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第216話 オステラの迷宮

「鳥だ」「飛行機だ」「いや、コモリンって?」

「顔色が悪いけど、迷宮に入るのに大丈夫なの?」

「シローさん、HP回復スキルを過信しない方が・・・疲労や集中力の低下がなくなるわけじゃありませんからね?」


 朝から叱られた。


 結局、粘土スキルで空を飛べるホムンクルスを試作するのに夢中になって、気がついたら明け方になってた・・・


「心配してるんですよ?」

「・・・うん、ごめん」

 ダメ男がここにいます。今日から迷宮に入るって俺が言い出したのに。


「まあ、反省してるならいいわ。きょうはどうせ浅いところで連携の確認だしね。で・・・納得のいくものが出来たのかしら?」


 よくぞ聞いてくれました。

 四次元ポケットならぬ粘土スキルの“とっておく”から、作品を取り出す。


「タケコプターっ♪・・・じゃなかった、これ見てよ。鳥だ、ひこーきだ、スーパーバードだ!って感じ?」

「「「「・・・」」」」

 あれ?反応が薄い。


「えーっと、寝る前に“鳥のホムンクルスをつくる”って聞いた気がしたんだけど、私の勘違いだったのね」

 え?ルシエン、なに言ってるのかな。


「・・・これって、ねずみ、いえ、コウモリですか?」

「違いますよね、でもなんだろう?・・・あ、あれだわ、モモンガって動物がいるんですよね?」

 ノルテ・・・エヴァまで・・・どう見たって鳥だろっ。


「あるじ、これ、食べられる?」

 うぅ、カーミラ、お約束をありがとう。


 いつかと同じように部屋のすみっコで膝を抱えた俺を、みんなが邪気の無い顔で慰めるから、よけいに傷つくのだ・・・ぐすん

「まあ、誰だって向き不向きはあるんだから、元気出しなさいよ」

「顔はとってもかわいいですし、オリジナルの生き物でいいと思いますよ・・・」


 いや、大事なのは飛べるってことだ。

 たしかにコイツは飛べるのだ。


「いけ、ピ○チュウ!」

 ぱたぱたぱた・・・


「「「「!!」」」」


 おおー、みんなが感嘆と尊敬のまなざしに変わった!これだよ、これこそ主の威厳とオトコの自信だ。


「やったわね、シロー」

「うん、素材が重くて純粋な羽ばたきだけじゃ無理で、“風素”の丸薬を詰め込んだり魔力も使ってるんだけど、しばらくは飛び続けられると思う」


「すごいです、ご主人さまっ」

 もっと言ってもっと。


「迷宮でも飛ばしてみましょうね、あ、名前はなんて言うんですか?」

 エヴァに言われて、まだ名前をつけてないのに気が付いた。“名付け”をすると大抵能力も上がるし、大事だよな。


「ええ、っと、鳥らしい名前を・・・」

「「「却下」です」」

 カーミラ以外唱和するのはヤメレ。


「お、お前の名前はだなぁ・・・」

 俺がなんか適当に名付けようとしたら、ノルテとエヴァから横やりが入る。

「あえて言えば、コウモリですよね」

「え?ないない、モモンガでしょう、どっちかって言えば」

 おいっ。


「こもり、ん・・・?」

『個体名<コモリン>・・・登録シマシタ』

 えっ?


 カーミラが飛行ホムンクルスのすぐそばでつぶやいた途端、あのボカロみたいな声が響き、ホムンクルスの小さな体がピカっと光った。

「キュウキュウ・・・」

 こいつ、こんな鳴き声なのか、ってか、またやっちまった。いつになったら俺の思い通りの名前をつけられるんだよ?


