第218話 姿なき襲撃者
初級から上級まで様々な冒険者たちと合同で、街道の異変を調査するため、レムルス帝国の国境を出て東方へと向かった。
「おいっ、しっかりしろ!」
若い、まだ少年と言っていいスカウトが血まみれで倒れていた。そして、少し離れた草むらには大柄な戦士と、痩身の僧侶の少年も。僧侶の少年は片腕を失い、失血死寸前の状態だった。
「大いなる癒やしを!」
冒険者ギルド直属パーティーの中年の僧侶が、一瞬の間さえ惜しいとばかり呪文を唱えた。失った腕を戻すことはできなくても、命は救えるだろう。
俺とルシエンは残る2人を治療する。
調査行に出て4日目、辺境の自由開拓民たちの住むクラウコフを出てからはまだ2日目の午前中のことだった。
「新米パーティーから定時連絡が無い」というので、とりまとめ役をしているギルド直属パーティーのグンタークという魔法使いから遠話で手伝いを頼まれた。
そこで俺たちは担当エリアを離れてリナの転移魔法でギルド組と合流し、そのまま彼らのいるはずのエリアに向かった。
そこで見つけたのが、3人とも重傷を負った少年たちだった。
今回の調査は最初から雲行きがあやしかった。
調査の依頼元であるクラウコフの“開拓村”に事情を詳しく聞くために訪れたところ、そこはもうまともな村とは呼べないありさまになっていた。
数十軒のログハウスみたいなのが点在していたらしいんだけど、その半分近くは火事の跡みたいに焼け焦げ、住んでいた開拓民の多くが散り散りになっていた。
なにがあったのか、村人たちに訊ねても誰もはっきりした答えを返せない。
ただ、3日前の夜、突然、何軒もの小屋が炎上したりバラバラに壊されて暗闇の中に放り出された。そして、朝になると何人もの村人が消えていたという。
焼かれた遺体が炭化した木材の下から見つかったが、どうも数が合わないらしい。
2か月ほど前から、旧街道筋で商隊が丸ごと消し炭にされた、などという話はあったものの、この村が襲われたのは初めてだと言う。
しかも、少し前から、昼間でもオークやコボルドのような魔物が開拓地に現れるようになり、女こどもがいる家では農作業さえままならない状況だ。
近隣にある他のもっと小さな開拓民の集落でも、焼かれたところがあるらしい。
開拓民たちは、「魔王が復活したんじゃないか」とか、「イスネフ教の教えにある終末が迫っている証拠だ、改宗しないと皆殺しになってしまう」とか、おびえて噂するばかりで、もうこの土地はあきらめて国に帰ろうといった雰囲気も強まっていた。とは言え、もともとわけありで国を出て、危険な自由開拓地帯に出てきた者ばかりだから、おいそれとレムルスなり他の故国に帰れるあてなど無いそうだが。
ギルドのウィレムが中心になって、残った開拓民たちから情報を丁寧に集めたところ、最初にそういうことが起きたという情報がある方角から、クラウコフ村にかけて、謎の火災?が起きた場所と時期を地図上にプロットすると、だいたい村から見て南東方向から端を発して、徐々にエリアが動いているように見えた。
そこで、それを逆にたどるように、5つのパーティーが横展開してローラー調査的なことを始めたのが、昨日のことだった。
一番南西端をゴッサムたちの、人柄に問題は多々あるがベテランのパーティー。
反対の北東端を俺たちのパーティー。中央にはギルド組を配置する。この3組には遠話で連絡が取れる魔法使いなどがいるからだ。
そしてギルド組と俺たちの間にオステラ地元組。ギルド組とゴッサムたちの間には冒険者学校組。比較的安全で、何かあればギルド組か両翼に伝令を走らせることができる場所に、初級パーティーを配置した。
この形で前進しつつ、なにかおかしなものがないか調べながら、昨日一日で20kmぐらい前進しただろうか。担当エリアの横幅も数kmあるから、それを調べながらにしてはまずまずだと思う。
俺たちはコモリンを上空に飛ばして索敵しながら進めるし、ゴッサムのパーティーやギルド組も魔法使いを上空に飛ばして調べたりしていたから、ベテラン組だけならもっと進めたかもしれないが。
その間も、オークだけでなくオニウサギや魔猪などの魔獣もチラチラ出くわした。
