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第221話 ファイアドラゴン

自由開拓民の集落にほど近い山の中で、カーミラは生き別れになった弟と再開した。

 カムルという人狼の少年はカーミラより2歳年下らしいから、まだ16歳だ。


 背は俺より少し高いぐらいあって、毛皮のパンツだけしか身につけてない上半身は引き締まった筋肉質だけど、ろくに食べてないのかやせぎすで、ボサボサの髪に縁取られた顔立ちはまだ幼さが残っている。


 カーミラに似て美形だけど、なんというか繊細そうで、カーミラはどっちかと言うと中性的な美少女だから、二人とも女っぽい服装や髪型にしたら姉妹に見えそうだ。いや、俺にそっちの趣味はない。誓って女子が大好きだから。


「あれはやっぱり、かたきのドラゴンか?」

「うん、群れのみんなが殺されて、カムルは逃げて隠れてた。その後、しばらくしてあのドラゴンいなくなって、ずっと見なかったのに、また前の前の前の新月に戻ってきた・・・」


 カムルは、カーミラと違って人間と一緒に暮らしてるわけじゃないのに、かなり言葉は達者だった。

 以前のカーミラの話だと、人狼同士は普段はそんなに人間の言葉は使わなくても意思疎通できるってことだったけど。


「カムル、子どもの頃から頭いい、でも弱虫・・・」

「よ、弱虫じゃないっ!カーミラが乱暴なだけだっ」


 ・・・カーミラって実は子どもの頃、暴力女子だったのか?

 再会した途端に取っ組みあってマウントしたり殴りつけてたし。それで姉ちゃんに頭があがらない弟くんに育ったと。

 いや、まだ16歳だろ?人狼も15歳からLVがあがり始めるんだとしたら、たった1年あまりで、LV9か。十分だと思うけどな。


<カムル 人狼 男 16歳 LV9>


 カムルの説明はかなりわかりやすく、俺はかなり事情が把握できた。


 カーミラやカムルが育った人狼の群れは、4年前、はぐれ竜に襲われ壊滅した。


 群れを率いていたのはガイオンという男で、カーミラとカムルの母以外にも十人ぐらいの妻がいて、異母兄弟は何十人もいた。すげーな、尊敬しちゃう。

 しかも、直接率いる群れ以外にも、近隣のいくつもの群れを束ねるリーダー格で、その集団は“ガイオン支族”と呼ばれていたそうだ。


 そのいくつかの群れからなる百人以上の人狼たちが住んでいたのは、ここよりかなり南西、大森林と白嶺山脈の接するあたりにあった山深いところだったらしいが、竜に半数以上が殺され、生き残った者たちも散り散りになった。


 カムルは当時12歳で、小さな洞窟に身を潜めて空腹に耐えながら、竜が去るのをひたすら待った。

 ようやくあたりで見つかる獲物を食い尽くし、周辺を焼き尽くして竜が飛び去った後、生き残っている者の姿は他に無く、あまりに激しく焼かれたことで、仲間の匂いさえ残っていなかったという。


「焼かれた山はもう獲物いないから、カムルはあちこちエサ探しに行った・・・」


 ともかく虫やカエルなど食べられるものはなんでも見つけながら生き延びているうち、同じように生き残っていた者たちの姿も、ちらほら見かけるようになった。

 カムルは新たな群れを率いられるようなおとなにはなっていなかったが、群れを失った人狼の女子どもと共に行動するようになり、現在は3人の女を連れているという。


 あれだな・・・この洞穴の奥の方で警戒して遠巻きに俺たちを見ている女たち。女と言っても、3人のうち2人はどう見てもまだ子どもだ。


 そして、すっかり荒れ果てた山から北の方に移り、他の亜人もおらず、少し離れた所に人間の開拓民たちが点在するだけの山を見つけ、カムルたちと、他にも何組かの人狼たちが住み着いた。


 群れと呼べる規模のところは2つあり、その2つの縄張りとは餌場が重ならないようにしているせいで、あまり獲物が得られず常に飢えている状況らしい。


 その上、2か月あまり前に、姿を消していたはぐれ竜が4年ぶりに戻ってきたという。

 そのはぐれ竜が、今回、開拓民たちにも大きな被害を出している炎のブレスを吐くドラゴンだ。

 

 以前よりさらに体が大きく凶暴になり、人狼の群れは徐々に北西方向に縄張りを移しながら距離を取ろうとしているが、既に他の群れの人狼が何人も殺されたり喰われたりしている。

 そして、ドラゴンに押し出される形で人間の集落に近づいてきた人狼が、冒険者たちと衝突した、ってことか。


「カムルたちは、人間を襲ったりしてないよ。人間は仲良くすべき、そう長が言ってたから。仲良くなれば取引もできる。でもガイオン支族でもガイオン群れ以外はわからない。ガステンたちは人間好きじゃないし・・・」


