第23話 交錯する想い
領内掃討が完了した翌日も、夜明けと共に点呼がかかり、俺は慌てて目を覚ました。
俺は点呼の兵に槍の柄でつつかれて、戦闘は一段落じゃなかったのか?と寝ぼけた頭で思いながら、身支度をする。
配給されたパンをかじるのは、またトリウマの上だな。
けさ俺たちを率いるのは、イグリというレベル6の騎士だ。
従うのは俺とグレオン、スピノの戦闘奴隷だけだったが、ようやく少し扱いに慣れてきたトリウマで街壁の門に向かうと、そこには材木と石材を積んだ荷馬車2台と、十数名の男たちが集まっていた。大工や土木作業をする人夫たちらしい。
きょうの任務は、この連中の護衛だと言われた。
魔物も盗賊も掃討したのに、と思うが、きのうまで危険だった地域に非武装の民を向かわせる以上、人夫たちを安心させる意味もあるんだろう。狼とか熊みたいな野獣はいるかもしれないし。
もっとも、数日前まで剣を握ったことさえなかった俺なんかが護衛としてついてても、本当は大して変わらないと思うが。
グレオンもスピノも、
「まあ、護衛と言ったって形だけだよな」
と露骨に緊張感が抜けていた。
脇街道は荷馬車1台がぎりぎり通れる幅しかないので、1列になってのろのろ進む。人夫たちは徒歩だから、どっちにしろ速度は出せない。
オークと戦ったあたりも通り過ぎ、俺の『地図』にはなかったエリアに入る。スクタリの街を出てから2時間、どこまで行くんだろう?と思っていると、脇街道からさらに出来たばかりのような新しい小径が分岐して、山の方へ向かっている。
俺はようやく『察知』スキルで、その奥にいる敵ではない10人ほどの気配を捉えた。
まだ拓かれたばかりの小径の脇には、その際に切り倒した木々が寄せておかれたままだ。
上り勾配を、人夫たちも荷車を押して進むと、視界が開けたところに、昨日一緒に戦った木こりたちがまわりの木を切り倒していた。
そして数名の護衛らしき兵が立つ向こうには、『発見』スキルに頼るまでもなく、洞窟の入口が見える。
その奥に、はっきりしないが禍々しい敵対的な気配がぼんやりと『察知』できる。
あれか! あれが、討伐の対象になる迷宮の入口なんだろう。
初めて見る迷宮は、ただの洞窟とはどう違うのか?どう関係しているのか?そのあたりがぱっと見ではわからないが。
木こりたちが拓いたちょっとした平地に、人夫たちが荷馬車から資材を降ろす。大工の指示で地面に引かれた線に沿って並べている。
俺たちを率いてきた騎士イグリは、先行していた兵たちの報告を受けているようだ。
「これって、小屋でも建てるってことかな?」
「おそらく、迷宮の入口が見える位置に番所を作るんだろう」
俺の疑問に、グレオンが答えた。
「迷宮から出てくる魔物がいないか見張る必要があるし、迷宮を攻略している間は、ここにウマをつないでおいたり補給拠点になる。何かあった時に伝令も必要だしな」
「へぇ、そういうもんか」
スピノも知らなかったようだ。この中で実際に迷宮討伐に参加した経験があるのはグレオンだけだからな。
「いや、先代の時に別の迷宮に入ったことはあるが、結局、討伐は失敗だったからな、自慢できるような知識でもない。・・・あれは本当にひどかった」
思い出したくもない、といった様子でグレオンが暗い顔をする。
結局、その迷宮でカレーナの父である伯爵は命を落とし、王から統治能力なしと見なされた伯爵家は、所領の大半を他の貴族に事実上奪い取られたらしい。
イグリが戻ってきて、俺たちに手分けして周辺の警戒にあたれ、と指示を出す。
彼も当時、迷宮攻略の支援要員として携わった経験があるということで、今回の普請を任されたそうだ。
戦いぶりはよく知らないが、番所作りの指揮は手際がよかった。
哨戒のために少し離れた所から見ていると、運んできた資材の他に、この作業道を拓く際に切った材木も人夫たちが手分けして運び、見る間に建物が出来ていく。
サイズとしてはごく小さい、イメージ的には“公園のトイレ”ぐらいしかない。
