第235話 ニセ商人シロー
プラトの盗賊団とイスネフ教徒の襲撃を、ドワーフたちと一緒にかろうじて撃退した。
「こちらの犠牲者が2人。敵の屍体で数えられたのは35、そのうち20以上はイスネフ教徒のようでした・・・」
負傷者と昨夜の当直だった兵たちを連れて集落に戻ったアドリンは、オーリンはじめ長老たちに、そう報告した。
「やはり、あの“聖戦”宣言で狂信者どもが加わったのか・・・ただでさえやつらの方が数が多いと言うのに」
オーリンは失望感を隠しきれずにいた。
「家族の者たちと犠牲者の葬儀をしなくてはな。それと、今後の方針を決めねば」
「方針と言っても、この上、敵の兵力が増えてはどこまで守り切れるか・・・」
「なにを気弱なことを!きょうは婿殿らのおかげで数十倍の敵を倒したではないか」
「とは言え、このままでは・・・」
長年、終わりの無い防戦を続けてきた年配のドワーフたちにとって、ドラゴンの恐怖からやっと解放されたと思った途端に、また新たな敵が加わったというのは、かなり精神的ダメージが大きいようだった。
実際、命を惜しまず残虐な手段もいとわない、という敵は厄介極まりない。
それで数も向こうが多いとなれば、守るだけではジリ貧だろう。
「なんとかノルテの一族を助けてあげたいけど・・・」
「シローさん、どうします?」
ルシエンとエヴァが声をひそめて顔を寄せる。
オーリンの館の大部屋で、深刻な話をしている長老たちを横目に、俺たちパーティーもまた部屋の隅で知恵を絞っていた。
アドリンに聞いた話では、クヴェールという首領に率いられた大盗賊団は、ここから50kmほど東にある街を勝手にクヴェラという自分にちなんだ名前に変え、本拠地にしているそうだ。
かつてドワーフたちが築いたシクホルト城塞など複数の拠点を押さえ、総兵力は5千人以上という。
もっとも、連中にとって最大の脅威は隣接する他の軍閥で、ドワーフとの戦いは、ヘープン砦を根城にする、ネスクという幹部が仕切っている。
俺がきょう深手を負わせたやつだ。やっぱり指揮官だったらしい。仕留められなかったのが悔やまれる。
ネスクの直属の配下は千人弱と見られているが、隣のシクホルト城塞にも別の幹部が率いる兵がさらに5百人かそれ以上いて、なにかあると増援を出すそうだ。
そして、イスネフ教徒は元々プラト人には少なくないものの、これまで集団として参戦してはいなかったそうで、新たに加わったイスネフ教の兵力がどれぐらいいるかは全くわからないそうだ。
あの魔法使いも気になる。
最後に姿を消したのは、間違いなく魔法を使ったんだと思うけど、“転移”が使えるLV15以上だとすると、これまでこっちの砦を攻撃する際に使ってこなかったのが不自然だ。
(シロー、あれは“帰還”かもしれないよ)
人形サイズの僧侶になって“瞑想”でMP回復していたリナの念話で、ハッとした。
そうか!