そして、わざわざ戻るのも時間の無駄だし、村が夜襲われたことを思うと、それも調査対象だってことで、各パーティーの間隔を詰めて野営した。
予想はしてたけど魔物に襲われた。
というか、魔物がたまたまこっちに突っ込んで来た?みたいな妙な感じだったけど、テントに向かって走って数匹のオークを不寝番のリナが察知し、俺たちはさほどの時間をかけず駆逐した。
ただ、それらと別に夜間、かなり遠い所だけど強い魔力を察知した。ルシエンが使役する精霊たちもカーミラの嗅覚も、なにかはっきりとはわからないものの強力な魔物の存在を捕らえたという。
朝の点呼を遠話で交わして再び前進を始めて間もなく、ギルド組と冒険学校組の間の連絡が取れなくなった。
そして、俺たちは現場にかけつけ、悲惨な状況を目にしたわけだ。
「これは刃物じゃないな」
僧侶の少年のちぎれた腕を草むらで見つけたギルド組のリーダー、ウィレムが、その傷口を凝視して言う。
「“引きちぎった”いや、むしろ“噛みきった”か?」
「俺もそう思う、だが・・・」
ギルド組の魔法使い、グンタークが首をかしげた。
「なぜ、残されているんだろう?」
なるほど。つまり、もし肉食獣や魔獣が彼らを襲い、腕を食いちぎったなら、普通は喰ってしまうか、エサとして持っていくだろう、それがそのまま残っているなら、なんのために襲ったのか?ってことだ。
「縄張りを守った、とか・・・」
エヴァがふと口にした。
「どういうことだ?」
ウィレムが驚いたようにこっちを見た。
「いえ、もしこの魔物、かどうかわかりませんが、それがこのあたりを縄張りにしていて、侵入者を無力化しようと攻撃しただけなら、目的を果たしたから引き上げた、とも考えられるかと・・・」
「そうか、そういう可能性も無くもないのか・・・」
「ウィレム、彼が話が出来るようになったぞ」
治療に当たっていた僧侶が、冒険学校組のリーダーであるLV6スカウトのサイモンが意識を取り戻したと伝える。あとの二人は命の危険は脱したものの、まだ昏睡中だ。
「サイモン、なにがあったか聞かせてくれ」
「・・・なにも見えなかった。急に、最後尾の僧侶のダネイの悲鳴があがって振り向いたら馬から落ちてて、戦士のボーデも姿が見えなくて、その途端に僕も横から吹っ飛ばされて、そのまま・・・」
「お前さん、スカウトだろう?察知とか索敵にかからなかったのか?」
「・・・わからなかった」
スカウトの少年は悔しそうにうつむいた。
「朝、進み出してすぐ、多数の気配があるのは気づいてたけど、そんなに邪悪な感じじゃなかったし、近づいて来る気配じゃなかったから。最後襲われた時だけ、瞬間的にすごく危険な、何か怒ってるような気配を感じた気がする・・・」
パーティーの耳目にあたるスカウトがこの状態なら、なにも役立つ情報は得られないだろう。
レベルは低いとは言え、「察知」「索敵」「発見」と探査系のスキルを持っている。相手はそれを上回る隠身系のスキルを持っているってことか。
岩場ならストーンゴーレムみたいに「岩石同化」とか特殊スキルってこともありうるが。
ギルド組の魔法使いが状況を他のパーティーに知らせ、今日はさらに慎重に進むよう、そして配置の変更が伝えられた。
俺たちが探っていた言わば「左翼」はきょうは調査はあきらめ、この冒険者組が担当していたエリアを俺たちが引き継ぐことになった。何か危険な存在がいるのは間違い無いから、初級パーティーには荷が重すぎる。
ギルド組は、負傷者3名をオステラまで転移で運び、その間はオステラ組のパーティーがギルド組の担当エリアを可能な限りカバーするらしい。
(まったく役に立たんやつらだな、せめて俺たちの足を引っ張るなよ・・・)
ゴッサムたちは遠話で、そんなことをぬかしてたらしい。
まったく、冒険者はガラの悪いやつも多いけど、こういう感じの悪さはなかなかないな。人が死にそうな怪我をしたってのに。
それでもやつらの方は、俺たちのサイドよりもずっと多い魔物が出ているらしく、どうもこちらの右翼側の方になにか原因があるのが濃厚だ。
まあ、ゴッサムたちが死なない程度に危険なやつに出くわして、頑張って仕事をしてくれればいいがな。
この日は、とにかく慎重に気配を探りながら進んだ。