 でも、コウモリとモモンガでコウモンとかにならなくてまだマシだったか・・・

 それに、キュウキュウ鳴きながらカーミラに、そして俺に体をこすりつけてくるコウモリモモンガ?を見てたら、まあいいかって気になった。

 とりあえず、飛べる仲間ができたんだし。


***********************


「・・・5人だな、入場料と馬の預かりで銀貨7枚、たしかに」


 オステラの迷宮は街から10km以上離れていたので、初日は馬で向かった。


 リヘリン河から離れて斜面をかなり登り、山間の岩の裂け目みたいなところが、迷宮の入口になっていた。


 入口周辺には、迷宮攻略と商売の両方を支援するためだろう、領主がいくらか開拓したらしく、兵の詰め所の他に、一応仮眠できる簡易宿泊所や何軒かの店が並んでいる。

 そこに冒険者用の馬小屋もあり、預けると水と飼葉をやってくれて1頭1日で銅貨4枚だ。

 迷宮の入場登録料1人銀貨1枚とまとめて払い、最初なので素直に一階層から徒歩で入る。


 この迷宮は現在、十五階層まで攻略が進んでいて、お金を払えば入口を入ってすぐのところにいる魔法使いが、転移呪文で希望の階層に飛んでくれる。

 もっとも、リナも今では転移を使いこなしているから、踏破済みの階層なら次回から飛べるけどね。


 既に攻略済みの階層は、他の冒険者も少なく魔物もまれにしか出ないので、警戒はしつつも、普通の速さで歩く。


 先頭にカーミラと粘土犬のワン、2列目はノルテと魔法戦士モードのリナ、3列目に俺とエヴァで、後詰めはルシエンと新参の粘土犬キャンだ。


 コモリンを飛ばすにはまだ天井が低すぎるかなってことで、しばらくは出さずにおく。


 エヴァも今はみんなと同じように革鎧姿で、武器としては槍を持ってる。ノルテは首にメナヘム謹製の蓄光の玻璃瓶をさげて照明にしている。


 それだけだと足下がかろうじて見えるぐらいなので、必要な時は俺が“雷素”の照明弾を投げる、って役割分担になってる。

 もっとも、ワームの分泌液がついた迷宮の深部は壁が発光するから、照明が必要なことはそう多くない。

 そもそもルシエン、エヴァ、カーミラは、暗闇でもあまり問題がないし。


 一階層では結局1匹も魔物に出会わないまま、最初のワームの抜け殻に入って、整備されているロープにつかまり、二階層に降りた。


「ゼロは珍しいわね・・・」

 ルシエンが言うとおり、思ったより冒険者の数が多いんだろうか。


 だが、2階層の半ばを過ぎたあたりで、最初の魔物の気配が察知された。


「オーガっ、5、6匹いる、強いのは2つだよっ」

「距離は300百歩ぐらい・・・気づいたわね、駆けてくるわよ、注意してっ」

「すごいのね、2人とも・・・」

 先頭のカーミラと、最後尾のルシエンの索敵能力の高さはいつものことだが、エヴァも落ち着いている。


 すぐにリナを僧侶モードに変えて、みんなに戦闘補助のバフをかけさせる。


 俺も粘土ゴーレムのタロを出現させてから、全員の革鎧の表面を“金素”でメッキし強化した。

 オーガは特別な属性はなさそうだから、武器に属性付与は必要ないだろう。


 地図スキルに映った赤い点がパーティーに共有される。

 ゆるやかにうねる洞窟のため、直線で見通すことはできない。


 200歩を切ったところで、カーブから先頭のオーガたちが現れたのか、ルシエンの弓が鳴った。

「片眼」

 声と共に先頭の赤い点が1つ止まる。目を射貫いたってことか、この距離で。


 ようやく俺にも薄暗い奥の方に人影らしいものが見えてきた。

「喉、倒れた」

 2射目で赤い点がひとつ消える。1体倒したらしい。


 リナの詠唱が完了し、あまり絞り込まない炎の塊が飛んでいく。

 致命傷をめざすものじゃなく、主に足止めだ。


 相手側から、大きな石つぶて、いや岩が飛んできた。

 カーミラは既に隠身をかけて姿を消している。先頭に出たノルテが魔甲蟹の盾を構えるのを止めて粘土壁を出現させた。盾じゃ止められそうに無くてかえって危険だ。

 岩は粘土壁にめり込んで変形させたが、そこでなんとか止まった。


 それが合図だったように、魔物が突進してきた。

 棍棒を持ったオーガが4体、後ろにさらに大きいのが1体いて長大な槍みたいなのを持ってる。


<オーガLV9><オーガLV8>・・・<オーガロードLV12>!

 二階層にしてはレベルが高すぎないか。


 俺は目くらましで、空間の雷素を魔力でかため、次々を飛ばす。

 雷みたいに輝くものが飛んでくれば、防ぐか避けるかしようとするもんだ。


 それでスピードが鈍ったところに、ルシエンの矢とリナの火魔法が飛ぶ。

 2体が膝を突く。


 後ろの大きいやつが地面に転がってた岩を拾い上げ、また投げつけてくる。みんな粘土壁の下に身をかがめる。

 ドスッと音がして、突き抜けた岩が足下に転がる。距離が近づいて威力を殺し切れてないのか。もう一段分厚く裏打ちする粘土を出す。


 その時、オーガたちの後方で絶叫があがり、大きな赤い点が消えた。


「今だっ」

 忍び寄りに成功したカーミラが、背後からオーガロードを仕留めたんだ。


 浮き足だって後ろを向いたオーガたちに再びリナの魔法、ルシエンの矢。

 もう向こうに飛び道具は無さそうだから、俺も粘土壁を吸収してMP回復し、火球を練る。


 先頭のタロを追い越す勢いで、ワンとキャンをお供にしたエヴァとノルテが走る。

 背後のカーミラと挟まれて動揺しているオーガを掃討するのには、それから1分もかからなかった。



「・・・二階層にしてはレベルが高いんじゃないかしら」

 俺が思ったのとまったく同じことをルシエンが口にした。


「そうだな、ここからは少し慎重に行こうか」


 タロを収納せず、ワンと共に先頭を歩かせることにした。もっとも、隠身をかけたカーミラもこっそり同行してるが。 


 妙に高い敵のレベルの理由がおぼろげにわかったのは、四階層を攻略してからだった。


 洞窟が広がったので、飛行ホムンクルスのコモリンを偵察に出したところ、四階層の洞窟に、壁が崩落したところが見つかった。その奥に深い横穴が伸びてオーガの巣の様になっていたんだ。

