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第225話 死の駅伝

ファイアドラゴンの襲撃で多くの犠牲を出していた3つの開拓村の人間たちと人狼の群れは、起死回生のドラゴン退治に挑むことになった。

「ご主人さまー」

 御者台に座るノルテが片手を振っている。


 ドルッグとドレッグのドワーフ兄弟を手伝って作り上げた鋼鉄の大矢を馬車で運んで来たんだ。

 それだけじゃなく、兄弟が試作していた大砲もバラして乗せてるから、かなりの重量があるようだ。


 きょうはいよいよ上弦の十四日だ。9月の満月だから、元の世界なら中秋の名月ってとこだな。


「ノルテ、こっちだ」

 案内したのはスーミの集落から少し離れた、山道の奥だ。小型の荷馬車がかろうじて通れるだけで、すれ違える幅は無い。


 クラウコフ村の自警団長パッヘルと、弓に詳しいルシエンが中心になって、大弩本体の調整を続けている所に連れて行く。

 最後はかなりの坂道で、ドルッグとドレッグは馬車を降りて後ろから押して進む。


「おお、できたか、待ってたぞ」

 パッヘルがドルッグに声をかける。

「いい物が出来たんだろうな?」

「バカもん、当然だろうがっ、そっちこそまともな弩を用意したんだろうな?」

「はっはっは。おう、レムルスの守備隊に負けないぐらいの一品ものさ。作ったのはうちの村の大工衆だがな、頑張ってくれたぜ」


 俺が粘土スキルで山の中に作った仮設の射撃小屋の中には、2台の大弩が並んで置かれている。

 その隣りに、分解して持ち込んだ大砲をまず据え付ける。スーミ集落の長、ボイトニと力自慢の鉱夫たちがドルッグの指揮で作業を進めていく。


「こいつぁ、あらためて大したもんだな。ちゃんと弾が飛んでくれるといいが」

「まったく、ふざけたことを。わしらが作ったもんだぞ、ガリスの大砲にも負けんわい!」

「はっはっ」


 ドルッグらが大砲の組み立てをする傍らで、パッヘルたちはドレッグと共に大矢を降ろし、大弩に合わせてみる。

「うむ、ぴったりだな。1台に3本ずつあるのか?」

「ああ、色が違うのは練習用だ。本番用は2本ずつ、実際は2度目を引く時間はないかもしれんがな・・・」

「だろうな、ん?この鏃はなんだ?鋼じゃないし、銀のわけはないよな?」

 

 弩弓に詳しいパッヘルが、大矢の先端だけがその他の部分と違い銀色に輝いていることに気づいた。

「おう、人間族でこれを知ってるのは英雄クラスの連中だけだろうな・・・その先端部はミスリル製だ!」

 ドルッグとドレッグの兄弟が胸を張った。


「なっ!ミスリルだとっ・・・」

 その場に居合わせたものたちが、みんなあまりの驚きに固まってる。


 そうだよな。俺も昨日の夕方、リナがノルテと結んだ遠話でヘルプを頼まれるまで、実際にそんなファンタジーそのものの金属を目にするとは思ってもいなかった。


 なんでも、ドワーフ王国があった北の山脈にはミスリルを産出する鉱山があって、ドルッグたちの祖父が形見にわずかばかりの地金を残してくれたらしい。それを大事に持っていたんだが、今回、その秘蔵のミスリルを鏃の先端部に使ってくれたんだ。


 ただ、ミスリルの加工には普通の鍛冶場の火力じゃ足りないことがわかり、ノルテが俺の錬金術スキル“熱量制御”を思い出した。

 それで、リナの転移を使ってカリヨンまで急遽行ってきたんだ。


「相手は高レベルのドラゴンだからな。鋼じゃあ、いくらおれらの腕で鍛えたと言ってもちぃっと心許なかったんでな。ありがたく思えよ。撃ったあとも必ず矢を回収しねえとな・・・」

 ドワーフ兄弟の覚悟が伝わってくる。


 大砲と大弩の準備ができ、集落の女たちが用意してくれた団子が振る舞われる。鬼退治の前のキビダンゴみたいだな。

これから、女子どもは日が傾く前に、馬車に分乗してクラウコフに疎開する予定だ。


 男たちは一息ついたあと、クラウコフから運ばれてきた木材を使い、射撃小屋の前に防柵を作る。


「ドラゴン相手じゃ気休めにしかならんが、少しでも生きるためにあがいたやつが、最後に幸運をつかむもんだからな」

 スーミのご意見番、元冒険者のゼノー老人が、柵の出来具合をチェックしながらつぶやく。深い言葉だ。


 俺は、大弩や大砲を操作する以外の連中のための隠れ家を、粘土スキルで岩肌にいくつもこしらえる。普通の弓や槍はほとんどドラゴンの鱗に通らないのはわかっているが、ドラゴンに突入された際に、一瞬でも時間が稼げれば、2射目が撃てる可能性もそれだけ高まる。


