第224話 竜退治への共闘③ 人狼の流儀
開拓集落の村人たちは、村を襲うファイアドラゴンを退治するため、人狼の群れと協力することで合意した。これから満月までに、やることが山ほどある。
開拓民の3つの集落とカムルたち人狼が共闘を合意したあと、2日後の満月の晩に間に合うよう、大急ぎで作業が始まった。
クラウコフ村で中心になったのは、思いがけないことに、当初は竜退治なんてできっこないと否定的だった自警団のリーダーだった。
このパッヘルというおっさんはスーミのボイトニと同様に元兵士だったが、都合のいいことに、レムルスのとある城市で大弩を使う守備隊にいたそうで、今回の作戦に使う大弩の製作と運用の指揮を執ってくれることになった。
村の大工と、鋼鉄の大矢の方を鍛造するカリヨンのドワーフ鍛冶師ドルッグ、そしてその助手に名乗りをあげたノルテも加えた4人で、さっそく図面を描き始めた。
それと並行して、若者たちを束ねる村長の息子ゲデルが木こりたちを率い、まだ焼かれていない森に、大弩の製作に必要な木を切り出しに向かう。そっちには、樹木の性質や弓作りに向いた木質に詳しいルシエンが同行することになった。
家を焼かれて再建が必要な者も多いから、これが一番の大集団になった。
ルシエンには、パッヘルたちを手伝って大弩が完成したら、それをスーミまで運ぶ際の護衛もしてもらう。
ノルテは図面の打ち合わせがすみ次第、ドルッグやボイトニと共にいったんスーミに行き、たたら場で作りだした鉄塊を受け取って馬車でカリヨンに運ぶ。それを使って大矢の製造だ。
そして、俺にも重要な役目があった。
ファイアドラゴンを人狼たちが誘導すると言っても、ドラゴンの住み処からスーミまでは、俺たちの足では3時間近くかかった。狼化した人狼の全力疾走でも、10分や20分はかかるはずだ。
と言うか、ドラゴンが全力で飛べば5分もかからないだろうから、その攻撃を躱したり、方向を変えたりしながら、巧みに誘導する必要がある。
それは2,3人とかではとても無理な話で、狼化した大勢の人狼が互いにドラゴンを挑発して目先を変えながら、リレー形式で走り続けるってことをしないと不可能だと思う。
つまり、人数が足りないのだ。
そして、カムルの話ではこの周辺には、他に大きな群れだけで2つ、はぐれ人狼を含めるとかなりの数が、ドラゴンに追われて押し込まれるように狭い縄張りを作っているそうだ。
だいたい、調査中にサイモンたちのパーティーを襲ったのは、カムルの群れじゃなかった。ということは、あまり友好的とは言えない別の群れが近くにいるってことだ。
そいつらを探して、協力してもらう。
最悪でも、作戦中にこっちの邪魔にならないようにしておく必要がある。
「じゃあ、ルシエン、ノルテ、いったん別行動になるけど、なにかあれば、リナと遠話で話せるように意識してるからな」
「ええ」「ご主人さまも気をつけて下さいね」
村人たちにもいったん別れを告げて、俺とエヴァ、カーミラの3人は、カムルたちに他の群れのいそうな場所に案内してもらうことになった。
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最初に訪ねたのは、ガステンという人狼が率いる群れだった。
こいつはかつて、カーミラたちの群れが住んでいた山の隣りの隣りあたりにいたそうで、血縁で言えば従兄弟にあたるらしい。
「カムルたちの長ガイオンの兄弟が、ガステンの長だった」
つまり、父親の兄弟の息子ってことらしい。
カムルに案内されたのは、合同調査で調べていたエリアの近くだった。ここから縄張りに入った、と言われてすぐ、カーミラが断言した。
「これ、あの冒険者たちを襲った人狼の匂い、まちがいない」
