第230話 プラト公国vsエルザーク王国
ファイアドラゴン討伐から4日目、俺たちはそろそろドルッグ兄弟から聞いたノルテの故郷を探しに行こうと思っていた。
一昨日から始まったドラゴンの解体作業が完了するには、まだ数日かかるようだ。
俺は先に取り出してくれた魔石を受け取り、少しでも死体が傷みにくいよう、リナと冷却魔法をかけ直しておいた。
カムルに明日には出発するつもりだと伝えるとすごく寂しがられて、「シローは人狼の大長だから、力が必要な時は呼んでほしい。カーミラと仲良く」と言われた。
カーミラとカムルがペロペロなめ合ってたら、カムルの群れの女たちも混ざってきて、なんだかすごいことになってた。
カムルと人狼娘たちは、開拓村の連中からもらった質素な貫頭衣とズボン姿になっていて、ぱっと見は普通に村人みたいになってる。実際、しばらくはスーミの集落で暮らそうかと思ってるらしい。
セラミックナイフでの肉のさばき方にも慣れてきたみたいだが、今後、魔物から集落を守る役割もするなら武器らしい武器もあった方がいいだろうと思って、カーミラが持ってるような握りやすい短刀も何本かセラミックで作って渡しておいた。
ガステンの群れは相変わらず毛皮パンツだけの半裸姿だけど、一緒に解体作業をしたり、少しずつ人間たちとの心理的距離は縮まっている様子だ。
ちなみに、ガステンとオドンがそれぞれ「娘をカムルに嫁にやる」と言っているそうで、ドラゴン退治以降は“格下の小僧”じゃなく対等な群れの長と認められたようだ。
俺たちはまた長旅になるので、当面必要な食料を買い込むため、リナの転移でレムルスの国境の街オステラまで飛んだ。
開拓村はドラゴンの肉をのぞけば食糧不足なので、負担をかけるわけにはいかないから。
ルシエンとカーミラは、人狼たちの案内で、焼かれた森の跡を再生しに回っている。ルシエンが持つ「植物」という魔法は、地中の種を芽吹かせたり弱った草木を癒やし、その成長を加速する力があるそうだ。
「できるのは本当にわずかな範囲だし、草木の元々持つ力を少し後押しするだけなんだけどね。私たち森エルフはヴァラの神々から地上の植物たちを見守るよう命じられている、と信じられているの」
ガステンやオドンにも聞いて、なるべく優先的に回復させたい所を回るらしい。
だから、買い出しに来たのはアイテムボックスのスキルを持つメンバーとベビードラゴンのルーヒトだ。
俺とノルテに加えて、エヴァも娼婦LV10になったときにアイテムボックスを得ていた。
アイテムボックスのスキルを得られるジョブと得られないジョブの違いは、未だにはっきりわからない。冒険者や商人、薬師、鍛冶師など荷物運びが負担になるジョブだろうかとも思うが、娼婦はどうなんだろう。便利だからいいんだけどさ。
ノルテに見繕ってもらった食糧を3人のアイテムボックスに詰め込み、ノルテとルーが肉まんじゅうを買い食いしてから、最後にギルドに立ち寄った。
オステラのギルドは小さくて、冒険者ギルド単独ではなく、商業ギルドなどと同じ建物だが、国境の街でもあり安全情報とかはちゃんと掲示されるから、それを確かめるのが主目的だ。
ドラゴンを連れ込むなんて何か言われるかと思ったが、ルーはまだ「ずいぶん大きな赤毛のヒヨコ」みたいで、エヴァとノルテに交互に抱かれている姿は危険そうには見えないし、冒険者の中には召喚獣を連れている者もいるからか、人目はひいているものの断られたりはしなかった。
「旧街道の通行回復、もう出てますね」
エヴァが指さした通り、“ドラゴンが見つかったが討伐され、旧街道の通行が可能になったと見られる”って一報がさっそく昨日の日付で張り出されていた。俺たちの名前は書かれてないけど、ちょっと誇らしい。