 そして、それでも倒せなかったら、最後は俺たちがなんとかするしか無い。そのためにも、この場所を選んだんだ。


 夕方になって作戦の最終確認をすると、囮のヤギたちを射撃小屋の隣りに建てた木造の小屋に押し込む。


 この急ごしらえの砦に残るのは、三つの開拓村から集まった50人あまりの男たち。戦える者のほとんどだ。

 ボイトニとパッヘル、元兵士の2人が戦闘指揮を執る。

「シロー」

「ああ、始めようか」


 行動開始だ。


***********************


 その年経たドラゴンは、いつもより少しだけ早く、まだ日が落ちきったばかりの時間に目覚めた。

 なにかの気配を感じたのだ。


 今はいつも以上に攻撃的になり、腹も減る時期だ。これは肉の匂いだろうか?大切なものを万一にも壊さぬよう、木々を集めた巣の中からのそりと身を起こし、岩塊を積み上げた壁の向こうに首を伸ばす。


 なにも見えないが、肉の匂いはする。


 両の翼に魔力を込め羽ばたくと、巨体は軽々と舞い、眼下の森へと降りる。

 その途端、チクリ、と針のようなかすかな痛みを下腹部に感じた。


「グアウッ」

 不快さに声が漏れた。とがった岩にでも降りたのか。だが!

「グゥッ!」

 鋭い牙が喉笛に突き立った。無論、鋼よりも硬い鱗に突き刺さりなどしないが。今の今まで姿が見えなかった1頭の狼が、そこにいた。

 そう認識した瞬間。横合いから、ファイアドラゴンが最も嫌うもの、強烈な吹雪が顔面をたたきつけた。


「グオォォォッッ!!」

 怒りにまかせ、炎のブレスを吐き出す。一瞬で眼前の森が真っ赤に染まり消し飛んだ。


 だが・・・少し離れた場所に、炎が届かなかった木々の間にその狼は平然と立っていた。

 そして駆け出す。視界から一瞬で消えた。


 逃がさぬ!

 ただ焼くのでは気が済まぬ。このあぎとにかけて生きたまま貪り喰らってやる!


 巨体で木々をなぎ倒しながら、ドラゴンは低空飛行で、その姿を追った。


 いた!


 森が途切れ、峡谷が見えた所で、ついにその姿を捕らえた。

一気に距離を詰め、口を開く・・・一瞬、狼の背中にまたがる人の姿が現れた?かまうものか!


 だが、まとめて飲み込もうと食らいた瞬間、その狼と人間の姿が消えた。


 そして、慌ててまわりを見回すドラゴンの顔に、またしてもわずかな冷水が浴びせられた。

 挑発されているのだ。


 視線の先には、峡谷の上を飛ぶ小さな取るに足りぬ、獣の姿があった。


***********************


《こちらリナ、第一中継所クリア!》


「リナ、カーミラ、無事か!?」


《大丈夫!コモリンを放出して転移したとこ。予定通り次のポイントに向かうよ》


「でかした、頼んだぞっ」


 重要な第一走者は、リナとカーミラだった。

 ドラゴンが眠っている日中に巣のそばまで行き、日没と共に隠身スキルで忍び寄り、挑発する。


 その段階でいきなりブレスをぶっ放されるのを恐れていたんだが、なんとか乗り切れたようだ。

 峡谷の手前まで狼化したカーミラに駆けさせて誘導したら、峡谷を越える部分はコモリンを飛ばせて、そっちに目を惹き付けてる間にリナたちは転移で逃れる。


 そして、次からは、人狼たちの駅伝競走だ。


《ガステン、そろそろ来るよ、いい?》


 リナの言葉かカーミラのうなり声か、どちらに反応したのかはわからないが、ガステン率いる群れの狼たちが身構える。

 夜空を飛ぶ小さなホムンクルスが、ドラゴンブレスをひらひら舞ってかわし続けるが、そろそろ限界だった。


《シロー、回収っ!!》


 ひときわ大きな炎に包まれるその寸前、ホムンクルスの姿は消え、その代わりにドラゴンの眼下で鋭い咆吼が響いた。

「ウオオォォンッ!」


 怒りと空腹にかられた深紅の巨体は、急降下して新たな獲物たちに襲いかかった。


「イクゾッ、ワレラのチカラ、ミセルッ!」

 人狼の群れが、煌々と輝く月光の下を疾走し始めた。


 ドラゴンがブレスを放つたび、鋭い爪で襲いかかるたび、人狼たちはパッと散開して木立や岩陰に紛れ、しばらくするとまた、どこからともなく集まってこれ見よがしに隊列を組んで駆け続ける。

