第232話 北方山脈・ドワーフ王の末裔
九の月・下弦の十三日、北方山脈南東部
「あのような小さな砦をまだ落とせぬのか!」
「はっ、矮人どもの抵抗が予想以上にしぶとく・・・増援をお願いしたいと」
「ばかものがっ、ソムセン領とにらみ合っておるのにこれ以上割けるわけがなかろう、こっちが増援が欲しいぐらいだぞ!」
プラト南西部の軍閥を率いるクヴェールは焦っていた。
公都ではイスネフ教徒の反乱で、形だけでも国を率いていた公爵は行方知れずになっている。国軍はイスネフ信者であるダールヴ将軍が掌握し、あろうことか、南のエルザーク王国に宣戦布告したという。
国内が四分五裂の状態で他国に戦さをふっかけるなど、頭がおかしいと言うほか無い。
だが、おかげで今や地方は切り取り放題だ。
隣接する領主もイスネフ教徒の反乱で身動きが取れぬ今のうちに、南西部一帯をを制圧し、一大勢力となるのだ。ひょっとすれば、小国の主にぐらいなれるかもしれぬ。
元々、人を殺してお尋ね者になり、盗賊団の下っ端に過ぎなかったクヴェールにとっては、降って湧いたような好機であった。
かつて盗賊団を率いていた首領は、クヴェールにとっては雲の上の存在だった。
その首領は周辺の土豪や他の盗賊団とも手を組んで、昔はドワーフ王国などと言われていたドワーフ族の領地を切り取った。
だが、その獲物の分配をめぐる諍いから殺され、内輪もめに次ぐ内輪もめの中で、最後までうまく泳ぎ切ったクヴェールが、この地方を手に入れた。
今や領民5万人を支配下におさめた、と自称するいっぱしの地方領主だ。
もとより、クヴェールは山奥に引きこもるドワーフの残党になど、まったく関心が無い。
だが、背後を安定させておかねば他の領主や軍閥との争いに安心してのぞめぬし、それに・・・噂ではドワーフらの住まう山の奥には、金よりはるかに価値が高いというミスリルの鉱山があるとも聞く。
あわよくばそれを手中に収められれば、プラト国内の他の勢力から頭一つ、いや二つ、抜け出せるかもしれぬ。
そう算段するクヴェールにとって、主たる敵でもないドワーフの砦一つ落とせぬのであれば、そんな部下にはなんの価値もなかった。
しかも、岩山に潜み簡単に平らげられぬドワーフどもを短期間に平定させるため、わざわざ配下に1人しかいない魔法使いまで付けてやったのだから。
「し、しかしながら、ネスクさまは、シクホルト城塞から約束した後詰めもなく、食糧の補給さえ満足に行われぬと・・・」
「なんだとっ、そのようなこと、シクホルトのゲドーと直接話せばよかろう!つまらぬ足の引っ張り合いをしおって!」
「申し訳ありません、しかし、なにとぞ頭領様直々にお力を・・・」
ドワーフの砦一つには大した価値はない。だが、さっさとケリを付けねば、こちらの身が危ういのも確かだ。敵対するソムセンが、まわりの軍閥と手を結ぶ動きがある上、さかんにイスネフ教徒への懐柔工作を行っているとも聞くのだ。
そうだ、その手があったか。
「なんとも無能なヤツめ・・・しかたが無い、増援を送ってやろう」
「はっ!」
「イスネフ教が聖戦宣言を出したおかげで、亜人を撲滅せよ、とわめく信徒連中がこの地でも武器を持って集まってきておる。それをまとめて送り込んでやろう。300か400はおったはずだ」
クヴェールは妙案とばかりに歪んだ笑みを浮かべた。
「イスネフ教徒でありますか・・・」
「狂信者どもはいくら死地に送り込んでもひるまぬ、頼りになろう。よいか!ここまでしてやったのだ。ネスクには、十日以内に砦を落としドワーフどもを平定せよと伝えろっ、出来ねば今の地位は無くなると思えっ!」
うまくいけば、扱いに困るイスネフ教徒とドワーフどもを共倒れにさせ、新たな所領と鉱山資源も手に入る。クヴェールはそう皮算用してほくそ笑んだ。
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「来たぞっ、岩を落とせ!」
