第214話 イケメンプリンスと7人の妻
大陸最大の国、レムルス帝国の帝都にはるばるやってきた。大浴場で知り合ったアルとは夕方、冒険者ギルドで会うことになっているが、それまではもちろん、観光なのだ。
翌日は朝から、たっぷり観光地めぐりをした。
猛獣と剣闘士が戦う大闘技場とか、コインを投げ込むと願いが叶うという幸運の泉とか、白嶺山脈の麓の川から大工事して引いたという水道橋とか、市内を流れる川を遡上する観光船にも乗った。
その間も、もちろん買い食いは欠かさないよ。
焼き鳥みたいな串もの、蜂蜜みたいな甘い味の団子、香りの付いた炭酸水や、軽くアルコールで割った果汁とか。
メウローヌほど洗練されてはいないけど、コスパの良いものがなんでもそろってる、ってのがレムリアの印象だな。
たっぷり楽しんで夕暮れ時になったので、アルとの約束通り冒険者ギルドに向かう。
昨日は宿と風呂だけでギルドにはまだ立ち寄ってないし、何日かは帝都で楽しむとしても、その後のことを考えたらクエストとかも見ておきたい。
「り、立派ですねー」
ノルテだけでなくみんなびっくりするぐらい、ギルドは豪壮だった。
建国の父レムルス1世の若き日の姿(を多分美化してるんだろうけど)と書かれた巨大な石像が門前に立ち、リアルな熊?の巨像に向かって大剣を振り上げポーズを決めている。
その後ろに建つギルドの建物は、えーっと、7階、いや8階建てか?堅牢な石造りで入口は大きなアーチ構造になっていて、1階は天井の高いホールのようになっていた。
これ自体がひとつの観光地になりそうな建物だ、と思ったら実際、冒険者じゃないよね、観光客だよね?って人たちが何人もうろうろしていた。
「その、アルって人、こんな広くて大勢いるところで見つけられるの?待ち合わせ方法は?」
「い、いや、ギルドの事務所でアルの名前を出して、俺の名前を名乗ってくれればいいからって・・・」
ルシエンに心配されて、俺も正直しまったと思った。まさかこれほど大規模なギルドだとは。
アルのやつ、「僕の名前を出してくれれば誰か探してくれるから」とか、適当なこと言ってんじゃねえ。
俺たちは、とりあえず掲示板があれで、魔石の売却はあっちか・・・とかうろうろして、それから、そうだ他国のギルドに来たらまずその挨拶と報告だった、と思い、入口に一番近い窓口にとりあえず向かった。
「えっと、エルザーク王国から来た中級パーティーなんすけど、入国の連絡って、どっちでやればいいですかね?」
ところが、そう言った途端、窓口に座っていた中年の男の様子が変わった。
「エルザークから・・・もしかして、シロどの、とおっしゃるのでは?」
「あ、シロじゃなくてシローですけど・・・」
「し、失礼しました。しばしお待ちをっ」
そう言うとおっさんは窓口の奥のどっかへ全力疾走して行った。
なんか妙に丁寧な態度だな、冒険者ギルドって普通もうちょっと荒くれてるというか、ラフな感じなのに、これがレムルスのやり方なのかな?
すぐに別の、中年の身なりのいい女性職員が来て、どうぞこちらへ、って俺たちを案内した。
「みんなは適当にクエストでも見て待っててくれていいぞ?」
「「えっ、どうして?」」
突っ込んだのはルシエンとエヴァだ。
いや、あの超イケメンに会うのに、うちの女子たちを連れてくのはちょっと気が進まないから、ジェラシーだ。
「いや、その」
「そちらの皆様は、シロー様の・・・」
「えっとパーティーメン・・・」
「パーティーメンバーであり、パートナーですっ」
ルシエンがかぶせて答えた。いや、そうだけど、なぜ今回だけこだわってるのかな。
「そ、そうですか、では皆さんもどうぞ」
女性職員が案内する。
「シロー、女の人、じゃないわよね?」
えっ?なにそれ・・・
「態度があからさまにあやしいですよ?」
エヴァも重ねてくる。
「んなわけないだろ、男湯で知り合ったんだからさ」
「それはそうなんだけど、美人のパーティーメンバーがいるとか聞かされてるんじゃないでしょうね?エヴァが加わったばかりなのに・・・」
俺、どんだけ信用ないの?
職員に連れられ階段を上り、さらに上に上り、ずいぶん上の階に連れて行かれるな?
しょうがないな、と思い、途中で白状する。
「その・・・アルってやつ、超イケメンだから、なんかみんなと会わせたくないっていうか・・・」
「「「ぷっ」」」
ノルテにまで笑われた。
「ほんと、しょうがないわね、マギーじゃないんだから」
「ご主人さま、そんな心配いりませんから」
うーん、微妙なオトコゴコロが君たちにはわからんのだよ。
それから分厚い木の一枚板の扉を開けて、貴族の謁見室みたいなところに連れ込まれた。
部屋の隅にゴツイおっさんが2人、腰に剣をさげて立ってる。あれ、あいつらってひょっとして・・・
そして、職員が奥の扉をノックし何事かささやいてる。
すると、扉が開いて・・・えっ?