戦争の方には新たな動きはないかな・・・そう思って立ち去ろうとしたところ、ちょうどギルドの職員が小走りでやってきて、そこに新たな羊皮紙を張っていく。何枚も持ってるな。
「え?」
「聖なる・・・“聖戦”ですか、これ?」
苦労して文字を読んだノルテの言葉に、ギルドにいた他の冒険者たちも驚いて集まってきた。
「なんだって、イシュタールとカテラが?」
「おいおい、冗談じゃねえぞ!」
最初に張られた1枚は、イシュタール神国の宗教指導者が、世界中のイスネフ教徒に「聖戦」を宣言したというものだった。
その内容も抜粋されてる。なになに・・・
《天に二つの神なく、地に二つの人類無し、神の似姿たるイスネフの子らのみ祝福される。神の王国を否定するもの全てを浄化するため、全ての信徒は聖戦に命を捧げよ・・・》
これは控えめに言って狂信者、俺に言わせればキ○ガイだな・・・それとも宗教ってのはこういうもんだっけ?初詣にもろくに行ってない、クリスマスなんて無縁だった俺には理解できん。
そして、張り出された2枚目は、これに対して老舗の宗教というのか、この大陸で一番広まってる万神教の総本山・カテラ万神領が、イシュタールを非難し全ての命と心を持つ者は祝福されている、と声明を出したというものだ。
ただ、万神教ってのは要するに、“各地の土俗宗教とかの神様もみんな神様だよね”って受け入れて自然派生的にできあがったものに過ぎず、教義もはっきりしてないと言われていて、ある国と別の国でありがたがってる神様は違ってたり、万神教がさかんな国同士が一枚岩とは限らないのが弱い点らしい。
だから近年、結束したイスネフ教徒による布教活動が強まって、多神教国はちょっとずつ侵食されていってる、というのがリナからの受け売りだ。
どっちにしろ、聖戦とか宗教戦争とか、神様を引っ張り出して人殺しを正当化するなんてどうかしてる、って思うのは、俺がどっちの宗教にも思い入れがないからだろうか?
でも、巻き込まれる人たちには本当に迷惑な話だ。
そして・・・3枚目の張り紙には、一番多くの冒険者が集まりざわついていた。
「ついにうちもかよ・・・」
「ガリスの奴ら、何考えてんだ!」
それは、亜人差別が強いのを俺たちも実体験してきたあのガリス公国が、宗主国であるレムルス帝国のイスネフ教徒弾圧に抗議し、宗主権を否定。完全独立を宣言すると共に、アルゴルと同盟しメウローヌに宣戦布告した、というものだった。
「我が国でイスネフ教徒弾圧なんて、してねえだろっ」
「なになに、“レムルス帝国ではイスネフ教徒を奴隷にして闘技場で魔獣に食わせる残酷な見世物をしている!”って、なんだよこれ!?」
闘技場でやってたのって、剣闘士同士の戦いと戦車競走だったはずだけどな。
つまり、フェイクニュースで無知な大衆をだまして扇動してるってことか・・・
それに対し、帝国は事実無根の中傷に抗議し、ガリス公国への派兵を決定した、とある。大変なことになってるな・・・
「ご主人さま・・・これ、える、ざーくって書いてないですか?」
だが、そんな物思いも、ノルテに言われて最後の4枚目の張り紙を見た途端、ふっとんだ。
「エルザークがっ!?」
4枚目の張り紙には、ガリスと同様にレムルスを宗主国とするプラト公国も、イスネフ教の国教化とレムルスからの離脱を宣言し、しかも、南側にあるエルザーク王国の淫祠邪教がプラトの安全を脅かしているとして宣戦布告した、とある。
ダメだ、もう俺の頭じゃなにがなんだかわからない。何が起きてるんだ・・・
「あ、シローじゃないか」
呆然としていた俺に話しかけてきたのは、一緒に調査クエストに参加していた男だった。
