第219話 そして誰もいなくなった・・・俺たち以外
レムルス帝国の東方、自由開拓地帯で調査を進めていたが、初級者パーティーが姿なき襲撃者に襲われリタイヤした晩、今度は上級職のベテランを集めたパーティーが、何者かに襲われた。
なにが起きたかわからないし、何者があらわれたのかもわからない。
暗闇の中でただゴッサムたちのところに向かう、というのは危険すぎるだろう。
「あるじ、カーミラが一人で行って来る。それが一番安全だから」
でも、カーミラがそう言い出してくれて、ルシエンも同じ事を考えていたようだ。
「待って、闇の中なら私も見つからない自信があるわ」
言い出したのはエヴァだった。
そうか、“闇同化”ってスキルがあるからな・・・でも。
「いや、狼化したカーミラに、スカウトのリナ人形を乗せて行ってもらおう。いざとなったらリナを等身大魔法使いにするから、人型に戻って抱きついてくれ。それで二人なら転移できる」
「たしかに、それがいいわね。パーティー編成するシローがいないと、二人は抱えて飛べないから」
ルシエンが同意すると同時にカーミラが変化し、リナをたてがみにつかまらせて飛び出していった。
「エヴァさんを信頼してないわけじゃないですから」
ノルテに続いて俺もフォローする。
「狼化したカーミラを走らせるのが一番早いし、あのコンビでヤバい潜入とかも何度かしてもらってるから、エヴァにも別の形で頼むこともあるから」
エヴァは幸い気にしてはいない様子だ。
「いえ、こちらこそ気を遣わせてしまって。皆さん、それぞれ色んなスキルを持ってるし、私もお互いの得意技を早く覚えます」
「精霊がおびえてるわ・・・これは、空を飛んでるのね、遠ざかっていくみたい」
ルシエンの言葉に、俺はコモリンを出して夜空に放った。
コウモリとかモモンガとか、意図せぬ呼ばれ方をしてる可哀想な飛行ホムンクルスだが、夜間はどの程度状況を把握できるんだろう?
でも、俺の地図スキルにはコモリンが飛び立った後、パーティー編成でカーミラたちの感覚が捕らえた以外の情報も示されるようになったから、たしかにまったく何も見えないとかではなさそうだ。夜目が利いてるんだろうか?
スキル地図には、ゴッサムたちのテントがあったはずの方角に、白い光点が少なくとも一つは映っている。
そして・・・これか! 大きな赤い点がかなりの速度で遠ざかっていく。
それが動くにつれ、周辺に点在していた小さな赤い点や白い点・・・魔物や動物ってことだな・・・が慌てたようにそこから離れようと移動していく。
大きな赤い点は、間もなく地図上から消えた。
(シローっ!生存者がいる、わかるのは一人だけだよっ)
「リナっ、地図スキル上も白い点はひとつだ、治せるなら治療してやってくれ、もう大きな赤い点は近くにないから、僧侶に、“着せ替え”っ!」
(おけー、救助活動はじめるね)
誰が助かったんだろう?
まわりにもう敵がいないのを確かめながら、俺たちは、遠話をつないできたウィレムに把握した状況を伝えた。
救える者を治療し終えたリナを魔法使いに戻せたので、いったん“おうちに帰る”で回収し、あらためてパーティー編成しなおして転移魔法を使い、現場に残っていたカーミラに合流した。
「あるじ、こっちだよ。女魔導師だいじょうぶ、起きてる」
案内されたのは、テントの残骸と思われる焼け跡ではなく、そこから100メートルほど離れた大木の陰だった。
“雷素”を転がして照明がわりにして見ると、着てたものは炭化したボロが体に張り付いてるだけ、って状態だけど、止血はされてて命に関わる怪我は一応治せたようだ。意識もある。
ただ、まだショックから立ち直れず放心状態だった。
俺はアイテムボックスから水袋を出して、飲ませてやった。
最初は手が震えてこぼしてばかりだったが、口をつけてなんとか飲み込むと、ほーっとようやく息をついた。
「もう大丈夫ですよ、魔物は遠くにいっちゃいましたから」
ノルテがやさしく声をかける。
小柄で幼く見えるノルテに話しかけられたことで、女魔導師も少し落ち着きを取り戻したようだ。
<クリステン 人間 女 39歳 魔導師LV13>
日中見た時は束ねてた茶色っぽい長い髪が、今はそのまま広がってる。
こっちの世界のアラフォーは、早い人なら孫がいたっておかしくないぐらいだが、死にそうな目にあってやつれてるのをのぞけば、かなり若々しく勝ち気そうに見える。
「あ、ありがとう。そちらの、僧侶さん?じゃないのかしら・・・」
リナが今は魔法使いモードになっているのを見て戸惑っているようだ。
「ああ、これはリナ、ウチのメンバーだけど、ちょっと特殊だから気にしないでいいよ」
説明になってないな。けど、それを話すより大事なこともあるし。
「うちのメンバーは・・・」
そうだよな。
「残念だけど生存確認できたのは・・・」