 ガイオン支族という、ガイオンがトップのいくつかの群れの集合体の中でも、ガイオンが直接率いていた群れ以外は、人間と友好的で無いやつらもいるってことだな。

 そして、ガステンというのは、そうしたガイオン支族ではあっても別の群れの長だったらしく、ガイオンの兄弟の子でカーミラたちの従兄にあたるやつらしい。


「正直、これ以上、竜に追われると行くところが無い。人間と衝突するか、竜に喰われるか、大きな獲物はほとんど竜に喰われたり逃げ散ったりしてるし・・・困ってる」

 そううなだれたカムルのお腹がグーと鳴った。


「と、ともかく、ご飯にしませんか?少し余分はありますから、カムルくんたちも」

 ノルテが気を利かせて、自分のアイテムボックスから干し肉を出すと、洞窟の奥の方でピクッと反応があった。あの人狼女子たちだ。


 元々、「十日分以上の食料を持参すること」と言われてオステラの街で多めに買い込んでいたし、クラウコフの集落でも少し手に入れられたため、俺たちの食糧事情的はまだしばらくは大丈夫だ。


 まだ警戒心を解き切れてない3人をカムルが呼ぶと、ようやくそろそろと近づいてきた。

 やっぱり二人はまだ子どもだ。14歳と12歳の姉妹で、レベルとかはまだ表示されない。年齢以上に小柄でガリガリに痩せて、半裸だけどエロい気持ちにはまったくならない。難民キャンプの子どもたちみたいだ。


 一方、もう一人は逆にかなり年上で、29歳のLV8。カーミラによると、同じ群れにいて、長の妻のひとりだったらしい。未亡人的な感じか。

 こっちはやはり食料不足で痩せ細ってはいるものの、当然ながらおとなの人狼で、俺たちへの警戒心は解かず、カムルとも夫婦って雰囲気では無い。まあ、年齢差的にも子どもみたいなもんだし、他に身寄りがないから一緒にいる的な感じか。


 ただ、やっぱりご飯は偉大だ。


 この2日間、黒鉄アリという10cmぐらいある巨大アリぐらいしか食べてなかったそうで、人狼は狼化するとは言え基本的には人間と変わらないわけだから、そんなのばかり食べて生きていけるはずがない。

 カムルも女たちも干し肉をうまいうまいと頬張って、すごく感謝した上、俺たちに泊まっていくように勧めた。


 まあ、正直テントで寝た方が快適かもってぐらい狭くて臭い洞窟だったけど、カーミラの弟の家なんだし、一泊ぐらいしていくか。


 でも、夜になると近くをドラゴンが通ることがしばしばあって、この洞窟は奥行きがあまり無いためドラゴンに今度見つかったら助からないかもしれないと言われたので、ルシエンに結界を張ってもらった。


 そして、それは正解だった・・・



 真夜中のことだった。不寝番で洞窟の入口に配置した2匹の粘土犬、ワンとキャンによって俺たちは起こされた。


 索敵スキルには強力な魔力。地図スキルには高速で近づいて来る赤い大きな点が映っている。


 俺たちは洞窟の入口まで息をひそめて向かい、結界から出ないギリギリのところで夜空を見上げた。


 間もなく、ぼんやり赤く光るものが近づいてきた。見る見る大きくなる。

 口から吐息のようにかすかな炎を吐きながら、漆黒の夜空を羽ばたいている・・・


<ファイアドラゴン LV40>


 圧倒的な威圧感を放ちながら、巨大な竜が頭上を通り過ぎる。

 それをただ、俺たちは息を止め地面に這いつくばるようにしながら、目を離すこともできなかった。


 ただ、俺の隣では、体の震えを抑えられない様子のカーミラが、それでも歯をむき出しにして、強い意志の込められた瞳で竜をにらみ続けていた。


 そしてさらにその隣りでは、カムルがそれまでの気弱そうな様子を一変させて、姉そっくりな濃紺の瞳で、なにか覚悟を決めたように竜を見すえていた。

「・・・あの竜を倒したい。カーミラ、力を貸して欲しい」

 カムルは静かにそう言った。

***********************


 ファイアドラゴンを倒したい。


 カーミラとカムルのそんな強い決意を聞いたことで、もともと「人狼の仲間に会えたらいいな」って軽い気持ちで訪れた俺たちにとっても、状況はまったく別のものになった。


 カーミラは俺たちを巻き込むことには遠慮があったようだけど、パートナーが命がけで親のかたきを討とうとしているのに、見ない振りはできないよな。

 なにより、カーミラが考え無しにカムルと2人でドラゴンに突撃して、死ぬようなことがあったら困る。


 そして、ルシエンとノルテもカーミラとはもう姉妹みたいに深い絆で結ばれてるから、危険は承知だけどなんとかしたいと口を揃えた。

 エヴァに至っては、“ドラゴンぐらいで逃げ出したらリリスに笑われますから”って、本気かどうかわからないことをさらっと言う。


 しかし、あの巨大な化け物、しかも空を飛ぶ相手をどうやったら倒せるんだろうか?