やはりサイモンのパーティーを襲ったのは、そのガステンという人狼たちだったんだな。
最初、遠巻きに俺たちを見ているような多数の気配を感じたんだが、それから間もなく、遠吠えが聞こえた。
「縄張りに入ってるぞ、って警告だ」
カムルはそう話すと、それとは違う遠吠えを返した。
「これですぐ来ると思う」
今のはどうやら、ガステンを呼んだらしい。
やがて、3人の女を従えた長身の男が音も無く現れた。
<ガステン 人狼 男 28歳 LV16>
カーミラほどじゃないけどレベルが高い。まわりの女たちもLV10~12でカムルより高く、これもカーミラほどじゃないけど整った容姿の持ち主ばかりだ。
ガステンは長身の細マッチョ、そして体育会系のイケメンだった。気が合わなそうだ。いや、それでも協力体制を作らないといけないんだけどさ。
うおーんと威嚇のようにひと吠えすると、言葉でも告げた。
「カムル、ココ、オレのナワバリ。デテケ」
言語力はあまり高くなさそうだ。
「ガステン、カムルは敵じゃない。人狼の敵はファイアドラゴンだ、違うか?」
カムルはガステンと比べるといかにも線が細くて子どもっぽいけど、頭はよさそうだから説得しようとしている。
「ウウッ、ドラゴンハテキ、ガステンのオンナとコドモ、ヤキコロシタ。タクサン、クイコロシタ。ダガ、イマ、ココイナイ」
「今はいなくてもまた来る、そしたらガステンの群れの女も子どもも焼かれるし喰われる」
「・・・ドラゴンツヨい、デモ、ガステンニゲナイ。カムル、ニゲルカ?」
「カムルも逃げない。ドラゴンを一緒に殺そう」
「ドラゴンツヨい、カムルヨワい、ドウコロス?」
ガステンはカムルが何を言い出すのか興味を持ったようだ。
そこから、俺が引き取って作戦を説明する。
「ニンゲン、オレのナワバリ入ル、テキ」
「ガステンの縄張りだって知らなかったんだ。人間は敵じゃない。人間もドラゴンに喰われて一緒に戦おうと思ってる」
「ニンゲン、テキジャナイカ?」
「うん、昔はカーミラやカムルの群れの近くに住んでたなら、お前たちも人間集落と付き合ってたんじゃないのか?」
かつてのカーミラたちの群れは、人間の集落と取引をしたり良好な関係だったと聞いている。その長の親族なら、以前は人間と友好関係にあったんじゃないだろうか。
「・・・ニンゲン、ウソつく。ダマサレル」
ああ、インディアン嘘ツカナイ的なやつだろうか?かつて人間に騙されたことがあって関係がこじれたとか。
「今度は大丈夫だ。みんなドラゴンを退治しなくちゃ生きてけないんだから」
「カムルヨワい、ガステンツヨい。ガステンがオサだ」
「?」
話が見えなくなった、と思ったらカーミラにつんつんされ、耳打ちされた。
(人狼、強い者にしか従わない、カーミラに任せて)
「ガステン、カーミラと戦え。カーミラ勝ったら、カーミラたちに従え」
「ナニ、オンナのクセにオサにナルか?」
「カーミラの長はシロー。でもカーミラもガステンより強い」
カーミラがそう言った途端、ガステンの顔が険しくなった。
「オンナのクセにナマイキ。タタカウ!カーミラカッタラ、ガステンシタガウ。ガステンカッタラ、カーミラ、ガステンのモノニナレ!」
え?カーミラをよこせってことか、そんなのダメに決まってんだろ。ちょっ・・・
「わかったっ!」
俺が止める間もなく、カーミラがぱっと後ろに飛びすさった。
同時にガステンがうなり声を上げながら、身を低くする。
ローブ姿のカーミラと、毛皮のパンツ1枚のガステンが同時に狼化していく。どっちも“変化自在”のスキルを持つ高レベル者同士だ。
「カーミラが群れの女たちが見てる所でガステンを挑発したから、ガステンは退けなくなった・・・」
俺の隣りでカムルがぼそっともらした。