「やっぱり・・・気をつかってくれなくていいわ。短距離転移してわたしだけ逃げのびたんだから」
しばらく沈黙があった。
「バルト・・・うちの忍びが起きろって叫んで、わたしは隣りのテントだったからすぐ飛び起きて、即ヤバいとわかって結界を張ったんだけど、もうあれに見つかった後で、効果が無かったみたい。むしろ、魔力で注目されたのか、こっちに向かってきた」
女魔導師は、いったん口を開き始めると話は具体的だった。
「みんなそれぞれのテントから飛び出してきて、バルトがあれだって叫んだ方を見たら、すごい火の玉?いえ、そんな言葉じゃ言い表せないわね、とにかく一瞬で炎に包まれて、ゴッサムがバフを掛ける間もなければ、バルトが、あいつ元冒険者ジョブだから、パーティー編成するヒマもなかった」
「ただ、かろうじて、わたしの魔法盾は間に合った、はずよ。だって、なぎ倒されはしたけど、即死じゃなかったからね」
「でも、盾に入りきれなかった奴隷2人は一瞬で吹っ飛ばされた」
「ゴッサムの悲鳴があがって、あたしたちも全身やけどで治療して欲しかったんだけど、ギャーギャーわめくから見たら、あいつ片腕なくなってて、あたしたちも立ち上がることさえできなくて、でもあれがまた戻ってきたのか、もう一度、さっき以上の紅蓮の炎が吹きだして、視界いっぱいになって・・・“編成して!”って叫んだのにバルトは隠身かけてて、そんなの見えないだけで意味ないのに動転してたんだよね、あいつも・・・」
「転移した。だから自分だけ。みんなを見捨ててね・・・」
最後は自嘲気味に、苦い笑みを浮かべた。
「で、その・・・相手は、なんだったんだ?」
みんなが一番聞きたいことを訊ねた。
クリステンの顔が瞬間、恐怖に歪んだ。その言葉を口に出すこと自体が災いをまた呼び寄せる、とでも言うかのように。
「最初は暗くて、はっきり見えたのは炎だけだったんだけど、転移して痛くてうめきながら、遠目に一瞬やつが着地するのが見えた・・・何をしてるんだろう?って思ったら、焼き殺した奴隷たちを丸呑みして、すぐに飛んでいった。だから、確かに見たわ・・・・ドラゴンよ。間違いないわ。それも、恐ろしく大きなやつ、古竜クラスの」
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こちらに合流したギルド組のパーティーにクリステンが再び同じ説明をし、起きてはいたが暗闇の中の移動を控えていたクレツキたちのパーティーには、リナの遠話で俺たちから伝えた。
テントの周辺の地面を調べると、リザードマンのひとりが持っていた剣と、ちぎれた片腕が残されていて、まわりは不自然に陥没していた。ここにドラゴンが着地したってことか・・・だとしたら本当にデカい。
俺たちがパルテアの迷宮で倒したアースドラゴンよりもずっと。
そして、クリステンは女子が多いウチのテントで休ませ、俺はひとり用テントを出してワンをお供に寝直した。
夜明けと共に、ゴッサムたちの遺体というより遺骨をみんなで探し、簡単な墓を掘って埋めた。
クリステンの証言と付き合わせると、どうも最初のブレスはまだしも加減していて、喰らうために焼き殺すためのものだったようだ。そして二度目は容赦なく、残っていた者たちを消し炭に変えるための。
上級冒険者にまで上り詰めても、ひとつ不運に出くわせば最後はあっけない。
ゴッサムのやつの憎まれ口とかイヤミは、本当に不愉快だったけど、こうなってみると、早死にしないように自分の力以上のことには手を出すな、その上にもさらに用心しろ、ってことだよなと、妙に得心がいく部分もあった。
祈りを捧げた後、ウィレムが調査の中止を提案した。
主力と言ってよかった複数の上級職を擁するパーティーが崩壊したわけで、誰も反対する者はいなかった。
「では、撤収の準備ができ次第、引き上げよう」
そう言われて、いったんそれぞれのテントに荷造りに戻った。
「シロー、ちょっといい?」
ルシエンとカーミラが話しかけてきたのは、そんな時だった。
ノルテとエヴァはテントを畳んでいる。
「ん?どうした」
「カーミラがね、覚えがあるって言うの」
「覚えって、なんの?」
珍しく、いつも自然体の人狼娘が、どう言ったらいいんだろう、って顔をしてる。
「あのね、あるじ・・・カーミラはっきり自信があるわけじゃないんだけど」
カーミラは先日のレベルアップ以来、かなり言語コミュニケーション力が上がってる気がする。
「あのにおい、知ってると思う」
「においって?」
「残ってた・・・ドラゴンのにおい」
クリステンが言っていた魔物が本当にドラゴンだったとして、一瞬は着地してるし、あたりの地面に匂いが残ってたってことか。
「あれ、カーミラたちの群れを襲った、長と母さん、殺したドラゴン・・・だと思った」
なんだって!?