「まあ、やっぱり美人さん・・・え、それもひとりじゃなくて・・・」
次々に、3人のドレス姿の美女が部屋に入ってきた。
ちょっ、みんな、俺をジト目で見ないで。聞いてないから、これ。
あせりまくってる俺の前に、美女たちに続いて入ってきた。アル、だよな?
舞踏会にでも出るのか、っていう華美な装飾付きの服を着て、その服の胸と肩にはいくつも勲章みたいなのがくっついてる。
「よく来てくれたな、シロー、まあかけてくれよ。話はそれからだ」
謁見の間の一角に、大きな応接セットがある。
緻密な模様が織り込まれたソファーがコの字型に置かれていて、その一方の側だけでも俺たち5人が並んで座れるほどだ。
俺たちをそこに座らせてから、向かい合う側、テーブルを挟んでアルと3人の美女が座る。
席次があらかじめ決まっているのか、最初に入ってきた、ちょっと気が強そうなショートカットの女性がアルの右側に、まだ少女らしさが残る長い金髪の女性が左側、そしてその隣りには、ほっそりした緑がかった髪の色白の女性が最後に座った。
この人は耳が少し長くて、ルシエンにちょっとだけ雰囲気が似ているけど・・・ステータスを見ると、
<エマロンナ・パリエタ - 女 20歳 アーティスト LV13>
なんて表示された。
人間ともエルフとも出ないし、ハーフエルフなのかもしれない。それと、アーティストってジョブがあるんだな。
ルシエンも強く興味を引かれたようで彼女を見つめていた。
「あらためて、よく来てくれた。これも神々の思し召した縁だろう。ここのギルド長を務めているアルフレッドだ」
ギルド長だって!?
俺と同じ19歳で、しかも、この爽やか・長身・イケメンの三拍子揃った上に、美女3人連れで・・・どんだけリア充??
「・・・殿下、それだけですか?そのご説明だけでは私たちが困りますわ」
でも、そのアルに最初に突っ込んだのは、右に座る気の強そうなショートヘアの女性だった。
デンカ?って、殿下? そうだよ、各国の首都のギルド長は王族がなることが多いとか言われてなかったか?
「あ、アルってもしかして・・・」
「き、貴様っ!尊き玉体の直系たる殿下を、アルと呼び捨てとはっ!」
部屋の隅に立ってる武装したおっさんが、青筋立てて怒りだした。
「よさないかっ、グリオス。シローとは誰もが平等の公衆衛生浴場で知り合った、友人なのだぞ」
「くっ・・・ご無礼しました、さようであれば」
「ああ、そうだな。ここではギルド長だから、それだけでいいと思うんだが、まあ一応、この国の皇太子の息子って立場でもあるよ。こちらは第5夫人のレオノーラ、第6夫人のネリス、そして第7夫人のエマロンナだ」
「「「どうぞお見知りおきを」」」
うちの女子たちが一瞬で凍り付いた。
まじですか・・・皇太子の息子って、皇帝の孫ってことか?プリンスだよ、マジモンの。
それと、第なんちゃらふじん・・・ってことは、3人だけじゃ無く少なくとも7人奥さんがいるってことかよ。
(シロー、挨拶っ)
ルシエンに脇をつんつんされた。
「あ、えっと、その、え、エルザーク王国の騎士身分で、シロー・ツヅキ、です、その・・・」
(わたしたちのこともっ)
さらに痛いぐらい、ツンツンされた。
「あの、こちらは、おれ、じゃなくてワタクシのパーティーの仲間で、その、パートナーと言いますか、その・・・ルシエンとノルテ、そしてカーミラとエヴァです」
「「「よろしくお見知りおき下さい」」」
カーミラだけはきょとんっとしたまま、他の3人が挨拶した。
「まあ、そう堅くなるなよシロー、一緒に風呂に入った仲じゃないか。レムルスでは“隣り合って湯を浴びれば友”ということわざもあるんだ。遠慮は無用だよ」
それからは、半分ぐらい頭がパニクってたけど、アルは本当に話し上手の聞き上手で、俺やみんなの緊張をほぐしながら、俺たちの冒険者としての活動をあれこれ興味深そうに聞いていた。
キャナリラのことだけは伏せといた方がいいと思って話さなかったけど、魔族のことは、ガリスで経験したことだけ詳しく話した。
たしか、ガリス公国の宗主国がレムルス帝国だから、ガリスで起きたことなら為政者の関係者として知っておいてもらっていい、っていうか、知っといた方がいいんじゃないかと思ったからだ。
俺の言葉足らずなところは、ルシエンとエヴァが遠慮がちに補ってくれた。
エヴァは娼婦が皇室の人に直接話すなんて恐れ多い、って態度がありありだったけど、促されて口を開くと、さすがに貴族の娘らしく、俺なんかよりずっと礼儀に則った話し方で説明もしっかりしてた。
「むう、ガリスでは近頃良からぬ噂がいくつか耳に入っていたが、まさか本当に魔王の眷属、それも伝説の中で悪名も高い“奸智の冠”ほどの大物が貴族になりすまして潜んでいたとは・・・父上にすぐ報告せねば。それに、ゴルディバ公には徹底的な究明を求める必要があるな。レオノーラ、どう思う?」
