟の中で手出しする余地もなかった。
前衛と俺たちが第三波が来ないか警戒する後ろで、カレーナとヴァロンが手早く“浄化”をかけてコボルドの遺骸を魔石に変えていく。オークの魔石よりさらに小さくパチンコ玉ぐらいの、わずかに赤みがかった黒い石だ。
その後も何度かコボルドの群れや、魔物とは言えない大ネズミや蛇やら巨大なムカデやらに出くわしたが、ほとんど主力パーティーだけでなんなく片付けていった。 ベスは蛇が苦手らしく大きな悲鳴を上げて、静かにしろと叱られていたが。
地図スキルで見たところ、入口から4、500メートル進んだあたりだろうか?
気づくと、周りの様子が変わっていた。
これまでは岩がゴツゴツして複雑な形状の、いかにも洞窟とか鍾乳洞みたいな地形だったのが、いったん穴が狭くなったな、と思った後は急に、壁も地面もぬめっとなめらかで、何やら全体がかすかに発光しているようだ。
穴の形状も楕円形に近い、洞窟と言うには不自然な形だ。
俺だけでなく、まわりのベスやヴァロンも違和感を感じているようだ。
「気をつけろよ。ここからが本当の迷宮だ」
グレオンが緊張した声でささやいた。