 いいアイデアがすぐに浮かぶはずも無いけれど、ともかくまず一つだけ手を打っていた。情報収集だ。


「止まった・・・ひょっとして、ここに“巣”があるのか?」

 地図スキル上で、赤い大きな光点の動きが止まった。


 そこからかなり引き離されはしたけど、追いかけて飛んでいく白い点。俺が粘土スキルで創った飛行ホムンクルスのコモリンだ。




 夜明けと共に、俺たちはコモリンが見つけたファイアドラゴンの巣に向かった。

「思ったより近い」

「こんなところにドラゴンの巣あったら、暮らすのむずかしい・・・」


 険しい山道をひょいひょい進んでいく人狼姉弟に、俺たちはついていくのがやっとだった。俺なんかHP回復スキルを得てなかったら真っ先に脱落してただろう。


 でも、予想以上に近くだったのはたしかだな。

 カムルたちの洞窟を出てから4時間ぐらい。直線距離だと10kmぐらいしか離れてないだろう。方角的にはカムルたちの洞窟の東方向、スーミの集落と三角形になるような位置関係かな。


 カーミラたちだけなら走れば1時間もかからないぐらい。そしてスキル地図で赤い点の移動時間を計っていたんだが、ドラゴンの飛翔では10分ほどしかかからなかった。


 これは完全に餌場扱いだよな・・・人狼の群れはこれ以上西や北に移動しようにも人間の集落があるし、ドラゴンは徐々に餌場をこっちに広げている。

 衝突は避けられそうに無い。


 赤い点のありかを灌木の茂みの間からのぞいたところ、岩山の中腹にそこだけ巨木が何本も生えているところがあり、その間に倒木や岩石がバリケードのように積み上げられているところがあった。

 あれが、ファイアドラゴンの“巣”か。スケールが桁違いなのを別にすれば、形だけは鳥の巣に似ていると言えなくもない。


 もし洞窟みたいなところに住んでいたら、眠っている日中に忍び寄って洞窟ごと地魔法で崩して生き埋めにしてやろうと思ってたんだが、こういう巣ではその手は使えないな・・・


「・・・スーミの集落にいったん戻ろう」

「それは構わないけど?カムルたちも連れて行くの?」

「うん、人間たちと友好関係を築いてほしいしな」


 実はカムルだけでなく、同じ洞窟にいた人狼女子のうち、子ども2人がなぜか一緒にここまで来ている。干し肉で餌付けされたんだろうか。


 スーミの集落に向かう方角は、間に峡谷を挟んでいて渡るのが大変そうだった。人狼組は平気だと言っていたが、リナのパーティー転移で二往復して越えた。


 途中からは樹木が多くなってきたが、ところどころドラゴンの炎で焼き払われた跡がある。

地形的には下り方向だし、比較的足場もいい。でも距離的にはカムルたちの住み処に向かうよりやや遠く、結局3時間近くかかった。


 昼過ぎにスーミの集落に着くと、リーダー格のボイトニに会いに行った。


「人狼族か!噂話で聞いたことはあったが、本当にいるとは・・・」

 ボイトニをはじめ、坑道には入らずたたら場で働いていた男女にカムルたちを紹介したところ、森の中で半裸の若い女を見たって言ってた狩人が、カムルの後ろに半分身を隠すようにしてた人狼女子の姉の方を見て、あっと声をあげた。

 どうやら見かけたのはこの子のことだったらしい。


「人狼は人間の言葉も通じるし、満月の時に狼に変わる以外は普通の人と変わらないから、もし見かけても攻撃したりしないで欲しいんだ。同じドラゴンに襲われて、困っている同士だからさ」

 まずカムルたちが、危険な存在ではなく共存できる隣人だってことを認めてもらう。


「まあ、そんな痩せた子どもたちを、こっちからどうこうしようって気はないけどな・・・で、わざわざ連れてきたのはそういう話をするためなのか?」

 元兵士のボイトニは、なにか察したように訊ねてきた。話が早そうだな。


「いや、それもあるけど本題はここからだ。あんたたち、他の集落の人たちもだけど、あのドラゴンがこのままのさばっていたら、ここで暮らしていけないだろ?だから・・・人狼たちとも力を合わせて、ドラゴンを倒さないか?」

 

 俺は疲れた様子の男女に、この半日かけて考えた作戦を話し始めた。

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