「左翼の岩壁にもいるぞっ、そっちに5人回れーっ」
喚声を上げて石造りの砦に取り付いてくる人間の兵たちを、子どもほどの上背しかないものの頑健な体を持つドワーフたちが迎え撃つ。
数の上では人間側が3倍にのぼるとは言え、険しい岩山の砦にこもる戦いなら、この程度の数の差はさほど問題にはならぬ。
ただ、やっかいなのは、先ほどから援護に加わった魔法使いだった。
壁をよじ登ってくる敵兵に岩を落とそうと、壁の上から身を出すと、間髪おかずに炎の魔法が飛んでくる。矢ではほとんど威力が無くなる高さにも、魔法は重力の影響をものともせぬ。
そして、かなりの矢弾も弾くドワーフの鎧も、炎で焼かれては中の生身が持たぬ。
先ほどからドワーフ側の犠牲者のほとんどは、このたった一人の魔法使いの攻撃によるものだった。
「いかん、右翼の壁を超えられるぞっ」
「オレン殿っ、無茶をするな!」
まだ若者と言って良い年の、しかし隊長格と見えるドワーフが、寄せ手がまさに壁を乗り越えようとした所に単身走り出した。
あわてて後から3、4人が続く。
人間の兵が次々壁を躍り越え、ついに砦の中に飛び込んできた、その瞬間、矮躯に不釣り合いな巨大な戦斧が一旋し、兵の体がはじけるように飛び散る!
「この野郎ぉ!」
背負った剣を引き抜いた兵が、自分の胸までしか背がない若いドワーフに振り下ろす。
だが、その剣をかいくぐってさらに斧を振るう。
「うぐぉーっ」
鈍い音と共に、剣と鎧を着た兵の体がまとめてへし折られた。
かすめるように地上から炎の渦が飛んできたが、味方を巻き添えにすることを恐れたか狙いが甘く、直撃するには至らなかった。
「一人も入れるなっ」
「「「おうっ」」」
若いドワーフの活躍に続く者たちも勇気を奮い立たせ、砦に取り付いてきた人間たちは、次々岩肌を落ちていった。
再び魔法使いの火弾と、弓矢が飛んでくるのを壁に身を隠してやり過ごす。
「そろそろ回り込んだか?」
「そのはずですな・・・」
そんな会話を交わした途端。地上で悲鳴があがった。
抜け道を通り背後に回ったドワーフたちの別働隊が、弓兵と魔法使いらの射撃部隊を急襲したのだ。
退却を促す角笛が鳴らされ、算を乱した人間の兵らは退却していった。
「討ち取れたかな?」
「そう期待したいが、退却の合図が早かったからな・・・うまく逃げられたかもしれん」
やがて戻ってきた別働隊は、やはり弓兵はいくらか仕留めたものの、肝心の魔法使いには護衛の兵も多く届かなかった、と肩を落として報告した。
「いや、それでもよくやってくれたぞエイダル。おかげで今日もなんとか守り抜けた」
「オレン殿こそ、水際での奮戦、見事だったそうじゃないか」
「そうよ、オレン殿、さすがは次期族長だ。単身飛び出したときには、わしは肝を冷やしたがな」
「なんのあれぐらいは。だが・・・」
敵を撃退し意気上がるドワーフたちの中で、若いドワーフは今ひとつ腑に落ちぬ、という表情だった。
「なにか気になるのか?」
「うむ、きょうの戦いぶり、今ひとつ本気で攻め落とそうという意思が感じられなかった。むろん、今日も何人も犠牲が出ているし、数でまさる連中はこうして消耗戦を続ければよい、と思っているのかもしれんが・・・」
ドワーフ領の人口は今や1万を割り込むほどに減っている。もはや一つの町か村としか言えぬような規模だ。その上、戦える若い男は特に犠牲が多く、2千も残っておらぬだろう。そして、どこからも援軍が来るあても無いのだ。
日々の糧を得るために働かねばならぬ者の中から、交替で砦の守備を務めているが、いつまでも続けられるとは思えぬ。
とは言え、状況はそれでもなお攻められる一方で、文字通り最後の砦を死守するほかはない。
このビーク砦を抜かれれば、女子どもが暮らす集落や先祖伝来の鉱山まで、遮るものはもう何も無くなるのだから。
だからといって、きょうの攻め手は工夫がなさすぎるように感じた。
