第217話 騎士エヴァと烏合の衆
オステラ迷宮で経験値を稼いだ結果、エヴァは娼婦レベル10となり、ようやく念願の転職が可能になった。神殿で祈りを捧げた翌朝、緊張の瞬間だ。
まだ暗いうちに目が覚めた。気配がしたからだろう。
窓際のベッドで半身を起こしている影はエヴァだろう。自分の手を見ている?ああ、ステータスか。じゃあ・・・
エヴァがこっちに気づいてこくっと影が頷いた。
それで他のみんなを起こさないようにそっと、歩み寄る。いや、エロい気持ちは抜きですから。
促されてエヴァのベッドに腰掛け、肩を寄せる。
その左手に浮かんだステータス画面は、なんの隠蔽もかかっておらず詳しく見えた。
<エヴァ・ベルワイク - 女 18歳 騎士 LV1
スキル 身体能力強化(大) HP回復(大)
闇同化 暗視力
ステータス隠蔽
魅了(LV2) 状態異常抵抗
性技(LV2) 避妊
器用さ増加(小) HP増加(中)
交渉 察知
アイテムボックス 判別(初級)
騎乗(LV2) 格闘(LV3)
剣技(LV1) 槍技(LV3)
短刀技(LV2) 弓技(LV1)>
「騎士・・・なんだ」
「ええ・・・」
まだ暗い中だけど、おだやかで満足げな様子だから、望みがかなったんだろう。
「よかったな」
「ありがとう・・・不安だったの、娼婦に身をやつした私が、高潔さを求められる騎士になんてなれるはずがないって。だから戦士でもなんでも、って頭の中では思うようにしてたんだけど、本当はあきらめられなかったから・・・」
エヴァは男爵令嬢だから、不幸な目にあってなければ貴族の身分だった。騎士のジョブに就ける資格は他にも多分、一定の武器スキルとかもありそうだけど、大丈夫だったんだ。
「騎士になってくれたなら、いずれ前衛としてますます頼りにさせてもらうけど、ジョブチェンジした直後は色んな能力値が下がって体が重くなったりするから、しばらくは無理せず二列目で体を慣らした方がいいよ。俺も経験したから」
「・・・はい、わかりました。ありがとうね、シローさん、本当に」
素直に首を縦に振った後、ちょっと厚みのある柔らかい唇が触れてきた。
うーん、美人女騎士とか萌えるわ。
エヴァは背も結構高いし、本格的な鎧姿とかも似合いそうだ。
「あ、みんな、ごめんね、起こしちゃった?」
いつのまにか、ノルテたちも目を覚ましていたらしい。そして、聞こえたみたいだ。
「騎士、ですか?かっこいいです」
「ええ、ありがとう・・・みんな。私1人じゃ、とてもここまで経験を積めなかったわ」
迷宮の高レベルの魔物を相手にしたから、わずか数日でレベリングとジョブチェンジまで出来たのはたしかだ。
今日は正午の鐘までに、ギルドに集合ってことになっているので、日課にしてる迷宮行きは、ジョブチェンジしたばかりのエヴァの慣れのためだけ、って感じにする。
迷宮前にリナの転移地点を登録してあるから、宿を出たら一瞬だ。
そうでなければきょうぐらいはサボったかもしれない。
素直に入口から歩いて入り、三階層までで迷宮コウモリの群れと一度、オーガと二度戦って切り上げた。
「全然違和感なさそうね?」
「いえ、やっぱりちょっと体が重かったです、でも慣れました。体力的にはむしろ楽になったかな、と・・・」
ルシエンに問われ、これまでの“HP回復(大)”に加えて、“HP増加(中)”スキルも加わったおかげで疲労は少ない、と応えるエヴァだったけど、見たところ本当にジョブチェンジ直後には見えない、いい動きをしていた。
ここ数日迷宮で経験を積んだことで、エヴァだけでなくルシエン以外は全員レベルアップしていた。
俺は、“成長速度2倍”のおかげで、錬金術師LV21になった。レベルだけならルシエンを抜いたことになる。
新たに覚えたスキルとかはないけど、SPが5ポイントたまった。そろそろ次の転職も考えるべきかも知れないし、有益なスキルを取得すべきかもしれない。迷いどころだ
リナは魔法戦士がLV14になった。魔法使いのLV14で覚えた「重力制御」呪文が魔法戦士でも使えるようになり、しかも全体に魔法の威力がより強くなっている。自分の体や物を持ち上げるだけでなく、念力みたいに色んなものを動かせる。
「フォース」みたいだな。
他のジョブは、魔法使いがLV18、僧侶LV16、スカウトLV10だ。
ノルテとカーミラはそれぞれ鍛冶師、人狼のLV18になった。
目に見えるスキルとかは増えてないけど、それぞれ能力があがっている気がするところがある。