オニウサギとか低レベルの魔物は時々出くわすが、その他に、地図スキル上で、白い光点が時々映っては消えるのが気になる。
上空のコモリンが時折、“敵対する存在では無いなにか”を見つけてるようなのだが、それは俺たちを遠巻きに観察しているかのように、決して一定以下の範囲には入らない。
そして、ルシエンとカーミラが時々目配せして、首をかしげているのも気になる。
「うーん、まだ確信がないから、とりあえずはっきりするか、危険だと思ったら知らせるわ」
ルシエンがこんなに歯切れの悪い物言いをするのは始めてじゃないかな。
そして夕方、俺たちを含め、残存する調査パーティーは前進を止めた。
また野営だ。
各パーティー間の距離を少し詰め、遠話でなく代表者がリアルで集まることになった。
位置的に今は俺たちが全体の中央付近にいるから、俺たちのテント前にギルド組のLV17冒険者ウィレムと、オステラ組のLV11戦士クレツキ、そしてベテラン組からレベル20ロードのゴッサムがやってきた。
「ぼうずたちは、結局ただ旅行に来て怪我して帰っただけだったな」
相変わらずあんまりな言い草なので、つい俺もがらでもなくキレた。
「おい、人が死にかけたのになんだよ!その言い方」
「あぁ?お前ら尻拭いさせられたのに、ずいぶん甘っちょろいな。自分のレベルを超えた仕事に報酬目当てに飛びついたりすると、こうなる。冒険者学校じゃそういうことを教わらなかったのか、ってことさ。冒険者稼業はきれい事じゃねえって、お前らだってわかってんだろうが」
むかつく。けど、百%否定はできないところもあって、俺はすぐに次の言葉が出なかった。
「・・・けど、あいつらが言い残した事でヒントになったこともあったぞ」
俺は思い出しながら、相手が最初から敵対する様子ではなかったらしいこと、スカウトのスキルで察知できないぐらいの隠身技能があるらしいこと、喰おうとしたわけでは無かったらしいこと、などをゴッサムとクレツキに教えた。
「うーん、どうもそれは・・・村を焼いたなにかとは別物のようだな」
クレツキの指摘はその通りだった。
それで、切り替えるようにゴッサムも自分たちが今日経験したことを話す。
「おれらの方はかなり魔物が多かったんだが、みんな典型的な魔物で、そういう様子を探るような感じはなかったぜ?それにもちろん、火を吹くようなやつもな」
それまで黙っていたウィレムが口を開いた。
「普通の魔物は白嶺山脈側からこっちに向かって来るものが多い。そして、サイモンたちを襲撃したやつと、村や旧街道の商隊を焼いたやつ、少なくとも二組の襲撃者が存在する・・・そういうことだな」
それから、俺たちの顔色を見ながら訊ねた。
「どうする?我々だけでは危険が大きすぎるかもしれん。いったん引き上げて軍に正式要請するか?」
「反対だな」
即答したのはゴッサムだった。
「まだ背伸びしたルーキーがやられただけだ。おれらは本格的な調査と言えるところまで踏み込んじゃいねえ。まあ、初級者は引き上げた方がいいかもしれねえがな」
そう言いながらクレツキに目をやってから続けた。
「おれらはきょう、かなり遠いがデカい魔物の存在を察知してる。それを見つけてやるから、報酬は均等割じゃなく成果方式にしろよ?」
ゴッサムはそう言い残すと、野営地に戻っていった。
「クレツキ、あんたらはどうする?」
「正直迷ってるが、我々もまだ仕事らしい仕事をしてないからな。せっかく参加したんだしもう少し頑張ろうと思うが・・・」
「うちもそれでいいよ」
俺が同意したことで、とりあえず調査続行ってことになった。
だが、その判断でよかったんだろうか・・・
***********************
その夜中のことだった。
突然、リナに起こされるまでもなく、俺もルシエンもカーミラも、それぞれの察知スキルに引っかかった強大な、そして怖気を振るうような魔力に飛び起きた。
「な、なんだっ」
「強いまものっ!」
カーミラがノルテを起こしている傍らで、エヴァもはっと目を開いた。
そして、その直後、全パーティーに遠話が飛んだ。
(た、助けてっ、誰かっ!う、うわあぁぁぁっ!!)
頭の中に響いたのは、ゴッサムのパーティーの魔導師の声だった。