まだ侵入したことが無いこちらの砦に入るためには、有視界の転移を使わなければ飛べない。
でも、あらかじめ登録してある自分たちの拠点に逃げ帰るなら、“帰還”という、魔法使いLV8の呪文でも飛べたんだ。
リナが転移を覚えてから、帰還は使うことが無かったから、すっかり忘れてた。
あいつは、LV5で覚える“魔法の盾”も使っていたし・・・そうするとLV8以上LV14以下、という可能性が高いのか。
だが、できればそれもちゃんと確かめたい。
「アドリン兄さんの話では、目の前の敵はヘープン砦にいますが、結局シクホルト城塞が要なんだそうです。北方山脈の東の玄関口で、物資も人員も、シクホルトを通ってヘープンに入るそうですから」
ノルテが詳しく聞いてきた情報を教えてくれた。
さすがにドワーフ王国時代に築かれた要衝だけあって、シクホルトは北方街道にもつながっているし、まともに攻めれば十倍の兵でも落とせないと言われているそうだ。
だからこそ、かつてプラトの軍は、ドワーフたちから人質をとって明け渡しを求めるという手段に出たんだろう。
「シローどの、シクホルト城塞のことを知りたいのか?」
ひそひそ声で話し合っていた俺たちに、長老たちの話し合いには加われないのか、比較的若いドワーフが話しかけてきた。
<ブリエム ドワーフ 男 30歳 LV15>
たしか最初に俺たちが捕まった時、アドリンの偵察隊にいて俺たちの背後を取った男だ。
ドワーフはLV15以上で、ストーンゴーレムみたいに岩場に隠れ潜むスキルが得られるらしい。
「うん、結局この争いって、シクホルトを取らないと安心して暮らせるようにならないのかなって・・・」
「なるほど。おれたちは目の前のヘープン砦のことばかり考えていたが、シローどのが言うように、もしシクホルトを奪還できれば安泰ではあるな。もっともおれが生まれるずっと前に奪われたものだから、親父たちから聞いた話しか知らないんだが・・・」
ブリエムが言うには、シクホルト城塞には、秘密の地下道や魔法転移を防ぐ結界を発生させる魔道具なども密かに設置されていたそうだ。
ただ、ドワーフたちが城塞を明け渡す際、人間たちに使われないようにそれらの仕掛けは隠したという。
「それを使って、侵入したりはできないの?」
「結界は張られていないらしいから隠した魔道具は見つかっていないようだが、地下道の方は、何年か前に一度侵入を試みた連中が、最後の扉が開かなかったと言ってたな。埋められてはいないのだからバレてはいないと思うが、城内側に何か物が置かれていたりするのかもしれん・・・」
ブリエムにもわからないようだ。
ただ、この話通りなら、一度城内に転移地点を登録できれば、魔法転移はできるってことだな・・・。
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翌日、こちらの暦では十の月・新月の日らしい。要するに10月1日だ。
俺はドワーフの村を探して分け入った北方山脈の南側の間道に、再び馬を進めていた。
北方新街道に出てから東に向かい、途中から北上する道に入って反時計回りにシクホルトへ、という計画だ。
同行者はエヴァとリナだけだ。
リナもあえて等身大、そして見るからに商人の女、という格好をさせている。モデルは護衛クエストで一緒だった、女商人のナターシアだ。
<リナ - 商人 LV1 >
商人に“着せ替え”したのは初めてだったけど、ステータスにもちゃんと表示されている。
「あの人の服装、趣味じゃないんだけど・・・せめてミクラの方にしてくれない?」
リナに愚痴られた。
言いたいことはわかるよ。
40歳にしちゃ若作りで派手なナターシアの服装より、その使用人のミクラの方が年も趣味も近いんだろうけど。
でもミクラは奴隷だったために、せっかくかなりの美人だったのに地味すぎる服装をさせられていて、俺の見ため的にはあんまり商人らしくなかったのだ。
今回はなるべく見た目で信用されないといけないからな。
だから俺もエヴァも、なるべくそれらしく見える服装に着替え、その上に、“不用心だから革鎧と剣は身につけてます”っていう、行商人にありがちな格好だ。
