第215話 2匹目の粘土犬
公衆浴場で知り合ったアルの正体は、レムルス帝国の皇帝の孫にあたるアルフレッド殿下であり、帝都レムリアの冒険者ギルド長だった。俺たちはアル殿下の依頼で、自由開拓地帯の街道で起きている異変の合同調査クエストに参加することになった。
アル殿下から、「簡単に食事でもどうだい」と誘われ、お忍びにつき合って帝都の店に繰り出した俺たちは、ぜんぜん“簡単”じゃない豪勢なディナーをごちそうになった。
3人の夫人たちは、俺たちみたいな素性の知れない連中といきなり同席して食事なんて不快なんじゃないかって気になったけど、意外にうちの女子たちとも話が弾んでいたようだし、俺の下手な異国話も面白がって聞いてくれて、ほっとした。
アンキラやパルテアのことは、商人の護衛クエストで行ったことだけ話したんだけど、やっぱりこっちの人たちにとって東方は未知の世界らしく、アルも含めみんな興味しんしんだった。
護衛のおっさん2人も隅のテーブルで交替で食べていたが、彼らは近衛兵団所属の魔法戦士LV22と冒険者LV21で、アルがなかば訓練なかば道楽で冒険者として迷宮に入ったりする際はパーティーメンバーにもなるらしい。助さん格さんか。
アルは皇太子の長男ということで、れっきとした次の次の皇帝候補、らしいが、素で気さくな性格のようだ。いい意味で育ちがいい、ってことだろう。
話題も豊富で、頭の回転も速く、身分を別にしても俺とは差がありすぎてもはや敗北感さえ感じなくなったんだが、なぜか向こうは俺のことを気に入ったみたいで、すっかり友人枠の中に入れられたらしい。
「アルさまは同年代のご友人が少ないですし、あまり気を遣われるのがお好きではありませんから、利害関係の薄い遠国の騎士殿というのもよいのでしょう・・・」
ハーフエルフの第7夫人エマロンナは、夫人たちの中で1人だけ芸能界の人でしかも亜人の血を引いているということで、他の奥さんたちとはちょっと雰囲気が違う。
でも、レムルスでは貴族が亜人の妻や側室を持つこともそれなりにあるそうで、別にそれで居心地が悪いと言うこともないらしかった。
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翌日、つまり八の月・下弦の十日、再び冒険者ギルドに行って、合同調査クエストの詳細を聞いた。
現場は帝都からは東方400クナート、およそ700kmも離れたクラウコフという小さな開拓村周辺の旧街道。街道を通っていたはずの旅人・商人が頻繁に姿を消すようになり、事実上通行できなくなっている。
帝国の公式な領土ではないから治安維持の責任はないし、軍を出すにもそれなりの理由がいる。だから、冒険者が報酬を得るため自主的に活動する、という形になっているが、報奨金を出しているのはその村ではなく、レムルス政府の補助金を受けたレムリア冒険者ギルドだ。
高レベルの冒険者を雇う金など無い複数の開拓村などの陳情を受け、本来、責任がないレムルス政府が動いたのにはわけがある。
もともと東方のエルザークなどと結ぶ街道の通商は、レムルス帝国の繁栄を支える動脈のひとつで、領土外ではあっても歴史的にレムルス軍が訓練の一環で治安維持をしてきた。
特に今は北側の新街道を戦争に備え軍専用にしているため、旧街道への迂回を強いた民の通行を確保するのは帝国の責任、とも言える。
だから解決を急いでいるということらしい。
冒険者の調査で魔物なり他国の軍なり、脅威の種類がわかれば、その排除のため国軍の投入も理由が立つということだ。
この合同調査に参加するのは、俺たちの他にはギルド直属で庶務も担当してくれるパーティーが4名、上級冒険者を含むパーティーが1つ。あとは、まだ経験の浅いパーティー2つ。俺たちを含めて総勢21名と聞いている。
日程は、クラウコフに一番近い帝国の国境の街オステラに九の月・上弦の5日の正午に集合、全パーティーの顔合わせと作戦会議をした上で、翌6日から調査を開始する。
十日以内にしかるべき情報を入手し報告すれば、クエストの成功報酬が支払われる他、結果を問わず調査開始から1パーティーごとに1日につき小金貨4枚の参加報酬が支払われる。
クエスト放棄・失敗時のペナルティーは無し、というものだ。
この“放棄するペナルティー無しでパーティーランクに関わらず高い日銭が入る”ってのを目当てに、経験の浅いパーティーがすぐに2つ手を上げたようで、ギルド側がその後、まずいと思って募集要件を中級以上に厳しくしたら、なかなか人が集まらなかったらしい・・・微妙だな。
オステラまでの移動は各自持ちだが、リヘリン河をさかのぼる定期船を利用する場合、ギルドが船賃の半分を負担してくれる。
川を航行する船があるんだな・・・
「大河リヘリンは白嶺山脈からタイラント海まで注ぐ長大な川だから。この時期はたしか、日中、西風を受けて遡上する船があるんじゃなかったかしら」