 狩猟本能に駆りたてられるように、ドラゴンはただそれを追い続けた・・・



《第三中継所も通過したよっ!》


 ガステンの群れは1人を失い3人が大やけどを負いながらも、次のオドンの群れに誘導役を引き継いだらしい。


 俺は、地図スキルに映る光点を見ながらリナの実況を聞き、カムルたちもスタンバイ位置についたことを確認する。


「あと5分ぐらいで来るぞ」

「いよいよだな、村の未来がここにかかってるんだ、覚悟はいいなっ」

 パッヘルが男たちに気合いを入れる。


 ボイトニは伏せてある戦力の指揮を執るため、既にこの射撃小屋には姿がない。


 大砲の発射を担当するドルッグが、火縄の調子を再確認している。万一の場合は俺が魔法で点火するつもりだ。

 2つの大弩はワイヤーを巻き上げてフックにかけ、ハンマーで留め金を叩くとフックが外れて大矢が放たれるしかけだ。パッヘルの合図でそのハンマーを振り下ろす大役は、ドレッグとノルテが務める。


 ルシエンは、本来のスーミの集落を結界で覆い、巻き添えになって燃やされないようにした。それによって、ドラゴンがより確実に、濃厚なヤギの匂いがするこっちに向かうように。

 そして、射撃小屋の壁沿いでドラゴン接近を見張りつつ、最後は自らの弓矢でドラゴンの急所を狙うつもりだ。その矢には俺の錬金術で氷の属性を付与してある。


《第四中継所通過っ、カムルたちが出たよ。あと1クナートっ》


 リナが最後の念話で叫んだ直後、射撃小屋の中に転移して現れた。

「ふうっ」


「ご苦労だった。あれ?カーミラは・・・」

「もう一回走るって、カムルたちと」

「タフだな・・・いや、そうだった。リナ、バフを頼む」

「りょーかい、みんな、順番にいくからね」


 三集落の男たちと事前に顔合わせはしていたけれど、突然魔法で出現した少女にみんなびっくりしている。

 でも、それに答えることはせず、僧侶モードに変わったリナが次々「祝福」と「守護」をかけていく。


 地図上で5つの白い点が険しい山道を駆け上がってくるが、うち3つは遅れ気味だ。

 先行してるのがカーミラとカムル、あとのが群れの女たちだな。ほとんど間を開けずに赤い大きな光点が急激に近づいてきて、女たちは左右にばらけたようだ。


「来るぞっ!!」


 合図と共に、俺は粘土スキルで、峡谷に面した側だけ射撃小屋の壁を吸収した。

「俯角10、距離1千歩!」

 小屋の外に立つルシエンの鋭い声が響く。

 斜面を駆け上がるカーミラとカムルを追って、ドラゴンは水平面より下から舞い上がってきた。ブレスの火線が二人に向かって伸びた・・・が、かわしたようだ。


「まだだぞ、慌てるなっ」

射撃隊長のパッヘルが叫ぶ。


「距離700歩、600」

「大砲、間もなく行くぞっ!」

 ドルッグが火縄を構えて声をあげた。

 ドラゴンがこっちに気づいたのか、高度を上げてきた。ここだけ明るく目立つし、隣りの小屋には、集落から連れてきた囮のヤギの群れがいるからな。


「仰角10に。距離400、300」

「弩、発射用意っ!」

ドラゴンが大きく口を開き、中に赤々と炎が灯った。ブレスかっ!?


「大砲、点火っ!!」

 ドルッグが叫ぶと同時に轟音がとどろいた。


 小屋がぐらぐら揺れ、ドラゴンの片翼にバッと何かがはじけた。巨体が中空でよじれると共に、灼熱のブレスがその口から吐き出される。

 火線はドラゴンの体がねじれたことで俺たちのいる小屋をそれて、斜面を焼き払った。


「200、100っ」

「撃てッ!!」

 ゴンッ!

 2つのハンマーが同時に鳴り、ため込まれた大弩の力が一気に解放された。 

 

 巨体をひねって立て直し、こっちに突っ込んで来たファイアドラゴンを、鈍色の尾を引いて大矢が襲う。

 ギンッ!と硬質な音と共に一本は胴体に斜めに弾かれたが、もう一本は、ブシャッと湿った音を奏で、首筋をえぐりながら突き抜けた。ドラゴンの鮮血が飛び散る。


「巻き上げろっ、二の矢をっ!」

 パッヘルの絶叫と共に、男たちが大急ぎで弩のワイヤーを巻き、2本目の大矢をつがえる。


 だが、片翼の力を失ったはずなのに大して衰えない勢いで、ドラゴンの巨体が放物線を描き、目の前に降ってくる。


 その片眼に、矢が突き立った。ルシエンだ。

「二射目行きますっ!!」

 ノルテがそう叫んだのと、ハンマーの音が響いたのは同時だった。


 ドラゴンの前脚が小屋の床にかかった瞬間、ミスリルの鏃が、傷ついていなかった方の翼を貫いた。


 ズズズンンッ!

 巨体が大砲を押しつぶしながら、小屋に飛び込んでくる。ノルテと男たちが左右に飛び退くのを視界の隅に捕らえながら、俺は真っ正面で大きく開かれた口の中に、ありったけの粘土を出現させ、ブレスを封じる。


 小屋の屋根と壁が崩れ出すのを、粘土スキルで吸収する。


 ドラゴンの巨体がスローモーションになってのしかかってくる。硬直した俺に、リナが横から抱きつきながら転移した。

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