ちなみにリナは、昨日の戦闘でついに、<魔法戦士LV20>になった。
魔法使いでもまだ覚えていない“流星雨”という魔法を習得していた。リナ知恵袋によると、これは初の「範囲攻撃魔法」らしい。
パーティーの仲間では、他にルシエンがLV22にアップ。おそらくファイアドラゴン戦でLV21の上の方まで経験値が入っていたんだろう。
それはそれとして、今日の一行がこの面子なのはもちろん、相手が亜人差別思想が強そうだから、普通の人間に見えること、を優先したためだ。
遠回りして目的地にたどり着いたのは、もう日が傾き始めた頃だった。
「これが、シクホルト城塞か」
「別名“巌の城”でしたか。さすがにドワーフ王国時代の堅城、という雰囲気ですね。これを力攻めで落とすのは大変でしょうね・・・」
領主貴族の跡取り娘らしく、エヴァは防御拠点としてのシクホルトの優秀さを見て取ったようだ。
眼前にそびえるのは、北方山脈の岩棚に埋め込まれた堅牢で巨大な城郭だった。
シクホルト城塞は、俺たちが馬を進めてきた山脈に沿って南北に走る道と、東西に走る道の十字路に立地している。
東西に走る道は、東は城下町とも言える街並みを抜けて盗賊たちの本拠地クヴェラを経て遠くプラトの公都ミコライにまで至る。そして西はそのまま北方山脈に分け入るただ1本の馬車も通れる幅の道だ。
その道は、石のゲートをくぐりシクホルト城塞の中を通る作りになっている。
つまりシクホルトを押さえることは、北方山脈南部に入る、ほぼ唯一の街道を押さえることを意味するのだ。
「お前たち、なに用だ?」
「はっ、わたくしめは旅の薬商人なのですが、こちらで戦が近いと聞き及びまして、各種の治療薬のお入り用が無いかと、まかり越した次第です・・・」
そう、俺たちの設定は、薬を作って売る錬金術師の若旦那と、使用人である女商人、そして護衛に雇われた騎士、という3人組だ。
薬はもちろん本物だ。これまで夜ごとにちまちま薬作りをしてきたのが役に立つ。
そして、衛兵らしくない盗賊の下っ端の手に、そっと銀貨を握らせた。
「なに・・・治療薬か?それは、ちょっと待っておれ・・・」
今朝のドワーフ砦の攻略に、このシクホルトからも増援が出たのか、それともヘープン砦の兵だけかはわからないが、戦続きで間違いなく治療薬のニーズはあるだろう。
しばらく待たされた俺たちは、狙い通り門内に案内された。
城壁の内側で練兵している兵たちの中には、けさ戦場で見かけた白ずくめのイスネフ教徒たちも多数いるのが見えた。
ここを拠点にしているんだろうか。俺たちを見覚えているヤツがいないといいが・・・着替えているし多分バレないだろうと思いながらも、つい顔を伏せて歩く。
俺たちは城塞の1階に入ってすぐの、薄暗い物置みたいな部屋に通された。
やがて、ちょっと地位が高めとおぼしき服装で小ずるそうな人相の男が、護衛なのか2人の男を連れて入ってきた。
<ズンデル 人間 男 41歳 盗賊 LV13>
ヘープン砦の指揮官のネスクよりは低いものの、なかなかのレベルだ。行商人風情の相手をするのに、シクホルトのトップというわけではないだろう。
ただ、2人のお付きのうち1人は盗賊ではなく、LV8の商人で鑑定スキル持ちだった。なるほど、こいつは護衛ではなく、取引でヘンなものをつかまされないようにってわけだな。そりゃそうだよな、薬は高い買い物だし。
しかし、それならなおさら信用を得られるだろう。なにせ、効き目は低めにしてあるものの本物の薬なんだから。
まずはお近づきのしるしに、とそれぞれに賄賂を握らせてから、薬の売り込みを始める。
「なるほど・・・こいつの言うとおり、“癒やし”の薬と“状態治療”の薬だな。一応効果はありそうですぜ」
鑑定持ちが口調は盗賊丸出しで言い放つ。一応とは失礼な。だが、値切ろうとしてるんだろうから、これも当然か。
「治療薬はいくらあってもいいからな。ただ、あやしいな」
えっ、演技が下手だった?落ち着け、俺。
「こんな物騒なご時世に、女の護衛ひとりで・・・どこから来たのだ?」
どうする?どこまで答える?