具体的な実感としては、ノルテは迷宮の横穴とかの暗い場所でも、玻璃瓶とかのあかりが無くてもさほど困らなくなった。ルシエンが言うには、ドワーフ族は暗い洞窟内で暮らすため暗視スキルがあるそうで、ノルテの場合、そこまで明確なスキルではないものの、父方の血筋で暗視力が上がってきたのかもしれない、という。
そしてカーミラは、ここのところ、読める文字が増えたり言語力がまた少し上がった気がする。これが、“知力”みたいな特性数値があがったのか、言語力ってパラメーターがあるのか、はよくわからない。
どっちも気のせいじゃないか、と言われれば確信がないけれど。
「ところで、ノルテは、ジョブチェンジしたいとか思わないのか?」
カーミラやルシエンと違い、ハーフドワーフのノルテは、人間同様ジョブチェンジが出来る。鍛冶師LV18からだと何に転職できるのかはよくわからないけど、そろそろ上級職とかになれるかもしれない。
「迷うところはありますけど・・・できればお父さんに会うまでは鍛冶師として経験を積んでいたいかな、って気持ちもあって・・・」
そうだった。
ノルテの父親は腕利きの鍛冶師って話だったから、ノルテに取って鍛冶ってのは単なるジョブじゃないんだろう。
「パーティーの戦力を考えたら、そろそろ考えるべきなのかもしれませんね・・・」
「いや、俺の聞き方が悪かった。気にしないでくれ、ノルテは十分戦力になってるし、別にジョブチェンジした方がいいって意味じゃないから・・・」
ちょっと無神経なことを言っちまった気がする。
俺たちは、いったん宿に戻って体を拭く湯をもらい、着替えてから街に出た。
小さな城市の中は、もう滞在6日目になるから勝手知ったる道だ。
小腹が空いたので街の名物らしい揚げパンみたいなのを頬張りながら、ギルドに向かう。
ここのギルドは冒険者ギルド単独ではなく、商業・職人ギルドなどと兼ねている。
城壁こそ立派だが、辺境で人口は少ないから、スクタリのギルドと同じ形だな。
そういうわけで、冒険者の数も少ない。
国境地帯だから治安はそうよくないしニーズは多そうだけど、逆に大ごとがあれば領主の兵や、国軍が投入されるのだろう。
小さな建物の中に入り、冒険者相手の窓口を訊ねると、一階の奥の方だった。
昼だから人影は少なく、十人ほど固まっているのは、おそらくこの合同クエストの関係者だろう。
「おーい、街道調査クエストの受注者か?」
向こうから声がかかった。
「ああ、シローだ」
返事をしながら近づくと、3組のパーティーがいるようだった。
「おれはレムリアギルドから派遣されたウィレムだ。この合同調査の事務局みたいなことを担当するから、疑問があればなんでも聞いてくれ」
「ああ、こちらこそよろしく」
ウィレムは冒険者LV17で帝都のギルドの職員だった。他に魔法使いLV16、僧侶LV11、戦士LV13とギルドが職員や直接雇った者をあわせて4人パーティーを編成し、この調査を取り仕切るようだ。
2組目は、昨日夕方の定期船でリヘリン河を遡上してオステラ入りしたという、見るからにまだ若いパーティーだ。
帝都の冒険者学校を出て2年目で、3人ともまだ16歳ってことだから俺たちより年下だ。スカウトLV6、戦士LV6、僧侶LV6とレベルも低い。もっとも戦士の男は俺よりずっと背が高く横幅もあって、オルバニア領で奴隷仲間だったグレオンなみの体格だった。
どうでもいいが、エルザークの首都デーバにも冒険者学校があるようだったけど、帝国にもやっぱりあるんだな。モウラたちは元気だろうか。
3組目は、ちょっと毛色が違いあまり冒険者っぽくない男女4人組だった。
聞くとこのオステラの地元のパーティーだそうで、戦士LV11、木こりLV7、狩人LV7、薬師LV5という、ジョブも戦士以外は戦闘職と言いがたい面子だ。
狩人と薬師が俺たちよりちょっと年上ぐらいの女だった。元領兵のクレツキという戦士の男が中心になって、木こりの次男や狩人の娘など家業をつげない連中と、3年前からパーティーを組んでいるそうだ。
「本当は帝都の初級パーティーがもうひと組申し込んでたんだが、直前にキャンセルしちまってな、こっちのギルドで声をかけたらクレツキたちが手をあげたんだ」
ウィレムがそう説明する。
「まあ、オステラが地元ではあるが、今回の現場は俺たちもかなり前に商隊の護衛で通ったことがある程度だから、あまり詳しくないんだが・・・」
クレツキは少し自信なさげだが、それでも少しは土地勘があるやつらがいるのはプラスかな。
「で、もうひと組、上級者のパーティーがいるんじゃなかったっけ?」
「そうなんだが・・・あの連中、腕はいいんだが相変わらずだな」
ウィレムがしかめ面をする。
