第24話 (幕間)メンバー選考
領内掃討が完了した翌日、迷宮討伐に向けた幹部たちの作戦会議が開かれた。
少数の幹部が集まる際にしばしば使われる、領主の館の応接間。
円卓には軽い朝食が用意され、5人の男女が囲んでいた。
領主カレーナと側近のセシリー、長老格の騎士セバスチャン、騎士長ザグー、兵士長バタの5人。領内の軍事や治安維持に関わる一切を動かしているメンバーだ。
「ザグー、昨日はご苦労でしたね。体はどうですか?」
「は、傷口を塞いでいただいたおかげで、もう問題ありません。面目ない次第です」
昨夕、領内掃討を終えて戻ったザグーは、かなり深い矢傷を負っていて、同行していたLV3僧侶のヴァロンには治しきれなかったのを、カレーナが“癒やし”の重ねがけをして治療したのだった。
他にも負傷者が3名。相手の数が多かったとは言え、レベルの低いコボルドの群れを掃討するのに、思わぬ被害だった。
一昨日のオークとの戦いでは、LV5の戦士がオークリーダーに倒され、帰らぬ身となった。わずか2日間の作戦で、わずか30人の兵力のうち3分の1が、すぐには万全の戦いはできない状態になっていた。
ようやく領内の安全を取り戻せたことで、壁外の農民・木こり・狩人らも安心して暮らせるようになり、他の街との通商も復活の期待が持てるようになったことは大きい。
だが、魔物が湧き出す源泉と言える迷宮自体を討伐しなければ、またいつ状況が悪化するか知れなかった。
その迷宮討伐に派遣するメンバーの選定が、早朝から幹部を集めた議題だった。
「まず、あらためて現在のレベルの高い者から順に挙げると」
兵士長のバタが情報を整理する。
「正規の身分を持つ者では、まずLV10の騎士セバスチャンどの、LV8の騎士ザグーどの、次いでLV7に上がったのが冒険者ジョブのベリシャですな」
皆が頷いたのを見て、バタが続ける。
「それに続くのが、LV6のカレーナ様、同じくLV6で騎士のイグリどの、LV6戦士のセシリーと自分です」
「あとはLV5以下ばかりか・・・」
ザグーがうめく。
王国の兵団ならLV5以上でようやく一人前、主力部隊はLV10以上が当然とされる。
わかってはいたが、実戦経験の足りない兵が多くなったことで、ますます被害が増え、さらに戦力が低下する悪循環は深刻だった。
「負傷者も多いですし、掃討作戦をしたとは言え、ならず者や、友好的とは言いかねる周辺諸侯に備えるための兵力も最低限残しておかねばなりません」
「そうだな。ただでさえ今回の掃討ではかなり無理をした。亡くなったベルーシの遺族には弔慰金を払う必要もありますし、これだけ総兵力を投入するようなことはもうできんでしょう」
セシリーとイグリも厳しい状況を確認するように発言する。
「正規兵だけにこだわることはないでしょう」
カレーナが声をあげる。
セバスチャンがそれに同調する。
「戦闘奴隷ではグレオンがLV8でしたか。あやつの腕は確かですな」
「しかし、当家の大事に忠誠心の期待できぬ奴隷を頼るのは」
「いや、むしろ危険な迷宮だからこそ奴隷を使うべきでは」
意見は割れる。
「過去に迷宮に入った経験を持つ者は、もはやセバスチャンどの、それがし、イグリの他はグレオンだけです」
ザグー騎士長がカレーナに向かい告げる。
「迷宮特有の状況は、入ったことがあるものでなければわからぬ点が多々あります」
「そうですね。迷宮戦の経験者は必須です」
「仮にレベルの高い正規身分の者から単純に編成すれば、セバスチャンどの、ザグーどの、ベリシャどの、そしてカレーナさまと私、イグリどのとバタどのの中から3人・・・これでレベル6以上で6人になりますが」
カレーナに続き、セシリーが確認するように数える。
「ですが、さすがにセバスチャン殿はもう」
「なんの!お家の大事にこの老骨、命を惜しむものではない」
10年以上前に第一線から身をひいたセバスチャンが、今更過酷な迷宮での戦いに出られると思う者はいなかった。
「セバスチャン、あなたの忠節と経験は心から頼りにしております。ただ、だからこそ、領内の運営にあなたは欠かせませんから」
これは、女主人たるカレーナが言わなくてはいけないことだった。
「ザグーどのもまだ傷が癒えてはおらぬし、政務はセバスチャンどの、軍務はザグーどの、と残留組を束ねてもらうべきかと」
「なにを言うか。このようなかすり傷、なんともないわ」
イグリの提言をザグーは強く否定する。
「しかし、それ以上にカレーナさまを危険な迷宮に入れるわけには・・・」
「気持ちは嬉しいですが、領主自ら迷宮討伐の役目を果たすことは王国の貴族としての務め、そうでなくては継承も認められないでしょう。それに、治療役抜きでどう戦うのです?領内で私よりレベルが高い僧侶と言えばムラド神殿長しかおりませんが、お願いするとでも?」
「ムラド老師は御年80でしたな、さすがにそれは・・・」
カレーナの正論に反対できる者はいなかった。領兵で治療呪文を使えるのは他にレベル3僧侶のヴァロンしかおらず、力不足は明白だった。
「そもそも階層の主と戦うには、私が欠かせないのではありませんでしたか?」
一同はハッとする。セバスチャンが頷く。
「迷宮の階層ごとにある特殊な結界に入れるのは、1名ないしパーティー編成された1集団、6名まで。そして、その結界に入るには、一定レベル以上の僧侶か魔法使いの呪文が必要とされております。現在、当家でそれが可能なのはカレーナさまの『破魔』を使う方法だけかと」
この世界の迷宮には、階層ごとに『主』と呼ばれる魔物がおり、それを倒すことで初めて次の階層に進める。そして主は特殊な結界の中におり、そこに入る方法や人数には厳格な制約がある。
これが、兵力で力押しもできる通常の戦と、迷宮の決定的に異なる点だった。
「冒険者でレベルが高いのはLV7のベリシャ、次いでLV5のホッジャですな」
「お待ちを。セシリーが連れてきた例の奴隷が、冒険者LV7まで上がっていると報告を受けております」
バタの発言に議論が再び紛糾する。
「なんと!数日前はレベル1だった者ではないか。信じられないレベルアップだな」
「新参者だろう。信用できるのか?」
「シローは性格は下劣で助平で最低で、剣の腕もお粗末で頼りないですし・・・ただ契約魔法で縛ってありますので造反の懸念はないと思いますが」
セシリーが複雑な表情で言う。
微妙な空気をカレーナがやぶる。
「シローの特殊なスキルはきっと大きな助けになります。連れて行きましょう」
「そうですな。階層の主と戦う6名は正規の身分を持つ者を優先するとして、そこまでの支援要員としてグレオンらと共に迷宮に入らせる、ということでいかがか?」
ザグーが皆の顔を見ながらまとめに入る。
「よし、では迷宮討伐に招集する各員には、明日夜明けと共に出立すると伝えよ。番所まではトリウマに騎乗、ただし装備は下馬戦の第一級行軍装備だ」