そうか、連れてきた女たちの手前、女より弱いと言われたら引っ込みがつかないってわけかよ。なんつーか、不良のケンカみたいだな。
そして、ガステンが咆吼と共に突進し、戦いが始まった。
茶色い狼姿のガステンはカーミラより一回りデカい。
レベルはカーミラの方が2つ上だが、レベルだけで強さは決まらない。おそらく、元々の肉体の資質や戦闘技術の違いはあって、レベルアップはそれを底上げとか補正するようなものなんだろう。
ガステンが体格差を生かして取っ組み合いに持ち込もうとするのを、素早さで上回るカーミラがかわしてヒットアンドアウェーで噛みついたり前脚で殴りつけたりする。
ガステンの群れの女たちが、キャーキャー声援を送ってる。
カーミラの方にはカムルと連れの女の子2人が応援するが、心配そうだ。
体格に劣る方がより動かなきゃいけないし、男の方が元々の体力もあるだろうから徐々にその差が出てくる・・・ガステンもそう考えているのか、スピード勝負にはせず、長期戦に持ち込む作戦に切り替えたようだ。
けど・・・それは悪手だ。
人狼に寸止めルールなんてのがあるかわからないから、俺はカーミラが命の危険にさらされるようなら、問答無用で介入するつもりだった。でも、2人のステータスが見える俺には、途中からその必要はないことが確信できていた。
「そろそろ決着でしょうね」
ハラハラしていたカムルたちと裏腹に、落ち着き払っていたエヴァがそう言うと間もなく、2人の動きが止まった。
「ガステンのマケダ・・・」
荒い息を吐いて大の字になり、あごをあげて喉を見せる。降参のポーズだ。
ガステンの連れてきた女人狼たちが呆然としている。
人狼の常識では、よほどのレベル差が無いかぎり、群れの長をつとめるような男に女が勝てることなどないのだろう。
勝敗を分けたのは、カーミラがアースドラゴンの血肉を喰らって獲得した、「HP回復(大)」のスキルだった。
普通、人狼族が持っているのは「HP回復(小)」だから、長期戦になるほど、スタミナ回復力の差が出たんだ。
一対一の勝負で敗北したガステンは、潔く俺たちに従うことを受け入れた。
うんうん、人狼嘘ツカナイ、だね。そこはナイスガイだ。
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日が傾きかけた頃、俺たちはもう一つの群れの縄張りに足を踏み入れていた。
こっちは、オドンという中年の人狼が率いていて、このあたりで一番規模が大きな群れらしい。
けど、縄張りに入ってしばらく進んでも、多数の人狼の気配が等距離で囲むように動くだけで、誰も姿を見せない。
「警戒してる。オドンは用心深い。たぶん、ガステンたちの戦いもどこかで見てたのかも・・・」
カムルがそう口にした。
これじゃらちがあかない。もう暗くなりかけてるし、こんな所でグズグズしてて、万が一にもドラゴンが飛来したらたまらない。
そこでエサを撒くことにした。
これ見よがしにアイテムボックスから出したテントを広げ、灌木に馬をつないで野営の準備をする。
飛行ホムンクルスのコモリンを空に放ってから、全員がテントに入った。
俺たちの姿がテント内に消えた途端、地図スキルに多数の光点が映った。赤では無く白い光点、ってことは直ちに攻撃しようって意思はないのかな。このあたりは、光点の色がどうやって決まるのか、まだ自信が持てないところもあるが。
そして、包囲網が縮まってテントのすぐそばまで来た所で、その外側に、転移した。
「!」
さすがは人狼の察知能力だ。背後に現れた俺たちの方に、驚いた視線が一斉に向いた。
あいつか。
人狼の群れには、成人の男は長一人だけしかいない。典型的なハーレムだ。
濃い体毛に覆われた中年男だ。