「クレツキ!」
そうだ、彼らはここオステラが地元だった。
「あのドラゴンを倒したのはあんたらだって、驚いたぜ」
「ああ、開拓民たちとか、みんな頑張ってくれたしな・・・」
当事者といっていいクレツキたちには、ギルドからなのか情報が伝わっているようだ。人狼のこととかも知らされているんだろうか。
「そうだ、それより、あんたエルザークから来たんだったよな。そっちも大変なことになっちまったなあ」
クレツキも、この張り紙を読んだらしい。
「そうなんだ。これ、どうなってんだか、俺にはよくわからないよ」
「だよなあ、おれらもどこが敵でどこが味方なんだか・・・ただ、早く国に帰った方がいいな、これは」
「・・・やっぱりそういうもんなのか?」
「あんた騎士身分だろ?ならなおさら、国やあんたの主にあたる貴族の指揮下に入らないとまずいんじゃないのか?」
どうやら、騎士であるってことは、こういうときに国から戦力として期待されるってことらしい。俺の場合、特にカレーナに雇われているわけでもないし、それでも何か義務があるんだろうか。
クレツキによると、こういう場合はギルドの事務所に各国から自国民向けの通信文が託されているらしく、それを聞きに行った。
「エルザーク王国の冒険者ですか・・・ありますね」
ギルドの窓口には、エルザークの商業ギルド、冒険者ギルドそれぞれが出した文面が届いていた。魔法通信を使ってるんだろうな。
《エルザーク王国デーバ冒険者ギルド本部より自国の冒険者へ
戦争勃発につき、すみやかに帰国し、王国と冒険者ギルド間の緊急時協定に基づく公設任務への参加を要請する。ただし、プラト公国並びにマジェラ王国に滞在ないし通過の際は特に十分な警戒と安全確保に努めた上で、得られた情報を早急にギルドに報告のこと。
九の月・下弦三日 ギルド長 ヤレス・カラジアーレ》
ヤレス殿下の名前を久しぶりに見たな。
そうか、帰国して国から冒険者ギルドへ依頼されたクエストを受けろってことかな。
どっちにしろ、ノルテの故郷も東のプラト公国の辺境の方とかって話だったし、そこに寄ってからエルザークに戻るってことでいいかな。
・・・というか、そのプラトと戦争なんだよな、十分警戒して情報を得たら知らせろって、かなりヤバイ話だよな。まあ、目的はノルテの父親を探すことで、わざわざ危険に踏み込むつもりはないが。
ノルテが不安そうな顔をしている。
「大丈夫だぞ、ノルテ。ちゃんとお父さんたちの所に行こう。ドワーフたちが戦争をしてるってことじゃないんだし」
「・・・そうですね、でもエルザークに戻れるか心配ですね」
「プラトからエルザークに向かう街道は、通れなくなってる可能性もありますね」
エヴァが思案顔で言う。それは確かにそうだが。
「いや、そのあたりまで行けば、リナの転移が可能になるんじゃないかと思うんだ」
あてにしてるのは転移魔法での帰国だ。
五月に一度、パルテアからエルザークに帰国したから、その時にデーバ周辺で転移地点の登録をしてある。
今いるところからだと、まだ遠すぎて飛べないことは確認済みだけど、ドワーフたちの集落があると見られるあたりまで東に行けば、可能になるんじゃないかと思う。
(うん、やってみないとわからないけど、地図上の距離から見て可能性はあるかな)
それを説明すると、ようやく2人とも少し安心したようだ。
小さな辺境のギルドで得られるだけの情報を聞き込むと、早くルシエンたちと合流しようと、急いで帰ることにした。
こうして、最初は東方のパルテア帝国周辺の小ぜり合いに過ぎなかったはずの戦火が、今や“聖戦”の名の下に大陸全土に広がる大戦争へと変貌していた。