 どうやら二階層、そして三階層でも出くわしたやつらはここから来たらしい。


 この世界の迷宮は、巨大な迷宮ワームが掘った穴だ。年に1回脱皮するワームが残す抜け殻が、「階層の主」と呼ばれる魔物の住み処になり、そこは結界で覆われて攻略しないと次の階層には行けない仕組みだ。

 階層主を倒すと、結界が破れて地面に陥没が起き、空いた穴から下の階層に降りられるようになる。


 そして、この洞窟はもう十五階層まで攻略が進んでいるから、そこまでは「階層の主」の住む迷宮ワームの結界は無くなっていて、他の階層とつながった状態になっている。


 それでも俺たちは陥没穴を通って上下の階層に行くにはロープを使ったりする必要があるが、体のデカいオーガはよじのぼって上がって来られたんじゃないだろうか?


「他の冒険者さんが浅い階層にいないから、余計増えてるのかもしれませんね・・・」

 ノルテが言うとおり、慣れた冒険者連中は、転移魔法で運んでもらって五階層とか十階層から入ることが多いらしいから、この三、四階層ってのが盲点になってるのかもな。


 オーガの巣には火魔法を大量に打ち込んでから穴の入口を粘土で塞いで、「蒸し焼き酸欠攻撃」でまとめて片付けた。


 そこでかなりMPを使ったこともあり、この日は六階層まで進んだところで帰還した。

 五階層以降は、オーガ系は姿を消し、魔獣系や植物系の魔物が中心になったから、やっぱり二、三階に出てきたのは四階から上がってきたヤツってことで間違い無いだろう。


 迷宮内は狭くてコモリンは活躍出来る場面は少なかったけど、キャンとコモリンもちゃんと使えることがわかった。

 話しかけて具体的に指示してやっていると段々賢くなってく感じがするので、なるべく相手をしてやろう。


***********************


 こうして、俺たちは集合日までの4日間、午前中は迷宮に入って戦い、午後は洗濯したり、文字の勉強をしたり、錬金術や薬作りなどに時間を費やした。

 街自体は小さくて、観光や買い物はすぐに終わってしまったから。


 毎日迷宮に入ったおかげで、攻略は十一階層まで進み、パーティーの意思疎通や連携も円滑になった。

 

 そして、エヴァが<娼婦LV10>に上がった。


「・・・やっと、ここまで来たわ。シローさん、みんな、ありがとう」

 娼婦LV10なんてこと自体は望んだことではもちろんない。けど、この世界のシステムではLV10からジョブチェンジが出来るようになるから。

 エヴァの目にはうっすらと、これまで一度も見せなかった涙がにじんでいた。


「この街にも神殿があったわね」

「ええ、あの領主さまの館の並びですね」



 オステラは人口1万人あまりの辺境の街だが、それ故にこそ、旅の安全を願う者たちの心のよりどころになっているんだろう。

わりと立派な、ゴシック建築みたいな神殿があった。


 俺たち転生者は寝てる間に転職内容を選べたりするけど、元々のこの世界の人たちは違うらしい。


「神殿で喜捨して自分の希望する生業があればそれを伝えて、心からの祈りを捧げるの。翌朝目覚めた時には、神々が新たな生業を授けてくれるわ。必ずしも希望通りとはいかないんだけど、それが運命だから」

ルシエンの解説では、かなり出たとこ勝負というか神頼みな代物だな。


「エヴァは、なりたいジョブってあるの?」

「そうですね・・・かなえばいいと思う夢はありますけど、それはそれとして、今の境遇から抜け出せて、皆さんと一緒に冒険者としてやっていけるなら、と思ってます」

 なんとなく口に出すのを恐れている雰囲気だったから、それ以上重ねて聞くことは誰もしなかった。



「皆様の篤志に、神々の慈悲と恵みがありますでしょう・・・ではこちらに、ご本人だけどうぞお入り下さい」


 多くの神像が並ぶ本殿で喜捨を済ませ、みんなの健康と幸運を願った後、エヴァは奥の間に案内されていった。


 その横顔はすごく緊張して、思い詰めた様子だった。


 そしてその晩は、誰もジョブチェンジのことには触れず、俺も修道僧のように禁欲的に、みんな早く床についた。

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