「えっと、わたくしめも錬金術師ですので、最低限身を守れる程度の腕はございますし。それ以上のことは出来ればお訊ねにならないでいただきたいのですが・・・お客様だけには白状しますと、素性は、まあその、エルザークの外れに住まいがございまして」
「な、なんだと・・・は、ははは、そういうことか」
「なるほど、それは大っぴらには言えぬなぁ」
盗賊たちがニヤニヤし始めた。
「商いに敵も味方もありませんので、いい値さえ付けていただければどちらさまでも・・・」
「そして、双方に売りつけるか。まあ、そういうきれい事を言わんやつの方がこっちも割り切って取引できるな」
どうやらこれで正解だったらしい。
その後は、値段交渉をリナと相談しながら行って、20個ほどの薬を“お勉強させていただきます”と売り渡した。
もちろん、エヴァの“魅了”スキルがじわじわ効果を発揮したのもあるだろう。
エヴァの美貌と話術のおかげで、様々な情報も得られた。
この城塞のボスはゲドーという男で、ズンデルはナンバー2だということ。
“亜人浄化”の呼び声に集まってきたイスネフ教徒の「義勇兵」はヘープン砦ではなくここに駐屯しており、その数は300人以上いたが、かなり被害が出て、士気を維持するため神官が必死に説教をしていること。
元々の盗賊たちとあわせて、現在は800人ぐらいがここにいる・・・そんなことまで聞き出すことができた。
いくら何でも口が軽すぎるだろ?
ドワーフとの戦いにはイスネフ教徒以外はヘープン砦の兵力しか出ていないから、こいつらはまだ、敵方はドワーフだけだと思っているみたいだ。ラッキーだった。
ただ、盗賊たちがエヴァに魅了されすぎて、「この女はいくらだ」としきりに言い出すのを、そのたびに「ご冗談を」「この者は売り物ではなく・・・実は私の愛妾でして・・・」とかなんとか、かわすのに一番精神力を消耗した。
「・・・そうそう、私、錬金術師として多少は魔道具の扱いもあるのですが、魔法使い用の魔力強化の杖などはご入り用がありませんか?」
ダメ押しで取り出したのは、以前購入して最近はあまり使っていなかった魔法の杖だ。
「なに、魔法の杖だと・・・これがそうか。だが、残念だったな、うちには僧侶や神官はいても魔法使いはおらんからな」
「ズンデルさん、ヘープン砦の・・・」
「ふん、ネスクの配下のためにおれたちが何かしてやる必要があるかっ」
「す、すんません」
ほう、ヘープン砦には魔法使いがいるが、こっちにはいないのか。
「恐れ入りますが、ヘープン砦と言いますと、たしかお隣の・・・あちらには魔法を使える方がおいでなのですか?」
「魔法使いなどと言っても所詮レベル一桁の半端者だ、高価な魔道具を使うにふさわしい者ではないぞ」
レベル9以下ってことか。今日の戦いでレベルが上がった可能性もあるが、色々つじつまが合うな。そろそろこれ以上は突っ込まない方がよさそうだ。
「この度は、お買い上げいただきまことにありがとうございました。どうぞ今後ともご贔屓に・・・」
俺たちは丁重に頭を下げ、城塞を出た。
プラト国内はイスネフ教徒の決起前から内乱続きで半ば無政府状態だと聞く。
シクホルトの城下町と言える位置にある町も、城壁らしいものは残骸が残るだけで、薄汚れた家や店、飲み屋らしいものが点在する、寂れた所だった。
もう時間も遅いので、今夜はこの町に泊まろうと宿を探す。
かろうじて馬も預けられそうな連れ込み宿みたいな所を見つけた。
男ひとりに女二人、というのが少し奇異の目で見られたが、「ベッドは2つあればいい」と言うと部屋を取ることができた。
日が暮れるのを待って、リナを城壁内に転移させた。
即座にスカウトに変えて“隠身”で姿を消す。今夜は新月の闇夜だから、まず見つかりはしないだろう。
城内を慎重に調べ回らせ、本格的な侵入の際に転移する候補地を登録させた。
「オーリンさんのお家では、みんなお預けでしたからね・・・役得です」
夜が更けると場末の宿の一室で、俺より一つ年下のはずなのにエヴァは妖艶と言っていい笑みを浮かべた。
ドワーフの集落に着いてからはノルテの実家に泊めてもらってるんだけど、しっかり部屋が分けられていて俺はひとり部屋だったから・・・久しぶりの魅了と性技のスキルに、ただただ翻弄されまくったよ、うん。