ルシエンは一度だけ乗ったこともあるそうだ。エヴァも知識としては知っていた。
「下りは流れを利用して上りは帆走、でしたね。聞いたことがあります。ただ、あまり大きな船ではないから、乗り心地はあんまりよくないとか・・・」
川船の日程を調べると、レムリアからは今の時期は毎朝1便、夜明けの一刻後に出発で、毎日夕刻に船を止めて宿場に泊まりながら、オステラに近い船着き場まで9日かかるらしい。
けさは八の月・下弦の10日だ。
川船を利用するなら、明朝出て九の月の上弦4日の夕方、オステラ近郊着か。ギリギリだな。だから、参加者募集を急いでたのか。
一方、陸路を取った場合の日数を聞いてみると、実際に行ったことがある、というギルド職員の話では、馬で旅なれた冒険者なら6日ぐらいだと言う。
これなら少し余裕がある。それに、馬を売ったりオステラで買い直す必要も無い。・・・船酔いもしないし。
船が苦手で馬のドーシャをかわいがってるノルテの方をルシエンがちらっと見る。
「ここは陸路でどうかしら?」
「・・・そうしよう」
ノルテがほっとしてる。俺だって船はそう得意じゃないしな。
計算上は3日ゆとりが出来たわけだが、道中何があるかわからないから、早めに出ようとは思う。
どうせなら道中の街にも立ち寄ったり、途中でこなすのに良い簡単なクエストがあれば受けてもいい。集合までは拘束されてないんだから。
そう考えて、クエスト掲示板に向かった。
ここのギルドでは、依頼件数が多いためか、種類別に掲示がかなりはっきり分けられている。
帝国の地図も貼られていて、位置関係も照合しやすい。
「“迷宮”ってジャンルもあるんですね・・・」
冒険者ギルドに縁が無かったエヴァが、興味深そうに口にした。
娼婦というジョブでは冒険者登録はできないから、ガリスの田舎町で、騎士である俺の従者として名前だけで仮登録をしてきた。青銅製の安っぽい仮ギルド証には、家名無しのエヴァの名と、主である俺の名前が刻まれている。
言われて見ると、レムルス帝国内の迷宮で冒険者にオープンになっているところが一覧で掲示されている。場所と、確認されている階層数も。
「これ、“オステラ”って書いてあるんでしょうか?」
俺が以前使ってた初心者用の文字の本でちょっとずつ勉強しているノルテが、高いところを指さしている。
「おー、おすてー?」
カーミラにも一緒に教えてるんだけど、ノルテの方がかなりのみこみが早い。
「オステラの近くまで行って、集合日まで迷宮に入るって手はあるわね」
なるほど。現場近くまで移動しておいて、日程調整しつつ、エヴァのレベリングと連携の強化を図る、いい案だ。
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せっかく来た帝都レムリアをもう半日観光し、翌朝、俺たちは再び馬上の旅人となった。
進み具合と宿場町の位置がたまたま合わない日があって一日だけ野宿したけど、特に襲われることは無かった。一晩だけでは判断しにくいが、レムルス中心部の治安はガリスとかアルゴルより良いようだ。
エヴァはさすが騎士の娘で馬にも慣れてて、はっきり言って俺より扱いがうまい。
途中の街を適度に観光も楽しみつつ、オステラには5日後の九の月の最初の日、つまり新月の日の夕方に到着した。
オステラは国境の街ということで、立派な城壁と、その上にいくつもの高い見張り塔を備えた城市だった。壁上には大きな石弩も見える。ただしガリスと違い銃砲の類は見当たらない。
「東の邸宅」という、名前は立派だが簡素な宿で、3人までOKの部屋を2つ押さえ、食事も宿で済ませた。
湯で体を拭いて旅の汚れを落としたあと、ノルテとカーミラはまた文字の勉強を始めた。
最近はカンテラ代わりに、俺が“雷素”を練った丸薬を粘土皿に乗せて、照明を灯している。錬金術の“物質変化”スキルで点灯させられるとわかり、明るさを控えめにすると1時間ぐらいは保つようだ。
それを使って初学者用の文字の本を読んでるんだが、今夜は初心者レベルの俺ではなく、ちゃんと教育を受けたエヴァが教えている。
俺にはここ数日、別に取り組んでいることがある。
新たな粘土ホムンクルスの製作だ。
最近ゴーレムのタロや粘土犬のワンにずいぶん助けられてることもあって、さらに有効な使い方ができないかって思ったんだ。
まず、ワンの2号機、とも言うべき粘土犬をもう一匹こしらえた。
ワンより小柄で、必要なら女子が抱きかかえて運べるサイズの小型犬。警戒や索敵ならこのサイズで十分だから。
ただし、いざって時に戦力にもなるよう試行錯誤した結果、体内に大きな“火素”の丸薬を埋め込むことになった。
噛みつく攻撃が火属性になっただけじゃない。なんと、火を吹くことができるようになった!