「でも・・・ドラゴンの匂い、似てるのかも。他にあのアースドラゴンしかしらないし。けど、きっとあのドラゴン。カーミラのかたき、そう思う」
カーミラがいつになく強い決意を込めた、そして悲しげな目をする。
上級職らのパーティーを一瞬で崩壊させるドラゴン。ひょっとしたら、魔王の眷属とか吸血女王に匹敵する、あるいはそれ以上の?魔物かもしれない。
それが親のかたきって・・・
でも話はまだ終わりじゃ無かった。
「カーミラ、もうひとつあるんじゃなかった?」
ルシエンにつつかれてカーミラがはっとする。
「そうだった。あのね、あるじ、もうひとつ大事なことあるの」
「大事なこと?」
「うん、人狼だと思う」
「えっ?」
突然話が見えなくなったぞ。
「あれよ、シロー、もう一つのパーティーが襲われた・・・」
ルシエンが助け船を出してくれた。
いつの間にか、エヴァとノルテも手を止めてそばに集まってる。
「まさか、最初に冒険者学校組のパーティーを襲ったのが?」
「そう、人狼みたいな匂いがした。それも、誰か、知ってる人狼の匂いかもしれない・・・」
確信はないようだが、もしかするとカーミラがついに自分の同族、それもひょっとしたら知り合いと再会できるチャンスがあるのかもしれない。
人間を襲った、っていうのが扱いに困るところだが、少なくとも殺したり喰らったりはしてないし、その意思もなかったようだから、友好関係を結べる可能性はゼロでは無いだろう。
それに、地元住民を襲って殺したとかだと討伐対象にされかねないけど、今のところ開拓民たちに被害を出しているのはファイアブレスを吐くドラゴンであって、人狼では無い。
人狼が傷つけたのは、言わば稼ぐために自分の意思でやってきた冒険者だけで、冒険者稼業に命のリスクはつきものとも言える・・・
さて、どういう話をウィレムたちギルド組にしたらいいんだろうか?
結局・・・俺たちは昼前にウィレムたちと別れ、旧街道をさらに東へと馬首を進めていた。
俺たちはそもそも、エルザーク王国所属の冒険者だ。
今回のクエストには皇孫アルフレッド殿下の紹介で、故国に帰る方向と同じなのでそのついでに参加した。そして、調査クエストとしてはギルドが終了を宣言したので、本来の帰国の途につくことにした・・・そういう理屈だ。
たまたま、その帰国中に、終了したクエストと関連する魔物とかに出会ったとしても、それは別の話だ。
俺たちは別に冒険者を傷つけた犯人捜しなどは依頼されていない。たまたま出くわすかもしれないけど。
「しかし、旧街道は通れない可能性が極めて高いのだが、いいのか?シロー」
「このルート以外でエルザークに帰るには、戦争状態の南の国々を通らなきゃいけないんだから仕方がないさ。どうしても無理そうだったらいったんレムリアに戻って、アル殿下に頼み込んで北の新街道を軍に混じって通行させてもらえる許可でももらうから」
「まあ、そういうことなら・・・くれぐれも気をつけてな」
そう言うと、ウィレムたちギルド組は、負傷したクリステンとクレツキたちのパーティーと一緒に、引き上げていった。
日割りにした報酬は、いくらか色をつけてギルド口座に振り込んでおいてくれるそうだ。
ドラゴンらしき炎を吐く巨大な魔物が出たっていう重要な情報を得られたことで、冒険者ギルドによる調査としては一定の成果があったと言えるからな。
そして、誰もいなくなった・・・俺たち以外には。