<オドン 人狼 男 39歳 LV14>
さっきのガステンよりはレベルが低いが、なんていうか、狡猾そうな顔立ちで隙が無い。そいつがいかにも、驚いてなどいない、という態度で呼びかけてきた。
「ここはオレの縄張りだ、勝手に立ち入るな。カムルの小僧、人狼の掟も忘れて人間を連れ込むとは何事だ」
こいつ、カムル以上に言葉が達者だ。俺たちにも聞かせるつもりか、最初から人間の言葉で話しかけてきた。
カムルがドラゴン退治の計画を持ちかけるが、オドンは関心無さそうな態度を取る。
でも、まわりの女たちが興味ありげに聞いているから、オドンのやつはポーズなんだろう。自分たちの力は安売りしない、とか考えているのかもしれない。
しかし、ここにいるだけでも成人の女が10人・・・全部がこのおやじの群れの女なのか、さっきのイケメンとは別の意味で腹が立つな。
「で、なぜオレが、小僧やよそ者に従わなきゃならん?」
「オドンも群れも、ドラゴンがこのままいたら暮らせないだろう」
「それを決めるのはオレだ」
カムルの説得にも耳を貸さないオドンに、カーミラが武闘派ぶりを発揮する。
「カーミラと戦え。カーミラ勝ったら従え」
「ゴメンだな、女とは戦わん」
戦ったら負ける、と思ってるな、コイツ。姑息だが正しい判断だな。
「カムルとなら戦ってやるぞ、お前は男だからな」
そして、自分より弱そうな少年を狙うとか、気持ちいいほど卑怯だな。
カムルは自分ではかなわないと思って悔しそうに黙っていたが、意を決して口を開こうとした。
「いや、待てカムル。おっさん、じゃあ、俺と戦えよ」
「なに?人間風情が人狼の群れ長と戦うだと?」
「ああ、俺は男だし、カーミラたちの長だ」
「うん、あるじ、カーミラの長だよ」
カムルに戦わせるよりは、マシだろう。幸い、俺の戦い方は見られてないし。
「・・・いいだろう。オレが勝ったら、そっちの女は全部もらうぞ」
おいおい、ふざけんなよ、全部ってカムルの連れてる女の子たちだけじゃなく、カーミラも、ってか、エヴァもか?こいつ、どんだけ女好きなんだよ。
(あんただってひとのこと言えないでしょ?人間だけじゃなく各種族の女の子を引き連れてるんだから)
リナに突っ込まれた・・・ち、ちがうから。
俺はこいつみたいに手当たり次第に囲ってないし、なによりみんなとは固い絆で結ばれてるのだ。
(・・・)
おいっ。
「あるじ、気をつけて、あいつ弱くないよ」
「オドンは不意打ちが得意。暗くなってからの戦いは、特に強い」
カーミラとカムルが口々に助言してきた。そういうことか、だから暗くなるまで待ってたのか。
「準備はいいか?」
俺がうなずいた途端、オドンは俺の方では無く逆方向の木立に駆けていき、姿を消した。
うわー、見えない所に逃げて隠身かけて奇襲、ってことかよ。まあ人狼が人間相手に戦うなら一番それが有利だよな。
なら、こっちも遠慮なく、使えるものは使わせてもらおうか。
腰の革袋の中のリナをスカウトモードに変えて、目一杯索敵能力を発揮させる。
さらに、カーミラをパーティー編成に入れて、その感覚も使わせてもらう。ズルいだって?これはスポーツの試合じゃないのだ。
地図スキルに、木立の中を高速移動する光点がはっきり映った。
でも、それを目で追ったりはせず、わかってないフリだ。
勝負は一瞬でついた。
俺の背後から音も立てずに飛びかかってきたオドンの眼前に、突然、粘土壁が出現した。それでもうまく壁を蹴って立て直そうとしたところに、さらに残る三方にも壁を出す。最後に天井を塞いで捕獲した。
のぞき穴を空けて、剣を突きつける。
「な、なんだこれは・・・くっ、降参だ」
こうして、開拓村の人間たちと人狼たちによる、ドラゴン討伐の共闘体制ができあがった。