もちろん、大した威力はないし、届く距離もせいぜい数メートルだけど、普通の人間相手なら大やけどしそうな感じなので、コボルドやオークぐらいの魔物が相手なら有効だろう。
そして、女子たちのモフモフを楽しみたいというご要望に応えて、毛並みにはこだわった。ワンでも試した炭化ケイ素の繊維をなるべく細く、しなやかにして全身を覆う。火属性と言うことで、赤い毛並みのとってもかわいい小型犬(※個人の感想です)ができあがった。
「きゃんきゃんっ」
粘土スキルの“自動で動く”をかけて、俺たちの言うことに従い、危険が迫れば護衛を務めることを教え込んだ。
ルシエンに加えて、学習中だったノルテも寄ってきた。
「まあ、かわいい子狸ね」
「え、猫ちゃんですよね?」
おいっ、キャンって鳴いただろ・・・俺が泣きたいよ。どーせ造形センスないよ・・・
キャンキャン鳴くので名前はキャンだ。安直だって?これでいいのだ。
でも、最初は仲間が出来て喜んでたワンが、小さくてかわいいキャンの方に女子が夢中なので途中からちょっと拗ねだした。これはまずい。
俺はワンの体内に、これまでも入れてた“生素”の丸薬を補充するのと合わせて、“聖素”の大きな丸薬も詰めてみた。
実戦で試さないと確かなことは言えないが、これまでの経験上、アンデッドを攻撃出来るんじゃないかと思うから。
そして、キャンに負けないよう炭化ケイ素繊維の毛並みを整えてやると、ようやく機嫌がなおったようだ。
2匹でベッドの下で追いかけっこをしたり、ペロペロなめ合ったりして、カーミラに温かく見守られている。
待てよ?
セラミック繊維で毛をたくさん作って、ふと思った。
「鳥の羽って作れないのかな?」
「鳥、ですか?」
お犬さま祭りから取り残されていたエヴァが、こっちを見た。
そう、これまでも地図スキルを生かすために、リナを重力制御で上空に飛ばすことはあったけど、空を飛べるホムンクルスがいたらすごく便利じゃないだろうか?
リナを<召喚士>のジョブに着せ替えてレベルを上げ、飛べる動物を召喚するという方法もある。
イリアーヌさんというモデルになる知り合いがいるし、魔法使いLV15という条件も満たしているから、変身させられるのは確かだ。
しかし、召喚した動物を使役し続けるにはその間リナを召喚士ジョブにしておく必要がある。
イリアーヌのように魔法使いから転職した召喚士は、魔法使いの攻撃呪文も使うことができるが、リナの“着せ替え”スキルでは、転職と違って他のジョブ固有の呪文やスキルは使えなくなってしまう・・・リナの魔法は現在もパーティー最強の火力だから難敵相手には欠かせない。
そう考えると、やはり粘土遊びのスキルでホムンクルスを作れるなら、その方がベターだと思う。
粘土は重いから、船はともかく飛ばすことはこれまで考えてみなかったけど、繊維にしたセラミックをなるべく薄く軽く形成したら、鳥みたいに飛ぶ仲間も作れそうな気がする。
純粋に羽ばたきで飛ばすのは難しくても、魔法と併用したり、デロス教授からもらった錬金術の本にも、なにかヒントがあるかもしれないな・・・
俺はみんなが寝静まった後も、眠る必要がないリナに手伝ってもらい部屋の隅で試行錯誤した。