ちょうど正午の鐘が遠くで鳴り始めたが、最後のひと組はまだ現れなかった。
ゴッサムというLV20のロードが率いる5人組で、どうやら素行が悪く面倒な連中らしい。
しばらく、各パーティーのメンバー同士で自己紹介して、ウィレムが、仕方ない、そろそろ現地の情報とか任務の具体的な話をするか、と切り出した時に、ようやくその連中が現れた。
「おう、ここか!まったく街もド田舎ならギルドもしけてやがるなぁ」
ひげ面で浅黒い顔の男を先頭に、人相の悪い連中がドヤドヤと入ってきた。
地元のギルドの連中が不快な顔をしてるのにもお構いなしだ。
「おーい、ゴッサム、こっちだ」
トラブルにならないうちに、とウィレムが声をかけた。
「あぁん、おう、ウィレムか、来てやったぜ」
遅刻をわびるどころか恩着せがましい連中だった。
「なんだ?こいつらと合同調査かよ。若僧やら素人臭いのやら、烏合の衆だな」
おまけにいきなりディスってきやがった。
「遅れてきて、そういう挨拶はないんじゃないかしら?」
ルシエンが冷え冷えとした声で言い放つ。姐さんがかっこいい。
「なんだぁ、上級冒険者に向かって・・・なに?」
隣りのやせぎすの陰気な男がゴッサムに耳打ちしている。こいつは忍びLV18で、判別スキル持ちだ。
「ほう、このエルフもLV20なのか?ふーん・・・まあ、レベル相応の実力があるか、現場で見せてもらうぜ」
とりあえず即ケンカ上等、ってことにはならずに済んだが、まあかなりガラの悪い連中だな。
ゴッサムのパーティーは、他にLV13の女魔導師と、リザードマンの男2人がいてLV17とLV15、この2人はゴッサムの奴隷と表示された。
初級者パーティーを烏合の衆呼ばわりするのもわからないではないレベルだが、俺たちよりはレベル低いよな?
かつて碌でもない貴族に、リザードマンの戦士共々奴隷にされていたルシエンは、その頃のことを思い出したのか、不愉快そうだった。
険悪な雰囲気だったが、全員が集まったところで2階のカフェ風の場所に移動し、ウィレムが予定を説明する。
調査の拠点になるクラウコフの開拓村までは、まだここから100クナート、200km近くある。
そこまで馬で2日かけて移動。そして、クラウコフで情報を聞き取りした後、そこからは、さらに東方に向かいながら各パーティーでエリアを分担して調査行ということになる。
「君らは馬は用意できてるか?それと、テントなども持参しているな?」
「心配いらないよ、けさ確保した」
冒険者学校卒業生組のリーダー、スカウトのサイモンという少年が、ウィレムに子ども扱いされたと思ったらしく、ちょっとムッとした様子で返事をする。連中は船でここに来たから、馬をオステラに着いてから購入したらしい。
開拓村では食料なども十分購入できるわけではないし、旧街道が通れなくなって以降、獲物にできる鳥などもなぜか減っているそうで、現地調達もどの程度できるかわからないという。
「だから、携行食も十日分と予備の何日か分は今日中に調達してくれ。夜間の調査も必要になると思うから、魔法で照らせなければ松明なりランタンも必要だ・・・」
ウィレムから最近、周辺で出ることが確認されている魔物の情報や、現地の気候なども説明を受け、あとは各パーティーで今日中に支度を終えて、明日は夜明け前の薄明と共に出発することになった。
少しでも早く現地に着いて、調査に時間を使いたいってことだよな。
国境にあり、ここから長距離の旅に出る者が多いためか、オステラの街は規模は小さいものの、旅に必要な物資は豊富に売られていた。
おかげで、他のパーティーと取り合いになることもなく、塩漬け肉や乾パンみたいなパン、そしてドライフルーツなども調達できた。一応、小麦粉なども買い込んだが、料理する時間がどの程度あるか、だな。
うちは魔法で飲み水や火が出せるので楽だが、初級者パーティー2つはアイテムボックスのスキルも足りないし、生活物資の運搬だけでも大変だな。
翌未明、城門前に集合した各パーティーは、それ自体で隊商を組んでるみたいな規模になった。
俺たちも荷馬兼替え馬として1頭だけ新たな馬を買って連れていたが、荷物が多くなった初級者パーティーは、人数×2頭という大所帯になっていたからだ。
「おいおい、そんなんで魔物が出た時に素早く立ち回れるのか?」
またゴッサムが嫌みったらしく言い放ち、しらけた空気が漂う。
烏合の衆というより呉越同舟という感じもするけど、ともかく一行は、白み始めたばかりの空の下、レムルス帝国から国境を出て、東の自由開拓地帯へと踏み出した。




