第236話 ドワーフ決死隊
盗賊団が拠点にしているシクホルト城塞を商人になりすまして偵察した俺たちは、翌晩、集落に戻り、ドワーフたちと作戦を練った。
シクホルト城塞にリナの転移ポイントを登録した翌日、俺たちは城下町でさらに情報収集をしてから、夕暮れにドワーフの集落に帰り着いた。
オーリンの館にドワーフの主立った顔ぶれが集まり、さっそく作戦会議だ。
ドワーフたちは40数年前にシクホルトを明け渡す際、城塞の詳しい図面を持って来ていた。古びた羊皮紙に描かれたそれを広げながら、リナが偵察してきた情報と照合する。
「そうか、地下2階のこの部屋が秘密の地下通路につながっているんだが、このあたりは兵糧庫か武器庫になっているわけだな」
「だとすると、通路に気づいて埋められたと言うより、物が多く置かれて開かなくなっているだけという可能性もあるのう・・・」
俺たちは、かつてドワーフたちが城塞に設けた地下通路を使い、シクホルト城塞に夜襲をかけることを考えていた。
寝込みを襲えば兵力で劣っていても圧倒することは可能だ。しかも、ドワーフは暗闇でも目が見える有利さもある。その上、現在の前線になっているヘープン砦と違い、シクホルトの兵たちは見てきたところ臨戦態勢という感じではなかったし、両拠点の上層部は仲が悪そうだった。
だが、この地下からの夜襲を実現するためには、魔法転移で少数の精鋭が城塞内に飛び、現在は塞がっている地下通路を使えるようにする必要があった。
「幹部の私室はやはり上階だろうな」
「あとは地下牢だが・・・」
「そっちは警戒が厳重で入り込めなかった」
「いや、それはやむを得ないだろう。ここまで調べられただけで大したものだ」
得られた情報を元に、俺たちは攻略する優先順位と必要な兵数を検討した。
「城内の敵がイスネフ教徒を含め800人か、夜襲するとしてもこちらの被害を減らすために、できれば同数は送り込みたいが・・・」
「若い男を総動員すれば、まだ2千人近くいるはずだ」
「まさか全員というわけには行かん。それに狭い城内で未熟な者ばかり大勢いても、かえって被害を増すだけじゃろう」
「第一、ヘープン砦の敵が丸ごとおるのだぞ!」
俺たちがいなかった2日間、ビーク砦への敵襲は、さらに激しさを増していたらしい。
ルシエンたちが奮闘してくれたこともあって撃退はしているものの、死を恐れぬイスネフ教徒ら参戦に加え、盗賊たちもこれまでと違って必死な様子が見られるのだという。
「砦の守りは200ではもはや危うい。特に集落の兵力を動員するなら後が無いわけじゃから・・・」
「いずれにしても、シクホルトを狙うなら早めに決着をつける必要があるな。イスネフ教徒がこれ以上送り込まれてくる前に・・・」
作戦会議は夜更けまで続いた。
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翌日からも、ルシエンとカーミラ、エヴァは、日中砦の警備に参加している。
一方でノルテは、年配のドワーフたちと共に朝から晩まで鍛冶仕事に打ち込んでいる。
そして俺とリナは、ドワーフの女たちに案内してもらい山の中で集めてきた薬草を使って、薬作りに没頭していた。
千人規模の戦いではどうやっても多くの負傷者が出る。だから、治療薬をできる限り作っておく必要があった。盗賊たちに売りつけたのは、「HP回復(微)」とか「(小)」ばかりだったが、こっちはより回復量の多いものだ。
幸い、HP回復薬に必要な薬草はどれも集落の近くで見つけることが出来た。
単なる薬草より効果が高い魔法薬を作るためには魔石が必要になるが、こちらもドワーフたちが山中に出る魔物を討伐した際に得たものを、交易が途絶えて売れなくなったために蓄えていた。
リナはマグダレアをモデルにした<薬師>に変身させ、助手をさせている。
そしてドワーフの女たちにも手伝ってもらっている。
魔法薬の数をそろえるのにもう一つのネックになるのが、俺のMP切れだからだ。
HP回復薬程度なら、組み合わせる薬草のレシピが正しければスキルが無くても生成できる。その際に作成者のMPをいくらか消費するけど、それは魔法が使えない人間でも可能だ。冒険者時代の俺がベスの手伝いで薬を作ったように。
しかも、スキルを持たない者も、その経験で一定確率で「薬生成」スキルを取得できるから、今後のドワーフたちのためにも参加してもらうのがいいと思ったんだ。
オレンの奥さんのメッセンと、ノルテと仲良くなったアナとエイナという姉妹が薬作りを手伝ってくれ、数日の間に「薬生成(LV1)」のスキルを得た。
そして、この間の開拓集落の戦いでファイアドラゴンの魔石と血液を手に入れたことで、俺がついに作れるようになったものもあった。
<万能治療薬(部位欠損も再生)>だ。
試行錯誤の末、“鑑定”で結果を確かめ、俺はふーっと息を吐いた。
ついにできたんだ!