土台だけ石材を並べ、その上に材木を建てて、おそらく4、5名も寝ればいっぱいになる程度の小屋を建てる。その上にも柱が何本か伸びているのは、物見台にするのかな。
俺はふと思いついて、イグリに、迷宮の入口を粘土でふさいでおこうか?と提案した。魔物が時間をかければ穴は掘れるが、とりあえず時間稼ぎにはなるし、討伐する時になったら、俺の粘土はすぐ消せるからな。
イグリは、そんなことが出来るのか?と最初驚いていたが、出来るならやってくれ、と言うので入口に近づいて埋めることにした。一昨日オークたちが出てきた洞窟との違いはよくわからないが、かなり深そうで、奥の方に複数の強い気配を感じる。脳内の地図にも、迷宮の位置がプロットされた。
だいたい大人の背ぐらいある穴を、厚さ2メートル分ぐらい粘土の壁で埋めた。
休み休みではあったけれど、スキルレベル上昇で得た『たっぷり粘土』のおかげで、思ったほどキツくはなかった。それを試してみたかったのもあるし、使えば使っただけスキルも伸びるからな。
感覚的には、これまで頑張って出せる粘土は数百キロぐらいだったと思う。それがトン単位に、十倍ぐらい増やせた気がする。
想像したより早く、昼過ぎには簡単な番小屋と、そのまわりの簡単な空堀と防柵ができ上がった。
街壁の外で暮らしている領民たちは住まいも仲間同士で協力して建てるのが普通で、大工仕事や土木作業に慣れている者が多いらしい。
小屋ができあがる頃、交代要員らしい兵が2人やってきた。一人はスカウトジョブ持ちだ。イグリに何か伝えている。
すると、なぜかスピノだけが当直に加われと言われて、新たな2人と共に番小屋に残され、俺とグレオンは他の兵らと、作業を終えた男たちを護衛してスクタリに帰ることになった。
街に戻ったのは、まだ夕暮れまでは1、2時間あるか、という頃だった。
館に着くとイグリから、俺とグレオンに思いがけないことが伝えられた。日没まで自由行動、外出も許可する、ときた。
奴隷棟から外に出る際には、首に金輪をはめられるらしいが。
「どういうこと?」
「日没に兵舎に出頭しろ。そこで明日の任務を指示する」
いったん奴隷棟に戻った際に、グレオンがまじめな顔で言う。
「これはあれだな。俺たちは迷宮に入れられる、ってことさ」
予想はしてたが、そういうことなんだな。
「あんたはどうするんだ?」
「俺か?もちろん、楽しめる時に楽しんどくさ。半刻程度じゃ味気ないがな」
グレオンは娼館に行くらしい。こんな小さな街にもあるんだ。街歩きをした時に娼婦っぽいお姉さんやおばさんは見かけたが。
奴隷でも、まれに褒美で金をもらえることがあって、使う機会もないからためておいたそうだ。奴は時間が惜しいとばかりに、俺も連れてってくれ、という間もなくさっさと行ってしまった。
いいさいいさ。俺だって、はっきり覚えてないけどもうDTじゃないしな、焦ってなんかないよ。
リュックとかはそのまま独房に放り込まれていたけど、娼館に行くには残り銀貨1枚しかなく心許なかった、ってのもあるし。
急に拉致られて、泊まるはずだった宿に荷物を残したまますっぽかしてきたのが気になってたのもあるし・・・。
<うらやましかったんだ>
リナ、また勝手に革袋から顔を出して、ジト目で見るなって。
俺の足はバンの宿の方に向かってはいたが、まだ迷っていた。
残して来たのは、洗濯した着替えとオークから奪った剣、そして文字を覚えようと買った絵本ぐらいだから、そんなに気にすることもないかもしれない。
それに、なぜいなくなったか聞かれても、詳しい事情は多分話せない。首輪を見れば、奴隷にされていることはこっちの住人にはわかるのかもしれないが・・・
気がつくと、レダと出会い頭にぶつかった通りに来ていた。
特に考えがあったわけじゃない。それに、察知スキルとかを使ってたわけでももちろんない。
でも、ふと目を上げると、びっくりしたようにこちらを見つめる彼女がいた。
相変わらず、あまり売れているようには見えない花かごを提げて、通りの端の方に立っていた。
「シローさん?」
目を見開いて言葉を探しているようだ。
俺はそれ以上に、なんて言っていいかわからなかった。