アルは、第5夫人に意見を求めた。
「国政面では殿下のお考え通りでよろしいかと思いますわ。それと、ギルド長としてのお立場では、詳細には触れずとも、ガリス方面のクエストの注意レベルを上げる必要がございますね。シロー卿のお話通りなら、街道筋で魔人と遭遇するおそれもありますので」
「なるほど、そうだったな。上級冒険者への指名依頼で情報収集もさせるか」
それから俺の方を向いて補足した。
「レオノーラは伯爵令嬢なのだが、私が冒険者として活動する際のパーティーメンバーでもあり、先輩冒険者なのだよ。頭が上がらないのさ」
「殿下、お戯れを」
なんか自然なカップルで、ますますかなわない、って感じだ。
<レオノーラ・ヒンデンブルグ 人間 女 22歳 騎士 LV18>
騎士なんだな。かなりの高レベルだ。そして、アルのステータスも浴場では見えなかったけど、ここでは普通に見られた。
<アルフレッド・フォン・ノイクリンゲ 人間 男 19歳 ロード LV12>
アルはロードだ。一度はジョブチェンジしてるはずだから、それでLV12まで上げているのはお飾りのギルド長でなく、かなり実戦経験も積んでいるってことだろうな。
レムルスの皇家はノイクリンゲって家名なのか、初めて知った。
ちなみに第1から第4までの夫人は全て他国の王族の姫とかで、皇宮から出ることはめったにないらしい。
身分が比較的軽い第5~第7夫人が、外出時の秘書みたいな立場だそうだ。
ハーフエルフの第7夫人はレムルスでは有名な歌手だそうで、コンサートで見初めたアルが猛アタックして口説き落としたらしい。
ちなみにアルの左に座る第6夫人はまだ17歳で文民LV9だったが、人物鑑定のようなスキルを持っていて、俺たちのジョブやレベルがわかっているようだった。
「なに、シローだって、そんなに美しいご婦人を4人もパートナーにしているのだ。うらやましがることはなかろう。そういうところも気が合いそうだな」
アルがそう言って笑うと、うちの女子たちが比較されて微妙に居心地わるそうな、でもまんざらでもなさそうな表情を四者四様に浮かべた。
「しかし、それだけのレベルで、しかもエルザーク王国出身だったな・・・」
しばらく話をした後、アルが考え込みながら口を開いた。
「ロランナ、たしか例の旧街道の合同調査任務、まだ予定数に達していなかったんじゃなかったか?」
「はっ、さようです、殿下」
俺たちを案内してくれた女性職員は、ずっとソファーの横に立ちっぱなしだったが、間髪おかずに答えた。それなりにギルドの幹部だったらしい。
「ギルドの連絡用パーティーの他、上級冒険者1組、初級2組しか集まっておらず、せめて中級以上がもう1組いないと始められない、と副ギルド長は申しておりました」
アルはうなずいて、再びこちらを向いた。
「シロー、もしこの後、エルザ-ク方面に戻るのであれば、君たちの腕を見込んで、ちょうど受けてほしいクエストもあるんだが・・・」
レムルス帝国とエルザークの間に、大陸西方を横断する通商路が通っていること自体は、以前パルテアまでの護衛クエストを受ける時に知ったけど、実はその街道は2本あるらしい。
北寄りにある北方新街道は、今は戦争に備えて軍が専用で使っているらしい。
それで普通の旅人や商隊は、やや南を通る旧街道を使うようになっていたのだが、ここのところ、通行不能になっているそうだ。
わずかな生存者の中に、「夜間突然、幌馬車を火だるまにされた」などと証言している者がいるらしいが、魔物なのか他国の魔法部隊なのか、さえわからない状況らしい。
派兵すべきとの意見もあるが、まず冒険者による調査隊を出そうとクエスト依頼板に乗せたものの、集まりが悪いのだそうだ。
俺たちに声をかけたのは、可能性は低いとしても魔人とかが出ているのかもしれない、だったら知識のある者に参加してもらいたい、って意味もあるのかもな。
「ルシエン、どう思う?」
アルの真似をして、年長女子に意見を求めてみる。
「・・・その、殿下の前で恐れ多いけど、かなりリスクがある任務だと思うわ。最悪の場合は手に負えない規模の敵がいる可能性もあるから。ただ、方角的には、これからカーミラやノルテの故郷を探すなら向かう方ではあるから、あくまで無理しない範囲の調査でよければ、ってところかしら」
「貴女は上級冒険者なのだな、さすがの情勢判断だ」
アルは隣りに座る第6夫人からルシエンのジョブとレベルを聞いて、感心している。
「貴女の言うとおり、危険そうなら撤退でいい。それは軍の任務になる。私もせっかくできた友人たちを危険な目に遭わせるのは本意ではないしね」
条件を確認すると、いつ無理だと判断して任務放棄してもペナルティーは無い上、報酬は破格に高かった。危険地手当ってやつだ。
こうして俺たちの次のクエストが決まった。