以前は<万能治療薬?>と?マークがつく、要するに低確率でしか部位欠損は治せない薬しかできなかった。
その後、マギーと相談して、おそらくドラゴンの血液だけでなく、魔石もドラゴンの魔石じゃないといけないのでは?という結論に至ったんだ。
前回、パルテアのヘラート迷宮でアースドラゴンを倒した後、ドラゴンの魔石はギルドで売ってしまい、ドラゴンの血液成分を粉末化したものと、他の魔物から得た魔石を使って薬生成した結果が<?>付きの薬だった。
そこで今回は、ドラゴンの血液をそのまま液体でセラミックボトルに密閉しアイテムボックスに保存しておいたものを、錬金術の「生素」と練り合わせて活性化し、さらにドラゴンの魔石粉末と混ぜて「物質変化」を起こさせ、最後に「水素」に溶かし・・・できあがったのが、<万能治療薬(部位欠損も再生)>の水薬だった。
よく使う丸薬ではなく液体の薬にしたのは、手足を失うような重傷だと意識を失っていて飲み込ませるのが難しいことも多そうだからだ。薬液なら失った部位に他の者がかけてやることもできる。
問題は人ひとりの重傷を治すのに、どれぐらいの量・濃度が必要になるかわからないことだ。
ドラゴン1頭の魔石を使ってるんだから、量的に人間一人分よりはずっと多いと思うんだが・・・とりあえず出来た全量を3本のセラミックボトルに分けて全てアイテムボックスに収納しておく。
治療薬の他に、スリングや投石で使える攻撃用の火素や雷素を込めた弾も作る。こちらは錬金術になるから今のところ俺しか作れないけど、ドワーフたちに渡しておけば、投石車を焼いたり数の多い敵の真ん中に打ち込んで混乱させたり、色々使い道があるから。
こうして俺たちは連日、MP枯渇でぐったりするまで頑張って薬を作り続けた。
数をこなしたからか、万能治療薬なんて高難度の薬を作ったからか、どっちの効果が大きかったかはわからないけど、気づいたら俺の薬生成スキルはLV5まで上がっていた。以前のマギーと同レベルだ。
そして、夕食の時間になって鍛冶場から戻ってきたノルテが、充実した顔で告げた。
「ごしゅ、いえ、シローさん、こちらも明日には揃いそうですよ」
連日激しさを増す攻撃をはね返しているルシエンたちが目を見開いた。
「いよいよね」
「カーミラだいじょうぶ」
「待ちかねましたよ」
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翌日の夜が更けた頃、ビーク砦から小さな人影が動き始めた。
静かに音もなく、そして途切れることもなく人影は続く・・・
注意深く数えるものがいれば、その数が1千にも上ることがわかっただろう。
もはや老若男女あわせて1万に満たない北のドワーフたちの中で、ビーク砦にも300人を残しているから、戦える若者の大半が、この一戦に臨んでいると言えた。
失敗すればドワーフ族自体が今度こそ北の地から消えてしまうだろう。
だが、成功すれば、これまでのようにいつ攻め滅ぼされるかおびえながら狭隘な地に潜んで暮らすのではなく、親たち世代から聞いていたような自由で豊かな暮らしを取り戻せるだろう。
そんな期待が、若いドワーフたちにかつてない昂揚をもたらしていた。
隊列はやがて、盗賊団が最前線の根城にしているヘープン砦を迂回するよう、岩山の間を通過していく。
(大丈夫そうね、ノルテたちが頑張ったおかげだわ)
(ルシエンさんとリナちゃんの結界のおかげですよ・・・)
この作戦のポイントは、3つの拠点の微妙な、しかし決定的な違いにあった。
ドワーフたちが現在の最終防衛ラインにしているビーク砦と、かつてそうであった、そして現在は盗賊団が補給拠点としているシクホルト城塞は、どちらも「軍兵が通れるのはその地点しか無い」位置に、誰も迂回できぬよう建てられている。
人間たちの侵攻をそこで食い止める防壁として築かれたものなのだから、当然と言えば当然だ。
これに対し、盗賊団がその2カ所の間に作ったヘープン砦は、規模はビーク砦と同等でも役割が違う。
ここは、盗賊団がビーク砦を攻略するための足がかりとして築いた、“攻めるための拠点”であって、ここで敵を絶対に食い止めるという目的のものではない。
つまり、その気になれば迂回して通ることも可能なのだ。
普通はヘープンを迂回してシクホルト城塞に向かっても、より堅牢な防壁に挟まれ、前後から挟撃されるだけのことだが、それだけに盲点になっていると言える。
もちろんヘープン砦とて、谷筋が狭くなっている所に唯一の山道を押さえるように建てられているし、複数の物見台を備えているから、見つからずに通過するのは容易ではない。
だが、険しい岩山を越えることをいとわず、暗闇の中でも音もなく移動できるなら、それは可能だ。
ドワーフたちが身につけている防具は、鋼の胴丸か胸鎧、そして兜だ。
通常ドワーフには鎖帷子を好んで身につける者が多いが、それでは行軍中にじゃらじゃらと音が鳴る。
それを避けるため、ノルテと、戦いに出られない年配のドワーフたちがこの数日、音を立てる部分の無い防具を作り続けてようやく数を揃えたものだ。
月明かりで光らないよう、新調した鎧をわざわざ泥で汚してある。
さらにルシエンたちが一行を魔法結界で包み、夜警の者たちの耳目に触れないようにもしていた。
こうして千名にも上るドワーフ部隊は、気づかれること無くヘープン砦を過ぎ、闇の中をさらに進んだ。だが、シクホルト城塞の威容がかすかな月光に照らし出される頃、一行は二手に分かれ、半分はさらに山間へと進路を変えた。
(兄者、じゃあここでな。武運を)
(おう、アドリン、シロー、うまくやってくれよ。こっちもすぐ突入できるところまで兵を進めるからな)
そして、ドワーフたちの決死の戦いが、静かに幕を開けた。