でも、俺が何か言葉を見つけるより早く、レダは小走りに俺の側にやってきて
「心配したんですよ!・・・でも、よかった。元気そうで」
俺たちは中央通りの広場の端に、ベンチ代わりに置かれているような丸太に、並んで腰掛けた。
花かご一つ分ぐらい距離があいてたが、気持ち的には息づかいが聞こえそうだった。
レダは一昨日、つまり俺が奴隷契約をさせられて盗賊と戦ったりしていた日だ、花が喜ばれたかを聞こうとバンの宿を訪ね、俺が帰っていないことを知らされた。
それから領主の館に向かい、なんと番兵に探りを入れて、俺が戦闘奴隷になったらしいことまで聞き出してくれていたらしい。
すごい行動力だ。
「インヴァ、ってバンの宿のおかみさんには、領主様の館にいてお仕事をいただいているから、しばらく帰れない、って伝えました。その、奴隷とかっていうのは・・・」
「伏せてくれたんだ・・・うん、ありがとう」
正直、別に奴隷にされたからって俺が何か恥じることじゃないと思う。けれどレダは気を遣ってくれたんだ、ってことぐらいはわかる。
「部屋にあった荷物を処分するのは待って、って話したら、あんたが預かっといてくれって言われて・・・ちょっと薄情じゃないのって思いましたけど、あそこも家族の住む部分は居酒屋の奥の一室だけで本当に狭いから」
困ったように笑う。
「あれ?このあいだも思ったけど、レダさん、宿の人たちと親しいの?」
「ええ、狭い街だし。インヴァとは昔から気が合って、息子のデン君が小さい頃は、よく遊んであげたりしたんですよ」
どこかで聞いたような名前だな?あれ、ひょっとして。
「デンって人、狩人をしてたりする?」
「あら、知ってたんですか」
本当に狭い街だ。領内の掃討で一緒に魔猪を狩った話をした。レダと同じぐらいの年に見えたが、小さい頃遊んであげたってことはレダの方が年上なのか。彼女は幾つぐらいなんだろう?気になる。
「そうなんだ、デン君、よく俺は腕ききなんだぜって自慢してたけど、本当にいい狩人になってるんだぁ」
いつも一歩引いたような表情のレダが、心から楽しそうに笑う様子は、なんだかこっちもあったかい気分にさせてくれる。
あれ?
「あのさ、デンが狩りをした魔物の肉とかって」
「ええ、時々一階の居酒屋で出してるみたいですよ。デン君、いまは壁の外の小屋にひとり暮らしのはずだけど、魔猪とか大きいのが獲れると持ってくるんです。最近普通のお肉がなかなか手に入らないから、バンさんも助かってるんじゃないかな」
うぇっ、じゃあ、やっぱりあのとき俺が食べた臭い肉って・・・
「どうかしました?」
「い、いや・・・あ、それより、荷物を預かってくれてるんだよね、ありがとう」
俺は、奴隷棟の独房でも私物を置くことはできそうだから、と荷物を引き取ろうとした。彼女がどんな所に住んでるのか知りたい、なんて気持ちも少しあって、家まで送って行くと申し出た。
でも、レダは来て欲しくはなさそうだった。
「私が今度届けに行きます、って言っても多分取り次いではくれませんよね・・・」
多分そうだろう、奴隷と外部の人間の接触とか、物のやりとりとかが、そうそう出来るとは思えない。きょうはかなり例外的だって話だったから。
それに、そろそろ日没が近い。レダと話している間に、時間はあっという間に流れていた。もう、戻らないと。
「今は、まだ・・・」
レダが少しうつむいて口にした。なにか真剣な面持ちだ。
「できたら、また会いたいです。その時は、もっと色んなことを話したい」
俺はなんと答えたらいいのかわからなくて、こんな言い方でよかったんだろうか?
「俺も、必ず自由になって、またレダさんに会いに来るから。それまで預かっていてくれる?」
レダがそっと俺の手に手を重ねた。
俺がその手を握ると、彼女は俺に身を寄せて肩にもたれかかってきた。
日が暮れる直前、俺はレダと別れて、館への坂を駆け上がった。
兵舎に着いた俺はしばらくそこで待たされた後、兵士長のバタという男から、
「明日の夜明けから、迷宮討伐だ」
と伝えられた。