「なにかあると?」
「・・・もしや別働隊かっ」
仲間のドワーフたちも、ここが陽動の可能性に思い至ったようだ。
とは言え、大勢の軍勢が通れる道は、この峠道より他にないのだが。
「あるとすれば南の間道か?」
「馬の扱いが巧みな少数の奇襲部隊なら、通れんこともなかろう・・・」
ドワーフたちは顔を見合わせた。
「至急伝令を出せっ、親父に伝えて南の間道に警備の兵を走らせろと!」
「はっ」
まだ少年と言っていい年齢のドワーフが、砦から駆けだしていった。
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「・・・やはり兄者の考えすぎではないのか?」
「とは言え、万一にも村を奇襲されるようなことがあれば、今度こそ我ら一族は終わりですからな。オレン殿の懸念にも一理あるかと」
会話を交わしながらも、険しい山道を10名ほどの軽武装のドワーフが小走りに駆け続ける。
ほどなく、斜面に切られたつづら折りの道をひそかに見下ろせる位置に出た。
「まさか、大当たりでしたな・・・」
「兄者の山カン通りか、また自慢されるな」
若いドワーフは自嘲気味にもらすと、それでもまわりに手早く指図した。
「できれば生け捕りにするぞ。やつらが企んでいる策を聞き出し、かなうなら逆用したいからな。それに、捕らわれている仲間と人質交換ができるかもしれん」
「うむ、アドリン殿の言うとおりだな。岩同化スキルのあるソグルとブリエムは一緒に来てくれ、背後に回る」
年かさの3人のドワーフが姿を消すと、アドリンと呼ばれた若いドワーフは、残る6人を率いて上り道を取り巻くように伏せさせた。
坂道を見事な手綱さばきでのぼってくる馬にまたがっているのは、全部で5人。
別働隊としても数が少なすぎるが、偵察隊なのだろうか。
それ以上に不審なのは、革鎧に身を包んだ一行のうち4人はおそらく女。そのうち一人は恐らくエルフで、他の一人はドワーフとそう変わらぬほど背が低いことだ。
プラトのならず者どもは亜人蔑視がひどい。人間以外が混じっているとすれば、今戦っている連中とは別口かもしれぬ。
「気になりますな・・・」
隣りの岩陰から様子を伺っている腹心がそうもらすのも、同じ印象を抱いているからだろう。
「とは言え、同胞以外を里に入らせるわけにはいかないからな。それに・・・かなりの手練れのようだ」
判別スキルを持つものはいないが、隙の無い身のこなしや、どうやら誰かがいると感づいてでもいるように油断なくまわりを見回しながら馬を進める様子は、たとえ敵軍でなかったとしても、用心が必要な相手には変わりない。
彼我の距離が百歩を切った時、アドリンは仲間にひそかに手を振り、岩陰から弓を構えさせた。
そして、相手が自分たちの存在に気づいていること、とは言え、ドワーフ族固有の「岩同化」スキルで背後に回った者たちには気づいていないであろうこと、を確信した。
「動くな!」
侵入者たちの背後に突如、弓矢を構えた3人のドワーフが出現した。
後ろを振り向き、5人は唖然としてしている。そうだろう、この岩場はドワーフの庭だ。
タイミングを合わせて、アドリンたちも正面と左右に立ちはだかる。
「武器を捨てろ、動けば殺す」
そう言い放ったアドリンに、再度振り向いた一行の顔には、不思議に驚きはあっても恐怖は無かった。
むしろ、望みがかなったかのように満足げだった。
そして、一行の中でもっとも小柄な少女が、前に馬を出そうとして隣りの若い男に止められた。
「あ、す、すみません。動いちゃダメなんでしたね、ごめんなさい。でも・・・」
その少女の表情に、アドリンはなぜか無性になつかしい想いを抱いた。
「かすかに覚えてます、この景色。やっと・・・やっと帰って来られました。わたしのふるさとに」
少女は泣きたいような、それでいて笑いたいような、なんとも言えない表情で、そう口にした。




